突然ですが、あなたは Kanye West という言葉を聞いて何を思い浮かべますか?「変人」「宇宙人」などなど、最近の一連の行動を見ていると、あらかたの人が Kanye に対して不信感や偏見を持っているかもしれませんが、彼の音楽面における影響力は絶大なものなんです。
ということで、今回はそんな Kanye West の全てがわかる記事をご用意しました。Kanye がリリースしたほぼ全てのプロジェクトを通して、彼の音楽の全貌に迫りましょう。
Kanye West とは?
Kanye West (以下、Kanye) は1977年6月8日にアトランタで生まれ、イリノイ州のシカゴで育った現在43歳のプロデューサー・ラッパー・ファッションデザイナーです。ここでまず最初に注目してほしいのは、彼が元々プロデューサーであったという事です。
プロデューサー・Kanye West
彼は1990年代に学生として大学に通いながら、プロデューサーとしての仕事を始めました。しかしなかなかヒットには恵まれません。実はこの時期に、ソロデビューを果たすためにかなりレーベル探しに苦労しており、Capitol Records からソロアルバムを出すということがほとんど目前まで決まっていたところで契約が白紙になってしまったこともありました。
好機が訪れたのは2000年代になってからのこと。オールドスクールとニュースクールのハブ的存在、 Jay-Z との出逢いです。そして、Jay-Z にプロデューサーとしての資質を買われて Roc-a-Fella Records とプロデューサーとして契約を結びます。
そして、これを機に彼は一気にトップアーティストへと上り詰めます。 早速彼は Jay-Z の2001年のアルバム『The Blueprint』において13曲中4曲をプロデュースします。ではこの中から2曲、紹介いたします。
Jay-Z -『The Blueprint』
Jay-Z – Takeover
この曲はジム・モリソンの所属していたアメリカ西海岸出身の世界的バンド The Doors の『Five to One』や David Bowie の『Flame』を大胆にサンプリングした一曲です。また、この曲は Nas をディスってビーフになったことでかなり有名な一曲でもあります。今でこそゴスペルのイメージが強い彼も、源流はサンプリング&ループビートなんです。
Jay-Z – Izzo
続いては『Izzo』ですが、この曲のビートどっかで聞いたことがあるなと感じた方もいらっしゃることでしょう。そうなんです、これは Jackson 5 の『I Want You Back』をサンプリングした一曲なんです。大胆に様々なジャンルに闖入しうる彼の才能は、この時代から顕在ですね。
Common – They say (feat.Kanye West & John Legend
Jay-Z の他にも、 シカゴヒップホップの開拓者ともいえる Common のアルバム『Be』にて、11曲中9曲を Kanye がプロデュースします。では一曲お聞きいただきましょう。Common で『They say (feat.Kanye West & John Legend』 です。
John Legendの聞き心地のよいコーラスから始まる、気持ち良さと軽快さを兼ね備えたビートですね。聴いた人は分かると思いますが、2バース目はカニエのラップパートになっています。
また、R&B においても、彼はプロデューサーとしての才能を開花させていきます。プロデュースした中で有名なものに、Alicia Keys の『You Don’t Know My Name』があります。
Alicia Keys -『You Don’t Know My Name』
往年のソウルビートにコーラスやピアノサウンドを加え、蜿蜿とうなるように音階が変化していく広がりを持ったサウンドが特徴的な素晴らしい曲ですね。
ここまで Kanye のプロデュースシリーズをざっくり紹介していったんですが、「カニエの信仰心の深さはどこからきているのか」が不思議な方もいると思います。実は先ほどの Alicia Keys のアルバムが出るよりも前、2002年の10月23日の出来事を機に、Kanye は信仰心に目覚めます。それは、この日のレコーディング終わり、車に乗って家まで向かう帰路のことでした。
この時、Kanye は居眠り運転をして大怪我を負います。この事故について、後々カニエは「神が救ってくれた」とコメントしており、この出来事で信仰心に目覚めます。
ラッパーとしての Kanye West
ここからは、ラッパーとして活動していく彼について書いていきます。少し長くなりますが、これを読めば Kanye の魅力がより一層理解できるようにまとめました。
Kanye の原点・温情的なサウンド
Kanye は2004年にソロデビューを果たします。そしてこれがいきなり全米チャート2位をとります。カニエファンならみんな大好き『The College Dropout』です。ちなみに、このアルバム名は仕事が忙しくなり、大学を中退したことを意味しています。
『The College Dropout』(2004)
