Mulatto – 次世代のラップシーンを担うサウスの女王

2020年8月12日に発表された XXL FRESHMAN CLASS 2020 にも選出され、本日待望のデビューアルバムをリリースしたばかりであるラッパーの Mulatto。今回はそんな彼女の生い立ちやキャリア、魅力について迫ります。

生い立ち

Mulatto こと Alyssa Michelle Stephens は、1998年12月22日にオハイオ州のコロンバスで産声を上げました。2歳の頃に家族とともにジョージア州のアトランタに移住し、それ以降はアトランタにて幼少期を過ごします。

10歳の頃にヒップホップに興味を持ち、リリックを書き始めた彼女は、厳しいながらも彼女の夢に協力的な両親の愛情を受けて育ちました。かなり早い段階からラッパーになることを目指し始めた彼女は、同世代の友人たちとは全く違うライフスタイルを送り、時には孤独感すら感じることもあったと語っています。

I didn’t end up going to prom and playing sports and stuff because I’ve been rapping since I was ten.

10歳の頃からラップをし続けているから、ダンスパーティーに行くことも、スポーツに打ち込むこともなかった。

Genius

ラップに夢中だった彼女はアトランタに位置する高校である Lovejoy Highschool に入学しますが、音楽活動に専念するために間もなく中退。そこから彼女の本格的なキャリアが開始することとなります。

キャリアの開始とミックステープ

本格的に音楽活動に専念するにあたって、Miss Mulatto というステージネームにてキャリアを開始します。黒人の父親と白人の母親を持つ彼女は「混血児」を意味するスペイン語の言葉「Mulatto」をステージネームとして起用しました。(「Mulatto」は男性名詞であるため、 未婚女性に対する敬称として使用される「Miss」を前に置いています。)

Mulatto は、2016年にアメリカで放送されていたヒップホップのオーディション番組である The Rap Game の第1期に Miss Mulatto 名義の元で参加します。数々の参加者の中で一際高いスキルを披露した彼女は、当番組の第1期における最優秀者としてめでたく優勝を飾りました。

The Rap Game での彼女の活躍をまとめた総集編

その後、番組の主催者の一人である Jermaine Dupri に彼のレコードレーベルである So So Def Recoreds との契約を持ちかけられますが、契約内容に不満を抱いた彼女は契約を辞退し、独立の道を選びました。

Mulatto と Jermaine Dupri

ラッパーにとって夢に近づくための第一歩となるケースも多い、レコードレーベルとの契約のチャンスを逃した彼女でしたが、番組の視聴者を中心に獲得した知名度をもとに、徐々にファンベースを大きくしていきます。

レコードレーベルとの契約を交わさないまま、彼女は独立して活動を継続していきます。2016年には初のシングル『No More Talking』を、そしてすぐ後に同じく The Rap Game の一期生として活躍した戦友である Lil Niqo とコラボシングルをリリースします。

番組出演時代から築き上げてきたファンベースのおかげもあり、2016年には Georgia Music Awards にて若手ヒップホップ・R&B 部門を受賞し、勢いに乗った Mulatto はファーストミックステープ『Miss Mulatto』のリリースを果たします。

ファーストミックステープ『Miss Mulatto』

その後も、彼女と同い年のデトロイトの女性ラッパー Molly Brazy や、『Watch Me (Whip/Nae Nae)』のメガヒットで有名な Silentó らが参加したセカンドミックステープ『Latto Let ‘Em Know』や Coca Vango や LightSkinKeisha らが参加したサードミックステープ『Mulatto』を一年ごとにリリースします。

サードミックステープ『Mulatto』をリリースしたタイミングで、ステージネームを Miss Mulatto から Mulatto に変更します。変更前後でセルフタイトルプロジェクトが二つ存在することになります。

『Latto Let ‘Em Know』と『Mulatto』

『Bitch from da Souf』 の大ヒット

コンスタントにミックステープをリリースし続けた Mulatto は、2019年の1月にシングル『Bitch from da Souf』をリリースし、同曲が多くのリスナーたちの注目を集めます。『Bitch from da Souf』は、カリフォルニアのベイエリアを拠点とするプロデューサーコレクティブである Bankroll Got It によるプロデュースで、彼女によると『サウス育ちの一人の女性としての、単なる自己紹介のようなもの』だそうです。

『Bitch from da Souf』は Billboard Bubbling Under Hot 100 にて5位という好セールスを叩き出し、彼女は後にカリフォルニアの Saweetie とフロリダの Trina をゲストに招いた同曲のリミックスを発表します。Mulatto にとって Trina は女性ラッパーのレジェンドだそうで、彼女との共演はラップを始めた十年前からの夢だったと明かしています。

彼女のリリースする楽曲には、サウス出身の女性ラッパーとしての誇りや自信をラップしたものが多いですが、ヒップホップの世界において、女性であること自体がハンディキャップとなった経験があることも明かしています。ニューヨークを拠点とした総合誌 PAPER のインタビューにて、女性ラッパーとして成功することの難しさについてこのように語りました。

女性ってだけで、リリックを自分で書いてないと疑われて、偽物扱いされたこともある。ラップを始める前から詩を書いてコンテストに優勝したこともあるのに。

PAPER

正直今の女性ラッパーたちは、お互いの足を引きずり合ってる。争い合っている私たちより、団結した私たちの方が強いことに未だに気付いていない。

PAPER

私は信念を持って十年以上ラップと向き合ってきた。「ディックについてラップして、もっとセクシーになろう。」みたいな軽いノリでやってるわけじゃない。

PAPER

XXL FRESHMAN CLASS への選出

『Bitch from da Souf』の大ヒットを皮切りに勢いに乗った彼女は、2020年8月12日にアメリカのヒップホップ雑誌である XXL が主催する、その年の注目ラッパーを決定する企画「XXL FRESHMAN CLASS 」に選出されます。

XXL の YouTube チャンネルに投稿された、選出者たちがヘイターたちのコメントを自ら読む企画で、彼女はこのようなヘイターのコメントに強気なコメントを返しました。

選出者の中に女性のメンツが必要だっただけで、あんたである必要はなかった。

Mulatto – 私たちフィメールは、今やヒップホップの大部分を動かしてる。もし私じゃなかったとしても、私の仲間たちが選ばれてただろうし。それでも私が選ばれたのは事実。つべこべ言っても無駄よ。

2020 XXL Freshmen Read Mean Comments
該当部分は 4:48〜

そんな彼女は、FRESHMAN CLASS に選出された翌日にデビューアルバムのリリースをアナウンスしました。タイトルは『Queen of Da Souf』で、アナウンス当時は先行シングル以外の参加ゲストが絵文字に置き換えられてシークレットとなっていましたが、City Girls と 21 Savage、42 Dugg がゲストとして参加しました。

デビューアルバム『Queen of Da Souf』のアルバムカバーとアナウンス時のトラックリスト

様々なアーティストとの共演

Muwop (feat. Gucci Mane)

Mulatto と同じジョージア州アトランタ出身でトラップミュージックの重鎮でもある Gucci Mane をゲストに招いた楽曲です。デビューアルバムにも収録されており、先行シングルとしてリリースされました。

Gucci Mane といえば、自身のレーベル 1017 Records / 1017 Eskimo を有しており、Asian Doll や Yung Mal、HoodRich Pablo Juan をはじめとする才能のある若手ラッパーと数々の契約を結んでいることで有名ですが、それに関係した面白いラップを披露しています。

Tried to sign Mulatto, but she was signed already 

Mulatto と契約しようとしたけど、彼女はすでに契約をもっていた

キャリアについての章で、彼女が So So Def Records との契約を辞退したことには触れましたが、2020年の3月に RCA Records との契約を果たしています。誰もが羨む彼女の輝く才能ですが、Gucci Mane がそれに気づくのは少し遅かったようです。

JayDaYoungan – Touch Your Toes (feat. Mulatto)

ルイジアナのラッパー JayDaYoungan との楽曲です。Lil Wop の 『Soul Snatcher』や Chinese Kitty の『Stories of a Ghetto Kitty』などで聞き覚えのある木の床が軋むようなサウンドをベースにしたアップテンポな楽曲です。頼りない声でラップする JayDaYoungan に対して、たくましくラップする Mulatto にも注目です。

Duke Deuce – Kirk (feat. Mulatto)

テネシー州メンフィスのラッパー Duke Deuce との楽曲です。フックで延々と繰り返されるループアドリブや、Duke Deuce お馴染みのシャウトなどが盛り沢山のメンフィスらしい楽曲です。アドリブなどを含め癖の強い Duke Deuce ですが、Mulatto もそれに負けないほど堂々としたラップを披露しています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は、XXL FRESHMAN CLASS 2020 にも選出されたアトランタのラッパー Mulatto についてまとめてみました。FLESHMAN の目玉企画であるサイファーや、今回リリースされたデビューアルバムで注目度がさらに高まることは間違いなしです。

Written by whoiskosuke

Frank Ocean と冨田勲 – Ocean に影響を与えた一人の日本人

But there’s no erasing

意味のないことなんてないんだよ

Frank Ocean – Dust

Frank Ocean に影響を与えたのは Prince や Kanye West であるという話はをよく耳にします。しかし、Ocean に影響を与えたのは R&B や Hip-Hop だけではありません。Ocean は「現代音楽」にもかなり影響を受けているのです。

現代音楽とは、20世紀中盤以降から使われるようになった言葉で、クラシックのジャンルのことを指しています。その音楽性に絶対的な共通性はないものの、無音への傾倒や、不協和音の多用などが傾向として挙げられます。

そして、影響を受けたというその根拠は Ocean の指揮する無料配布マガジン『Boys Don’t Cry』に掲載されている「Frank Ocean の好きな曲50選」の中にあります。この中には、たった一曲だけ日本人の名前が記されているのです。それは、日本が誇る作曲家 / シンセサイザー奏者でもあり、現代音楽のアーティストとも言える 冨田勲 氏です。今日はそんな一人の日本人とオーシャンのサウンドの連関を探るべく、一つの記事を書いていきます。

前半は「みんな知らない Frank Ocean」というのをテーマに、 Wikipadia には掲載されていない Ocean のトリビアルな情報をまとめ、後半に冨田勲が与えた影響について考察するという構成となっています(この記事ではセクシュアリティへの考慮から、Frank Ocean については三人称を使わずに記事を進めさせていただきます)。

Frank Oceanとは

もはや説明不要と言っても過言ではないほど、現代の音楽シーンを語る上での最重要人物となっている Frank Ocean(以下、Ocean)。Ocean については Wikipedia などで詳しく載っているので、今日は皆さんがあまり知らない Ocean の素性をまとめてみます。

Ocean はルイジアナ州ニューオーリンズ出身の 32才のアーティストで、Tyler, The Creator 率いる Odd Future のメンバーとしても広く知られています。(Odd Future は現在実質解散した状態にあります。)

『Nostalgia, Ultra』

Ocean は2011 年に発表したデビューミックステープ『Nostalgia, Ultra』にて、様々な方面から圧倒的な評価を受け、衆人環視の的となりました。

『Nostalgia, Ultra』

では、このアルバム『Nostalgia, Ultra』の中でも伝説となっている一曲について紹介いたします。それは、このテープの 12曲目『American Wedding』です。

『American Wedding』

お分かりの方もいらっしゃると思いますが、これは70年代にアメリカを賑わした伝説的バンド Eagles の『Hotel California』を大胆にサンプリングした楽曲です。

今や音楽の教科書にも掲載されている伝説の曲を現代版のリリックへと落とし込んだ『American Wedding』は、メロディーを差し替えたフックの歌唱や、アウトロでのカリフォルニア出身のグラミー賞受賞プロデューサー/ シンガーである James Fauntleroy による教訓的な独白など、このミックステープの中でも重要なポジションを担う楽曲でした。

『American Wedding』- Live Version

このミックステープは無料で配ったフィジカルなものにも関わらず、ある人物が「この曲は著作権侵害だ」と主張しました。それは原曲の張本人、 Eagles のボーカリスト Don Henley でした。彼は起訴することさえちらつかせ、Ocean を「傲慢で、才能がない人間だ」と言い、「次にライブで『American Wedding』を披露すれば訴える」という事態にまで発展しました。

このことに対して、Ocean はこう答えました。

この男はクソな金持ちか? 新入りを訴えてどうするつもりだ?

あの曲で金は少しも稼いでなんかない。無料でリリースしたんだよ。

というかむしろ、彼に敬意を払ってたんだけどな。

確かにこのアルバムは無料で配られたフィジカル作品なので、Don Henley の主張は現代のサンプリング文化全体への否定のような気もします(ちなみに彼は Kanye West も批判しています)。

『Channel Orange』

その後、第二作『Channel Orange』では名声を欲しいままにします。グラミー賞でも、主要3部門を含む6部門にノミネートされ、記念すべき第一回目の「アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞」と「ラップ/サング・コラボレーション賞」を受賞します。

『Channel Orange』

少し余談を挟みますが、このアーバン「Urban」とは主にアフリカ発祥の音楽を指す言葉であり、差別用語としてグラミー賞が名前を「Progressive R&B」に変更することが今年発表されました。

このアルバムの中からは、少々想世界的なテーマが描かれた楽曲『Pyramids』をご紹介いたします。特徴ある音が折り重なり、それぞれの色を残しながらも完璧なバランスで配置され、全体として完璧な一色の世界ができているような感覚を与えてくれる一曲です。また転調後に全く別の曲調に変化するところも魅力的です。

『Pyramids』

『Blonde』

そして2作目のスタジオアルバム『Blonde』をリリースするとたちまち全米チャート1位を記録するほどバイラルヒットします。

このアルバムの発売に伴い、8月20日にロサンゼルス、ニューヨーク、シカゴ、ロンドンで雑誌『Boys Don’t Cry』のポップアップストアがオープンしました。この雑誌にはフィジカル盤の『Blonde』が付録としてついており、デジタル盤とは全く違った構成や楽曲が収録されています。

ここで、もう一つ皆さんが知らないかもしれない衝撃の事実をご紹介いたします。実はこのフィジカル盤の『Nikes』に限って、 KOHH と LOOTA が客演参加しているのです。

『Nikes』ft.KOHH & LOOTA

Frank Ocean と映画

フリッツ・ラング 『メトロポリス』

そして、Ocean はかなりの映画好き(シネフィル)です。そもそも、Frank Ocean という名前の由来も映画『Ocean’s Eleven』(オーシャンと11人の仲間)のタイトル(Ocean)と、そこで主演を務めた、ポップ音楽における最重要のアーティスト/ジャズシンガーの一人である Frank Sinatra の名前を掛け合わせたものなのです。(ちなみに Ocean は Frank Sinatra を最も影響を受けたアーティストの一人だと言っています)

少し映画について触れるならば、XXL Magazine のインタビューで答えた彼の大好きな映画リストから、そのシネフィルぶりを感じとることもできます。

リストには、無声映画期の作品(シュールレアリズムで知られるルイス・ブニュエル作品や、モンタージュ理論の生みの親・エイゼンシュテインの作品、詩人や古劇映画の活動で知られるジャン・コクトーの作品など)から、現代映画の巨匠の作品群(リンチやキューブリック、深作欣二や北野武、ヴィム・ヴェンダースの作品など)まで、Ocean の嗜好が広範囲に渡っていることが読み取れます。

