Yeah, this shit way too formal
だめだ、これじゃ堅すぎる
y’all know I don’t follow suit
俺は「型にはまる」のは好きじゃないんだ(別訳:俺がスーツを着ないって知ってるだろ?)
Travis Scott – SICKO MODE
常に新しさを求め、他のラッパーとは一線を画す存在、Travis Scott(以下、Travis)。
そして「オートチューン」・「セレブ指向」・「プロデューサー気質」・「転調」という4つの要素を聞けば誰もが Travis を連想することは間違い無いでしょう。
しかし、これら4つの要素が共通するラッパーがもう一人います。それは皆さんご存知 Kanye West(以下、Kanye)です。ということで今回は Kanye の影響などもみながら、 Travis を形作る四つの要素をまとめていきたいと思います。
【はじめに】
最初に、ざっくり Travis について紹介いたします。
Travis Scott こと Jacques Berman Webster II は 1992年 4月30日にテキサス州ヒューストンで生まれました。
治安が悪いことで有名なサウス・パークで幼少期を過ごす Travis ですが、まず彼は父が会社経営者でありながらソウル・ミュージシャン、祖父はジャズ・ミュージシャンという音楽一家に生まれたということを念頭においておかなければなりません。
ちなみに叔父がかなりの腕前のベーシストで、彼の愛称が Travis だったことから、彼のステージネームは生まれています。(「Scott」 は彼が敬愛してやまない Kid Cudi の本名 Scott Ramon Seguro Mescudi からきています)
また、地元ヒューストンにおける彼の幼少期の憧れはやはりテーマパークでした。このテーマパークの名前が Astroworld であることは言うまでもありませんね。
Travis はエルキンス高校に通い、卒業後はテキサス大学サンアントニオ校に通っていましたが、大学2年生の時に音楽キャリアを追求するために中退しました。やはり、Travis が今売れているほとんどのラッパーと違う点は、決して貧乏だったわけではなく、裕福な中流階級であったということです。ちなみに、これは Kanye にも共通します。
彼のキャリアは 2008年にまで遡ります。友人の Chris Holloway とデュオ「The Graduates」を結成し、最初のミックステープ『The Graduates』を発表します。そして、このミックステープには彼の嗜好がわかる曲がたくさんあります。
この曲は皆さん知っているとおり、Kid Cudi の『Day ‘N’ Nite』からきた曲で、エクスペリメンタル・ヒップホップの生みの親とも言える Kid Cudi の特徴であるロック的なギター・ベースのサウンドなどが見受けられます。
また、『No Introductions』と言う楽曲は Kanye の『Flashing Lights』をサンプリングした曲です。
そして2012年に Epic Records と契約。同じ年の11月に Kanye 率いる GOOD Music と契約。そして2013年4月に T.I. が率いる Grand Hustle と契約し、スター街道を登っていきます。
Travis の細かいキャリアについて話したいところですが、皆さん結構知っていることも多いと思いますので省略いたします。またいつか Travis 単体の記事を書くときに解説したいと思います。
さて次に、Travis を形成する4つの要素の内の「オートチューン」について、Kanye が Travis に与えた影響を見ていきましょう。
【オートチューン】
T-Pain によってブラックミュージックに取り入れられ、今ではほとんどのラッパーが多かれ少なかれ使う「オートチューン」。
数々のラッパーと比べても分別がすぐにつくダミダミとしながらもざらつきを含んだオートチューンボイスは Travis を特徴づける重要な要素です。そして Travis のシグネチャーともなっている「オートチューン」の歴史において最も重要となるアルバムが Kanye の『808s&Heartbreak』なんです。
Travis が Kanye に圧倒的な影響を受けているというのはこのアルバムを聞けばすぐにわかること間違いなしです。次は「セレブ指向」について、Kanye が与えた影響とともに見ていきましょう。
【セレブ指向】
Travis と聞けば、 Kylie Jenner との関係などのイメージも強く、セレブ的であると言うイメージも強いのではないでしょうか。(彼はそう呼ばれることをひどく嫌っていますが)
Travis がコラボした商品がすぐに売り切れることは彼がこの時代を代表するファッション・アイコンであることを示していますね。中でも彼とコラボした Nike の 「Air Jordan 1」などは今でもプレ値がつき、高額で取引されています。
ちなみに、先日 Nike と Cactus Jack のコラボ Air Max 270 も発売されましたね。みなさん応募はしましたか?