このアルバムは彼の信条である家族愛を感じるような温情的なサウンドだったり、でもどこか寂しげなリリックだったりを特徴としています。また、このアルバムのメイキングにおいて驚くべきことは、アルバムリリースの数ヶ月前に音源がリークされていることなんですが、彼はこれを故意的にやったと言っています。
これはリーク曲に対する世間の評判を見て、曲のマスタリングを変更したり、曲を没にしたりするためにやったそうです。実際に、東海岸のレジェンドクルー Wu-Tang Clan の Ol’ Dirty Bastard (通称:ODB) との楽曲『Keep the Receipt』をこのアルバムから外し、一年後の Roc-a-Fella Records から出したミックステープに収録していたりします。
The College Dropoutのオススメ曲
このアルバムでのオススメ曲としては、まずは Chaka Khan の『Through the Fire』を大胆にサンプリングした楽曲『Through The Wire』です。 『Through the Fire』(炎の中で) を 『Through the Wire』(ワイヤーの間から)というお茶目なワードプレイに変えちゃう辺りは彼らしくて面白いですね。
気持ちいいサンプリングですね。この曲は一部分のループだけじゃなく、サビをまるごとサンプリングするという大胆な手法を使っていて、それにも関わらずバースに入る部分にも違和感が全くありませんね。
ちなみにこの曲のレコーディングなんですが、Kanye は先ほど言いました居眠り運転の事故で口にワイヤーをいれたままの生活を強いられていて、そしてレコーディングまでワイヤーをつけたまま行いました。そう思って聴いてみると、確かにハッキリ言葉を発していないように聞こえますね。
クラシックへの傾倒
『Late Registration』(2005)
続いては『Late Registration』です。こちらは、リリース後10週連続で全米チャート1位をとり、これ以降のアルバムでKanye はチャートを総ナメしてしていくのですが、今作は前作と比べてかなりクラシック的要素が強くなっています。このアルバムの制作における裏話に、上述の Common のアルバム制作の時に「俺ならこうやってラップするぜ」と思っていたそうで、そこから着想を得たそうです。
勿論、Jay・Z や Nas、The Game、さらには Brandy や Maroon5 の Adam なども客演に迎えた崇高な仕上がりになっています。このアルバムを契機として、温かみやチープさといった印象を払拭した楽曲の作り方をしています。また、このアルバムでは Pop 界のレジェンドプロデューサー Jon Brion を外部プロデューサーとして迎え入れていることで、前作とはまた違ったサウンドの幅を感じます。
Late Registrationのオススメ曲
オススメ曲は Brandy を客演に迎えた『Bring Me Down』です。
こちらは悲しげな情緒を伺わせるビートにブランディの歌声やカニエのラップがとろけ合うクラシック的一曲となっていますね。カニエの楽曲はやはり、ギャングスターラップ特有の男臭さが消えていてこれがまた素晴らしいですね。他にも独特の電子音から始まる『Celebration』など、このアルバムは前作よりも少し前衛的な構成で出来た曲が多いように感じます。
また、2006年には Pharrell Williams のアルバム『In My Mind』の制作に協力していたり、様々なジャンルを横断した楽曲を作り続けます。
エレクトロニクスへの傾倒
『Graduation』(2007)
そして、2007年には『Graduation』を発表します。このアルバムは、50cent の『Curtis』と同日に発表されたこともあり、二人のセールス対決にも注目が集まりました。結果としては、Kanye が大きく差を開けて売り上げを伸ばし、翌年のグラミー賞で最優秀ラップ・アルバム賞を受賞することになります。また、アルバムのアートワークが日本の現代アートの神様・村上隆氏によって手掛けられており、これまでにも増して、特徴的なビジュアルとなっています。
このアルバムでは、エレクトロニックサウンドへの傾倒が注目されがちですが、ニューヨーク出身の伝説的バンド Steely Dan のサンプリングなど、今までにも増してヒップホップの可能性を無限大に広げ、そのジャンルをメインジャンルに押し上げたアルバムであることも特筆すべき点です。また、一曲一曲がクリアにミキシングされているので、以前にも増して粗雑感が消えています。
Graduationのオススメ曲
2006年に先行シングルで発表し、世間に衝撃を与えた一曲『Stronger』をオススメします。
最高ですね。この曲を聞いたことのある人が多い理由はサンプリング元が Daft Punk の『Harder Better Faster Stronger』だからです。にしても、天才的なサンプリングセンスとしか言いようがありません。
オートチューンの旗手・Kanye West
808s&Heartbreak(2008)
続きまして、『808s&Heartbreak』です。これまた全米1位を取っちゃうんですが、このタイトルの「808」というのは、日本が誇る世界的電子機器メーカー「Roland」の名機である「TR808」を指していて、これが随所で使用されています。
