Came From Nothing – ゼロから成り上がるラッパーたち

世の中には数々の流行語が存在しています。それはヒップホップシーンも例外ではなく、むしろそこでの流行語が移り変わる速度は一般社会よりも早いのかもしれません。直近では「マジで」や「嘘は言わない」などを意味する 「No Cap」 などといったスラングが広く普及しました。

さて、今回取り上げるのは「I Came From Nothing」という言葉です。意味はそのまま「何も無いところからやってきた(成功した)」となるわけですが、隠語や言葉遊び的要素を持つスラングというよりは、そのままの意味で言葉自体が流行した事例に分類されるでしょう。

Young Thug による影響

「I Came From Nothing」という言葉がこれほどまでにヒップホップシーンに愛されている要因を探る上で、無視できないのは Young Thug の存在です。この言葉がシーンで多用されるようになったのは直近の10年間だと言えますが、Young Thug は10年前である2011年にデビューミックステープ『I Came From Nothing』をリリースしています。彼はその後も同年に『I Came From Nothing 2』を、翌年に『I Came From Nothing 3』をリリースし、シーンに多大なる影響を与えました。

Young Thug による『I Came From Nothing』シリーズ

もちろん「I Came From Nothing」という言葉は、一般的ではない別の意味を有するスラングではないため、それ以前にもリリックなどにおいて使用されている事例は存在します。しかし、ここ数年での使用頻度の顕著な増加や、Young Thug が現行シーンに与えた影響の多大さを考えると、過言ではないと思います。

使用例

「I Came From Nothing」は現在も数々のラッパーたちによって言及され続けており、貧乏だった頃の経験と現在を比較するリリックとともに用いることが鉄板ネタとなっています。このセクションでは、例としてひとつリリックを引用し、ご紹介いたします。

Lil Baby – Intro

I dropped out of school didn’t get no education
学校を退学して教育を受けていないけど

My momma, she happy ’cause I finally made it
俺は成功してママは喜んでる

She living better, her house big as fuck
ママの暮らしは良くなって、彼女に大きな家も買った

Buy her a Bentayga Bentley truck
ベントレー・ベンテイガ (※1)もね

With a AP today, tomorrow switch it up
今日はオーデマ・ピゲ (※2) の時計、明日は違うブランド

Honeycomb diamonds VVS’s cuttin’
蜂の巣みたいな VVSダイアモンド (※3)

Standing on stage, I really came from nothing
ステージに立つ、俺は本当に何もない場所から這い上がった

(※1) ベントレー社による初のSUV。新車価格は2081万円。
(※2) スイス発祥の高級腕時計ブランド
(※3) ダイアモンドのランク。VVS は Flawless についで2番目の純度。

音楽において最高した現在ならではの贅沢な暮らし、高級車、高級腕時計、さらには親孝行に関するフレックスラインを羅列した後に力強くラップされる「I Came From Nothing」という言葉には、その境遇を経験してきた彼でないと表すことのできない風格を感じることができます。

類義語

Came a Long Way

Young Thug がミックステープのタイトルとした「I Came From Nothing」を起点とし、様々な類義語や派生語が誕生してきました。代表的な類義語として「Came a Long Way」(長い道のりをやってきた)が挙げられます。

近年では Rae Sremmurd や Offset などが「Came a Long Way」と名付けた楽曲をリリースしていますし、様々なラッパーたちのリリックにも頻出する言葉となっています。

Rags to Riches

同じようなシチュエーションを表す際によく使用される言葉として「Rags to Riches」も挙げられます。「Rag」はボロ布を表す単語で、いわば貧乏の代名詞とされています。つまり、こちらも「貧乏から金持ちに」を表す言葉というわけです。

しかし、こちらの言葉はヒップホップに由来した言葉という訳にはいかず、かなり前から存在していた慣用句のようなものです。ですが、「I Came From Nothing」と似た意味を持つイディオムとして詩的な使い方がなされる際に登場することも多いです。

派生語

ここまでご紹介したワードをさらに細かくみていくと、数多の派生語が存在していることがわかります。例えば、「Came From」の後に「Nothing」に代わる貧しい時代の思い出をいれるパターンです。本セクションでは、その中でも興味深いものをピックアップしてご紹介します。

Young Thug – Mannequin Challenge (feat. Juice WRLD)

We came from cookin’ noodles on the stove
俺たちはストーブの上でラーメンを作っていた時代から這い上がってきた

Young Thug のソロデビューアルバムに収録された、故 Juice WRLD との楽曲です。アメリカにおいて、インスタントラーメンは比較的安価で満腹感を得られることから、人気を博しています。日本製のインスタントヌードルは高額で販売されていることが多いですが、アジア系のスーパーマーケットでは韓国製のものが安価で販売されています。また、日本の企業が海外向けに生産した商品も多数存在し、そちらは比較的安価な価格設定となっています。

「昼食で200ドル使った」とラップした Gunna が話題となったように、YSL Records やその周辺人物は普段から高級な料理を口にしているようですが、そんな彼らを率いた Young Thug でさえも、安価なラーメンを調理コンロではなくストーブの熱で調理する時代があったようです。

Young Thug は他にも『I came a long way from shopping at clearance sales』(在庫処分セールで買い物をしていた時代から這い上がった) などとラップしており、一捻り加えられたリリックが興味深いです。