『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』(1972) – ルイス・ブニュエル

さらに、選ぶ作品が大作からコアなものにまでわたっており、そのシネフィルぶりは一目瞭然です(少し意外だったのはフランク・シナトラの因縁の相手、ロマン・ポランスキー監督をランクインさせていることですが)。

Frank Ocean とセクシュアリティ

2012年7月4日、Ocean は『Channel Orange』のライナーノーツを兼ねた文章を自身の Tumblr に投稿し、初恋の相手が男性だったことを明かしました。この行動は、マチズムを当然視している南米ルーツの音楽ジャンルに一石を投じました。

Tyler, The Creator や Jaden Smith を始め、様々なアーティストがカミングアウトを堂々とするようになったのも、Ocean の勇気ある行動を契機としているといっても間違いありません。ちなみに、Ocean 自身がカミングアウトを行う勇気が出たのは、音楽的にも最も影響を受けたアーティストの一人である Prince のおかげだと言っています。

Prince が、「性の役割」という古臭い考えを相手にせず、自由に行動してくれたからこそ、自分のセクシュアリティをナチュラルに受け止めることができたんだ。

ちなみに Prince は今となっては伝説的なアーティストであることは間違いありませんが、今から 30 年以上前に、テレビの番組にビキニとヒールを纏って出演したこともあったりと、表舞台でセクシュアリティを公表した黒人としてもその功績を称えずにはいられません。

ここまでが「みんなの知らない Frank Ocean」でした。では次に Ocean の音楽の源流について考察していきます。

Frank Ocean の音と冨田勲による影響

冒頭で説明した通り、Ocean は自分に影響を与えた50曲の中で、一人だけ日本人を選出しており、それが冨田 勲氏なのですが彼は一体どういう人物なのでしょうか。

冨田 勲は1932年4月22日に東京都杉並区で生まれ、父親の冨田 清が当時紡績会社であった鐘紡の嘱託医であったため幼い頃から転勤が多く、中国で幼少期を過ごすなど、安定しない子供時代を経験しました。

慶應義塾高等部に編入してからは友人と協力しながら独学で音楽を学び、慶應義塾大学に入学してからは美術史を学ぶ傍、音楽理論の授業にも積極的に出席していました。大学2年になり、朝日新聞社主催のコンクールの課題曲に応募した合唱曲『風車』がコンクールを獲り、これにより作曲家になる意志を固め、在学中からNHKの音楽番組の仕事をするなど、作曲活動に従事し始めました。

そして冨田氏について特筆すべきことは、彼は日本にシンセサイザーを持ち込んだ張本人であることです。彼はそのあまりの持ち込みの早さから、怪しい機材と疑われ、関税にシンセサイザーを何ヶ月も止められていたという伝説まであるほどです。

また、彼の極めて精巧に作り上げた独自のサウンドは、日本ではクラシックと扱うか、ポピュラー音楽と扱うか分からないため、日本の音楽業界に売り込みを拒否されました。その後、アメリカでクラシック音楽としてチャートにランクインして大ヒットしたのちに日本に逆輸入されました。

冨田 勲『月の光』

幻想的な響きの中に優しい振動を染み込ませ、立体的に構成された波のようなサウンドはクラシック音楽にとどまらず、大衆音楽にまで多大な影響を与えるなど、冨田氏は日本の現代音楽の先駆者とも言えるアーティストなのです。

そして彼の助手としてその音楽的影響を強く受けたアーティストに松武秀樹がいます。彼はのちに YMO(Yellow Magic Orchestra)の第四のメンバーとしてシンセサイザー・マニピュレーターとして活躍することになります。

またこの記事の主題でもある Ocean が彼から多大な影響を受けているという主張の根拠としては、三点をあげておきます。それは「環境(アンビエント)音楽」「サンプリング」「声のインスト化」です。これらの単語を見ただけではまだはっきりしないと思うので、説明していきたいと思います。

Ocean と環境音楽

また冨田氏は他の様々な曲の中で環境音を用いることから、アンビエント・ミュージック(環境音楽)の枠内にいると捉えることもできます。

冨田氏のこちらの曲『亜麻色の髪の乙女』では、美しい今日曲調の裏で風の音など様々な環境(アンビエント)音が組み込まれています。

そして、アンビエントと聞いて思い起こされるのがアンビエントR&Bの創始者、Frank Ocean です。環境音楽という観点でも Ocean は冨田勲の影響が少なからずあると思われます。

Ocean とサンプリング

フランスの印象派を代表する作曲家ドビュッシーの変奏曲をまとめたアルバム『月の光』で世間から評価を得た冨田氏ですが、彼のスタイルは原曲のメロディーは留めて置きながらも、あらゆる音の引き出しを次々と開けていき、新たな世界を構築するスタイルであるといえます。

これは Ocean も行ってきた手法であり、先ほど述べた Eagles のサウンドを取り入れた楽曲『American Wedding』にもその傾向を垣間見ることができます。

Ocean と声のインスト化

また Ocean を象徴するインスト化されたように強く歪んだ声も、冨田氏の影響を強く受けていると言えます。「インスト化された声」と言われてもピンとこない方もいらっしゃると思いますので、名だたる評論家たちから大絶賛を受けた Ocean の最高傑作の一つ『Nikes』を聞いてみてください。

Frank Ocean『Nikes』

この元の声の質を極端に歪ませ、極端に機械化(インスト化)させた「声ではない声」こそ「インスト化された声」と捉えることができます。ここに Ocean の凄みが隠されています。とどのつまり、Ocean の声は人間の声のはるか向こう側まで到達し、もはやそれを楽器のように弄びながら緩慢なトラックに溶け込ませているのです。

しかし、この「インスト化された声」については冨田氏から絶対的な影響を受けたということをここで主張しておきます。それは『アラベスク第一番』にて変質した声が含まれている部分を聞けばおわかりいただけると思います。

『アラベスク第一番』

ちょうどこの曲の1分21秒あたりで極端に機械化された人の声を聞くことができます。これはまさに Ocean の使うそれと遜色ないものと言っても過言ではないでしょう。

最後に

今やスーパースターとなった Frank Ocean と、Ocean が影響を受けた日本人、冨田 勲氏との関係について述べてきました。これまでとは違った切り口の Ocean の音楽分析となりましたが、少しは楽しんでいただけましたでしょうか。

そして、昨年から突然シングルを続々とリリースし始めた Ocean ですが、賞をもらうことに何の意味もないと主張していることを考慮すれば、おそらく『DHL』などジャケットの下に描かれている人形の影に応じた曲をシングルとしてこれから出し続けると僕は予想しています。

シークレットな行動が多い Ocean だからこそ今後も目が離せませんが、またいつか Ocean についてまとめた記事も書こうと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

written by Kensho Sakamoto

XXL FRESHMAN CLASS 2020 : 選出された12人のラッパーたち

毎年恒例の注目アーティスト選出企画 XXL FRESHMAN CLASS。本日遂に発表された今年度の選出ラッパー12人についてまとめました。

Polo G

【本名】Taurus Tremani Bartlett

【生年月日】1999年1月6日

【出身地】イリノイ州シカゴ

シカゴ北部の Old Town エリアにて、両親と3人の兄妹とともに生活していた Polo G は、2016年から楽曲制作を開始。幼い頃は、Lil Wayne や 2Pac、Gucci Mane、Lil Durk、Chief Keef らの楽曲を聴いていたという。2018年リリースの『Finer Things』のバイラルヒットをきっかけに、2019年には『Battle Cry』、『Pop Out (feat. Lil Tjay)』と立て続けにヒットを生み出し、それらの楽曲を収録したデビューアルバム『Die a Legend』は US Billboard にて6位デビュー。

2020年には、セカンドアルバム『THE GOAT』をリリースし US Billboard 2位デビューを飾った。

Polo G についての記事はこちらから↓

【代表曲】

Pop Out (feat. Lil Tjay)

https://www.youtube.com/watch?v=g-uW3I_AtDE

Flex (feat. Juice WRLD)

Jack Harlow

【本名】Jackman Thomas Harlow

【生年月日】1998年3月13日

【出身地】ケンタッキー州ルイビル

Jack Harlow は、12歳の頃にノートパソコンとビデオゲーム「Guitar Hero」付属のマイクを用いてラップを始めたそう。キャリア初期は Mr. Harlow 名義で活動しており、友人と共に Moose Gang なるコレクティブも結成していた。

2015年に自身初の EP『The Handsome Harlow』をリリースした後、シングルやミックステープを次々とリリース。2016年頃には多くのメジャーレーベルから契約のオファーを受けるものの全て断っていたそう。

2018年にはジョージア州アトランタに引っ越し、生活費を稼ぐためにカフェで働いていた Harlow は、その数ヶ月後に DJ Drama と Don Cannon 率いる Generation Now と契約を結ぶこととなる。同年、彼はメジャーレーベルからの初のミックステープ『Loose』をリリース。翌2019年にはミックステープ『Confetti』をリリースし、USツアーも開催した。

2020年1月にはシングル『WHATS POPPIN』をリリース。Lyrical Lemonade の Cole Bennett 監修によるミュージック・ビデオが6000万再生を記録し、世界中に一躍名を轟かせた。同年3月には最新プロジェクト『Sweet Action』を、6月には DaBaby、Tory Lanez、Lil Wayne をフィーチャーした『WHATS POPPIN (Remix)』をリリースしている。

【代表曲】

GHOST

WHATS POPPIN (Remix) [feat. DaBaby, Tory Lanez & Lil Wayne]

NLE Choppa

【本名】Bryson Lashun Potts

【生年月日】2002年11月1日

【出身地】テネシー州メンフィス

高校生までバスケットボールに打ち込んでいた NLE Choppa は、14歳の頃にフリースタイル・ラップを始め、15歳の頃から本格的に音楽活動に取り組み始める。この頃、明確な時期や理由は明かされていないが、彼は少年拘置所に拘留されていたそうで、その経験が彼の人生の転機になったという。

2018年、彼は YNR Choppa という名義の元、ファースト・シングル『No Love Anthem』と、デビュー・ミックステープ『No Love the Takeover』をリリース。また、Choppa が所属するコレクティブ Shotta Fam の楽曲『No Chorus Pt.3』での彼の印象的なヴァースとダンスが話題を呼び、一躍名を馳せる。

NLE (No Love Entertainment) Choppa に改名した彼は、2019年にシングル『Shotta Flow』をリリース。同曲のミュージック・ビデオがわずか1ヶ月で1000万再生を記録し、Billboard Hot 100にて96位デビューを果たした。

その後も、シングル『Shotta Flow』シリーズを続々とリリースし、デビュー EP『Cottonwood』をリリース。2020年にはデビューアルバム『Top Shotta』もリリースした。今年のフレッシュマン選出者の中では最年少 (選出時点で17歳) である。

【代表曲】

Shotta Flow

Walk Em Down (feat. Roddy Ricch)

Rod Wave

【本名】Rodarius Marcell Green

【生年月日】1999年8月27日

【出身地】フロリダ州セント・ピーターズバーグ

E-40 や Chingy、Boosie Badazz、Kanye West、Kevin Gates らの音楽を聴いて育ったという Rod Wave は、5th-grade (日本の小学5年生にあたる) の頃に音楽活動を開始した。

高校卒業の年でもあった2017年に初のミックステープ『Rookie of the Year』をリリース。その後、ミックステープ『Hunger Games』シリーズで人気を集め、2019年リリースのデビューアルバム『Ghetto Gospel』は US Billboard 14位デビューを記録した。

更に2020年リリースのセカンドアルバム『Pray 4 Love』は初週で7.2万ユニットを売り上げ、US Billboard 2位デビューを飾った。

【代表曲】

Heart on Ice

Girl of My Dreams

Baby Keem

【本名】Hykeem Jamaal Carter, Jr.

【生年月日】2000年10月22日

【出身地】ネバダ州ラスベガス

Kendrick Lamar の従兄弟としても知られる Baby Keem は、その Kendrick を擁するビッグ・レーベル Top Dawg Entertainment 所属のアーティストの作品に多数クレジットされている。その例として、Kendrick Lamar の『Black Panther: The Album』や Jay Rockの『Redemption』、ScHoolboy Q の『Crash Talk』、Beyoncé の『The Lion King: The Gift』等での、ソングライティングやプロダクションへの参加が挙げられる。

声変わりを待ってからラップを始めたという彼は、2018年に『No Name』と『Hearts & Darts』の2つのEPをリリースしたのち、ミックステープ『The Sound of a Bad Habit』をリリース。その後、2019年にリリースしたシングル『Orange Soda』が2020年にかけてヒットし、US Billboard にて98位を記録した。同曲収録のミックステープ『Die for My Bitch』も多くの音楽メディアやアーティストから称賛を受け、一躍注目を浴びた Keem は、Kendrick Lamar と Dave Free による新企画『pgLang』のイントロ・ビデオにも起用され話題となった。

【代表曲】

ScHoolboy Q – Numb Numb Juice

Orange Soda

Lil Keed

【本名】Raqhid Jevon Render

【生年月日】1998年3月16日

【出身地】ジョージア州アトランタ

学生時代、Subway と McDonalds で働きながら日常的に音楽制作を行なっていた Lil Keed は、親友 Rudy を亡くしたことをきっかけに、実弟である Lil Gotit と共に真剣に音楽活動に取り組み始める。

Young Thug や Peewee Longway、Big Bank Black らに影響を受けたと語る Keed は、2016年に本格的にキャリアを開始し、2018年にデビュー・ミックステープ『Trapped On Cleveland』をリリース。 同テープがストリートヒットし Young Thug の目に留まった彼は、Young Stoner Life Records と契約を結ぶ。同年には『Slime Avenue』、『Trapped on Cleveland 2』、『Keed Talk to ‘Em』の3つのミックステープをリリース。『Keed Talk to ‘Em』にはTrippie Redd や 21 Savage、Lil Yachty、Lil Durk、Brandy ら大物アーティストが多数参加した。

2019年にはデビューアルバム『Long Live Mexico』を、2020年にはセカンドアルバム『Trapped on Cleveland 3』をリリース。ネクスト Young Thug との呼び声も高い若手ラッパーの1人である。

Lil Keed についての記事はこちらから↓

【代表曲】

Nameless

Wavy (feat. Travis Scott)

Mulatto

【本名】Alyssa Michelle Stephens

【生年月日】1998年12月22日

【出身地】ジョージア州アトランタ

オハイオ州コロンバスで生を受けた Mulatto は、2歳の頃にジョージア州アトランタに移住。彼女は10歳の頃にラップを始め、2016年には、若手ラッパーたちが8週間にわたり力を競い合うアメリカのリアリティTVシリーズ『The Rap Game』に参加、見事優勝を果たした。その結果として彼女は So So Def Records との契約権を勝ち取るが、契約金が少ないという理由でこれを断り、インディでの活動を選んだ。同年には Georgia Music Awards にて Youth Hip Hop/R&B Award も受賞した。

