Kid Cudi とエクスペリメンタル・ヒップホップについて

こんにちは。皆さん長い長い、あまりに長い
quarantine にお疲れのことだとは思いますが、今日はそんな気怠さを吹っ飛ばすような記事を書いていきたいと思います。

タイトル通り、今回はエレクトロ的なヒップホップ、いわゆるエクスペリメンタル・ヒップホップについて書いていきます。

皆さん、エレクトロっぽいヒップホップアーティストと言われると誰が頭に思い浮かぶでしょうか?

やはり、JPEGMAFIA でしょうか。それとも古参な方は Death Grips などを思い浮かべるのでしょうか?

まず最初に、この記事はこの両者で比べると、 JPEGMAFIA のようなタイプのアーティストをピックアップしていきます。

両者の違いは単純に現代の「謂わゆるヒップホップ」により近いかどうかです。

謂わゆると言われても少し難しいかもしれませんので簡単に説明すると、「聞いてみて単純に今っぽいか、つまり、トラップ的雰囲気を有するアーティスト」となります。

そして、JPEGMAFIA のようなタイプのアーティストはトラップ的雰囲気を持っているだけあって、ある種の特徴があります。

それはハイハットです。なので今回はハイハットを中心に巡っていきたいと思います。

さあ、ヒップホップからエレクトロへの緩やかな旅に出かけましょう。

Kid Cudi

若い世代の人にとっては、Playboi Carti と Young Nudy による未公開曲『Kid Cudi (Pissy Pumper) 』によって彼を思い起こすかもしれません。

(Rolling Loud Bay Area 2019 でのライブの様子)

この人こそ、未公開でありながらハックされ、Spotify の US viral 50 chart にて一位を記録したあの名曲のタイトルの人物なのです。

そして、まさしくこの人は、今回の記事でとりあげるエクスペリメンタル・ヒップホップ(特に近年の)というジャンルの地位を押し上げた人でもあるのです。

この後に出てくる JPEGMAFIA・NNAMDÏ に通じるある種の特徴はこの人から始まったものともいえます(この人も元を辿れば、カニエ・ウエストからの圧倒的影響を受けているわけですが、このジャンルを形作り、押し上げた張本人として、Kid Cudi を捉えることにします)。

そして昨日、2年ぶりとなるシングル『Leader of the Delinquents』をリリースしたばかりの彼なのですが、まずは軽く紹介をします。

Kid Cudi こと Scott Ramon Seguro Mescudi はカニエウエストとの共作で知られるラッパー・インストメーカーです。

彼は2003年頃から活動していますが、5年間は大して陽の目を浴びることはありませんでした。

転機が起きたのは2008年。その理由は一年後にリリースされるアルバム『Man On the Moon: The End of Day』の先行シングルとなる『Day ‘n’ Nite』をリリースしたことです。

この曲は時代的にはまだトラップ黎明期に出された曲だと言えますが、フックの場面では今のヒップホップを形作る特徴的なハイハットの面影を感じることができます。

しかし、彼のハイハットの特徴は、突発的であることです。彼は一般的とされる、「継続的なハイハット」を好まず、断絶のイメージを保ったまま、トラックにハイハットを落としこんでいきます。

つまり、彼の曲はトラップとは似ていながら、非なるもの、いわば「醜いアヒルの子」的な立ち位置のハイハットを使っているのです。(全然醜くはありませんが、要するに同じ要素から生まれながらも、別なものへと派生していったということです)

そうして、Pi’erre Bourne 的な浮遊感のあるトラックとも言い換えることができるこの曲はバイラルヒットとなります。

そしてカニエ・ウエストの目にとまり、見事に GOOD MUSIC との契約にまでこぎつけ、彼はスター街道を登って行きます。

では、彼の最初のアルバム、『Man On the Moon: The End of Day』の曲から、2曲ほど紹介いたします。

『Man On the Moon: The End of Day』

『In My Dreams』

一曲目で早速、これがヒップホップなのか?といってしまいそうになるほどです。

そこにハイハットの姿はなく、ただゆったりとした彼の電子的想世界が姿を表します。

『Soundtrack 2 My Life』

先ほどとはうって変わった、アップテンポなトラックの上でも彼はバースを軽快にスピットしてしまいます。

この曲では、かなりKanye West の影響が色濃いことを感じることができると思います。特に初期のカニエにおいて顕著であった、ゆったりとしたラップ・歯切れと押韻の際の強弱などが見てとれます。

ここまで聞けば、Kid Cudi の特殊さにはみなさん気づけたことだろうと思います。

エレクトロとヒップホップのバランスで言えば、ループの単純さなどの点で、まだヒップホップ寄りだと捉えられる彼の楽曲ですが、このアルバム、及び彼の存在はその後の現代的エクスペリメンタル・ヒップホップに圧倒的な影響を及ぼすこととなります。