しかし、こういったファッション・アイコン的なイメージやセレブ的イメージの先駆けもまた、Kanye West なのです。それは Kanye の「YEEZY BOOST」における大成功や、Kim Kardashian との関係を考えれば容易に理解できることでしょう。
次は Travis の特徴である「プロデューサー気質」について、Kanye が与えた影響とともに見ていきましょう。
【プロデューサー気質】
次は Travis の理解において重要となる3つ目の要素、それはプロデューサー気質であることです。これにおいても Kanye が圧倒的な影響を与えていることは間違い無いでしょう。
Travis が他のラッパーと違って、超有名なプロデューサーまでもを彼のスタイルに追従させたり、制作において直接トラックやミキシングの指示を出したりすることは有名ですね。でも、これは当然のことなんです。なんといっても若くして父親に DTM の機材やドラムスを教わっていた Travis にとってビートメイク、ミキシング、マスタリングは全て自分で行うのが当然だったからです。
そして、プロデューサーを統率するというのをを証明する事実として、『Goosebumps』のプロデューサーとして知られる Cardo はインタビューでこう語っています。
「Travisとコラボをする人は彼とシンクロしなければならない。彼が表現しようとすることを全て受け入れる必要があるんだよ」
そして、プロデュースする能力は、Kanye や GOOD Music に所属するプロデューサー達からかなりインスパイアされていることも間違い無いです。実際、Travis は Kanye 率いる GOOD Music との契約において、Kanye が指揮する最強プロデューサー集団「Very GOOD Beats」のメンバーとして迎え入れられているのです。
また、アルバムに多くのアーティストを適材適所で使う Travis のスタイルも Kanye から影響を受けていること間違いなしです。(これはあらゆるラッパーに影響を与えたと言うべきですが)実際に Travis と同じ G.O.O.D.Music の一員で、『Astro World』にもプロデューサーとして参加している CyHi The Prynce はこう語っています。
「多くのコラボレーションをするという風潮は、ラッパー達がアルバムオブザイヤーで Adele とかと戦うために、乗る必要がある風潮なんだ。この方法はKanye Westから始まったものだね」
そして最後に今回の記事の目的でもある「転調」について触れたいと思います。
【転調】
まず転調とは何か?ということですが、辞書的な意味ではこうなります。
楽曲の進行中に、その調を他の調に転ずること。
広辞苑
つまり感覚的に言えば「同じ曲の中で曲が変わる」という現象のことです。そして転調するときには必ず「繋ぎ」の部分があります。例えば音を歪ませたり、一旦フェードアウトさせたり、メロディーラインだけ抜いたりというのが一般的です。また、この転調の効果は「聞いている人間が予期しているものとは異なる音が構成される」ことであって、映画でいうところのサスペンスのような効果です。
そして、それは驚きを誘発します。驚きがあるというのは「楽曲を飽きさせないこと」にも深く貢献する要素です。
『SICKO MODE』での「転調」はみなさんの記憶にも深く刻まれていることでしょう。この PV の中で、突然白黒に切り替わって始まるダンスのシーンはヒップホップ史に残るイメージといって間違い無いでしょう。そして、実はこの「転調」においても Kanye による影響は絶大なものです。では、「転調」について触れていきましょう。
『Yeezus』と転調
Kanye の『Yeezus』はあまり知られていない事実かもしれませんが、ヒップホップにおける転調を世に知らしめた作品なのです。(それ以前にも Kanye は転調を使うことはありましたが、このアルバムでは特に徹底してそのスタイルが現れています)
ではまずその証拠として『Hold My Liquir』をお聞きください。