Ralo – How Could You

Remember us, we came from riding on that MARTA bus
思い出してみろ、俺たちはマルタバス (※1) に乗っていた時代から成り上がった

We came from watching movie theaters, I’m on that movie screen
シアターで映画をみていた時代から這い上がって、今じゃ俺らは映画の中の存在だ

(※1) アトランタ市交通局が運営する公共交通機関

現在も刑務所に収監されているジョージア州アトランタのラッパー Ralo はこのようにラップしています。成功してからは高級車での移動が中心となっているであろう彼らにとって、バスでの移動は貧しい時代の象徴的な思い出なのでしょう。また、アトランタの地域密着型サービスである固有名詞を含めることで、過去と現在を比較すると同時にフッドをアピールすることにも成功しています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は近年のヒップホップシーンで良く耳にする『I Came From Nothing』というワードについて掘り下げて考察してみました。皆さんもお気に入りのラッパーはどのようにラップしているのかを探してみてはいかがでしょうか。

Written by whoiskosuke

2020年に頭角を現した 期待のラッパーたち

2020年も本日で終了とのことですが、今年も沢山のアーティストが登場し、名曲も数多く生まれました。今回は2020年に頭角を表したアーティストの中から、3人ピックアップしてご紹介いたします。

1. Armani Caesar

Armani Caesar (アルマーニ・シーザー) は、ニューヨーク州バッファロー出身のラッパーです。2006年にバッファローのヴィジュアル / パフォーミングアート学校を卒業したのち、ノース・カロライナ・セントラル大学にて学業に励んでいました。

Armani Caesar

彼女は2011年に Buff City Records よりファーストミックステープ『Hand Bag Addict』をリリース後、2015年には『Caesar’s Palace』、2018年には『Pretty Girls Get Played Too』とコンスタントにスタジオアルバムのリリースを行ってきました。

ではなぜ、10年ものキャリアをもつ彼女を今回の記事に取り上げさせて頂いたのかというと、その理由は彼女のキャリアの躍進ぶりにあります。Armani Caesar は、ニューヨーク州バッファローのラップコレクティブ / レーベルである Griselda Records への加入を果たしたのです。

Griselda への加入後、4枚目のスタジオアルバムである『THE LIZ』をリリースしたことで、かなり大きな話題となりました。Conway the Machine や Westside Gunn、Benny the Butcher はもちろんのこと、プロダクションには DJ Premier や JR Swiftz、Danny Laflare などが参加しており、Griselda らしい作品に仕上がっています。

2. Rubi Rose

Rubi Rose (ルビ・ローズ) はケンタッキー州レキシントン出身のラッパー / モデルで、現在はジョージア州アトランタに拠点を移して活動しています。2019年の9月にリリースしたシングル『Big Mouth』がバイラルヒットを起こし、一躍有名になりました。

Rubi Rose

彼女は2020年に突入してからも、自身の名義下でシングルを3曲だけしかリリースしていないにもかかわらず、その知名度を順調に伸ばし続けました。楽曲以外に彼女の知名度を成長させた要因は大きく2つあります。

1つ目は、OnlyFans への参入です。彼女は UPROXX のインタビューにて、OnlyFans で1日に約1000万円を稼いだことがあると話しています。

2つ目は、Cardi B と Megan Thee Stallion による楽曲『WAP』の MV への出演です。Kylie Jenner や Normani、ROSALÍA などの豪華ゲストに混ざって Rubi Rose もカメオ出演を果たしています。

『WAP』の MV でダンスを披露する Rubi Rose

このまま、プロジェクトをリリースしないまま2020年を終えてしまうと思われていた矢先に、急遽デビューミックステープ『For The Streets』をリリースします。8曲入りの比較的コンパクトなミックステープには、Cardi B によるスキットが挿入されたことや、Future と PARTYNEXTDOOR がゲスト参加したことでも話題を呼びました。本業であるラッパーとしても2020年を見事に締めくくったと言えるでしょう。

3. Ivorian Doll

Ivorian Doll (アイボリアン・ドール) は、ドイツのフレンスバーグ出身、イーストロンドン育ちのラッパーで、主に UKドリルシーンで活躍しています。ドリルシーンにおいては珍しい女性アーティストであること、自身の YouTube チャンネルにてストリートでの生活を赤裸々に語る様子が人々の目に留まり、徐々に人気を獲得してきました。

Ivorian Doll

Ivirian Doll は 2020年の4月にリリースしたシングル『Rumours』にて人々の注目を集めました。学園モノのコミカルな MV や、ピンク色を基調としたポップなカバーアートとは対照的に、男性アーティスト顔負けの鋭いラップを披露しています。

現時点では、ミックステープやアルバムなどというまとまった単位のプロジェクトをリリースしていない彼女ですが、UKドリルの重鎮である Headie One のアルバムへの参加、S1mba のヒット曲『Rover』のリミックスバージョンへの参加など、イギリスのヒップホップシーンにおいて名を轟かせ始めています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。2020年も本日で最後。世界中で様々なことが起こった2020年でしたが、そんな世界を鼓舞するように光り輝いた彼女たちの楽曲を聴いて、一年を締めくくってみてはいかがでしょうか。