2017年頃から EP やミックステープを継続的にリリースしてきた彼女は、2020年に RCA Records と契約を結び、Gucci Mane や NLE Choppa らとの共演も果たした。

【代表曲】

No Panties

Muwop (feat. Gucci Mane)

Calboy

【本名】Calvin Woods

【生年月日】1999年4月3日

【出身地】イリノイ州シカゴ

音楽活動を始める前は絵を描いて過ごしていたという彼は、2015年から Kidd Cal 名義で楽曲を公開し始める。

2017年には初のミックステープ『Anxiety』を、2018年には Paper Gang Inc. からセカンドミックステープ『Calboy the Wild Boy』をリリース。同年、シングル『Envy Me』がダンスチャレンジによりバイラルヒットし、ますます知名度を上げた彼は、Kodak Black のツアーへの参加も果たした。

2019年には、RCA Records と Polo Grounds Music からEP『Wildboy』をリリース。Moneybagg Yo や Lil Durk、Yo Gotti、Polo G、Meek Mill、Young Thug らをフィーチャーした同作は、US Billboard チャートにて最高30位を記録した。Chance the Rapper のアルバムへの参加も果たした彼は、2020年、EP『Long Live the Kings』をリリース。同郷シカゴのラッパー Lil Durk から強く影響を受けた若手ラッパーの1人である。

Calboy についての記事はこちらから↓

【代表曲】

Envy Me

Givenchy Kickin (feat. Lil Baby & Lil Tjay)

CHIKA

【本名】Jane Chika Oranika

【生年月日】1997年3月9日

【出身地】アラバマ州モンゴメリー

CHIKA は幼い頃から音楽の才能を認められ、バークリー音楽大学への進学も認められていたものの、高額な学費を払うことができずサウスアラバマ大学に進学した。

アメリカ大統領選の翌日にアフリカ系アメリカ人としての訴えを Instagram にポストしたり、トランプ支持者として知られる Kanye West を皮肉るフリースタイルラップを披露したりと、政治関連の動きで注目を集めた彼女は、2019年にデビューシングル『No Squares』をリリース。同年夏には Warner Records と契約を結び、さらに2つのシングルを発表した。

2020年には EP『Industry Games』をリリース。彼女は NPR の Tiny Desk Concert にも出演するなど、今最も注目されているアーティストの1人である。

【代表曲】

Can’t Explain It (feat. Charlie Wilson)

CROWN

Fivio Foreign

【本名】Maxie Lee Ryles III

【生年月日】1990年3月29日

【出身地】ニューヨーク州ブルックリン

2011年に Lite Fivio 名義でラップを始めた彼は、2013年に Fivio Foreign に改名し、800 Foreign Side なるコレクティブ を結成。

2019年リリースの EP『Pain and Love』収録の『Big Drip』のバイラルヒットでようやく注目を浴びた彼は、Columbia Records と100万ドル (約1億円) の契約を結んだ。

2020年、EP『800 BC』をリリースした彼は、Drake のアルバムへの参加も果たした。今年のフレッシュマン選出者の中では最年長 (選出時点で30歳) である。

Fivio Foreign についての記事はこちらから↓

【代表曲】

Big Drip

K Lo K (feat. Tory Lanez)

24kGoldn

【本名】Golden Landis Von Jones

【生年月日】2000年11月13日

【出身地】カリフォルニア州サンフランシスコ

カリフォルニア州ロサンゼルスで生を受け、後にサンフランシスコに移住した彼は、2019年にリリースしたシングル『Valentino』のバイラルヒットで一躍ブレイク。彼は、同曲のヒットを受け LLC、Columbia Records と契約を結び、デビュー EP 『Dropped Outta College』をリリース。彼の楽曲『Game on Your Phone』が人気ゲーム『NBA 2K20』のサウンドトラックに選ばれるなど、西海岸出身の注目ラッパーの1人である。

【代表曲】

Valentino

Mood (feat. iann dior)

Lil Tjay

【本名】Tione Jayden Merritt

【生年月日】2001年4月30日

【出身地】ニューヨーク州サウスブロンクス

15歳の頃に強盗罪で逮捕され、服役中にリリックを書き始めたという Lil Tjay は、2017年にデビュー曲『Resume』をリリース。同曲や、その後リリースした『Brothers』がバイラルヒットし、さらに Polo G との楽曲『Pop Out』は US Billboard Hot 100 チャートにて最高11位を記録。

2019年にはデビュー・アルバム『True 2 Myself』(US Billboard 5位デビュー) を、2020年には EP『State of Emergency』をリリースした。

Lil Tjay についての記事はこちらから↓

【代表曲】

F.N

Zoo York (feat. Fivio Foreign & Pop Smoke)

Jetsonmade (ミュージックキュレーター選出)

【本名】Tahj Morgan

【生年月日】不詳

【出身地】サウスカロライナ州コロンビア

サウスカロライナ州コロンビアで生を受けた彼は、2010年 (当時13歳) 頃から Garageband を使い楽曲作りを始め、翌年2011年には本格的にトラックメイクを始める。

21 Savage のミックステープ『Slaughter King』への参加をきっかけに、DJ Drama や Yung Bans ら著名アーティストとの共演を次々と果たし、彼のコラボレーターとしてよく知られる DaBaby の楽曲を手掛けるようになる。DaBaby のデビューアルバム『Baby on Baby』では5曲に参加し、リードシングル『Suge』は US Billboard Hot 100 チャートにて7位を記録。

2019年には、YoungBoy Never Broke Again や Roddy Ricch、Lil Keed、Smokepurpp、Rico Nasty など今をときめくラッパー達とコラボを果たしたり、J. Cole 擁する Dreamville のセッションへの参加、更には前述した『Suge』が Grammy の「Best Rap Song」や BET Awards の「BET Hip Hop Award for Best Single of the Year」にノミネートされるなど、一躍大物プロデューサーの仲間入りを果たした。2020年には、Playboi Carti のシングル『@ MEH』や J. Cole のシングル『Lion King on Ice』の制作にも携わるなど、現行ヒップホップシーンを代表するプロデューサーの1人である。

Jetsonmade についての記事はこちらから↓

【代表曲】

DaBaby – Suge

Playboi Carti – @ MEH

Written by Riku Hirai

中華トラップビート – ヒップホップシーンで異彩を放つ怪ビートたち

ビデオゲームのBGMのようなピコピコトラック、Playboi Carti や Lil Uzi Vert らが得意とする浮遊感のあるトラック、極端に音数が少なくバスドラムが響く重低音トラックなど。トラップミュージックが急速に人気を博して数年たった今、数々のプロデューサーたちが多種多様なトラックを生み出し続けています。

その中でも、ここ数年のヒップホップシーンにおいて一際異彩を放ちながらも、数々のラッパーたちによって使用されているのが「中華トラップビート」です。「中華トラップビート」とは、民族楽器などの独特な音色によるメロディーを主軸として構成されている、中国的なビートのことです。

三弦のような弦楽器や、笙と呼ばれる中国の管楽器などの音色が用いられることが多く、再生ボタンを押した瞬間に中国の繁華街を歩いている気分にさせてくれます。今回は、数あるトラップビートのジャンルの中から、この「中華トラップビート」が用いられている楽曲についてご紹介していこうとおもいます。

流行の発端

中国的な雰囲気を感じられるトラックは、随分前からちらほらと見受けられましたが、やはり流行の発端となったのは、中国出身のヒップホップグループである Higher Brothers の『Made In China』ではないでしょうか。彼らは、中国でヒップホップシーンが盛んになり始めたタイミングで、チャイニーズラップらしい中華ビートを採用した楽曲をリリースしました。Future や Young Thug などとの共演で有名なプロデューサー Richie Souf による中華トラックに加え、シカゴのラッパー である Famous Dex をゲストに招いたことで、チャイニーズスタイルのトラップミュージックが瞬く間に全世界に広がりました。

中国のヒップホップシーンはもちろんのこと、海外からの注目も集めることに成功した彼らは、のちにリリースしたアルバムに ScHoolboy Q や J.I.D、KOHH などを招くことで、さらなる知名度を獲得していきます。そのなかでも、Ski Mask The Slump God と Denzel Curry を招いた楽曲『One Punch Man』は、Ronny J による中華ビートの上で中国語と英語が混同した勢いのあるラップが話題を呼びました。

MV も少林寺拳法をテーマにしたものとなっており、彼らの武器であるチャイニーズラップの独特なスタイルを全面に押し出しています。もちろん、中国的なトラックが流行した要因が100%彼らにあるとは言い難いですが、アジア圏の文化がクールであるという認知を世界中にもたらした点では、間違いなく彼らの存在は大きいのではないかと思われます。

USヒップホップシーンでの事例

本章では、ここ数年でアメリカのヒップホップシーンでもよく耳にするようになった中華トラップビートを採用した楽曲の中から、重要なものを取り上げてご紹介していきます。まずは、ご存知の方も多いと思われるこちらの楽曲から。

Young Thug 率いる Young Stoner Life Records に所属するラッパー Gunna のデビューアルバム『Drip or Drown 2』に収録されている『Who You Foolin』という楽曲です。Wheezy による高級中華料理店のBGMのような中華トラップビートに、Gunna がしっとりと哀愁のあるラップを載せています。

ちなみに、Wheezy がサンプリングしたのは、中国の人気歌手である Tong Li の『童麗』という楽曲です。メロディはそのまま使用されており、Wheezy はドラムスを重ねただけです。しかし、今となっては原曲のYouTube のコメント欄には「Gunna から」「Gunna が俺をここに導いてくれた」など、Gunna リスナーによるコメントしか見当たりません。

ビートこそ中国的ですが、『ギャングスタだって、たまにはハグが必要なんだ』『リアルであれ。ストリートはお前を愛してくれないぜ。』などと切れ味のあるソリッドなラップを披露しており、内容とトラックのミスマッチ感が楽曲をより一層興味深いものにしています。

先ほど『Who You Foolin』が Wheezy によるプロデユースとご紹介いたしましたが、Wheezy は上質な中華トラップビートを制作することに定評があります。最近では、Iann Dior のニュープロジェクト『I’m Gone』に収録され、Lil Baby をゲストに招いた楽曲『Prospect』も、Wheezy にる中華ビートが採用されており、こちらも『Who You Foolin』に似た雰囲気を感じることができます。

次にご紹介するのは、Setitoff83 というノースカロライナのラッパーによる楽曲です。彼は、Rich The Kid が率いるレコードレーベル Rich Forever に所属するヒップホップトリオ 83 Babies のメンバーで、Stunna 4 Vegas などのような勢いのあるオフビート気味のラップを得意とするラッパーです。

中国雑技団の舞台を連想するようなユニークな音色のメロディループが特徴的な一曲です。レコードレーベルのボスである Rich the Kid をゲストに呼んでおり、彼らしいオフビートなスタイルを味わえます。

三弦などの弦楽器の音色をトラックに使用、またはサンプリングすることで中国的な雰囲気を醸し出すパターンが「中華トラップビート」では王道なようです。それでは、弦楽器以外の音色やサウンドを採用した中華ビートの事例についてもみてみましょう。

Polo G の最新作『THE GOAT』に収録されている『Chinatown』という楽曲です。こちらの楽曲に関しては、タイトルから察しがつく通り、もちろん中華ビートが採用されています。チャイナタウンというだけあって、特定の楽器によるメロディラインというよりは、チャイナタウンの街の喧騒のようなサウンドにドラムスを重ねた怪ビートとなっています。

今回のテーマである「中華トラップビート」からは少し外れてしまいますが、一曲だけ他ジャンルからも中華風のものをご紹介いたします。

皆さんご存知の Justin Bieber が2014年にリリースしたアルバム『Purpose』に収録されている『Hit the Ground』という楽曲です。同アルバムには、Travis Scott や Nas、Big Sean などがクレジットされていることもあり、今回の趣旨から大きく逸脱してしまうわけではないので、ご紹介させていただきます。

ダブ・ステップというジャンルを得意とし、ダンスミュージックシーンを牽引し続けているアーティスト Skrillex などによってプロデュースされた一曲で、フックにあたるメロディーバースに中国的なエッセンスが加えられています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は、近年のヒップホップシーンにおいて異彩を放つ『中華トラップビート』に焦点を当てて、その多様性や成り立ちについて考察してきました。今回ご紹介できた楽曲以外にも、中華ビートに該当するものはたくさんありますので、皆さんも中華トラップビートを探してみてはいかがでしょうか。

written by whoiskosuke

Lil Keed – アトランタが誇る次世代のラップスター

Young Thug 率いる Young Stoner Life Records に所属するジョージア州アトランタ出身の注目ラッパー Lil Keed (リル・キード)。XXL Freshman Class 2020の有力候補の1人であり、本日セカンド・アルバム『Trapped On Cleveland 3』をリリースした彼の生い立ちやキャリア、魅力に迫ります。

生い立ち

I come from the jungle where you don’t survive. 

他の奴らは生き抜くことができないような、ジャングルみたいな場所からやって来たんだ

1998年3月16日、ジョージア州アトランタにて生を受けた Lil Keed こと Raqhid Jevon Render は、幼少期を Forest Park で過ごした後、Cleveland Ave に引っ越します。この Cleveland Ave はアトランタのゾーン3に位置しており (アトランタは、警察によって1~6までの管轄地区に分けられており、アトランタのスター Young Thug もゾーン3で生まれ育ちました) 、彼は6人の兄弟とともに貧しく過酷な環境下で生活していたそうです。

キャリアの開始とミックステープ

学生時代、Subway と McDonalds で働きながら日常的に音楽制作を行なっていた彼は、親友 Rudy を亡くしたことをきっかけに、実弟である Lil Gotit と共に真剣に音楽活動に取り組むようになります。

Young Thug や Peewee Longway、Big Bank Black らに影響を受けたと語る Keed は、2016年に本格的にキャリアを開始し、2018年にデビュー・ミックステープ『Trapped On Cleveland』をリリース。 Young Thug の影響を強く感じさせるハイピッチで歌うスタイルが彼の特徴です。

亡き親友 Rudy が繋いでくれたというプロデューサー Mooktoven とタッグを組んだ同作が、彼らの地元ゾーン3を中心に人気を集め、ストリートヒットとなります。

このヒットを機に、Keed は憧れのラッパー Young Thug に自身の楽曲を聴いてもらうチャンスを掴みます。

ゾーン3に訪れた Young Thug に、同作収録の『Bag』を聴かせる Lil Keed。

この出来事を経て、Keed は Young Thug に気に入られ、後に Young Stoner Life Records (以下 YSL Records) と契約を結ぶこととなります。

2018年、ミックステープ『Slime Avenue』や『Trapped On Cleveland 2』のリリースでますます注目を集めた彼は、同年末に YSL Records からミックステープ『Keed Talk to ‘Em』をリリースします。

同作には Trippie Redd や 21 Savage、Lil YachtyLil Durk、Brandy ら大物アーティストが多数参加し、Lil Keed はアトランタから世界へ、一躍名を馳せることになります。