そして、特筆すべき点としては、彼がオートチューンを使った歌唱を中心としてアルバムを作っているところです。実は、現在トラップミュージックを中心に当然のようにヒップホップ界で使われているオートチューンですが、実は Kanye がこのアルバムで使ったことで、様々なアーティストがオートチューンを使うようになったんです。
また、このアルバムがでる前年の母の死や Alexis Phipher との破局など、彼が辛い時期に味わった「Heartbreak」(傷心) が随所で表現されています。
808s&Heartbreakのオススメ曲
オススメ曲は一曲目の『Say You Will』です。
この曲のサウンドで登場するピコピコ音が心電図のように作用し、母の死と彼の心が傷ついているという二つのコノテーションを含んでいるように感じさせられます。 また、リリックも情緒的なものになっています。
When I grab your neck, I touch your soul.
君の首を握った時、君の魂を感じるんだ。
Take off your cool then lose control.
君から冷静さを奪って、滅茶苦茶になろう。
ジャンルレスな存在・Kanye West
『My Beautiful Dark Twisted Fantasy, Watch The Throne』(2010)
2010年にリリースされたこのアルバムは何とも簡易な言葉で表現できない仕上がりとなっています。『Graduation』で結実させたヒップホップのメソッドを一度解像度を落とすことで、荒唐無稽とも言えるほど荒涼とした、かつ希死念慮までもを含んだ酸鼻の情緒の波に音階を同調させています。確かに新しさこそ感じることは少ないのですが、それでも彼がそれまで積み上げてきたその全てがこのアルバムには詰まっています。
Jay-Z や Rick Ross、John Legend、Alicia Keys、Rihanna、Bon Iver や Elton John までを客演に呼んだこのアルバムはピッチフォークをはじめ、ローリングストーン誌など、各音楽批評のトップメディアから満点の評価を叩き出しました。
それでもグラミー賞の年間最優秀アルバム賞を得られなかったことを考えれば、彼が Jay-Z と共にその授賞式を辞退したことはやむを得ないのかもしれませんね。
『My Beautiful Dark Twisted Fantasy, Watch The Throne』のオススメ曲
Pusha T をフィーチャーした一曲『Runaway』です。
Let’s have a toast for the douchebags.
勘違い野郎に乾杯だ。
たった1音の旋律から増幅するこの曲は、かなり教示的な一曲だと感じると同時に、その自嘲的なリリックにユーモアさえ感じとることができます。Taylor Swift のMTV授賞式を邪魔するという失敬によって彼はハワイでレコーディングをせざるを得なくなったわけですが、唖然とするほどストイックにレコーディングを行ったそうです。モデルの Amber Rose との破局もあったのですが Kanye は心が不安定な時こそ最高の音楽を作ってしまうんですね。
続いては、Fergie、Alicia Keys、Elton John、Rihanna や Kid Cudi といったスターたちを次々に使う『All Of The Lights』 です。
2. All Of The Lights
PV も最高ですね。少女が歩くシーンから始まる映像は曲にぴったりで、ビートが鳴り出した瞬間の高揚感はたまらないですね。途中のコーラスからの畳み掛けるような勢いは本当にたまらないです。
『Watch the Throne』(2011)
辛い時期を闘った Kanye なんですが、2011年には Roc-a-Fella Records と Def Jam Recordings より、恩人 Jay-Z と共作のアルバム『Watch the Throne』をリリースします。このプロジェクトは元々、EPとして発表するつもりだったのですが、色々な構想がうまく行くうちにアルバムにしてしまおう、となって作られたアルバムです。
このアルバムには、Frank Ocean が2曲もメイン客演として入っていたり、The Dream や Beyonce なども参加しています。そして、このアルバムから大量にプロモーションビデオが出されたことでも世間を驚かせました。
『Watch the Throne』のオススメ曲
Frank Ocean と The Dream をフィーチャーし、プロデューサーに 88Keys とMike Dean を加えた一曲目『No Church In The Wild』 です。
どこかしらに野生的な攻撃性を感じさせる曲調にはアドレナリンが吹き出しそうになります。曲調が特徴的なことに加え、リリックも意味深いものとなっています。
What’s a god to a non-believer who don’t believe in anything? Will he make it alive? Alright, alright, no church in the wild.