2020年もご愛読いただきありがとうございました。

2021年も XXS Magazine をよろしくお願いいたします。

Written by whoiskosuke

Toosii – 心地よい痛みを歌うメロディックな新鋭ラッパー

2020年に突入してからも『Platinum Heart』や『Poetic Pain』などのミックステープをリリースし、着々とヒップホップ及び R&B シーンからの指示を集めているラッパーの Toosii。耳触りのいいメロディックなデリバリーや、切なくも共感を呼ぶリリックがリスナーたちの心を掴み、彼の虜となる者が続出しています。今回はそんな彼の生い立ちやキャリアを、おすすめの楽曲とともにご紹介します。

生い立ちと楽曲スタイル

Toosii(トゥーシー)こと Nau’Jour Grainger は、ニューヨーク州中央部に位置する商工業都市シラキュースにて産声を上げました。幼少期はサッカーに夢中だったらしく、プロの選手を目指すことも考えていたそうです。同時に、自らの心の中で感じたことを言葉に書き起こし、それらを歌にすることに魅力を感じていたという彼は、ミュージシャンをになることも将来の選択肢の一つとして検討し始めました。

Toosii

ミュージシャンとして活動していくことを決めた Toosii はノースカロライナ州のローリーに拠点を移し、KingToosii 名義で『Label Me Deserve』『Hell on Earth』などのミックステープを Spinrilla にて公開します。1作目のミックステープ『Label Me Deserve』には、Chance The Rapper の名曲『Angels』のビートジャックなども収録されています。

彼は、そのメロディックなデリバリーやトラックのチョイスから Roddy Ricch と比較されることが多いアーティストです。しかし、Toosii 本人は「自分はこの世界の誰からも影響を受けたことがない」と語った上で「みんなは俺をゴミ屑と比較するのではなく、スターと比較してくれたんだろ。」と発言し、Roddy Ricch と比較されることに嫌悪感を示していないことを明かしています。

Toosii の人気が沸騰している要因としてメロディックなデリバリーの他にも、彼によって書かれた共感できるリリックが挙げられます。彼は、自らの楽曲のスタイルについて UPROXX のインタビューにてこのように語っています。

A lot of my fans are people who’ve been through things and I make insightful music that gives you that cry you need. You ever had a good pain? Like a pain that hurt, but it don’t really hurt, because it also feels good. I make that kind of music.

俺のファンの多くは心の中に辛い何かを抱えていることが多いから、俺は彼らに寄り添った音楽を作るんだ。辛い時に聴いて泣いても良いような楽曲をね。君たちは「心地よい痛み」を感じたことがある?それは俺たちを傷つけるんだけど、同時に心地よさも与えてくれる痛みなんだ。俺はそんな感じの音楽を作っている。

UPROXX

多くの人が直面する人生や恋愛においての「もがき」や「葛藤」を言語化し、それらをメロディックな楽曲に乗せてファンたちに届けること、それが Toosii の魅力の一つです。

ミックステープ『Platinum Heart』

Toosii は6枚目のミックステープである『Platinum Heart』をリリースした頃から、ヒップホップ及び R&B シーンに頭角をあらわすようになりました。当ミックステープは約2ヶ月後にデラックス盤もリリースされたことで、さらなる注目を浴びました。今回はその中でも必聴の楽曲をご紹介します。

Toosii – Love Cycle

R&B とトラップの中間をいくような、ゆったりとしたトラックに緩急を激しくつけたフロウを用いた一曲です。フックには意中の女性との会話を実際の対話形式で組み込まれていることで、彼の恋愛観を目の前で見ているような感覚に陥ります。また、Toosii によるリリックの魅力の一つとして絶妙で詩的なワードチョイスが挙げられ、当楽曲もその魅力を全面に押し出したものとなっています。

You got me stuck inside your love cycle, I read your love bible
君は俺を愛の循環に巻き込んでいく、愛の聖書を読んだんだ

We give the hood guidance, we keep the hood smilin’
俺たちはフッドでどう振る舞うかを知っているし、仲間たちの笑顔を絶やさない。

最新ミックステープ『Poetic Pain』には、当楽曲に Summer Walker を招いたリミックスバージョンも収録されて話題を呼びました。Toosii と Summer Walker が実際の恋人のように繰り広げる掛け合いが注目されており、London On Da Track の反応が気になる一曲となっています。

ミックステープ『Poetic Pain』

『Poetic Pain』は2020年9月18日にリリースされた Toosii による7枚目のミックステープです。タイトル(直訳すると「詩的な痛み」)からも感じ取れるように、Toosii が得意とする「心地よい痛み」を表現することに力を入れた作品で、実際にメロディックなフロウに乗せて紡ぎ出される詩的な言葉がファンたちの中で共感を呼んでいます。本作からも必聴の楽曲を数曲ご紹介します。

Toosii – Poetic Pain

今作の表題曲となっているこちらの一曲は、意中の女性に手紙を書くように「詩的な痛み」を歌い上げる構成となっています。一般的に見ると少々重いテーマとなっていますが、早めのテンポのトラックとメロディックなデリバリーが相まって、かなり爽やかに仕上がっています。

Poetic pain, I just wrote you a love letter
詩的な痛み 君に恋文を書いたところだよ

Let you know my heart shattered
俺の心が打ち砕かれたことを君に知って欲しい

Let you know my heart shattered
俺の心はもうボロボロだ

Took a trip, let’s be on Saturn
土星に旅行に出かけよう

Take a trip, let’s be on Saturn
土星に旅行に出かけよう

注目すべき点は、同じ文言が連続で歌われていることと、連続した同じ文言が違った声色で歌われていることです。実際の詩においても反復法として同じ文言を繰り返す技法が存在しますが、Toosii はそれを楽曲のリリックに応用していると思われます。また一回目を高音で、二回目を低音で歌うことで表現に深みを持たせ、彼の恋心の中にある葛藤のようなものが垣間見えるように作られているのではないでしょうか。

