シカゴの新しいサウンドを創り出したパイオニア Lil Durk とは

現在のシカゴのヒップホップシーンを牽引し、シカゴ内外の若手たちに強い影響を与え続けている Lil Durk。今週の金曜日には、ニュープロジェクト『Just Cause Y’all Waited 2』のリリースを控えています。そこで今回はそんな彼の生い立ちやキャリア、魅力に迫りたいと思います。

はじめに

Lil Durk (以下 Durk) は、アルバムやミックステープ、自身が率いるクルーである OTF (Only The Family) のコンピレーションアルバムを含め、19枚ものプロジェクトをリリースしており、本記事で全てを紹介することは極めて困難な試みとなります。ですので、本記事においては「ドリル色の強い Lil Durk」と「メロディアスなスタイルの Lil Durk」という二つのカテゴリに分けることで、彼の魅力を伝えることができたらと考えています。(このカテゴリ分けに関しては「独特なスタイル」の項目で解説しています。)

生い立ちとキャリアの開始

Lil Durk (リル・ダーク) こと Durk Banks は、Chief Keef や Lil Reese などをはじめとする数々のドリルMCを輩出したことでも知られる、イリノイ州シカゴで生まれ育ちました。

彼の父親は、1993年にドラッグの密売によって逮捕され、一時は終身刑を言い渡されることが危惧されていた、生粋のギャングスタです。シカゴ最大のギャングである Gangstar Disciples のメンバーでした。幸いなことに、彼の父親は、昨年の2月に約25年の懲役を終えて自由の身となりました。

晴れて釈放された父親 (右手前) と食事を楽しむ Lil Durk (右奥)

アメリカでもトップクラスに治安が悪いことで知られるシカゴのサウスサイドで生まれ育った Durk は、ギャングの抗争に参加するために在学していた高校を中退しました。そしてその同年、初めての子供を授かったことをきっかけに、ラッパーとして活動していくことを真剣に考え始めました。

独特なスタイル

生まれ育った場所がその聖地であることもあり、Durk はドリルミュージックのカテゴリの中で活動を始めました。不穏なビートの上で暴力的なラップを乗せるのがドリルの一般的なスタイルであり、彼もはじめはそのようなスタイルの楽曲をリリースしていましたが、ある時から新しいジャンルの開拓に力を入れ始めました。

Durk は、ドリルミュージックでは一般的でないメロディアスなフロウを取り入れ始めたです。今では当たり前のように見受けられるスタイルですが、当時はこのようなスタイルでラップをする者はおらず、異端児扱いされたこともあったようです。このような点において、Durk の楽曲は他のシカゴドリルMC である Chief Keef や Lil Reese などと異なっています。

Calboy や Polo G など、現在ではごく一般的に受け入れられているメロディアスなスタイルのラッパーたちが活躍できる基盤を築いたのは、間違いなく Durk の功績だと言えます。

現在では、ほとんどドリルの臭いを感じさせず、メロディアスに振り切った楽曲を中心に制作している彼ですが、時には「俺はドリルミュージックのパイオニアの一人だ!」と言わんばかりの激しい楽曲を世に送り出し続けているところも彼の魅力です。

ドリル色の強い Lil Durk

この章ではまず、彼の音楽の基盤となっている「ドリルミュージック」色の強いスタイルの楽曲を紹介していきます。主に初期にリリースされた『I’m a Hitta』シリーズや、DJ Drama によってホストされた『Signed to the Streets』、Lil Reese とのジョイントミックステープ『Supa Vultures』などのプロジェクトがこのカテゴリに当てはまります。

ドリル色の強い彼のアルバムには、シカゴドリルのパイオニアの一人である Lil Reese をゲストに招いていたり、Chei Keef と数々の名曲を生み出したプロデューサーである Young Chop をプロダクションに招いていたりと、至る所にドリルならではの要素が見受けられます。

L’s Anthem

初期にリリースした2枚目のミックステープ『I’m Still a Hitta』の六曲目に収録されているこちらの楽曲。タイトルは「Lの聖歌」で、その名の通りの楽曲です。「L」とは、Lil Durk が生まれ育った地域ストリート「Normal」 のニックネームである「Lamron」の頭文字であり、逆から読むことでギャングコミュニティー内でコードネーム化されています。