Nameless

she see the YSL chain shining

彼女が俺の輝く YSL チェーンを見ている

Young Thug のようなハイピッチ・フロウとキャッチーなコーラスが特徴的な1曲。女性との関係や掴んだ成功について歌った同曲がバイラルヒットし、US Billboard チャートにて最高30位を記録、後にゴールド認定されます。

デビュー・アルバム『Long Live Mexico』

2019年6月、Lil Keed は待望のデビュー・アルバム『Long Live Mexico』をリリースします。タイトルの『Long Live Mexico』とは、同年始に亡くなった彼の友人 Mexico に追悼の意を表したものです。

Young Thug や Gunna、NAV、Moneybagg Yo、Lil Uzi VertYNW Melly、Roddy Ricch らを含む13名を客演に迎えた同作は、US Billboard チャートにて最高26位を記録します。

Snake

CuBeatz & Pyrex Whippa プロデュースによるウクレレのようなストリングスを用いたスロウなトラックと、「Snake」を連呼するだけのシンプルなフックが特徴的な1曲。2バース目入りの苦しそうなハイピッチ・フロウが彼の持ち味で、まさに Young Thug のハイピッチ・パートをそのまま受け継いで進化させたかのようなスタイルを披露します。

Pull Up (feat. Lil Uzi Vert & YNW Melly)

Producer 20 & Jetsonmade プロデュースによる笛系シンセを用いたビートの上で、Lil Keed、Lil Uzi Vert、YNW Melly の3人が金や車、女性などについて歌う1曲。メロディアスなラップを得意とする彼らが、それぞれのフロウで魅力を発揮しています。

様々なアーティストとの共演

2018年から次々と作品をリリースし、憧れの Young Thug に認められたのち YSL Records と契約、更には XXL Freshman Class 2019 にもノミネートされるなど、飛ぶ鳥を落とす勢いでスターダムを駆け上がってきた Lil Keed。そんな彼は、YSL Records やアトランタのラッパーを中心に、様々なアーティストと共演するようになります。

Young Thug – Goin Up (feat. Lil Keed)

まずは Keed をフックアップした Young Thug との1曲。彼らが出会って間もない時期に制作した楽曲ですが、2人は既に最高のコンビネーションを発揮しています。Thug がイントロで「Keed, yeah」とシャウトアウトする部分や、似たような声質から放たれる両者のハイピッチ・フロウから、彼らが本当の親子だと勘違いするファンもいたほどです (年齢的にはあり得ませんが)。実際 Thug は、Keed を実の息子のように可愛がっています。まさに Keed は、アトランタ・ヒップホップシーンの結束力と Young Thug の多大な影響力が生んだネクストスターといえるでしょう。

※Young Thug がシーンに与えた影響については、以下の記事をご覧ください。

Jacquees – Hot For Me (feat. Lil Keed & Lil Gotit)

ジョージア州ディケーターの R&B シンガー Jacquees の1曲に、Keed は実弟の Lil Gotit と共に参加しています。Keed のシグネチャーである「Keed talk to ’em」の連呼で始まる彼のヴァースは、地声のラップからアドリブと共にハイピッチ・フロウに切り替わっていく展開で、R&B サウンドにしっかり順応しています。優れた歌唱力と美しい歌声を持つ Jacquees と、それに負けじと必死にハイピッチで歌う Keed の2人だからこそ成せる絶妙なコンビネーションです。

88GLAM – Bankroll (feat. Lil Keed)

カナダ・トロントのヒップホップ・デュオ 88GLAM との1曲。Keed は、お得意のハイピッチ・フロウに加え Young Thug のようなダミ声も披露しており、客演にも関わらず主役級の存在感を放っています。Keed はどの楽曲でも同じようなラップをしていると思われがちですが、自分のスタイルを貫きながらも随所に様々な工夫を凝らしており、インタビューでも以下のように語っています。

After just every day being in the studio, trying new things. 

俺はいつも新しいことを試してる

I don’t want people to be like, ‘He sounds the same on every song, that shit’s boring!’ 

「Keed の曲は全部同じでつまらない」って思われたくないんだ

I can sing. I can do straight rap. I do melodies. 

俺は歌えるし、ラップも出来るし、メロディも作れる

I do rockstar shit. It’s real genuine.

ロックだって出来るよ これはマジなんだ

REVOLT

Zaytoven, Lil Keed & Lil Yachty – Accomplishments

同郷アトランタの Zaytoven、Lil Yachty との1曲。Zaytoven のダークなビートと Lil Yachty の脱力ラップ、そして Keed のハイピッチ・フロウと、良い意味で不安感を煽られる楽曲です。 彼らは2020年2月に同曲を収録したコラボ・プロジェクト『A-Team』をリリースしています。未聴の方は是非。

Tee Grizzley – Slime (feat. Lil Keed)

ミシガン州デトロイトのラッパー Tee Grizzley との1曲。Tee Grizzley のハードなラップに続いて、Keed はハイテンポなビートを乗りこなしながら自由なラップを披露します。真面目にラップする Tee Grizzley と、奇妙なアドリブやフロウを聴かせる Keed の相性が意外にもマッチした楽曲です。

johan lenox, Lil Keed & Kota the Friend – throwback thursday

マサチューセッツ州ボストンのシンガー/プロデューサー johan lenox との1曲。Keed とオーケストラ・サウンドという一見意外な組み合わせですが、彼は johan lenox にも Kota the  Friend にもない新たなエッセンスを楽曲に加えており、三者三様のコントラストが魅力的な楽曲です。このようにヒップホップ (トラップ) 以外の楽曲にも起用される Keed は、同じく様々なジャンルの客演をこなす Young Thug に近い立ち位置を確立しつつあるのではないでしょうか。

おわりに

今回はアトランタの注目ラッパー Lil Keed についてまとめてみました。いかがだったでしょうか。

2019年、そして2020年と2年連続で XXL Freshman Class の候補者にノミネートされており、これからますます活躍が期待されている Lil Keed。実弟 Lil Gotit と共にアトランタのシーンを背負うビッグスターになる日も近いかもしれません。

最後までお読みいただきありがとうございました。

Written by Riku Hirai

The Life of Kanye – ヒップホップから偏見を取り除いた Kanye West の全て

突然ですが、あなたは Kanye West という言葉を聞いて何を思い浮かべますか?「変人」「宇宙人」などなど、最近の一連の行動を見ていると、あらかたの人が Kanye に対して不信感や偏見を持っているかもしれませんが、彼の音楽面における影響力は絶大なものなんです。

ということで、今回はそんな Kanye West の全てがわかる記事をご用意しました。Kanye がリリースしたほぼ全てのプロジェクトを通して、彼の音楽の全貌に迫りましょう。

Kanye West とは?

Kanye West (以下、Kanye) は1977年6月8日にアトランタで生まれ、イリノイ州のシカゴで育った現在43歳のプロデューサー・ラッパー・ファッションデザイナーです。ここでまず最初に注目してほしいのは、彼が元々プロデューサーであったという事です。

プロデューサー・Kanye West

彼は1990年代に学生として大学に通いながら、プロデューサーとしての仕事を始めました。しかしなかなかヒットには恵まれません。実はこの時期に、ソロデビューを果たすためにかなりレーベル探しに苦労しており、Capitol Records からソロアルバムを出すということがほとんど目前まで決まっていたところで契約が白紙になってしまったこともありました。

好機が訪れたのは2000年代になってからのこと。オールドスクールとニュースクールのハブ的存在、 Jay-Z との出逢いです。そして、Jay-Z にプロデューサーとしての資質を買われて Roc-a-Fella Records とプロデューサーとして契約を結びます。

Jay-Z

そして、これを機に彼は一気にトップアーティストへと上り詰めます。 早速彼は Jay-Z の2001年のアルバム『The Blueprint』において13曲中4曲をプロデュースします。ではこの中から2曲、紹介いたします。

Jay-Z -『The Blueprint』

Jay-Z – Takeover

この曲はジム・モリソンの所属していたアメリカ西海岸出身の世界的バンド The Doors の『Five to One』や David Bowie の『Flame』を大胆にサンプリングした一曲です。また、この曲は Nas をディスってビーフになったことでかなり有名な一曲でもあります。今でこそゴスペルのイメージが強い彼も、源流はサンプリング&ループビートなんです。

Jay-Z – Izzo

続いては『Izzo』ですが、この曲のビートどっかで聞いたことがあるなと感じた方もいらっしゃることでしょう。そうなんです、これは Jackson 5 の『I Want You Back』をサンプリングした一曲なんです。大胆に様々なジャンルに闖入しうる彼の才能は、この時代から顕在ですね。

Common – They say (feat.Kanye West & John Legend

Jay-Z の他にも、 シカゴヒップホップの開拓者ともいえる Common のアルバム『Be』にて、11曲中9曲を Kanye がプロデュースします。では一曲お聞きいただきましょう。Common で『They say (feat.Kanye West & John Legend』 です。

John Legendの聞き心地のよいコーラスから始まる、気持ち良さと軽快さを兼ね備えたビートですね。聴いた人は分かると思いますが、2バース目はカニエのラップパートになっています。

また、R&B においても、彼はプロデューサーとしての才能を開花させていきます。プロデュースした中で有名なものに、Alicia Keys の『You Don’t Know My Name』があります。

Alicia Keys -『You Don’t Know My Name』

往年のソウルビートにコーラスやピアノサウンドを加え、蜿蜿とうなるように音階が変化していく広がりを持ったサウンドが特徴的な素晴らしい曲ですね。

ここまで Kanye のプロデュースシリーズをざっくり紹介していったんですが、「カニエの信仰心の深さはどこからきているのか」が不思議な方もいると思います。実は先ほどの Alicia Keys のアルバムが出るよりも前、2002年の10月23日の出来事を機に、Kanye は信仰心に目覚めます。それは、この日のレコーディング終わり、車に乗って家まで向かう帰路のことでした。

この時、Kanye は居眠り運転をして大怪我を負います。この事故について、後々カニエは「神が救ってくれた」とコメントしており、この出来事で信仰心に目覚めます。

ラッパーとしての Kanye West

ここからは、ラッパーとして活動していく彼について書いていきます。少し長くなりますが、これを読めば Kanye の魅力がより一層理解できるようにまとめました。

Kanye の原点・温情的なサウンド

Kanye は2004年にソロデビューを果たします。そしてこれがいきなり全米チャート2位をとります。カニエファンならみんな大好き『The College Dropout』です。ちなみに、このアルバム名は仕事が忙しくなり、大学を中退したことを意味しています。

『The College Dropout』(2004)

The College Dropout (2004)

このアルバムは彼の信条である家族愛を感じるような温情的なサウンドだったり、でもどこか寂しげなリリックだったりを特徴としています。また、このアルバムのメイキングにおいて驚くべきことは、アルバムリリースの数ヶ月前に音源がリークされていることなんですが、彼はこれを故意的にやったと言っています。

これはリーク曲に対する世間の評判を見て、曲のマスタリングを変更したり、曲を没にしたりするためにやったそうです。実際に、東海岸のレジェンドクルー Wu-Tang Clan の Ol’ Dirty Bastard (通称:ODB) との楽曲『Keep the Receipt』をこのアルバムから外し、一年後の Roc-a-Fella Records から出したミックステープに収録していたりします。

Ol’ Dirty Bastard

The College Dropoutのオススメ曲

このアルバムでのオススメ曲としては、まずは Chaka Khan の『Through the Fire』を大胆にサンプリングした楽曲『Through The Wire』です。 『Through the Fire』(炎の中で) を 『Through the Wire』(ワイヤーの間から)というお茶目なワードプレイに変えちゃう辺りは彼らしくて面白いですね。

気持ちいいサンプリングですね。この曲は一部分のループだけじゃなく、サビをまるごとサンプリングするという大胆な手法を使っていて、それにも関わらずバースに入る部分にも違和感が全くありませんね。

ちなみにこの曲のレコーディングなんですが、Kanye は先ほど言いました居眠り運転の事故で口にワイヤーをいれたままの生活を強いられていて、そしてレコーディングまでワイヤーをつけたまま行いました。そう思って聴いてみると、確かにハッキリ言葉を発していないように聞こえますね。

クラシックへの傾倒

『Late Registration』(2005)

続いては『Late Registration』です。こちらは、リリース後10週連続で全米チャート1位をとり、これ以降のアルバムでKanye はチャートを総ナメしてしていくのですが、今作は前作と比べてかなりクラシック的要素が強くなっています。このアルバムの制作における裏話に、上述の Common のアルバム制作の時に「俺ならこうやってラップするぜ」と思っていたそうで、そこから着想を得たそうです。

勿論、Jay・Z や Nas、The Game、さらには Brandy や Maroon5 の Adam なども客演に迎えた崇高な仕上がりになっています。このアルバムを契機として、温かみやチープさといった印象を払拭した楽曲の作り方をしています。また、このアルバムでは Pop 界のレジェンドプロデューサー Jon Brion を外部プロデューサーとして迎え入れていることで、前作とはまた違ったサウンドの幅を感じます。

Late Registrationのオススメ曲

オススメ曲は Brandy を客演に迎えた『Bring Me Down』です。

こちらはオーケストラの生演奏によるライブの様子

こちらは悲しげな情緒を伺わせるビートにブランディの歌声やカニエのラップがとろけ合うクラシック的一曲となっていますね。カニエの楽曲はやはり、ギャングスターラップ特有の男臭さが消えていてこれがまた素晴らしいですね。他にも独特の電子音から始まる『Celebration』など、このアルバムは前作よりも少し前衛的な構成で出来た曲が多いように感じます。

また、2006年には Pharrell Williams のアルバム『In My Mind』の制作に協力していたり、様々なジャンルを横断した楽曲を作り続けます。

Pharrell Williams

エレクトロニクスへの傾倒

『Graduation』(2007)

そして、2007年には『Graduation』を発表します。このアルバムは、50cent の『Curtis』と同日に発表されたこともあり、二人のセールス対決にも注目が集まりました。結果としては、Kanye が大きく差を開けて売り上げを伸ばし、翌年のグラミー賞で最優秀ラップ・アルバム賞を受賞することになります。また、アルバムのアートワークが日本の現代アートの神様・村上隆氏によって手掛けられており、これまでにも増して、特徴的なビジュアルとなっています。

このアルバムでは、エレクトロニックサウンドへの傾倒が注目されがちですが、ニューヨーク出身の伝説的バンド Steely Dan のサンプリングなど、今までにも増してヒップホップの可能性を無限大に広げ、そのジャンルをメインジャンルに押し上げたアルバムであることも特筆すべき点です。また、一曲一曲がクリアにミキシングされているので、以前にも増して粗雑感が消えています。

Graduationのオススメ曲

2006年に先行シングルで発表し、世間に衝撃を与えた一曲『Stronger』をオススメします。

最高ですね。この曲を聞いたことのある人が多い理由はサンプリング元が Daft Punk の『Harder Better Faster Stronger』だからです。にしても、天才的なサンプリングセンスとしか言いようがありません。

オートチューンの旗手・Kanye West

808s&Heartbreak(2008)

続きまして、『808s&Heartbreak』です。これまた全米1位を取っちゃうんですが、このタイトルの「808」というのは、日本が誇る世界的電子機器メーカー「Roland」の名機である「TR808」を指していて、これが随所で使用されています。

そして、特筆すべき点としては、彼がオートチューンを使った歌唱を中心としてアルバムを作っているところです。実は、現在トラップミュージックを中心に当然のようにヒップホップ界で使われているオートチューンですが、実は Kanye がこのアルバムで使ったことで、様々なアーティストがオートチューンを使うようになったんです。

また、このアルバムがでる前年の母の死や Alexis Phipher との破局など、彼が辛い時期に味わった「Heartbreak」(傷心) が随所で表現されています。

808s&Heartbreakのオススメ曲

オススメ曲は一曲目の『Say You Will』です。

この曲のサウンドで登場するピコピコ音が心電図のように作用し、母の死と彼の心が傷ついているという二つのコノテーションを含んでいるように感じさせられます。 また、リリックも情緒的なものになっています。

When I grab your neck, I touch your soul.
Take off your cool then lose control.