Toosii – Calls

ミックステープの後半に収録されているこちらの一曲は、愛する仲間が刑務所に収監されてしまった際に、捕らえられた仲間とは対照的に自由の身である彼が感じた想いを歌った楽曲です。本作では恋愛に関するトピックが歌われた楽曲が多く見られましたが、当楽曲に関しては仲間に対する思いを綴っています。

You knowing that shit kinda be hard when you, When your loved ones behind that, Them bars, you know, behind that cell
愛する仲間が檻の向こう側の部屋にいるという状況が、どれだけ辛いかわかるよな

All in them walls and shit like that and you can’t do not’in
仲間は壁の向こうにいて、俺は何もしてやれない

That shit hurt
そんなの辛すぎるよ

Sitting here on the outside, I could only imagine how you feeling
俺はここに座って、お前が何を感じているかを想像することしかできない

その他の作品

Toosii はそのメロディックで落ち着いたスタイルから、ここ最近はたくさんのラッパーたちの楽曲にゲスト参加しています。ここではその中でも特に良い作品をピックアップしてご紹介します。

DaBaby – Bidness (feat. Toosii)

Toosii と同じく South Coast Music Group にサインしているオハイオ州クリーブランドのラッパー DaBaby が、自ら命を絶った兄に捧げてリリースした EP 『Brother’s Keeper』に収録されている一曲です。Jetsonmade による声ネタのループトラックに、二人が詰め込み気味のラップを乗せています。

Toosii のバースではソリッドなラップを披露しており、得意のメロディックなフロウはほとんど登場しません。しかし最後は、DaBaby によるフックの後ろに Toosii がハモリを入れる構成をとっており、Toosii の魅力を最大限に引き出した楽曲と言えるでしょう。

Queen Naija – One Time (feat. Toosii)

ミシガン州イプシランティのシンガー Queen Naija によるデビューアルバム『missunderstood』に収録された一曲です。Toosii は『Love Cycle』にて Summer Walker との共演を果たしたことで、R&B のアーティストたちにも注目され始めています。Hitmaka による壮大でゆったりとしたトラックに、のびやかな歌声を披露しています。

おわりに

2020年の精力的な活動を通して絶大な人気を獲得し、インスタグラムではすでに200万人のドロワーを獲得している Toosii。ミックステープ『Poetic Pain』では独自のスタイルが固まったような印象が感じられ、彼のキャリアはまだまだ始まったばかりです。これからの彼の動向からは目が離せません。

Written by whoiskouske

Jackboy – 愛とギャングの交錯を歌う新鋭ラッパー

先日、最新アルバム『Love Me While I’m Here』をリリースし、大きな話題となっているフロリダ州ポンパノビーチのラッパー Jackboy。2020年に突入してからも、セルフタイトルアルバム『Jackboy』や『Living in History』、そして先日リリースされた『Love Me While I’m Here』の3作品をリリースし、精力的に活動を続けています。今回はそんな彼の生い立ちやキャリアに触れながら、2つの視点から彼の魅力に迫ります。

生い立ちとキャリアの開始

Jackboy こと Pierre Delince は1997年の8月27日にハイチ共和国にて産声を上げました。6歳になるまでの幼少期をハイチ共和国で過ごしたのちに、家族と共にフロリダ州のノースラウダーデールに移り住みます。まもなくして、現在もなお拠点として活動しているフロリダ州のポンパノビーチに再び移住します。

ハイチ共和国で過ごしたのはたったの6年間ということで、当時の記憶はほとんど無いと話す彼ですが、「ハイチ共和国にルーツを持つことを誇りに思っている」とも公言しており、今年の5月18日にはハイチ共和国の国旗制定記念日に合わせてシングル『Spittin’ Fact』もリリースしています。

Jackboy が音楽活動を開始したのは 2016年。音楽を始めたきっかけとして「金が必要だったから」と明かす彼は、ここ数ヶ月で自らのラップが評価され、ある程度の金額を稼ぐことに成功するまで「音楽を好きでやっていたわけじゃない」と語っています。

Kodak Black との出会い

Jackboy のラップスタイルは声質やフロウの類似点から、しばしば Kodak Black と比較されます。実際のところ、Jackboy は Kodak Black が率いるレコードレーベル Sniper Gang に所属しており、デビューミックステープのリリース時から共演を重ねているほど、彼らの友好関係には深いものがあります。

1997年生まれであることやフロリダ州ポンパノボーチで育ったこと、そしてハイチ共和国にルーツを持つことなど、Jackboy と Kodak Black には様々な共通点があり、それらの共通点が彼らを巡りあわせたとも言えるでしょう。(Kodak Black の出身はフロリダ州ポンパノビーチですが、両親がハイチ共和国からの移民です。)

近年の活躍と彼の魅力

冒頭では、2つの視点から彼の魅力に迫ると始めさせていただきましたが、その1つ目は「身の回りに起こることをありのままに綴ったリリック」です。まずは最新アルバム『Living in History』に収録され話題となった楽曲『In My City』をお聞きください。