何も信じちゃいない無神論者にとって神(救い)って何なんだ?彼は生き抜くことができるのか?わかってるよ、荒れ果てた場所(彼らの住む場所)に教会(救い)なんて無いってことは。
このラインは Frank Ocean のコーラスの一部で、この曲中で三回出てくる印象的なフレーズなんですが、これはギャングの世界 (wild) を生きるラッパー達は神なんてものにすがっていたら生きていけないということを意味しています。
また、面白いなと思うのが、普通アメリカの宗教の大部分を占めるキリスト教にとってもイスラム教徒などにとっても神は唯一の存在(唯一神)なので、「the God」と表記するのが当然なのですが、ここでは無神論者からの目線のリリックなので、「a god」と書かれています。神に救いなど求めないという姿勢が表現された一曲ですね。
『Kanye West Presents GOOD Music Cruel Summer』(2012)
続いては、Kanye が自ら2004年に作ったレーベルで Def Jam Recordings の傘下である GOOD Music より出されたレーベルアルバムの『GOOD Music-Cruel Summer』です。こちらはレーベルでのアルバムにはなりますが、Kanye によるプロデュースアルバムで、彼自身が楽曲に多く参加しているので紹介いたします。
『Cruel Summer』のオススメ曲
『I Don’t Like ft. Pusha T, Chief Keef, Jadakiss& Big Sean』
この曲は、客演の一人でシカゴ出身のラッパー Chief Keef の一年前の曲をカニエがサンプリングしていますので、そちらの方で聞き覚えがある方もいると思います。美しい旋律だけでなく、ここまで攻撃的でアンダーグラウンドなビートもやってのける彼には驚嘆ですね。
転調の神・Kanye West
『Yeezus』(2013)
そして2年の時が過ぎ、7作目のアルバム『Yeezus』をリリース。このアルバムはこれまでずっと続いてきた Roc-a-Fella Records と Def Jam Recordings から出される最後のアルバムとなります。次回作からは GOOD Music と Def Jam Recordings よりリリースされるようになります。
今作はプロデューサーとして Mike Dean や Daft Punk、Arca や Travis Scott を招いていて、この作品でも革新的な電子サウンドを取り込んだ楽曲が多くみられます。また、リリースされる15日ほど前にプロデューサー Rick Rubinを招き、このアルバムをさらに凝縮するべく、マスタリングをギリギリまで行っています。
そして、何よりこのアルバムの特徴といえば、転調の多さです。この転調の多さは Travis Scott にもかなり影響を与えたようで、転調の王者 Travis Scott の原点とも言えるアルバムでしょう。
『Yeezus』のオススメ曲
まずは、Travis Scott を中心に Mike Dean なども共にプロデュースした一曲『New Slaves』です。
『New Slave』
この曲では一見単純そうなビートが繰り返されているように思いますが、その後ろで水の沸騰するようなポコポコとした音やコーラス・バスドラムのサウンドなど細部まで精巧に作り上げられています。そして驚くべきは2分51秒の転調の衝撃ですね。
『Bound 2』
このビートはアメリカのソウルグループ Ponderosa Twins Plus Onにより1971年にリリースされたアルバム『2 + 2 + 1 =』の一曲『Bound』の大胆なサンプリングを軸に作られています。「Uh-huh, honey」というフレーズが頭から離れませんね。Youtube の PV はピアノの伴奏から始まる Explicit バージョンとなっているので是非原曲とも聴き比べてみてくださいね。
ゴスペルへの傾倒
The Life of Pabloのオススメ曲
正直全部オススメなんですが、抜粋して紹介していきたいと思います。
We don’t want no devils in the house, God. We want the Lord. And that’s it.