君の首を握った時、君の魂を感じるんだ。
君から冷静さを奪って、滅茶苦茶になろう。

ジャンルレスな存在・Kanye West

『My Beautiful Dark Twisted Fantasy, Watch The Throne』(2010)

2010年にリリースされたこのアルバムは何とも簡易な言葉で表現できない仕上がりとなっています。『Graduation』で結実させたヒップホップのメソッドを一度解像度を落とすことで、荒唐無稽とも言えるほど荒涼とした、かつ希死念慮までもを含んだ酸鼻の情緒の波に音階を同調させています。確かに新しさこそ感じることは少ないのですが、それでも彼がそれまで積み上げてきたその全てがこのアルバムには詰まっています。

Jay-Z や Rick Ross、John Legend、Alicia Keys、Rihanna、Bon Iver や Elton John までを客演に呼んだこのアルバムはピッチフォークをはじめ、ローリングストーン誌など、各音楽批評のトップメディアから満点の評価を叩き出しました。

それでもグラミー賞の年間最優秀アルバム賞を得られなかったことを考えれば、彼が Jay-Z と共にその授賞式を辞退したことはやむを得ないのかもしれませんね。

『My Beautiful Dark Twisted Fantasy, Watch The Throne』のオススメ曲

Pusha T をフィーチャーした一曲『Runaway』です。

Let’s have a toast for the douchebags.

勘違い野郎に乾杯だ。

たった1音の旋律から増幅するこの曲は、かなり教示的な一曲だと感じると同時に、その自嘲的なリリックにユーモアさえ感じとることができます。Taylor Swift のMTV授賞式を邪魔するという失敬によって彼はハワイでレコーディングをせざるを得なくなったわけですが、唖然とするほどストイックにレコーディングを行ったそうです。モデルの Amber Rose との破局もあったのですが Kanye は心が不安定な時こそ最高の音楽を作ってしまうんですね。

続いては、Fergie、Alicia Keys、Elton John、Rihanna や Kid Cudi といったスターたちを次々に使う『All Of The Lights』 です。

2. All Of The Lights

PV も最高ですね。少女が歩くシーンから始まる映像は曲にぴったりで、ビートが鳴り出した瞬間の高揚感はたまらないですね。途中のコーラスからの畳み掛けるような勢いは本当にたまらないです。

『Watch the Throne』(2011)

辛い時期を闘った Kanye なんですが、2011年には Roc-a-Fella Records と Def Jam Recordings より、恩人 Jay-Z と共作のアルバム『Watch the Throne』をリリースします。このプロジェクトは元々、EPとして発表するつもりだったのですが、色々な構想がうまく行くうちにアルバムにしてしまおう、となって作られたアルバムです。

このアルバムには、Frank Ocean が2曲もメイン客演として入っていたり、The Dream や Beyonce なども参加しています。そして、このアルバムから大量にプロモーションビデオが出されたことでも世間を驚かせました。

『Watch the Throne』のオススメ曲

Frank Ocean と The Dream をフィーチャーし、プロデューサーに 88Keys とMike Dean を加えた一曲目『No Church In The Wild』 です。

どこかしらに野生的な攻撃性を感じさせる曲調にはアドレナリンが吹き出しそうになります。曲調が特徴的なことに加え、リリックも意味深いものとなっています。

What’s a god to a non-believer who don’t believe in anything? Will he make it alive? Alright, alright, no church in the wild.

何も信じちゃいない無神論者にとって神(救い)って何なんだ?彼は生き抜くことができるのか?わかってるよ、荒れ果てた場所(彼らの住む場所)に教会(救い)なんて無いってことは。

このラインは Frank Ocean のコーラスの一部で、この曲中で三回出てくる印象的なフレーズなんですが、これはギャングの世界 (wild) を生きるラッパー達は神なんてものにすがっていたら生きていけないということを意味しています。

また、面白いなと思うのが、普通アメリカの宗教の大部分を占めるキリスト教にとってもイスラム教徒などにとっても神は唯一の存在(唯一神)なので、「the God」と表記するのが当然なのですが、ここでは無神論者からの目線のリリックなので、「a god」と書かれています。神に救いなど求めないという姿勢が表現された一曲ですね。

『Kanye West Presents GOOD Music Cruel Summer』(2012)

続いては、Kanye が自ら2004年に作ったレーベルで Def Jam Recordings の傘下である GOOD Music より出されたレーベルアルバムの『GOOD Music-Cruel Summer』です。こちらはレーベルでのアルバムにはなりますが、Kanye によるプロデュースアルバムで、彼自身が楽曲に多く参加しているので紹介いたします。

『Cruel Summer』のオススメ曲

『I Don’t Like ft. Pusha T, Chief Keef, Jadakiss& Big Sean』

この曲は、客演の一人でシカゴ出身のラッパー Chief Keef の一年前の曲をカニエがサンプリングしていますので、そちらの方で聞き覚えがある方もいると思います。美しい旋律だけでなく、ここまで攻撃的でアンダーグラウンドなビートもやってのける彼には驚嘆ですね。

転調の神・Kanye West

『Yeezus』(2013)

そして2年の時が過ぎ、7作目のアルバム『Yeezus』をリリース。このアルバムはこれまでずっと続いてきた Roc-a-Fella Records と Def Jam Recordings から出される最後のアルバムとなります。次回作からは GOOD Music と Def Jam Recordings よりリリースされるようになります。

今作はプロデューサーとして Mike Dean や Daft Punk、Arca や Travis Scott を招いていて、この作品でも革新的な電子サウンドを取り込んだ楽曲が多くみられます。また、リリースされる15日ほど前にプロデューサー Rick Rubinを招き、このアルバムをさらに凝縮するべく、マスタリングをギリギリまで行っています。

そして、何よりこのアルバムの特徴といえば、転調の多さです。この転調の多さは Travis Scott にもかなり影響を与えたようで、転調の王者 Travis Scott の原点とも言えるアルバムでしょう。

『Yeezus』のオススメ曲

まずは、Travis Scott を中心に Mike Dean なども共にプロデュースした一曲『New Slaves』です。

『New Slave』

この曲では一見単純そうなビートが繰り返されているように思いますが、その後ろで水の沸騰するようなポコポコとした音やコーラス・バスドラムのサウンドなど細部まで精巧に作り上げられています。そして驚くべきは2分51秒の転調の衝撃ですね。

『Bound 2』

このビートはアメリカのソウルグループ Ponderosa Twins Plus Onにより1971年にリリースされたアルバム『2 + 2 + 1 =』の一曲『Bound』の大胆なサンプリングを軸に作られています。「Uh-huh, honey」というフレーズが頭から離れませんね。Youtube の PV はピアノの伴奏から始まる Explicit バージョンとなっているので是非原曲とも聴き比べてみてくださいね。

ゴスペルへの傾倒

『The Life of Pablo』

The Life of Pabloのオススメ曲

正直全部オススメなんですが、抜粋して紹介していきたいと思います。

『Ultralight Beam』

We don’t want no devils in the house, God. We want the Lord. And that’s it.

この家に悪魔なんていらないの、あなたを感じたいの、それだけ。

少女の上記のフレーズで始まる印象的なスタートの曲です。また、その女の子のインスタグラムにてそのサンプリング元を見ることができますので是非チェックしてみてください。

これはある女の子が神父の説法のモノマネみたいなことをしているところなんですね、なんとも愛らしい。そして曲は The-Dream と Kanye のバースに入ります。

We on an ultralight beam. This is a God dream. This is everything.

みんな神の光に包まれている。これが神の与えてくれる希望だ、それだけさ。

実はこのライン、初めの女の子の発言に対して呼応する構造になっているんですよね。また、ここでの神の光はつまり無償の愛、キリスト的用語で言えば、「アガペー」を意味するのでしょう。この曲では 女性シンガー Kelly Price の圧倒的歌唱力も味わうことができます。彼女は幼少の頃から教会に通い、ゴスペルに大きな影響を受けたシンガーです。

Kelly Price

そしてその後、Chance The Rapper の心地よいバースがあり、曲の終盤に Kirk Franklin を使ってしまうという徹底したゴスペルサウンドへのこだわりが随所に見られます。Kirk Franklin はゴスペルとヒップホップを融合し、アーバン・コンテンポラリー・ゴスペルを作り出した張本人でアメリカでも圧倒的人気を誇るアーティストなんです。

『Father Stretch My Hands, Pt.1』

この曲は Metro Boomin のプロデュースということですが、始まりから最高ですね。「stretch my hands」というのは神を賛美するときに天に向かって手を伸ばすことを意味していて、一般的な Sunday service (日曜礼拝)や祈りを捧げるときに行われる行為です。

ちなみに『Father I Stretch My Hands to Thee』という曲は James Cleveland の代表曲で、Kanye はこの曲を参考に作っています。

James Cleveland

まあこの曲は『Pt. 2』もあるので聞いてみてください。ちなみに『Pt. 2』はみなさんご存知 Desiigner の『Panda』を Kanye がリリース前にネットで見つけ、すぐさまサンプリングできるように権利を買い取ったとのことです。その Desiigner は『Freestyle4』にも客演で参加しており、この後一花咲かせるためのきっかけとなりました。

(Father Stretch My Hands)『Pt.2』

かなり推敲されきった楽曲ばかりですが、次の曲は完成度は本当に高いものの、そのリリックが物議を醸します。

『Famous』

I feel like me and Taylor might still have sex
Why? I made that bitch famous (Goddamn)

俺とテイラー(スウィフト)は今もやってるかもな。なぜかって、俺があのアマを有名にしたからだよ。

このリリックに対して Taylor Swift サイドがかなり批判したのですが、リリース前に Taylor Swift に許可を取っていたという電話をキム・カーダシアンが通話記録から発見し、一旦事態は収束しました。しかし、事態は今年になって急展開を見せました。なんと、結局は Kanye 夫妻が嘘をついていたというのがまたもや通話記録から発見されたのです。否定的なラインはその本人に悪影響を与えるため、Taylor Swift が怒る理由も理解できますね。

この楽曲もパワフルな Rihanna の声と緩慢とした Kanye のラップが荘重としたサウンドの上で見事なハーモニーを奏でています。また、この楽曲には Swizz Beatz も参加しており、彼のことを Kanye は史上最高のヒップホッププロデューサーだと言っています。

Swizz Beatz

続いては『Waves』です。この曲にはChance the RapperとChris Brownをフィーチャーしています。Chance the Rapper といえば、Kanye も認める凄腕ラッパーな訳ですが、彼が他の楽曲にも様々に「テコ入れ」を行ったことでリリースが遅れたとも言われていますから、彼のプロデュース力も底知れぬものなのでしょう

最後に僕のカニエの数々の曲の中で最も好きな曲を紹介します。

Saint Pablo

この楽曲・アルバムのタイトルにもなっている「Pablo」についてなのですが、これはキリストの使徒の一人である「パウロ」を指します。パウロはもともと、ユダヤ教徒のファリサイ派と呼ばれる過激な思想を持つ宗派に属しており、キリシタンを迫害し、嘲笑するような態度でした。しかし、突然キリストの声が聞こえ、目が見えなくなります。それをキリスト教徒が祈りにより直してしまいました。そのような経験から彼はキリスト教へと回心したのです。『The Life of Pablo』はそんな人の人生というのがテーマのアルバムなのです。

また、この曲はイギリスのシンガーである Sampha がコーラスを担当しています。かなりの美声なのでぜひ聞いてみてください。

Sampha

このアルバムの名前は、当初『So Help Me God』と発表していたにも関わらず、その後『SWISH』にすると言ったり『Waves』だと言ったりして最終的に『The Life of Pablo』となったんです。

Kanye West と信仰心

『The Life of Pablo』に対して「信仰をバカにしてる」・「本当のキリシタンに失礼だ」という意見が多いのですが、そもそも彼はキリシタンではありません。彼は、「キリスト教徒では無いが、神を信じている」と言っており、004年の「New York Times」でも、以下のように発言しています。

I have accepted Jesus as my Savior.

俺はキリストを”救済者”として考えている。

2009年の「Vibe Magazine」では、

I just think God has put me in a really good space.

俺にとって神とは自分を良い方向に導いてくれる存在なんだ。

この2つの供述を見ても、Kanye にとって神とは救済者であり、かつ良いパワーを与えてくれる存在であって、それ以上でもそれ以下でも無いのかも知れません。

また、Kanye は2019年の1月に「Sunday Service」をはじめましたが、これも宗派を問わず、愛を求め願う者は誰でも参加できるものになっています。ちなみに、「Sunday Service」自体は単に「日曜礼拝」という意味なので Kanye が始めたものではありません。

精神崩壊と『ye』

『ye』 (2018)

そして、約2年ぶりとなるプロジェクトが発表されました。『ye』です。このアルバムは、今までのどの作品よりも、内省的で、精神崩壊を表したアルバムでした。この年のカニエと言えば、奴隷制度の過去について肯定したり、トランプ大統領を支持したりと今までにまして暴虐な発言をしていました。

このアルバムでも『The Life of Pablo』で大成させたゴスペル的ヒップホップと言えるサウンドが随所で見受けられます。

トランプ大統領と共に苦笑いをするKanye

『Yikes』の中では薬物中毒と格闘する姿が描かれており、『Violent Crimes』では女性を暴力的に支配してきた過去を娘に打ち明けるようなラインも見られます。彼にとってこの年は自らをも失望させた時期だったのかも知れません。

『ye』のオススメ曲

『Violent Crimes』

070 Shake の歌声がたまらないですね。Sound Cloud にて人気を獲得した彼女をキャスティングし、転調を含んだ美しいビートというステージの上で彼女を奔放に、あるいは寄る辺なく躍らせてしまう彼の才能には脱帽です。

『Ghost Town』

Shirley Ann Lee・PARTY NEXT DOOR・070 Shake という近年力をつけてきた勢力に加え、自身のレーベルより長年の古株である Kid Cudi を絶妙なタイミングでコーラスとして使った至極の一曲です。

続きましては、その Kid Cudi との共同プロジェクト「KIDS SEE GHOSTS」のアルバムについてです。

Kanye West と Kid Cudi

『KIDS SEE GHOSTS』 (2018)

実は、Ronald Oslin Bobb-Semple より、このアルバムの収録曲『Freeee (Ghost Town Pt. 2)』に Kanye がマーカス・ガーベイのスピーチを再現した「The Spirit of Marcus Garvey」という音声が使用されていることに対し、訴えを起こしました。これは曲の中心として使っているのでフェアユースとは言えないだろと訴えを起こされ、話題となっていました。

KIDS SEE GHOSTSのオススメ曲

1. Feel The Love

Pusha-T を招いた同曲は、コーラスを中心に構成されているにもかかわらず、途中から暴力を声にしたようなバース・アドリブが展開され、それに合わせてビートも荒れ狂ったように展開されていく素晴らしい一曲です。

You bust down a Rollie, I bust down a brick, then I flood it, nigga.