Boy you gotta keep a gun ’cause this shit get hella scary
この街はかなり危険だから、銃を携帯すべきだ

My dog just got up outta jail now he in a cemetery
刑務所から出てきたと思ったら、もう墓の中にいる奴もいる

This real rap no cap this ain’t my imaginary
これは俺の妄想なんかじゃなくリアルなラップだ

Every n***a in my city fuckin’ legendary
俺の街にいる仲間はみんな伝説だ

Every n***a in my city tote a choppa
俺の街にいる仲間はみんなチョッパー (※1)を携帯している

(※1) Choppa とは、自動小銃 AK-47 を意味するスラング

本楽曲で語られている内容が全てノンフィクションであることを強調しながら、ストーリーテリングのような構成で展開されているこちらの楽曲は、先行シングルとしてリリースされた時点から話題に火がつき、現在では YouTube で500万回再生を越えるヒット曲となっています。

続いても最新アルバムに収録されている『Lost Ties』 をお聴きください。

Niggas started to hate when I started to shine
俺が輝き出した途端、あいつらは俺を嫌いだした

Lost ties with a couple of niggas that I loved the most
最も愛した仲間との友情もいくつか失ったよ

If I knew you finna do me dirty, I wouldn’t of let you close
お前らがあんなに汚い真似をするような奴らだと分かってたら、初めから俺に近づくのを許してなかっただろうにな

ラッパーとして成功をおさめ富と名声を手に入れ始めた彼ならではの、人間関係の複雑さをラップした一曲です。このパターンの楽曲では、裏切り行為を働いた元友人を非難するばかりのリリックになることが多いですが、Jackboy の場合は途中から急変した仲間の態度に悲しむスタンスでリリックが書かれており、どこか哀愁が漂う作品となっています。

Rod Wave などの歌モノを取り扱うラッパーたちとの共演でも有名なトラックメーカー TnTXD らによるピアノベースのトラックがフロリダらしくて良い味を出しています。

そして、彼の魅力に迫るために忘れてはならない視点の2つ目は「スムーズなメロディとロマンチックなリリック」です。

一つ目の魅力でもご紹介した通り Jackboy が育った街は決して安全とは言えず、ラップの内容も平和なものとは言えない物が多いのが事実です。しかし、彼はギャングスタのストリート事情をそのままラップする傍ら、同一人物が制作したとのとは思えないほどロマンチックなラブソングもリリースし続けています。

彼のデビューアルバム『Lost In My Head』では、ラブソングを中心に音楽活動を行う巷のポップアーティストも顔負けなロマンチストぶりを顕著に感じることができるアルバムとなっています。まずはこちらの楽曲をお聴きください。Jackboy のデビューアルバム『Lost In My Head』収録の『Would You Leave』と言う楽曲です。

If  I go broke right now
もし俺が今すぐ貧乏になっても

Would  you still be around?
それでも俺のそばにいてくれる?

If I go to jail right now
もし俺が今すぐ刑務所に行っても

Baby girl, hold me down
俺のことを愛し続けてくれよ

Or  would you leave me?
それとも君は離れていっちゃうの?

Baby,  don’t leave me
お願いだからずっとそばにいてよ

恋人からの愛情を確かめるような質問形式のフックが特徴的な可愛らしい一曲です。1分39秒とかなり短めの楽曲ですが、伝えるべきことだけを短時間にまとめたミニマルでシンプルを突き詰めたものだと言えます。Jetsonmade によるフワフワとしつつも、重い808のアクセントが効いたトラックも楽曲の雰囲気とマッチしています。

つづいても『Lost In My Head』より『Live and Learn』と言う楽曲。

Man, it took all of this time just to finally realize, oh, how much I need you
俺が君をどれだけ必要としているかを気づくまでに、かなりの時間がかかってしまった

Lately I been out of mind, so now I’m taking my time tryna find new ways to please you
君をどうやって喜ばせられるかを考えているから、ここ最近俺はずっと上の空だよ

Fuck all that money I make, I would give it away just to be with you
今までに稼いだ金なんて、君と一緒に居るためなら捨てられる

恋人からの愛を確かめる内容の先程の楽曲とは対照的に、自分がどれだけ恋人を愛しているかをラップしたものです。こちらも Jetsonmade によるトラックで、重くなりがちな内容のラップを軽快なテンポで楽しむことができます。

最後に最新アルバム『Living in History』収録の『Hard to Forget Ya』をご紹介します。

And baby, I don’t wanna see you with another fella
君が他の男といるところなんて見たくないよ

‘Cause if I do, I’ma wish that I never met ya
君と出会いさえしなければって願うほどにね

‘Cause the love you give gon’ be hard to forget ya
君がくれた愛のせいで、君のことを忘れられないよ

恋人に別れを告げられてしまった後、取り返しのつかない現状に後悔をする内容の失恋ソングです。ドラムス無しのアコースティックなトラックや、感情のこもった掛け合いフックに注目です。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回はストリートのリアルな現状をラップするとともに、暖かいラブソングをも歌い上げてしまうフロリダのラッパー Jackboy についてご紹介してきました。「ここ数ヶ月でやっと音楽が好きになってきた」と語る Jackboy のさらなる躍進に期待が高まるばかりです。

Written by whoiskosuke

Pluto と Baby Pluto の軌跡

待望のコラボテープ『Pluto x Baby Pluto』をリリースしたばかりの Future と Lil Uzi Vert。今回は新作がリリースされた記念に、これまでの彼らの共演について振り返ってみましょう。

そもそも「Pluto」とは?