「Lamron」のクルーは Lil Durk が所属する Black Disciples の一部であり、そのモットーは「Life, Love & Loyalty」です。全てが L から始まることから、自らのフッドについてラップした曲を「Lの聖歌」 と名付けています。

Don’t Understand Me

DJ Drama によってホストされたアルバム『Signed to the Streets』に収録されているこちらの楽曲。若かりし頃の北野武に見えなくもない雑な似顔絵が印象的なアルバムカバーを見ての通り、この頃は完全なるドリルミュージックのアーティストです。

トラックも Chief Keef と Lil Reese の名曲『I Don’t Like』と良く似たシカゴドリル特有のサウンドで構成されており、いかにも暴力的な印象を抱く楽曲です。おそらく、最近の Lil Durk の楽曲を中心に聴いていた方達にとっては、そのギャップに驚く方も多いのではないでしょうか。

メロディアスなスタイルの Lil Durk

続いてこちらの章では、彼自信が創り上げたニュージャンルである、メロディックなスタイルの楽曲を中心に紹介していきます。Chance The Rapper や Wale などの、大物ラッパーの楽曲に参加した際も、このスタイルでラップを披露していたこともあり、「Lil Durk と言えばこの綺麗なメロディだよね」というようなイメージをお持ちの方も多いと思います。

Ty Dolla $ign や Young Thug などを招き、メロディアスなフロウを初めて積極的に取り盛り込んだアルバム『Lil Durk 2X』や、シリーズ最新作がアナウンスされたばかりの『Just Cause Y’all Waited』、『Signed to the Streets 3』などが、こちらのカテゴリに当てはまります。

She Just Wanna (feat. Ty Dolla $ign)

Durk にとって、アルバムごとメロディアスなものにスタイルチェンジを行う転機となった 2nd アルバム『Lil Durk 2X』に収録されているこちらの楽曲。Ty Dolla $ign をフックに起用している時点で、明らかにドリルミュージック路線を外れているのがわかります。

しかしこの楽曲は、メロディアスなスタイルに転換しつつある時期に制作されたとはいえ、最近の Durk ほどにメロディアスとは言えず、所々にドリルで培ったフロウが見受けられます。トラックが爽やかになるだけで、ここまで全体の雰囲気が変わるのか、と驚きます。

Durkio Krazy

12枚目のミックステープである『Just Cause Y’all Waited』 に収録されているこちらの楽曲。808 Mafia の古株である DY Krazy によるプロデュースです。浮遊感のある穏やかなイントロが続いた後、DY がドラムスを落とすと同時に心地よいフロウのラップが始まります。DY のクラッシックなトラックの上で、Durk の最高峰のフロウを楽しめるという点では、こちらの楽曲が最も単純明快で、初めての方にはお勧めしやすい一曲なのかもしれません。

Neighborhood Hero

数々の作品の中でも、特にメロディアスな側面の強い『Signed to the Streets 3』に収録されているこちらの楽曲は、Durk 自身が憧れ続けた地元シカゴの「ヒーロー」について敬意を払うと共に、Durk を含む彼らの世代こそが、次世代のヒーローになりつつあるということを歌ったものです。

Man, my city was goin’ crazy, rest in peace to Chino
俺の街は狂ってるよ。安らかに眠れ、Chino。(※1)

And free that n***a Meech ’cause he the hood hero
そして Meech (※2)を檻から出してくれ。彼は俺たちのヒーローだ。

Don’t gotta prove no point, n***a, we know
証明しなくとも、俺たちは知ってる。

And wherever that drama at, we go
何か事件が起こりそうな場所なら、どこへでも向かう。

We the neighborhood heroes
俺たちはフッドのヒーローだ。

(※1) Chino は、元 Durk のマネージャー。2015年に車の中で射殺されて亡くなってしまった。
(※2) Meech とは、シカゴ最大の薬物密輸組織である Black Mafia Family の創始者。2005年に、30年の懲役を言い渡され、現在もなお服役中。ラップを始める前は、ドラッグを売り捌くことがお金を手に入れる唯一の方法であったため、Durk は 彼のことを尊敬している。

Durk にとってのヒーローは曲中にも登場した Meech など、彼よりもひとまわり上の世代のギャングスターたちのようですが、Durk 自身も次の世代(OTF に所属している King Von や、Durk に大きな影響を受けていると思われる Calboy や Lil Zay Osama などの若手ラッパーたちにとって)のヒーローになりつつあります。