この重厚なサウンドを元に、幾重にも広がり続けるトラック、複数回の継続的、断続的な「転調」が繰り返されています(「転調」について、詳しくは当記事下部の【番外編】をご参照下さい)。また、独特のロック的ギターやベースの音使いなど、様々な面で素晴らしいこの楽曲ですが、とりわけその「転調」の凄みに驚かない人などいないでしょう。
『New Slaves』でもその特徴は顕著です。
2分53秒あたりでの転調は誰もが感動すること間違いなしです。
他にも、『Blood On the Leaves』での1分8秒でのドラムスを用いた転調や『Send It Up』での0分57秒時点で起こる転調などあげ始めればキリがありませんが、どうして Travis に影響を与えたと言い切れるのかと思う方もいらっしゃることでしょう。
実は、このアルバムには Travis がプロデューサーとして参加しているのです。特に『On Sight』は Travis が中心となって作られた一曲です。この曲が最も転調の顕著な例を示していることは間違い無いでしょう。1分17秒での転調にご注目ください。
また、2012年に作られていたものの、様々な問題で 2013年にリリースされることとなった Travis の最初のフルレングス・アルバム『Owl Pharaoh』は Kanye West と Mike Dean が中心となってプロダクションを務めています。
その中でも『Bad Mood / Shit On You』における何重にも折り重なった転調は、彼のその後の音楽基盤に多大な影響を与えていることでしょう(ちなみにこの曲の中心製作者 Emile Haynie は Travis を含め、R&B や Alternative Rock などあらゆるジャンルを横断し、様々なアーティストに影響を与えた名プロデューサーであることも忘れてはいけません)。
そして Travis は『Rodeo』において完全に「転調」のスタイルを完成させます。その中でも、『90210』の転調は言うまでもなく、彼のスタイル/シグネチャーを刻印した一曲です。
2分40秒での衝撃をぜひ味わってみてください。
こうして、Kanye のスタイルに学びながら、Travis はヒップホップにおける転調の重要性を、いよいよ最高到達点へと押し上げてしまったのです(この後、番外編として「転調」についてかなり細かく解説したものをご用意させていただきましたので、より深く理解したい人は最後まで読んでいただけると幸いです)。
【最後に】
最後まで閲覧いただき、ありがとうございました。
Travis Scott は今でこそ「転調の天才」というイメージを欲しいままにし、プロデューサーも動かすほど一人でなんでもやってのけるイメージですが、そこには Kanye West の影響が深くあるんですね。
そして、今回は読みたいという人のためだけに【番外編】をご用意いたしました。かなり細かい内容にはなりますが、より深く「転調」を理解したい人は以下をお読みになってください。
【番外編】
【4種類の転調について】
転調には様々なパターンがありますが、今回の記事では大まかには二つの基準で分けます。
一つ目の基準は、転調後のトラックの持続期間が短いか長いか、つまり短期的か長期的かであり、二つ目の基準は転調が起こる前の音と関係しているか無関係か、つまり継続的か断続的かになります。
つまり組み合わせで言うならば ⑴短期的継続 ⑵長期的継続 ⑶短期的断続 ⑷長期的断続 という4つの転調のパターンに分けることができます。少し漢字が多くて理解しにくいと思うので、わかりやすく実証するため、これらのあらゆる要素が組み合わさった『SICKO MODE』を見てみましょう。
【『SICKO MODE』における11箇所の転調】
驚くことに、この曲中では転調が計11回行われています。先ほど説明した 4種類の転調が全て使われておりますので、11個全てを見ていきましょう。
【1個目】
まず一つ目が1分あたりで Drake の下記のフレーズの直後に音が歪みながらリヴァーブを起こし、キックの音で全く違うトラックに変わるシーンです。
「Young La Flame, he in sicko mode」