お前はロレックスをアイス(ダイヤモンド)まみれにして、俺はここをコカインまみれにするんだよ。

これは bust down を使ったワードプレイで、ダイヤモンドなどで時計などを装飾するという意味と、コカインをやるという意味をかけたものになっています。

ゴスペルへの回帰

『JESUS IS KING』(2019)

次は 2019 年にリリースされた『JESUS IS KING』です。突然リリースするという情報が流れ、最後まで寝ずにマスタリングするから待ってくれと、いつも通りリリースを延期した Kanye West。

僕の予想は日本時間で夜中の2時だったのですが、1時にたまたまSNSを開くとカニエがたった今リリースしたということで奇跡的にリリース後すぐに聴けて嬉しかったです。

『JESUS IS KING』について

まずは、 Kanye が声を一切出さないと言う、イントロ的な役割の曲『Every Hour』をお聞きください。

1. Every Hour

2019年の1月頃から始まったカニエの新プロジェクト「Snuday Service」のコーラス部隊が陽気に歌いまくる曲です。この曲のリリックで印象的なものが、旧約聖書の150篇の神への賛美の詩を収めた「詩篇」からの直接引用の部分です。

Let everything that has breath praise the Lord.
Praise the Lord.

生きとし生けるもの全ては主を敬いなさい。主を掲げなさい。

2. Selah

パイプオルガンのようなサウンドから始まるまさに聖歌のような始まりですね。意外なことかも知れませんが、実はキリスト教音楽っていまだに作られ続けているんです。20世期に入ってからもフランスの印象主義の作曲家クロード・ドビュッシーなどもキリスト教音楽のアーティストとして有名ですね。

カニエほどの才能があればキリスト教音楽に近いものが作れちゃうんですね、しかもそれをヒップホップというテーゼの上で成し遂げていることには驚きです。ドラムスを見事なバランスで扱っている点にも是非注目してみてください。また、耳を澄まして聴いてほしいのは、コーラスのみに聞こえるハレルヤの場所でも後ろで小さくリズムビートが鳴り続けているポイントです。ほんとうに細かいところまで抜かりがないですね。

3. Follow God

三曲目のこちらですが、TLOPで紹介した「Father I Stretch My Hands to thee」をサンプリングしています。これは言わば、TLOPの『Father Stretch My Hands, Pt. 1』そして『Pt. 2』の続きに当たる『Pt. 3』とも言える曲ですね。見事なサンプリングです。この曲が一番再生されてる理由も理解できますね。

4. Closed On Sunday

この曲のラインがまた面白いですね。

Closed on Sunday, you’re my Chick-Fil-A.

日曜日に閉まっている、あなたは私にとってのチックフィレイ(アメリカのファストフードレストラン)だ。

この Chick-Fil-A とはチキンとサンドイッチが有名なアメリカのファストフードレストランのことです。このレストランの創業者 Truett Cathy は彼の宗教的信条に従って、日曜日は安息日だから働かない、というのを会社のルールで決めていて、敬虔なクリスチャンとして知られています。

次で最後の紹介にします。

5. On God

これは Pi’erre Bourne のトラックを使った一曲です。音なのにビームが出ているように感じますよね。それをカニエが見事なバランスでラップしている。半端ないです。

2020 と Kanye West

そして2020年になり、YEEZY と GAP のコラボレーションを発表するなど、コロナ渦でも話題を欠くことのなかった Kanye West。

そんな彼が、突然 MV と共に弟のような存在である Travis Scott を客演に呼んだ一曲『Wash Us in the Blood』を発表します。

このミュージックビデオは、Solange や Jay-Z のMV監督としても知られる、映画監督の Arthur Jafa によって作られました。車の激しいアクションのシーンは思わず目を見開いてしまいそうになりますね。また、兄弟分とも言える Travis Scott を絶妙な使い方で使っている点にも注目です。

(Kanye West と Travis Scott の関係については以下の記事を参照ください)

そして 7月5日にはアメリカの大統領選挙に出馬する意向を示し、実際に出馬することがほとんど確定となったり、ニューアルバム『DONDA』をリリースすると発表したり、演説で号泣しながら中絶廃止を訴えたり、とコントロバーシャルな話題を振りまき続ける Kanye West からは今後も目が離せません。

最後に

フランクオーシャンのプロデュースの事など、プロデュースの面については他にも色々と書きたいことはあるのですが、またの機会にしたいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました。

XXS オリジナルプレイリストはこちら↓

https://music.apple.com/jp/playlist/the-life-of-kanye/pl.u-NpXmDyGCmgrABjV

The Kid LAROI – オーストラリアの新星ヒットメーカー

Juice WRLD の遺作『Legends Never Die』への参加や、Lil Tecca や Lil Tjay などの人気若手ラッパーたちとの共演で注目が集まる中、満を辞して待望のニュープロジェクト『Fuck Love』をリリースしたばかりの The Kid LAROI。今回はそんな彼の生い立ちやキャリア、魅力について迫ります。

The Kid Laroi とは

The Kid LAROI (ザ・キッド・ラロイ) こと Charlton Howard は 2003年8月16日にオーストラリアのシドニーに生まれました。現在のヒップホップシーンでは珍しいオーストラリア出身で、まだ16歳とかなり若いのも特徴の一つです。

シドニーで生まれた The Kid LAROI (以下 LAROI) は幼少期からヒップホップを中心とする音楽に親しんでいました。彼の母親はオーストラリアの音楽をほとんど聴かない人物だったそうで、母親が幼少期の LAROI に Kanye West や 2Pac 、Erykah Badu などの音楽を聴くことをすすめたことが、彼がヒップホップと出会うきっかけとなったそうです。

彼の音楽は Juice WRLD や Trippie Redd のそれと比較されることが多く、「サウンドクラウドラップ」や「エモラップ」にカテゴライズされることが多いです。実際に彼が音楽の道を志し始めたときには、彼はすでに Juice WRLD の大ファンだったそうで、Juice WRLD による影響はかなり大きいとインタビューの中でも語っています。

キャリアの開始

LAROI は2018年にオーストラリアのラジオ番組の新人アーティスト発掘コーナーである Triple J Unearthed High にてファイナリストまで勝ち上がります。コンペティションにて知名度を格段に上昇させた LAROI は同年に初の EP 『14 WITH A DREAM』を SoundCloud にて公開します。

1曲目に収録されている『GO GET IT』では、EP のタイトル通り「14歳にして大きな夢を思い描く」彼の決意や大志がひしひしと感じられます。メロディアスなラップや、フックを歌い上げるスタイルの楽曲が多い現在の彼に対し、初期はシリアスなラップを淡々とこなすスタイルが特徴的です。

4曲目に収録されている『Blessings』では、メロディアスでありながらもシリアスさを持ち合わせる力強いラップを堪能することができます。当 EP の中では、こちらの楽曲が特に大きな話題を呼び、彼のキャリアを躍進させるきっかけとなりました。

Juice WRLD をはじめとした SoundCloud 発のエモラップを好むリスナーたちを中心に徐々にファンベースを築き上げていった LAROI は2019年に Juice WRLD も所属する Lil Bibby によるレコードレーベル Grade A Productions や Columbia Records との契約を交わしました。

その後、 LAROI は Juice WRLD によるライブツアーのオーストラリア公演への同行を果たし、憧れだった人気ラッパーたちに仲間入りします。ツアーの際に憧れの存在である Juice WRLD との親交を深めた彼は、のちに彼とのコラボ曲も発表します。

Juice WRLD と The Kid Laroi

The Kid LAROI の楽曲とスタイル

彼のキャリアや生い立ちについておさらいした上で、彼の楽曲についてご紹介していきます。今回が初めての長編プロジェクトということで、まだまだリリースした楽曲の数は多くありませんが、すでに多くの人気アーティストとのコラボレーションを果たしていたりと、楽曲のクオリティはかなり高いものとなっています。

Diva (feat. Lil Tecca)

メガヒット『Ransom』などでも有名な SoundCloud 発のラッパー Lil Tecca をゲストに招いた楽曲です。当時 LAROI は16歳、Lil Tecca は17歳とかなり若い二人のコラボレーションです。ミュージックビデオは 2億5千万回以上の再生回数を誇る Lil Tecca の『Ransom』も監修した Cole Bennett によるもので、サウンドクラウドラッパーたちにとっての夢を若くして叶えました。

The Kid LAROI & Juice WRLD – GO

LAROI の憧れの存在でもあった故 Juice WRLD をフィーチャーした楽曲です。楽曲自体は Juice の死後にリリースされましたが、オーストラリアでのツアーに同行した際にレコーディングされた楽曲で、ミュージックビデオにもその時の様子が映し出されています。

最後のフックでは、LAROI が担当するメインメロディに、まるで今この瞬間も生きているかのように Juice がハーモニーを重ねます。互いをリスペクトしあっていたという二人の美しいハーモニーは必聴です。

The Kid LAROI & Lil Tjay – Fade Away

NY・ブルックリンを拠点とし、哀愁漂う切ない楽曲からドリルミュージックまで幅広くこなすラッパー Lil Tjay をフィーチャーした楽曲です。 哀愁を感じるトラックの上で、Lil Tjay は十八番である切なくも魅力的な声色でラップし、LAROI は力強い歌声で歌い上げます。

Tell Me Why

7月17日にリリースされたばかりのこちらの楽曲は、Juice WRLD へのトリビュートソングです。憧れの存在であり、互いをリスペクトし合う最高の仲間でもあった彼との突然の別れをテーマにした楽曲です。

Tell me why, tell me why
なぜか教えてよ。

It’s so hard to say goodbye
さよならを言うのは辛すぎるよ

お気づきの方も多いかもしれませんが、彼のプロジェクトのカバーアートには度々日本のアニメにインスパイアされたと見られる作品が採用されています。今作の『Fuck Love』に関しても、渋谷の街並みを背景にキャラクター化された LAROI の姿を確認することができます。将来的には日本で公演を行ってくれる日も来るかもしれません。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回はオーストラリアの新星ヒットメーカー The Kid LAROI の生い立ちやキャリア、魅力について迫りました。まだ始まったばかりの彼の音楽キャリアですが、これからも彼から目が離せません。

Written by whoiskosuke

ヒップホップと Rolex

過酷な環境を生き抜き、音楽で成功することを夢見るラッパーたち。ヒップホップ業界では、苦労の末に掴んだ成功を「フレックス (自慢)」することが文化となっており、一種の美徳とされています。そんな彼らのフレックス文化の中で、重要な役割を果たすのが高級腕時計です。今回は、その中でも圧倒的な人気を誇る腕時計メーカー「Rolex」とヒップホップの関係性について考察します。

Rolex とは

まずは Rolex という腕時計メーカーについて、簡単にご説明します。

Rolex は、ドイツ人の Hans Wilsdorf が1905年に創業したスイス発の腕時計ブランドです。創業当初の同社の腕時計の精度は決して高くはありませんでしたが、創業者である Hans Wilsdorf の熱心な研究によりムーブメントの品質向上に成功。その結果、商標登録からわずか2年後に、腕時計として初のクロノメーター認証 (高い品質を認められた時計だけに与えられる称号) を受けるという快挙を達成します。

Rolex の創業者 Hans Wilsdorf

Rolex を語るにあたって欠かせないのが、同メーカーが生み出した3つの発明です。

1. オイスターケース

1926年に開発された「オイスターケース」は、その名の通り牡蠣の殻のように固く閉じる頑丈な時計ケースのことです。

当時、水は腕時計の最大の弱点であり、防水時計はほとんど認知されていませんでした。そんな中、Rolex はイギリスのオイスター社が開発したオイスターケースを採用し、完全防水の腕時計を開発しました。

2. パーペチュアル

「永遠」を意味する「パーペチュアル」は、1931年に開発された自動巻き上げ機能です。当時は手巻き時計が主流であったため、人々は数日おきに手動で時計を巻き直していました。そんな中、腕を振るだけで自動でゼンマイが巻き上がる革命的な仕組みが発明され、手間を省くだけでなく、オイスターケースの防水機能を更に向上させることとなりました。

3. デイトジャスト

1945年に開発された「デイトジャスト」は、午前0時になると自動で日付が変わる日付表示機能のことです。

日付表示機能自体は当時から存在していましたが、自動で日付が変わる機能と、今現在よく見られる文字盤上の小窓に日付が表示されるデザインは、この発明がきっかけで定着したものです。

精度の追求と3つの発明によって信頼を獲得した Rolex は、ドレスモデルからスポーツモデルまで、様々な種類のモデルを輩出しながら今日まで進化を続けてきました。

ヒップホップと Rolex

1900年前半から徐々に信頼を獲得し、世界を代表する腕時計メーカーとなった Rolex は、1970年代に誕生したヒップホップ文化において重要な役割を担うことになります。

ここからは、Rolex について言及した代表的な楽曲をご紹介しながら、その関係性について見ていきます。

The Notorious B.I.G. – Who Shot Ya?

Pussy when I want, Rolex on the arm

いつでも女を呼べるし、腕には Rolex 

ニューヨークのキングとの呼び声高い Biggie の楽曲『Who Shot Ya?』では、ラッパーとしての成功の象徴として Rolex がネームドロップされています。宿敵 2Pac へのディス曲として疑惑を呼んだ同曲ですが、1994年の 2Pac 銃撃事件以前、彼らは親しい交友関係にありました。実は、Biggie が始めて手に入れた Rolex は、2Pac からプレゼントされたものだったそうです。

親しい仲間への友好の証として Rolex を贈った 2Pac は、Rolex 愛好家としても知られており、同メーカーをヒップホップシーンに浸透させたラッパーの1人です。

2Pac が愛用していたのは、ダイアモンドが施されたイエローゴールドの Day Date (デイデイト)。Rolex の高級ラインにのみ使用される「President bracelet」を用いた Day Date は Rolex が誇る最上位ドレスモデルであり、定価にしておよそ300万円から1000万円を超えるものまで存在します。ちなみにこの「President bracelet」とは、1956年に当時のアメリカ大統領アイゼンハワー氏に Day Date が贈られたことがきっかけで付けられた名称で、ヒップホップにおいても Rolex を意味するスラングとして「President」というワードが頻繁に用いられます。

Warren G – Regulate

I’m gettin’ jacked, I’m breakin’ myself

俺はやられる ボロボロになるんだ

I can’t believe they takin’ Warren’s wealth

Warren の (俺の) 物を奪おうとしてくるなんて信じられない

They took my rings, they took my Rolex

奴らは俺のリングと Rolex を奪った

I looked at the brother, said “Damn, what’s next?”