この家に悪魔なんていらないの、あなたを感じたいの、それだけ。
少女の上記のフレーズで始まる印象的なスタートの曲です。また、その女の子のインスタグラムにてそのサンプリング元を見ることができますので是非チェックしてみてください。
これはある女の子が神父の説法のモノマネみたいなことをしているところなんですね、なんとも愛らしい。そして曲は The-Dream と Kanye のバースに入ります。
We on an ultralight beam. This is a God dream. This is everything.
みんな神の光に包まれている。これが神の与えてくれる希望だ、それだけさ。
実はこのライン、初めの女の子の発言に対して呼応する構造になっているんですよね。また、ここでの神の光はつまり無償の愛、キリスト的用語で言えば、「アガペー」を意味するのでしょう。この曲では 女性シンガー Kelly Price の圧倒的歌唱力も味わうことができます。彼女は幼少の頃から教会に通い、ゴスペルに大きな影響を受けたシンガーです。
そしてその後、Chance The Rapper の心地よいバースがあり、曲の終盤に Kirk Franklin を使ってしまうという徹底したゴスペルサウンドへのこだわりが随所に見られます。Kirk Franklin はゴスペルとヒップホップを融合し、アーバン・コンテンポラリー・ゴスペルを作り出した張本人でアメリカでも圧倒的人気を誇るアーティストなんです。
この曲は Metro Boomin のプロデュースということですが、始まりから最高ですね。「stretch my hands」というのは神を賛美するときに天に向かって手を伸ばすことを意味していて、一般的な Sunday service (日曜礼拝)や祈りを捧げるときに行われる行為です。
ちなみに『Father I Stretch My Hands to Thee』という曲は James Cleveland の代表曲で、Kanye はこの曲を参考に作っています。
まあこの曲は『Pt. 2』もあるので聞いてみてください。ちなみに『Pt. 2』はみなさんご存知 Desiigner の『Panda』を Kanye がリリース前にネットで見つけ、すぐさまサンプリングできるように権利を買い取ったとのことです。その Desiigner は『Freestyle4』にも客演で参加しており、この後一花咲かせるためのきっかけとなりました。
かなり推敲されきった楽曲ばかりですが、次の曲は完成度は本当に高いものの、そのリリックが物議を醸します。
I feel like me and Taylor might still have sex
俺とテイラー(スウィフト)は今もやってるかもな。なぜかって、俺があのアマを有名にしたからだよ。
Why? I made that bitch famous (Goddamn)
このリリックに対して Taylor Swift サイドがかなり批判したのですが、リリース前に Taylor Swift に許可を取っていたという電話をキム・カーダシアンが通話記録から発見し、一旦事態は収束しました。しかし、事態は今年になって急展開を見せました。なんと、結局は Kanye 夫妻が嘘をついていたというのがまたもや通話記録から発見されたのです。否定的なラインはその本人に悪影響を与えるため、Taylor Swift が怒る理由も理解できますね。
この楽曲もパワフルな Rihanna の声と緩慢とした Kanye のラップが荘重としたサウンドの上で見事なハーモニーを奏でています。また、この楽曲には Swizz Beatz も参加しており、彼のことを Kanye は史上最高のヒップホッププロデューサーだと言っています。
続いては『Waves』です。この曲にはChance the RapperとChris Brownをフィーチャーしています。Chance the Rapper といえば、Kanye も認める凄腕ラッパーな訳ですが、彼が他の楽曲にも様々に「テコ入れ」を行ったことでリリースが遅れたとも言われていますから、彼のプロデュース力も底知れぬものなのでしょう
最後に僕のカニエの数々の曲の中で最も好きな曲を紹介します。
この楽曲・アルバムのタイトルにもなっている「Pablo」についてなのですが、これはキリストの使徒の一人である「パウロ」を指します。パウロはもともと、ユダヤ教徒のファリサイ派と呼ばれる過激な思想を持つ宗派に属しており、キリシタンを迫害し、嘲笑するような態度でした。しかし、突然キリストの声が聞こえ、目が見えなくなります。それをキリスト教徒が祈りにより直してしまいました。そのような経験から彼はキリスト教へと回心したのです。『The Life of Pablo』はそんな人の人生というのがテーマのアルバムなのです。
また、この曲はイギリスのシンガーである Sampha がコーラスを担当しています。かなりの美声なのでぜひ聞いてみてください。
このアルバムの名前は、当初『So Help Me God』と発表していたにも関わらず、その後『SWISH』にすると言ったり『Waves』だと言ったりして最終的に『The Life of Pablo』となったんです。
Kanye West と信仰心
『The Life of Pablo』に対して「信仰をバカにしてる」・「本当のキリシタンに失礼だ」という意見が多いのですが、そもそも彼はキリシタンではありません。彼は、「キリスト教徒では無いが、神を信じている」と言っており、004年の「New York Times」でも、以下のように発言しています。
I have accepted Jesus as my Savior.