アルバムタイトルにも起用されている「Pluto」というワード。「Pluto」は、単刀直入にいうならば Future が自身のデビューミックステープ『Pluto』から発案したニックネームです。Future は Pluto を自身のオルターエゴ的存在に位置付けており「Pluto はよりクリエイティブなモードに入った時の俺だ」と語っています。

Future のデビューアルバム『Pluto』

一方「Baby Pluto」はというと、 Lil Uzi Vert が Future に倣って自らにつけたニックネームです。『Eternal Atake』のリリース直前に突如 Twitter にて新たなニックネームを発表し、現在はハンドルネームでも Baby Pluto を使用しています。

Lil Uzi Vert の Twitter プロフィール

Future のヘアスタイルがブロンドであったこと (Pluto が意味する冥王星が金色である) から Pluto というニックネームを考案したという逸話をもとに、 Lil Uzi Vert も自身のヘアカラーをブロンドに変更後、Baby Pluto を名乗り始める徹底ぶりでした。

ちなみに Lil Uzi Vert はそれ以前にもオレンジ色に髪の毛を染めた際、「Orenji (オレンジ) か Renji (レンジ) 、これが俺の新しいニックネームだ。」というツイートをしており、ヘアカラーによってニックネームを変更することに魅力を感じているようです。

https://twitter.com/LILUZIVERT/status/1225449327402811393?s=20

数々の共演作

DJ ESCO – Too Much Sauce (feat. Future & Lil Uzi Vert)

Future と Lil Uzi Vert は、ジョージア州アトランタのレコードプロデューサー DJ ESCO の名義下でリリースされた楽曲『Too Much Sauce』にて初共演を果たしました。

Zaytoven の十八番である美しいピアノベースのトラックに、ゆったりとしたラップを載せる Future と Lil Uzi Vert の掛け合いが話題となり、初共演にして大ヒットを記録しました。リリースから4年以上が経過した現在でも古臭さを感じさせない二人の共演作ですが、初期に多用していた Lil Uzi Vert の詰め込みラップ(いわゆる Old Uzi)が所々にみられます。

Lil Uzi Vert – Seven Million (feat. Future)

『Too Much Sauce』での初共演後、約一ヶ月後にリリースされた Lil Uzi Vert のミックステープ『The Perfect LUV Tape』に収録された『Seven Million』で彼らは二回目の共演を果たします。

 XL Eagle と Don Cannon、 Nard & B のシンプルなトラックに両者が交互にラップをするスタイルの楽曲です。中盤からの Lil Uzi Vert のバースでは、アドリブを多用した慌ただしいラップが見所です。

Lil Uzi Vert – Wassup (feat. Future)

『Seven Million』での共演から4年ほどの歳月が経ち、ファンたちが待ち望んだ Future と Lil Uzi Vert のコンビが復活します。久方ぶりの共演は、 Lil Uzi Vert の待望のアルバム『Eternal Atake』のリリース後、14曲の新曲を追加してわずか一週間のスパンでリリースされたデラックスバージョン『Eternal Atake (Deluxe) – LUV vs. The World 2』においてでした。

『Wassup』では、Pi’erre Bourne の SF系トラックが使用されており、両者ともに歌もの寄りのスムースなフロウを披露しています。今回リリースされた『Pluto x Baby Pluto』のトレーラーでは、Future による「俺たちはここではない別の星に行かなければならない。俺たちの世界にな。」という発言が見られましたが、彼らの地球以外への星をテーマにした世界観は、こちらの楽曲からもその鱗片が窺えます。

Everybody know I am from outer space (Yeah)
みんな俺が宇宙からやってきたと知っているだろ

So you know that aliens be sendin’ me (Woah)
宇宙人が俺を地球に送り込んだということも知っているだろ

Future – All Bad (feat. Lil Uzi Vert)

『Wassup』にて再会を果たした Future と Lil Uzi Vert は、その二ヶ月後にも Future のアルバム『High Off Life』に収録された楽曲『All Bad』にて共演を重ねます。

『Eternal Atake』にて数々の名曲をプロデュースしたコレクティブ Working on Dying 所属の新鋭プロデューサー Brandon Finessin と、数々のビッグネームに新しい音色のトラックを提供し続けるコレクティブ Hyperpop 所属の Outtatown による、いわゆるハイパーポップビートに乗せて、今までの彼らの共演作には見られない雰囲気のラップを披露しました。

初共演から4年の歳月を重ねている二人ですが、意外にも Future 名義のコラボ作品はこれが初めてです。

Future & Lil Uzi Vert – Patek / Over Your Head

最後の共演から五ヶ月の沈黙を経て、ついに二人のコラボテープの存在が明かされました。両者のインスタグラムで同日にトレーラーが公開され、ファンの間ではコラボテープのサプライズリリースが噂されましたが、『Patek』と『Over Your Head』のシングル二曲のみのリリースでした。

『Patek』は先ほどご紹介した hyperpop より Starboy と Brandon Finessin のプロデュース。彼ららしくない落ち着いたトラックに、ワンバースごとで交互にラップする構成の楽曲です。