奴らを見て言ったんだ 「次はなんだ?」ってな

G Funk の流行を支えた Warren G が1994年にリリースした名曲『Regulate』でも、音楽で成功を収めた結果手に入れた「Wealth = 富」として、Rolex がネームドロップされています。「自らが敵に襲われ、財産である Rolex を奪われてしまう」という、強さを誇示することが一般的であるヒップホップ界においては珍しいラインですが、ヒップホップ全盛期として知られる90年代においても Rolex は富の象徴として扱われていたことが分かります。

2Pac をはじめとした人気ラッパーによる着用及びリリックでの言及により、アメリカ中でいっそう人気を獲得した Rolex の腕時計。当時から、立派な家、高級車、高級腕時計の3つを手に入れることが成功の証とされていたアメリカ社会において、Rolex をはじめとする高級腕時計を自慢することがラッパーたちの間でも流行していきました。

Nas – Nas Is Like

Came a long way from blasting TECs on blocks

ゲトーで銃を発砲してた頃から長い道のりを歩んできた

Went from Seiko to Rolex, 

SEIKO も今じゃ Rolex だ

Nas は自身の代表曲『Nas Is Like』にて、このようにラップします。平均して約1桁以上の定価の差がある2つの時計メーカーを比較することで、自身がどれほど成り上がってきたのかを表現しています。

このように様々なラッパーが Rolex を着用するようになった中で、特に目立って Rolex を愛用していたのが Jay-Z です。ラッパーとしての仕事以外にも、プロデューサーや作家、スポーツクラブのオーナーなど、多様なビジネスで成功を収めていた彼は、時計愛好家として Rolex の多くのモデルを所有していました。

彼が着用していたモデルとして有名なのが、Day DateDay Date ⅡSky Dweller (スカイドゥエラー)、Daytona (デイトナ) などです。

左から Day Date、Day Date Ⅱ、Sky Dweller、Daytona

その中でもやはり最上位ドレスモデルの Day Date が彼のお気に入りだったようで、セカンド・アルバム『In My Lifetime, Vol. 1』のカバーアート写真に映る際も、彼はプラチナ製の Day Date を着用しています。

Kanye West – Runaway (feat. Pusha T)

(Pusha T)

Invisibly set, the Rolex is faceless

ダイヤで埋め尽くされ、文字盤が見えない Rolex

Rolex 好きで知られる2人 Kanye West と Pusha T による1曲。

特に Pusha T は、自身のアルバムのタイトルを『Daytona』と名付けるほど、Rolex の Daytona を愛用しています。この Daytona とは、2020年現在においてもなお最も高い人気を維持する、Rolex が誇る最上位スポーツモデルです。

財力を誇示することでステータスを獲得するラッパーたちにとって、前述した最上位ドレスモデル Day Date と、最上位スポーツモデル Daytona は特別な存在であり、圧倒的な人気を誇ります。

Daytona

そんな Pusha T は同曲にて、「Rolex をダイヤモンドで埋め尽くしたことによって、文字盤が見えなくなってしまった」と歌っています。

このように腕時計 (あるいは他のジュエリー) をダイヤモンドで埋め尽くす行為は、「Iced out」もしくは「Bust down」などと呼ばれ、ヒップホップ・シーンでは好んで用いられるカスタム装飾です。ラッパーたちは手に入れた Rolex を更に派手に装飾すべく、Ben Baller や Mr. Flawless、Eliantte などをはじめとするジュエラーに足を運びます。

ダイヤモンドで装飾した Rolex を好むラッパーが増える一方で、「やはり Rolex はそのままの状態が美しい」と主張するラッパーも現れます。

A$AP Ferg – Plain Jane

Tourneau for the watch, presi Plain Jane

Tourneau (*1)で時計を買う ロレックスは「Plain Jane」だ (*2)

(*1) 高級腕時計を取り扱う New York の老舗リテーラー
(*2) Plain Jane は装飾を施していない Rolex のこと。本来の意味は、「普通の女の子」

A$AP Ferg は Genius のインタビューでも、「Rolex はそれ自体に価値がある。ダイヤモンドを装飾してしまったら価値を下げることになるんだ。ピカソの絵に付け足しはしないだろ」と発言しています。

Travis Scott – Watch (feat. Lil Uzi Vert & Kanye West)

Travis Scott、Lil Uzi Vert、Kanye West と、現代ヒップホップシーンを代表するファッションアイコン3人が、タイトル通り「Watch (腕時計)」について歌う1曲。こちらの楽曲では、「Plain Jane 派」と「Iced out 派」の両者の意見を聴くことができます。

(Lil Uzi Vert)

Look, pull up Sky Dweller, and it’s vanilla

俺のバニラ色の Sky Dweller (*1) を見ろ

All white, that Plain Jane

オールホワイトで Plain Jane

(*1) Sky Dweller は、Rolex が展開する実用性に富んだ旅行者向けのドレスモデル

(Kanye West)

Look at my Rollie, look at your Rollie

俺の Rolex を見ろ (*1)

Your shit rockless, my shit hockey goalie

お前のはダイヤが足りない 俺のはアイスホッケーのゴールキーパーだ (*2)

You should gon’ hide it, man, it’s too bad

哀れだからさっさとそれを隠せ

Like a bald n***a still wearin’ durags, ha

ドゥーラグでハゲ頭を隠すみたいにな

(*1) Rollie は Rolex を表す頻出スラング
(*2) アイスホッケーと、ダイヤモンドを表す「Ice」をかけている。つまり Kanye の Rolex はアイスホッケーのゴールキーパーのように氷 (ダイヤモンド) に囲まれている、ということ

装飾を施していないそのままの Rolex を自慢する Lil Uzi Vert と、ダイヤモンドで装飾した Rolex を自慢する Kanye West。

同曲が物語るように、ラッパーたちの間でも Rolex への思いや好みはそれぞれ異なることが分かります。

Gunna – Oh Okay (feat. Young Thug & Lil Baby)

Two-tone Presi’ Rolex

ツートンの Rolex

Yeah, this drip you can’t catch

お前らには到底真似できない

アトランタのラッパー Gunna は『Oh Okay』という楽曲にて自身の Rolex を自慢するラップを披露しますが、後に Men’s Health のインタビューにて以下のように語っています。

This watch is a two-tone Prezi Rolex.

この時計はツートンのロレックスだ

I had to buy two watches to make this one watch, because they don’t make two-tone watches.

でも、ロレックスはツートンの時計を作っていないから、これを作るために二本の時計を買わなければならなかったんだ

The only reason I really bought it is because on the song “Oh Okay” I said ‘Two tone Prezi Rolex, Yeah this drip you can’t catch

何故こんなことをしたかというと、俺が『Oh Okay』という曲で『ツートンのロレックス、お前らには到底真似できない』とラップしてしまったからなんだ

つまり Gunna は『Oh Okay』の制作時にはまだ「ツートンの Rolex」を持っておらず、後にリリックとの辻褄を合わせるためにそれを作った、ということです。「嘘つき」とも「有限実行する真面目なラッパー」ともとれるリアルなのか否か判断しづらいリリックですが、若手ラッパーがつい先走って自慢してしまうほど、Rolex の所持がヒップホップゲームにおける重要なステータスであることが分かります。

贈り物としての Rolex

2Pac が友好の証として Biggie に Rolex を贈ったように、Rolex は贈り物としても大きな役割を果たします。

中でも DJ Khaled は、頻繁に Rolex をプレゼントすることで知られています。彼は、2017年にリリースしたアルバム『Grateful』が大成功を収めた後、彼のチームのメンバーたち全員にゴールドの Rolex Day Date (1つあたり約370万円) をプレゼントしました。

DJ Khaled は、アトランタのラッパー Future にも誕生日プレゼントととして Rolex Sky Dweller (約200〜400万円) を贈っています。

そんな Future も、息子の5歳の誕生日に Rolex Datejust (約310万円) をプレゼントしています。

このように、成功したアーティストたちは自らが Rolex を身につけるだけでなく、親しい人々に感謝や愛の形として Rolex を贈ります。また、プレゼントとしての役割はもちろんのこと、「Rolex を誰かにプレゼントできる」というステータス誇示の意味合いも少なからずあるでしょう。

おわりに

今回は、Rolex が担うステータス性と、ラッパーたちが Rolex を取り入れ流行させてきた背景に焦点を当て、ヒップホップと Rolex の関係性について考察しました。今回ご紹介した楽曲以外にも Rolex について言及した作品は多数存在しますので、これを機に是非探してみてはいかがでしょうか。また、ヒップホップシーンにおいて高い人気を誇る Rolex 以外の高級腕時計メーカー「Patek Philippe」や「Audemars Piguet」、「Richard Mille」などについても、いずれ (ご要望があれば) まとめる予定です。最後までお読みいただきありがとうございました。

Written by Riku Hirai

アニメとヒップホップ – 自身を主人公に投影するラッパーたち

日本が世界に誇るカルチャーの一つであるアニメや漫画。外国の方々に「日本といえば」と尋ねると、間違いなく侍や忍者と並びアニメや漫画が挙がるでしょう。また、実際にたくさんの外国の方々がアニメや漫画といったカルチャーを通して日本に興味を持ち始めています。

こうした世界的な傾向は、ヒップホップの世界においても色鮮やかに現れ始めています。アニメや漫画の精神を自らの作品に反映する者、アニメのサウンドを作品に落とし込む者など、その表現方法は様々ですが、日本のアニメや漫画に影響された作品群がヒップホップのサブジャンルとなり得る日が刻一刻と近づいています。

非現実的、ファンタジー的なイメージの強いアニメや漫画に対し、リアルな現状を泥臭く訴えるイメージが強いヒップホップ。一見真逆の存在とも思える両者ですが、本当にこれらは正反対の性質をもつカルチャーなのでしょうか。そこで今回は日本のアニメや漫画のカルチャーとヒップホップの関係性に焦点を当て、なぜラッパーたちは自らの作品にそれらのカルチャーを取り入れるのかを考察していきたいと思います。

アニメキャラクターを自身に投影

アニメの要素を自身の作品に取り入れるアーティストたちは、時にアニメの主人公に自身を投影します。今となってはゴスペルアルバムをリリースしたり、大統領選への出馬意向を示したりとアニメとは無縁の世界に身を置いているように見える、Kanye West もその中の一人です。まずはこちらのミュージックビデオをご覧ください。

Kanye West による三枚目のスタジオ・アルバムである『Graduation』に収録されている『Stronger』のミュージックビデオです。ネオンが輝く東京の街並みや近未来的なロボットなどが登場し、SFアニメを連想させるものとなっております。勘の良い方ならすでにお気づきかもしれませんが、実はこちらのミュージックビデオは、大友克洋によるSF漫画・アニメである『AKIRA』に実際に登場するシーンなぞらえて制作されています。

検証動画をご覧いただければ一目瞭然ですが、金田のバイクに跨って東京の街を疾走するシーンや、病院でうなされるシーンなどが、原作とほとんど同じ構図で再現されています。それに加えて、ミュージックビデオ内には「タスケテ!」や「ウゴクナ!」などの日本語のテロップまで挿入されています。

アニメキャラクターに自身を投影するラッパーは他にも多数存在し、その一人が Lil Uzi Vert です。最近でも『Futsal Shuffle 2020』や『That’s A Rack』などのアートワークに自身をアニメキャラクターにデフォルメ化したものを起用したことから、アニメ好きというイメージは浸透しているように思えますが、彼が作品にアニメのエッセンスを加え始めたのはそれよりも前にさかのぼります。

Lil Uzi Vert が2016年にリリースした3枚目のミックステープ『Lil Uzi Vert vs. the World』収録の『Ps & Qs』のミュージックビデオです。日本の学校を舞台に、学園生活を通しての恋愛をテーマにしたビデオです。下駄や招き猫が映し出されたり、背景には浮世絵や日本語が書かれた黒板などが確認できます。特徴的なのは、全体を通して被写体の瞳がかなり大きく加工されている点で、日本のアニメキャラクターの瞳が潤いを持った大きな描写で描かれていることを表現しようとしたのでしょう。

ビデオ内では頻繁の実写と2Dアニメの描写が切り替えられ、クライマックスではCGアニメに切り替わる構成となっており、Lil Uzi Vert が主人公の学園アニメを見ているような錯覚を視聴者に起こさせます。

ここまででご紹介した Kanye West と Lil Uzi Vert の事例に共通することは「自信を主人公に投影している」点です。ほとんどのアニメや漫画は、主人公が「何か」と戦うことによってストーリーが展開していきます。『AKIRA』のようなSF作品では、特定の敵と身体的な戦いを繰り広げますし、一見戦いとは無縁に見える『けいおん!』のような学園ドラマでも、「軽音楽部の廃部」という事実と闘います。

ヒップホップは社会に対する反骨精神が現れやすい音楽です。アニメのキャラクターに自身を投影することによって、そのような「自分 vs 世界」的なマインドを上手く表現することができたのではないでしょうか。先ほども言及した Lil Uzi Vert のミックステープのタイトルも『Lil Uzi Vert vs. the World』となっており、主人公の Lil Uzi Vert が世界と戦う一つのアニメ作品のように思えてきます。

アニメサウンドとヒップホップの融合

アニメの要素を作品に取り入れる際、サウンドを利用してその世界観を表現する方法も主流です。アニメの主題歌をサンプリングして制作したトラックに乗せてラップをしたり、作中に登場するアイコニックな効果音を曲中に挿入したりと、こちらも手法は様々です。

Wiz Khalifa が Snoop Dogg をフィーチャーして 2016 年に公開した楽曲『No Social Media』は、「ひぐらしのなく頃に」のメインテーマをサンプリングして制作された楽曲です。Wiz Khalifa や Snoop Dogg がアニメのリファレンスを用いていることに意外性があり、興味深い楽曲となっています。

JID や EarthGang などが所属するレーベル Dreamville のボスである J. Cole も日本のアニメの楽曲をサンプリングしています。彼の4枚目のスタジオ・アルバムより、プロジェクトタイトルにもなっている楽曲『4 Your Eyez Only』は、日本でもかなり有名な国民的アクション漫画「ルパン三世」のサウンドトラックに収録されている楽曲をサンプリングしています。

最近のシーンの傾向から、アニメやオタク文化に魅了された若手ラッパーたちが、日本のアニメや漫画のカルチャーを楽曲に取り入れている印象を抱きがちですが、実は Wiz Khalifa や Snoop Dogg、そして J. Cole などのレジェンド級のラッパーたちも同じように自身の楽曲とこれらのカルチャーをミックスしています。

続いては、アニメに登場するアイコニックな効果音をアクセントとして楽曲に加えるパターンをご紹介します。 はじめにご紹介するのは、 Trippie Redd による最新アルバム『A Love Letter to You 4』より、故 Juice WRLD と未だに服役中のフロリダのラッパー YNW Melly をフィーチャーした『6 Kiss』です。