俺はキリストを”救済者”として考えている。
2009年の「Vibe Magazine」では、
I just think God has put me in a really good space.
俺にとって神とは自分を良い方向に導いてくれる存在なんだ。
この2つの供述を見ても、Kanye にとって神とは救済者であり、かつ良いパワーを与えてくれる存在であって、それ以上でもそれ以下でも無いのかも知れません。
また、Kanye は2019年の1月に「Sunday Service」をはじめましたが、これも宗派を問わず、愛を求め願う者は誰でも参加できるものになっています。ちなみに、「Sunday Service」自体は単に「日曜礼拝」という意味なので Kanye が始めたものではありません。
精神崩壊と『ye』
『ye』 (2018)
そして、約2年ぶりとなるプロジェクトが発表されました。『ye』です。このアルバムは、今までのどの作品よりも、内省的で、精神崩壊を表したアルバムでした。この年のカニエと言えば、奴隷制度の過去について肯定したり、トランプ大統領を支持したりと今までにまして暴虐な発言をしていました。
このアルバムでも『The Life of Pablo』で大成させたゴスペル的ヒップホップと言えるサウンドが随所で見受けられます。
『Yikes』の中では薬物中毒と格闘する姿が描かれており、『Violent Crimes』では女性を暴力的に支配してきた過去を娘に打ち明けるようなラインも見られます。彼にとってこの年は自らをも失望させた時期だったのかも知れません。
『ye』のオススメ曲
『Violent Crimes』
070 Shake の歌声がたまらないですね。Sound Cloud にて人気を獲得した彼女をキャスティングし、転調を含んだ美しいビートというステージの上で彼女を奔放に、あるいは寄る辺なく躍らせてしまう彼の才能には脱帽です。
『Ghost Town』
Shirley Ann Lee・PARTY NEXT DOOR・070 Shake という近年力をつけてきた勢力に加え、自身のレーベルより長年の古株である Kid Cudi を絶妙なタイミングでコーラスとして使った至極の一曲です。
続きましては、その Kid Cudi との共同プロジェクト「KIDS SEE GHOSTS」のアルバムについてです。
Kanye West と Kid Cudi
『KIDS SEE GHOSTS』 (2018)
実は、Ronald Oslin Bobb-Semple より、このアルバムの収録曲『Freeee (Ghost Town Pt. 2)』に Kanye がマーカス・ガーベイのスピーチを再現した「The Spirit of Marcus Garvey」という音声が使用されていることに対し、訴えを起こしました。これは曲の中心として使っているのでフェアユースとは言えないだろと訴えを起こされ、話題となっていました。
KIDS SEE GHOSTSのオススメ曲
1. Feel The Love
Pusha-T を招いた同曲は、コーラスを中心に構成されているにもかかわらず、途中から暴力を声にしたようなバース・アドリブが展開され、それに合わせてビートも荒れ狂ったように展開されていく素晴らしい一曲です。
You bust down a Rollie, I bust down a brick, then I flood it, nigga.