10月時点でリリースされたシングルのもう一方『Over Your Head』では、Drake と Future の『Life is Good』をプロデュースしたことで一躍有名となった D. Hill によるトラックに、『All Bad』を彷彿とさせる雰囲気の明るいラップをのせたポジティブな楽曲です。

『Pluto x Baby Pluto』のリリース

シングル二曲のみのリリースで彼らのコラボテープは存在しないと噂されていた矢先、2020年の11月12日にまたもや Future と Lil Uzi Vert は同じタイミングに新たなトレーラーをインスタグラムで公開します。

トレーラーの最後にはコラボテープのタイトルである『Pluto x Baby Pluto』とリリース日と思われる日程が映し出され、アルバムを諦めていたファンたちはまたもや盛り上がりを見せ始めました。

そして、トレーラーが公開された翌日である2020年の11月13日には、無事彼らの初のコラボテープ『Pluto x Baby Pluto』がリリースされました。彼らの初共演を仲介した存在とも言える DJ ESCO によるエグゼクティブプロデュースで、16曲入りのアルバムとなりました。

『Pluto x Baby Pluto』のカバーアート

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は『Pluto x Baby Pluto』のリリースを記念して、彼らのこれまでの共演を時系列順にまとめてみました。(A$AP Ferg による『New Level』でも共演していますが、二人のみの共演作ではないので今回は除外しています。)これを機に彼らのこれまでの共演作も楽しんでみるのはいかがでしょうか。

Written by whoiskosuke

Trippie Redd – SoundCloud 出身のオールラウンダー

その特徴的な見た目や、ロックや R&B などあらゆるジャンルから影響を受けたと思われる名曲の数々でファンたちの心を掴んでやまない Trippie Redd。今週末にはニューアルバム『Pegasus』のリリースを果たしました。今回はそんな彼の生い立ちやキャリア、ヒット曲などを通して、彼の魅力に迫ります。

生い立ちとキャリアの開始

Trippie Redd (トリッピー・レッド) こと Michael Lamar White IV は1999年の6月18日にオハイオ州のカントンにて産声を上げました。彼が誕生した時、彼の父親は刑務所に収監されており、母親によって女手ひとつで育てられたそうです。

Trippie Redd

彼には兄弟が一人ずつおり、兄は Dirty Redd、弟は Hippie Redd というニックネームだったそうで、現在のステージネームは彼らのニックネームから考案しました。元々は Trippie Hippie という名前を考案していましたが、すでに同じ名前のグループが存在していることを知り「Trippie Redd」に改名したそうです。

彼の母親が Ashanti や Beyoncé、Tupac、Nas などによる音楽を日常的に聴いていたことがきっかけとなり、Trippie は T-Pain や KISS、Nirvana、Gucci Mane、Marylin Manson など様々なジャンルの音楽に興味を持つようになりました。

様々な音楽に親しむ中で、彼はラッパーになることを志し始めます。高校卒業と同時に、自らのキャリアを躍進すべくオハイオ州のコロンバスに移住しましたが、思うようにことが進まずすぐにジョージア州のアトランタに移動しました。

Lil Wop との出会い

Trippie Redd (中央) と Lil Wop (右)

アトランタに移住した Trippie は、Famous Dex の従兄弟としても知られるラッパーの Lil Wop に出会いました。Trippie よりも先に音楽活動を始めていた Lil Wop は、彼の才能を認めレコードレーベルやレコーディングスタジオに関するサポートを行ったそうです。

ちなみに Trippie Redd と Lil Wop はのちにコラボ EP 『Angels & Demons』をリリースしています。Trippie の無邪気な少年のような声と Lil Wop のざらついた声のコントラストを Digital Nas らのトラックの上で楽しむことができます。

SoundCloud でのブレイク

Trippie は Lil Wop のサポートもあり Strainge Entertainment(現 Elliot Grainge Entertainment )との契約を交わし、音楽活動の拠点をカリフォルニア州ロサンゼルスに移します。

2016年には、シングル『Love Scars』が SoundCloud や YouTube にて大ヒットします。そして、2017年に5月には大ヒットチューン『Love Scars』を収録したデビューミックステープ『A Love Letter To You』のリリースも果たします。

どこか物憂げな表情を持つ彼の歌声や、メランコリーな空気を醸し出す本作の雰囲気から、彼は SoundCloud 出身のエモラッパーと呼ばれることも多いです。しかし、Trippie 本人は自身の音楽がエモラップに分類されることを嫌っており、Complex のインタビューではこのように語っています。

I wasn’t on no emo s**t. Me and Kodie Shane both got that s**t, and we was just on our little sad wave, ’cause we make a lot of sad R&B songs. It ain’t no emo s**t.