ここは前の音と関係のないトラックが Travis のバース中ずっと続いていることから ⑷長期的断続に分類される転調となっています。
【2個目】
2つ目に、1分40秒あたりで Big Hawk と Swae Lee による下記のフレーズが聞こえた後、キックスが消失し、元々かなり小さくなっていたマリンバのような弾ける音のみになるトラックです。
「Some-Some-Some-Someone said」
ここは前のトラックからなっていた音が持続され、少しの間だけ続くことから⑴短期的継続 に分類される転調です。正直、この2つ目の転調はいわゆる「音抜き」と呼ばれる類のもので、転調だと気付きにくい、あるいは転調とは違うとお考えの方もいらっしゃると思います。あくまでこの記事の解釈では「全ての音がなくならなず、ある程度時間が持続する音抜き」であれば転調とみなしますので、も ⑴ 短期的継続の転調と考えてもらってかまいません。なぜなら、それが聞いている人間が予期しているものとは異なる音で構成されているからです。
【3個目】
そして3つ目は、1分54秒のあたりで同じ方法 ⑴短期的継続 を使って元のトラックに戻るところです。
【4個目】
その後の4つ目は割と複雑に構成されているのですが、2分34秒の Travis による「Who put this shit together? I’m the glue」のフレーズの音抜きを契機として、2つ目の転調後と同じビートに移行します。
これもやはり⑴ 短期的継続の転調です。
そしてトラヴィスの代名詞である「特殊な転調」はこの後の5つ目と6つ目です
【5個目】
5つ目と6つ目はほとんど一体となっているのですが、5つ目が2分48秒の時点で、一気にキックスと大きく歪み響いていく音に切り替わるところです。
ここは、そのあと9秒ほどの短期間だけ続く、大きく歪んだトラックを導くことから ⑶短期的断続の転調です。
そしてこの5つ目の転調とその後のトラックは6つ目のこの曲最高の地点(2分57秒のダンスのシーン)を導き出すための「繋ぎの役割」も担っているのです。
つまり5つ目の転調は6つ目の転調の一部でもあり、このような「二重の転調」によってこの曲最大の見せ場が作り出されているのです。
【6個目】
そして、6つ目の転調は言わずもがな、⑷長期的断続 の転調です。
ここまででお気づきの方もいると思われますが、最初の方に載せた表で言う「上の部分」、つまり「断続的な転調」の方が圧倒的に衝撃を与えます、もちろんそれは続くと思われていたトラックが突然シャットアウトされるからです。(その中でも長期的断続の転調は衝撃は大きいが難易度はかなり高くなる)
【7個目】
そして7つ目が Tay Keith のプロデューサータグが流れた後です。ここでは気づくのが難しいかもしれませんが、元々のトラックにオルガンのようなビートがプラスされ、それが一定期間続きます。
つまりこれは ⑵長期的継続の転調になります。
【8個目】
8つ目も 7つ目と同じ、⑵長期的継続の転調で、3分20秒あたりの高音の金切り音を「繋ぎ」として起こる転調で、その後にはキックスが入ってきています。
この後の3分30秒あたりでのオルガンの音がたされるところはいわゆる「繋ぎ」の部分がないことから、単に音数が増えただけで転調ではないとみなすことができるでしょう。(4分11秒でも同じことが起こっています)
【9個目】
9つ目は Drake のバースでの音抜きを「繋ぎ」とした転調です。ここではオルガンの音がなくなっていますが、その前の音は継続しているので ⑵長期的継続の転調となります。
【10個目】
10個目が 4分23秒の転調で、これまたキックスが足され、ある程度の時間継続しているタイプ ⑵長期的継続の転調にあたります。
【11個目】
11個目は 5分1秒の時点で起こる ⑵長期的断続の転調です。
この5分の曲の中に、11個もの転調があるなんて本当に驚きですね。
【おまけ】
またいつか Travis Scott をより深く理解できる記事を書きたいと思います。【番外編】までお読みいただきありがとうございました。
Written by Kensho Sakamoto