Lil Durk の参加曲

自身の名義下において大量の楽曲をリリースしてきた彼ですが、Durk は他のラッパーの楽曲に参加した先でも、その魅力を最大限に発揮するラッパーです。

メロディアスなスタイルが流行し、そのようなラッパーがたくさん上がってきている中で、そのパイオニア的存在としてあらゆる方面のアーティストたちから引っ張りだこになっています。

Chance the Rapper – Slide Around (feat. Lil Durk & Nicki Minaj)

Chance the Rapper が2019年にリリースした 1st アルバム『The Big Day』に収録されているこちらの楽曲。Pi’erre Bourne による極上のトラックの上で、シカゴの Chance と Durk、そしてニューヨークの Nicki Minaj のハーモニーが繰り広げられる奇跡のような一曲です。

『The Big Day』はリリース当時、参加アーティストが明かされておりませんでしたので、アルバムを聴き進めていくまで、誰が参加していて、誰のトラックが使われていて、彼らがどんなラップを繰り広げるのかが全くわからない構成でした。

そんな中で Nicki Minaj が登場し、すでに泣きそうになっていた私たちに追い討ちをかけるように Durk がこのようなラップを始めます。

Back then, I was broke, I can buy it now
あの頃を思い返すと、まじで貧乏だった。でも今はなんでも買えるぜ。

Got a bitch who love me, I can die around
俺を愛してくれる女性とも出会った。彼女とは死ぬまで一緒だ

もはや解説の必要がないほどに、最高以外の何物でもありません。ちなみに二行目の「俺を愛してくれる女性」というのは、Durk の妻である India Royal のことです。Durk は過去に『India』と『India Pt. 2』の2曲を、彼女に捧げる楽曲としてリリースしています。

India Royal (左) と Lil Durk (右)

ちなみに、India の前には DeJ Loaf と交際していた Durk ですが、ご多分に漏れず彼女に捧げる『My Beyoncé』という楽曲もリリースしています(こちらの楽曲に関しては、彼女をゲストに招いています。)。2015年にこちらの楽曲をリリースしたわけですが、この時期にしては珍しく最近の Durk っぽいスタイルで R&B 調の楽曲になっています。

ギャングスタのものとは思えない学園ドラマのワンシーンのようなMVにも注目です

Wale – Break My Heart (My Fault) [feat. Lil Durk]

Wale の6枚目のスタジオアルバム『Wow… That’s Crazy』に収録されているこちらの楽曲。Wale と Durk がそれぞれの失恋について、切なくも透き通ったトラックの上でラップします。副題に 「My Fault」とあるように、二人は自らの過ちによって壊してしまった愛について言及しています。

I only gave you my heart, you ain’t protect it
俺は君に心しか委ねられなかった。君はそれを守れないよね。

Plenty nights I went out with squad
幾度となく、仲間と夜に出歩いてしまった。

You felt neglected
無視されていると君が感じるのも仕方ないよね。

ギャングスタが楽曲の中で恋愛について言及する際、かなりの確率で登場するこの悩み。ストリートでの活動をとるか、一人の女性との間に育んだ愛をとるかの究極の二択を迫られる問題です。悩んだ末に、結局ストリートを選んでしまうのも、お決まりの流れでありギャングスタの生き様というべきでしょうか。

それはともあれ、ドリルシーンから生まれた彼が、こんなにも胸に響く楽曲を世に送り出すと誰が想像したでしょうか。ルーツを知っている人の中に生じるこの心地よい違和感、それこそが彼がファンの心を掴んで離さない理由と言えるでしょう。

まとめ

いかがでしたでしょうか。取り上げたのが中堅アーティストということもあり、紹介すべきことが多く、少し長くなってしまいましたが、Lil Durk の魅力についてお伝えしました。リリース予定の『Just Cause Y’all Waited』、先行曲の雰囲気から見て、今回紹介した二色の Durk を両方感じられるアルバムになるのではと期待しております。

今回紹介した楽曲を中心に構成した XXS Magazine オリジナルのプレイリストもご用意しておりますので、下記リンクから是非お聞きください。それでは。

https://music.apple.com/jp/playlist/lil-durk-the-melodic-new-sound-of-chicago-street-rap/pl.u-8aAVrM6SoLMq970?l=en

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

whoiskosuke

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