お前はロレックスをアイス(ダイヤモンド)まみれにして、俺はここをコカインまみれにするんだよ。
これは bust down を使ったワードプレイで、ダイヤモンドなどで時計などを装飾するという意味と、コカインをやるという意味をかけたものになっています。
ゴスペルへの回帰
『JESUS IS KING』(2019)
次は 2019 年にリリースされた『JESUS IS KING』です。突然リリースするという情報が流れ、最後まで寝ずにマスタリングするから待ってくれと、いつも通りリリースを延期した Kanye West。
僕の予想は日本時間で夜中の2時だったのですが、1時にたまたまSNSを開くとカニエがたった今リリースしたということで奇跡的にリリース後すぐに聴けて嬉しかったです。
『JESUS IS KING』について
まずは、 Kanye が声を一切出さないと言う、イントロ的な役割の曲『Every Hour』をお聞きください。
1. Every Hour
2019年の1月頃から始まったカニエの新プロジェクト「Snuday Service」のコーラス部隊が陽気に歌いまくる曲です。この曲のリリックで印象的なものが、旧約聖書の150篇の神への賛美の詩を収めた「詩篇」からの直接引用の部分です。
Let everything that has breath praise the Lord.
生きとし生けるもの全ては主を敬いなさい。主を掲げなさい。
Praise the Lord.
2. Selah
パイプオルガンのようなサウンドから始まるまさに聖歌のような始まりですね。意外なことかも知れませんが、実はキリスト教音楽っていまだに作られ続けているんです。20世期に入ってからもフランスの印象主義の作曲家クロード・ドビュッシーなどもキリスト教音楽のアーティストとして有名ですね。
カニエほどの才能があればキリスト教音楽に近いものが作れちゃうんですね、しかもそれをヒップホップというテーゼの上で成し遂げていることには驚きです。ドラムスを見事なバランスで扱っている点にも是非注目してみてください。また、耳を澄まして聴いてほしいのは、コーラスのみに聞こえるハレルヤの場所でも後ろで小さくリズムビートが鳴り続けているポイントです。ほんとうに細かいところまで抜かりがないですね。
3. Follow God
三曲目のこちらですが、TLOPで紹介した「Father I Stretch My Hands to thee」をサンプリングしています。これは言わば、TLOPの『Father Stretch My Hands, Pt. 1』そして『Pt. 2』の続きに当たる『Pt. 3』とも言える曲ですね。見事なサンプリングです。この曲が一番再生されてる理由も理解できますね。
4. Closed On Sunday
この曲のラインがまた面白いですね。
Closed on Sunday, you’re my Chick-Fil-A.
日曜日に閉まっている、あなたは私にとってのチックフィレイ(アメリカのファストフードレストラン)だ。
この Chick-Fil-A とはチキンとサンドイッチが有名なアメリカのファストフードレストランのことです。このレストランの創業者 Truett Cathy は彼の宗教的信条に従って、日曜日は安息日だから働かない、というのを会社のルールで決めていて、敬虔なクリスチャンとして知られています。
次で最後の紹介にします。
5. On God
これは Pi’erre Bourne のトラックを使った一曲です。音なのにビームが出ているように感じますよね。それをカニエが見事なバランスでラップしている。半端ないです。
2020 と Kanye West
そして2020年になり、YEEZY と GAP のコラボレーションを発表するなど、コロナ渦でも話題を欠くことのなかった Kanye West。
そんな彼が、突然 MV と共に弟のような存在である Travis Scott を客演に呼んだ一曲『Wash Us in the Blood』を発表します。
このミュージックビデオは、Solange や Jay-Z のMV監督としても知られる、映画監督の Arthur Jafa によって作られました。車の激しいアクションのシーンは思わず目を見開いてしまいそうになりますね。また、兄弟分とも言える Travis Scott を絶妙な使い方で使っている点にも注目です。
(Kanye West と Travis Scott の関係については以下の記事を参照ください)
そして 7月5日にはアメリカの大統領選挙に出馬する意向を示し、実際に出馬することがほとんど確定となったり、ニューアルバム『DONDA』をリリースすると発表したり、演説で号泣しながら中絶廃止を訴えたり、とコントロバーシャルな話題を振りまき続ける Kanye West からは今後も目が離せません。
最後に
フランクオーシャンのプロデュースの事など、プロデュースの面については他にも色々と書きたいことはあるのですが、またの機会にしたいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました。
XXS オリジナルプレイリストはこちら↓
https://music.apple.com/jp/playlist/the-life-of-kanye/pl.u-NpXmDyGCmgrABjV