曲が始まると同時にイントロ的な役割を担っている可愛らしいサウンドは、『美少女戦士セイラームーン』の第3期に登場した「ムーンスパイラルハートアタック」という技を発動する際に流れるサウンドの一部です。ちなみに、曲中定期的に挿入されているピカン!という効果音は、ウォルト・ディズニー社とスクエア・エニックスの提携によって制作された家庭用ゲームソフト「キングダムハーツ」に登場する効果音です。

アニメ調アートワークの流行

アニメや漫画の世界観を自身の作品にて表現する際、大きな役割を果たすのがアートワークです。楽曲のプロモーションを行う時、ストリーミングサービスなどで配信する時など、ほとんど全てのプロセスにおいて、作品の顔となり得るのがアートワークだからです。

アートワークは、記事前半で述べたような「自身をアニメキャラクターに投影」する際に大変役立つようです。現行のヒップホップシーンには既にラッパーたちをアニメ化しアートワークを制作する、いわゆる「絵師」的存在のアーティストも登場し始めています。

その中の一人が Artxstic という人物です。彼は Lil Uzi Vert の『Futsal Shuffle 2020』や『That Way』のアートワークも担当した人物で、主にラッパーたちをアニメキャラクター化したデジタル画を制作しています。

Artxstic のインスタグラムアカウント (@artxstic)

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は、アニメとヒップホップの関係性に焦点を当てて、なぜラッパーたちは自らの作品にそれらのカルチャーを取り入れるのかについて考察してきました。ご紹介した楽曲意外にも、アニメや漫画にリファレンスを置いた作品はまだまだ存在しますので、これを機に探してみてはいかがでしょうか。

whoiskosuke

Juice WRLD – シカゴ出身の若きレジェンド

YouTube にて記事の内容をまとめております。
動画でご覧になりたい方はこちらからどうぞ。

Last time, it was the drugs he was lacing

彼はドラッグと闘っていた

All legends fall in the making,

レジェンド達は皆、志半ばで堕ちていく

sorry truth, Dying young, demon youth

残念だけど事実なんだ 若くして死ぬ 悪魔が若者を狙っているんだ

Legends – Juice WRLD

2019年12月8日、ヒップホップシーンのみならず現代音楽シーンを牽引していた若きスター Juice WRLD が逝去。わずか21歳という若すぎる死に、世界中が涙を流しました。

今回は、今週金曜日に彼の死後初となるアルバム『Legends Never Die』がリリースされたことを踏まえ、今一度彼の人生について振り返ります。

生い立ち

Juice WRLD こと Jarad Anthony Higgins は、1998年12月、イリノイ州シカゴにて生を受けました。翌1999年には家族で州内のホームウッドに移住しますが、Juice が3歳の頃に両親が離婚。それ以降は彼と彼の兄、そして母親の3人で暮らしていくこととなります。

4歳の頃にピアノを習い始めた Juice は、後にギターやドラムのレッスンも受けるようになり、学校の授業ではトランペットも演奏するなど、幼い頃から音楽に慣れ親しんでいました。

信心深く保守的な母親の影響で、ヒップホップを聴くことが許されなかった Juice は、「Tony Hawk’s Pro Skater」や「Guitar Hero」等のビデオゲームに使われていたロックやポップス (Billy Idol や Blink-182、Black Sabbath、Fall Out Boy、Megadeth、Panic! at the Disco など) を聴いて育ったといいます。

音楽面での英才教育を受けていた一方で、Juice は幼い頃から大量のドラッグを使用していました。6年生の頃にリーンを飲み始めた彼は、その後パーコセットやザナックスも使用するようになり、次第にドラッグに依存していきました。

キャリアの開始

高校1年生の頃に音楽活動を開始した Juice (キャリア初期は JuicetheKidd という名義の下活動) は、2015年に初めて SoundCloud に楽曲をリリースしました。

Forever

ほとんどのヴァースを自身のスマートフォンで録音したという1曲。まだまだ音質やフロウ、ラップスキルに未熟さや粗削りさが残るものの、持ち前のハスキーな歌声と切ないリリックからは、皆さんが思い浮かべるであろう昨今の Juice WRLD らしさを感じることができます。当時は、ラップ・パートが楽曲の大半を占めており、ブレイク後の彼が得意としていた歌いながらラップするスタイルとは一味違う魅力があります。

JuicetheKidd 名義の元、ミックステープ『What Is Love?』(1曲のみの収録) や EP『Juiced Up The EP』をリリースした後、彼は尊敬するラッパー 2Pac が出演している映画『Juice』と、「世界を獲る」という意味の「World」にちなんで、現在の名前である Juice WRLD という名前に変更しました (ちなみに、WRLD は単純にスペルミスだそうです)。

2017年には、今となっては Juice とのタッグで有名な Nick Mira によるプロデュースの楽曲『Too Much Cash』をリリースします。

Too Much Cash

この頃から Juice は急激にスキルアップを果たします。JuicetheKidd 時代よりも多彩なフロウを駆使し、ブレイク後の彼のスタイルにも通づるキャッチーなメロディラインを用いたシンキング・ラップも聴くことができます。

当時、高校を卒業し工場で働き始めた Juice は、その仕事に不満を覚えわずか2週間で退職。その後ますます音楽活動に専念するようになった彼は、同年に初のフルレングス EP『999』をリリースします。この EP に収録されていたのが、後に大ヒットを記録する『Lucid Dreams』でした。

EP『999』

ちなみに「999」は彼が好んで用いる数字で、悪魔 (邪悪なもの) の数字とされる「666」をひっくりかえ返したもの。「どんなに困難な状況でも、それをひっくり返してポジティブに前に進もう」というメッセージが込められています。

同 EP のリリース後、彼は Waka Flocka Flame や Southside、G Herbo ら大物アーティストから注目を受け、同郷シカゴ出身のラッパー Lil Bibby 率いる Grade A Productions と契約を結ぶことになります。

ヒット曲とデビューアルバムのリリース

2017年末、Juice は3曲収録の EP『Nothing Different』をリリース。同 EP 収録の『All Girls Are the Same』がヒットし、人気ヒップホップ・チャンネル Lyrical Lemonade の Cole Bennett が監修したミュージック・ビデオが発表されます。

All Girls Are the Same

All girls are the same, they’re rotting my brain, love

女の子はみんな同じだ 俺の脳を腐らせていく

Think I need a change, before I go insane, love

俺は変わらなきゃいけないんだ 狂ってしまう前に

この『All Girls Are the Same』は、Juice が自身の恋愛観と弱さを正直に曝け出した1曲です。「大勢の女性を従える」ということが一種のフレックスであり、ステレオタイプでもあるヒップホップ (音楽) 業界において、Juice は真実の愛を求めていました。彼は、真実の愛を追い求める中で負ってしまった心の傷を美しくも哀しいメロディに乗せて歌い、同じ悩みを抱える人々の共感を呼びました。

同曲で一躍名を馳せた Juice は、2018年、大手レーベル Interscope Records と300万ドル (約3億2000万円) の契約を結びます。

そして 2018年5月、彼は EP『999』収録の『Lucid Dreams』を正式にシングルリリースします。

Lucid Dreams

I have these lucid dreams where I can’t move a thing

動くことができない場所で明晰夢を見るんだ

Thinking of you in my bed

ベットの中で君の事を考える

You were my everything

君は俺の全てだったんだ

Thoughts of a wedding ring

結婚指輪の事まで考えてた

Now I’m just better off dead

今じゃ俺は死んだ方がましさ

I’ll do it over again

もう一度やり直したいんだ

I didn’t want it to end

終わらせたくなんかなかった

I watch it blow in the wind

風に吹かれるのを見ている

I should’ve listened to my friends

友人の意見を聞くべきだった

Leave this shit in the past, but I want it to last

この過ちを過去に葬るよ でも俺は続けたいんだ

You were made outta plastic, fake

君はプラスチックでできた偽物だった

I was tangled up in your drastic ways

俺は君の極端なやり方に振り回されてた

Who knew evil girls had the prettiest face?

誰よりも可愛い女の子が悪女だなんて分かるはずないだろ

You gave me a heart that was full of mistakes

君がくれた心は嘘だらけだった

I gave you my heart and you made heart break

俺は君に心を捧げたのに、君はそれを壊したんだ

映画 Léon のエンディング・テーマとしても知られる Sting の名曲『Shape of My Heart』をサンプリングしたビートの上で、Juice が自身の失恋についてエモーショナルに歌う同曲は、いわゆる「エモ・ラップ」を代表する1曲です。

同曲は、US Billboard Hot 100 チャートにて74位デビュー、後に最高2位を記録し、2018年に最もストリーミング再生された楽曲の1つとなりました。

2つのヒット曲を世に送り出した Juice は、同月に待望のデビュー・アルバム『Goodbye & Good Riddance』をリリース。同アルバムは、US Billboard 200 チャートにて15位でデビューし、3週目には6位まで浮上しました。

様々なアーティストとの共演

デビュー・アルバム『Goodbye & Good Riddance』のリリースを皮切りに、Juice WRLD は様々なアーティストと共演するようになります。

アルバムリリースから約2ヶ月後には、Lil Uzi Vert をフィーチャーしたシングル『Wasted』をリリースし、アルバム『Goodbye & Good Riddance』にも追加。

Wasted (feat. Lil Uzi Vert)

キャリア初期は Lil Uzi Vert と比べられることも多かった Juice ですが、程良く脱力して歌う Juice と、声を絞り出して力強く歌う Lil Uzi Vert のバランスが取れた良曲です。

初めて人気アーティストとの共演を果たした彼は、YBN Cordae と Lil Mosey をツアーアクトに呼んだファースト・ツアー「The WRLD Domination Tour」も開催しました。

Travis Scott – No Bystanders (feat. Juice WRLD & Sheck Wes)

Travis Scott が2018年にリリースしたアルバム『ASTROWORLD』収録の1曲。Sheck Wes と共に客演参加した Juice は、楽曲の肝となるイントロとポスト・コーラスにあたる部分で、メロディアスなエッセンスを加える役割を果たしています。

Ski Mask the Slump God – Nuketown (feat. Juice WRLD)

親友同士として知られる Ski Mask the Slump God との1曲。こちらの楽曲では、Juice が普段滅多に見せない、がなり声で激しく叫ぶようなラップを聴くことができます。この楽曲を聴いて、Juice と Ski Mask、そして今は亡き XXXTENTACION とのコラボ曲も聴いてみたかったと痛感するファンの方も多いのではないでしょうか。

2018年10月、Juice WRLD は Future とのコラボ・ミックステープ『WRLD ON DRUGS』をリリースします。

Fine China

主にドラッグに関するリリックを歌う Future と、「Future の影響でリーンを飲み始めた」と語る Juice WRLD の相性は、音楽面においても抜群でした。両者とも、かすれ気味な声で歌うメロディアスなフロウを得意とし、15歳の歳の差があるとは思えないほどのコンビネーションを発揮しました。

セカンド・アルバムのリリース

2019年3月、Juice は待望のセカンド・アルバム『Death Race for Love』をリリースします。

2018年10月に、イギリスの人気ラジオ DJ、Tim Westwood の番組に出演し、約1時間の間ほぼノンストップでフリースタイルを披露したことでも知られる彼は、同アルバム収録の楽曲を全てフリースタイルでレコーディングしたことを明かしています。

Tim Westwood TV でのフリースタイル

Robbery

She told me put my heart in the bag

彼女は俺に言ったんだ 俺の心をバッグに詰めろ

And nobody gets hurt

そしたら誰も傷つけないって

Now I’m running from her love,

俺は今、彼女の愛から逃げている

I’m not fast

でも俺は速くない

So I’m making it worse

それが事態を悪化させているんだ

Now I’m digging up a grave, from my past

だから今、過去を埋めるために墓を掘っている

I’m a whole different person

過去の俺はもういない

It’s a gift and curse

愛は贈り物であり、呪いだ

But I cannot reverse it

俺にはどうすることもできないんだ

アルバムの先行シングルとしてリリースされた『Robbery』では、Juice が彼の心を奪った彼女を Robbery (強盗) に例えて歌います。Nick Mira 手掛ける哀愁漂うピアノが特徴的なビートと、感情に訴えかけるような Juice のフロウが完璧にマッチした楽曲です。

Fast

I been living fast, fast, fast, fast

俺は生き急いでいる

Feeling really bad, bad, bad, bad

気分は最悪だ

Time really moves fast, fast, fast, fast

時間は早く過ぎていくんだ

Better hurry up and get in your bag, bag, bag, bag

急いでバッグに詰めたほうがいいぜ

I wear Dior, not a fad, ‘ad, ‘ad, ‘ad

Dior を着ている 流行りには流されない

I know all these n***as gettin’ mad, mad, mad, mad

奴らが怒っているのは分かっている

My hand on my trigger, I’ma die for respect, yeah

引き金に手を添えて リスペクトされながら死んでやる

Fucking with my money, you’ll get dealt like that, yeah

俺の金を奪おうとするなら、痛い目を見るぜ

『Fast』では、Juice が20歳という若さで富と名声を手にし、彼の生きる世界の時の流れが急激に早くなってしまったことについて歌っています。若くしてスターダムを駆け上がった彼ならではの苦悩がひしひしと伝わる1曲です。

これらの楽曲を収録した同アルバムは、初週165,000ユニットを売り上げ、US Billboard 200 チャートにて1位デビューを飾りました。

突然の死

セカンド・アルバムが大成功を収めた後、Nicki Minaj のツアーに参加したり、多様なアーティスト (K-Pop グループの BTS や、Ellie Goulding、Benny Blanco、YoungBoy Never Broke Again など) との共演を果たしたりと順風満帆なキャリアを積んできた Juice WRLD。

ファンや友人、恋人らに心配されていた薬物使用に関しても、Juice は依存していたリーンの使用をやめることを宣言し、精神的にもポジティブな方向に向かっているように見えました。

俺はもう永遠にリーンを使わない お別れだ

そんな彼に、ある日突然不運が襲います。2019年12月8日、Juice WRLD は薬物のオーバードーズ (過剰摂取) によりこの世を去りました。

当時、Juice はプライベートジェット機でシカゴ・ミッドウェイ国際空港に向かっており、彼とその仲間たちは、機内へ銃を違法に持ち込んでいました。それを知ったパイロットが地上にいるスタッフに通報し、着陸後直ちに立ち入り検査が行えるよう、FBI(連保捜査局)と FAA(連保航空局)の捜査官が空港に駆けつけていました。Juice は、この立ち入り検査によって発覚するであろう薬物所持の罪を軽くするために、所持していたパーコセットを大量摂取し発作を起こしたと考えられています。Juice WRLD こと Jarad Anthony Higgins は、わずか6日前に21歳の誕生日を迎えたばかりでした。

彼は、2018年にリリースした故 Lil Peep と故 XXXTENTACION への追悼曲『Legends』にて、「レジェンドたちは皆若くして死んでしまう」と嘆いていましたが、彼もそのレジェンドたちの仲間入りをしてしまうという、何とも悲劇的な結末を迎えてしまいました。

そんな彼の悲し過ぎる死から早半年が過ぎ、今週10日、遂に彼の遺作『Legends Never Die』がリリースされました。今週は、そんな彼 Juice WRLD がこの世に残した遺産に浸ってみてはいかがでしょうか。

Written by Riku Hirai