JPEGMAFIA

続いて、ルイジアナ出身の29歳でPeggyの愛称で知られるJPEGMAFIAについてです。

14歳から音楽を作り続けていた彼は、実は超インテリな人物で、インスト音楽を作り続ける傍ら、ジャーナリズムの研究で大学院まで卒業しているのです。

そんな彼は、一度空軍に所属し、退役した経験から『Veteran』(日本語で退役軍人の意味)をリリースし、世間から圧倒的な評価を得ました。

このアルバムの先行シングルでもある2017年にリリースされた『Baby, I’m Bleeding』のヒットにより、彼は、Kid Cudi が作り出した風潮を破壊し、再生させた蚊の如く、ヒップホップを混沌としたエレクトロの世界へと誘ってしまいます。

「エアエアエア」というワードが一曲の中を密に駆け巡り、その上でラップをかますという何とも言い難い凄みが詰まった一曲ですね。

それでは、彼の原点ともいえるアルバム『Black Ben Carson』から何曲かを引用し、彼がこのジャンルにおいて何を変えてしまったのかを解説していきましょう。

『Black Ben Carson』

『You Think You Know』

美しいトラックではじまり、美しいトラックで終わるので、中抜きしてしえばただの美しい曲で終わるであろうこの曲。

しかし、序盤で転調が起こり、暗澹とした重いトラックが突然姿を表します。

そしてこの曲はトラップ的と言われる特徴的なハイハットを使っているように感じます。が、その音は完全に他の環境音(犬の叫び声を鈍く暗くしたような音など)にかき消され、居場所を失っているようにさえ感じます。

このようなハイハットの断絶的特徴はタイトル曲『Black Ben Carson』など、その他の曲でも多々見られます。彼の音楽はトラップと似ていながらも非なる場所に位置しているのです。

『Black Ben Carson』

ここで、「JPEGMAFIAはKid Cudi の影響など受けていない」と主張する方々に対する根拠として、一曲お聞かせいたします。

彼はいよいよKid Cudi を堂々と曲名に使ってしまうのです。

『This That Shit Kid Cudi Coulda Been』

そして、Peanut Butter Thug を客演に呼んだ『Plastic』においては、もはや風船が割れたような効果音がハイハットの代わりを担います。

やはり、トラップ的なBPM に属しながらも そこからはかけ離れた Anti Trap 的なビート(ハイハット)が彼の特徴となっており、彼の台頭によって、エクスペリメンタル・ヒップホップはカオスで、よりエクスペリメンタルな方向へと向かって行きます。

そして現在、その特徴的なハイハット・およびトラックは NNAMDÏ の出現により、最終的な境地へとたどりつくこととなるのです…

NNAMDÏ

Nnamdi Ogbonnaya こと NNAMDÏは Sen Morimoto との共演でも知られるエクスペリメンタル・ヒップホップを原点とするアーティストです。

彼はJPEGMAFIA によって押し進められたエクスペリメンタル性をさらに深淵へと押し進めてしまいます。

シカゴを拠点とする30歳の彼は周囲、つまりは「対面する世界」そのものを音に変えてしまうのです。

その一例として、彼の最新アルバム『BRAT』から、一曲をご紹介したいと思います。

『BRAT』

『Salut』

これは『BPAT』の最後の曲『Salut』です。リヴァーブの効いていない一音から始まり、まるでおろしたての革靴で乾いた地面を丁寧にたたくように歩いているかのような音を基調として一曲は継続していきます。

ここまでは環境音を取り入れたごく一般的な曲に過ぎないと思うかもしれません。

しかし、転換点はその後の30秒頃、通常なら特徴的なハイハットあたりが入ってくるであろうところなのです。

ある物=者がハイハットの代わりをかって出るのです。鳥です。正確には鳥の囀りです。

彼はついに鳥の囀りをハイハットにし、まるで穏やかな日曜日を思わせるトラックと共に、いよいよ彼のヒップホップは「世界そのものを表象してしまう」のです。

また、一曲目の『Flowers to My Demons』(悪魔に花束を)から『Gimme Gimme』(早く、それを)へのあまりに自然すぎる曲の連なりには驚きを隠せません。

彼は、エクスペリメンタル・ヒップホップでは困難とされてきた、継続的な音の移り変わりを可能にしてしまうのです。

世界そのものを音に変えてしまえる彼ならば、すべての音は連関しあうものであるのかもしれません。

最後にハイハットの変遷の最たる例として5曲目の『Wasted』(ちなみに、このPVには Sen Morimotoがディレクターとして関わっており、とても素敵な世界観を醸し出しています…)を聞いてもらってこの記事は終わりにしたいと思います。

最先端のエクスペリメンタル・ヒップホップにおいて、のべつハイハットはトラックの中で最も裏側に位置する、振動のような弱すぎる地鳴り音となって現れます。

『Wasted』

Kensho Sakamoto

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