俺はエモラップの土俵には立っていない。俺は Kodie Shane (※1) と、悲しい雰囲気の R&B をたくさん作っていたから、少し悲しい気分になっていただけだよ。俺の音楽は決して「エモ」じゃない。

(※1) Kodie Shane は Trippie の旧友のアーティスト。

その後の作品群

Trippie は『A Love Letter To You』シリーズをミックステープとして継続的にリリースする中、同時進行でスタジオアルバムをリリースし続けています。『A Love Letter To You』シリーズは現在4作目までリリースされており、スタジオアルバムは『Life’s A Trip』と『!』、そして今回リリースされた『Pegasus』の三作品をリリースしています。

ミックステープ『A Love Letter To You』シリーズ
スタジオアルバム

今回は数ある彼の作品の中から数曲ご紹介してみようと思います。

Bust Down

ミックステープ『A Love Letter To You 2』に収録されている『Bust Down』という楽曲です。静かなピアノのイントロから、突如として始まるビートに思わず頭を揺らしてしまう楽曲です。『A Love Letter To You 2』では、一作目には見られなかったポジティビティに溢れた楽曲が数多く収録されており、彼の心境や作風の大きな変化を楽しむことができます。

他にも『A Love Letter To You 2』に収録されているポジティブな楽曲として、Cydnee と Chris King をフィーチャーした『Back Of My Mind』や UnoTheActivist をフィーチャーした『Today』などが挙げられます。

Leray

最新ミックステープ『A Love Letter To You 4』のイントロである『Leray』という楽曲です。Trippie の元恋人であるラッパーの Coi Leray にむけた楽曲で、静かなアコースティックギターの上で歌を披露しています。

『A Love Letter To You 4』では他にも『Koi』や『Who Needs Love』、『Abandoned』など、アコギベースの楽曲が多く収録されており、ミックステープ制作時の彼の心境が楽曲に反映されているような印象を受けます。

Can You Rap Like Me?

『A Love Letter To You』に収録されている『Can You Rap Like Me?』という楽曲です。タイトル(訳:俺みたいにラップできる?)の通り、ブーンバップ調のトラックに乗せて普段の彼のスタイルとはかけ離れた正統派なラップを繰り広げる一曲です。

最新ミックステープ『A Love Letter To You 4』では、当楽曲の続編として『Can You Rap Like Me, Part. 2 』が収録されており、同じく高度なラップスキルを披露しています。

ポップ寄りのポジティブな楽曲を制作するかたわら、落ち着いたR&B調の楽曲、はたまたブーンバップにも挑戦する彼の縦横無尽なスタイルですが、彼は Pigeons & Planes にてこのように語っています。

Put ’em together, and that’s Trippie Redd’s style

全てを一つにまとめる。それが Trippie Redd のスタイルだ。

現在の彼にも反映されるジャンルレスなスタイルは、様々な方面の音楽に親しんだ少年時代の影響が大きいようです。

その他の功績

XXXTENTACION – Fuck Love (feat. Trippie Redd)

故 XXXTENTACION のデビューアルバム『17』に収録された楽曲『Fuck Love』です。Trippie はこちらの楽曲のフック部分を担当しています。二人の物悲しい歌声のハーモニーが多くの人々の心を掴み、現在では YouTube で3億5千万再生、SoundCloud では 2億7千万回の再生を記録しているメガヒット曲です。

Trippie Redd – Dark Knight Dummo (feat. Travis Scott)

テキサス州ヒューストンのラッパー Travis Scott のをフィーチャーしたシングル『Dark Knight Dummo』です。本楽曲では、他の楽曲ではあまり見られない映画のサウンドトラックのような壮大なトラックに荒々しいラップを乗せています。『Birds in the Trap Sing McKnight』期を彷彿とさせる勢いのある Travis Scott のバースにも要注目です。

Joji – R.I.P.

88rising に所属する大阪府出身のシンガー Joji のデビューアルバム『BALLADS 1』に収録されている『R.I.P.』という楽曲。夢の中のようなスローテンポなサウンドに乗せて、切なくも力強い歌声を披露しています。本楽曲に関しては R&B やオルタナティヴに分類され、Trippie の守備範囲の広さを実感することができます。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は SoundCloud 発のラッパー Trippie Redd について生い立ちやキャリア、楽曲などを通してまとめてみました。今後も彼がどのような形で私たちを驚かせてくれるのかが楽しみでなりません。

Written by whoiskosuke

Headie One – UKストリートの代弁者

マーキュリー賞を受賞したロンドンのラッパー Dave や、全世界で爆発的な人気を誇るトロントのラッパー Drake などとのコラボレーションが話題となり、今週末には待望のデビューアルバムのリリースを果たしたロンドン・トッテナムのラッパー Headie One。

華々しいキャリアを築き上げる彼ですが、現在もなおフッド (地元) に留まりロンドンのストリートの声を代弁し続けています。今回は彼のキャリアや楽曲を通して今話題のラッパー Headie One の魅力に迫ります。

生い立ちとキャリアの開始

Headie One (ヘディ・ワン) こと Irving Adjei は1994年の10月6日にロンドンのトッテナムでガーナ人の両親の間に生まれました。幼少期〜少年期は熱心なサッカー少年だったそうで、音楽に対する興味はあったものの、自らが後にラッパーとして活躍することになるとは想像もしなかったそうです。

しかし、イギリスのプロサッカーチームである Stevenage F.C. への入団テストへの参加を決めたと同時に、練習中に負った足首の怪我が悪化しサッカー選手への夢を諦めざるを得なくなってしまいました。

現在サポートするサッカーチーム Manchester United のユニフォームを着る Headie One

少年期から Future や French Montana などのアメリカのアーティストによる音楽に親しんでいた彼は、自身でも見様見真似でラップを始めるようになります。

キャリア初期は「Headz」という現在とは異なるステージネームで活動していましたが、2018年のはじめに現在の「Headie One」に改名しました。Headie One というステージネームはイギリスに流通する硬貨 50 ペンス に自身の頭の形が似ていることが由来だそうです。

Headz 期 / RV との出会い

ラップを初めて間もない彼は、ロンドンを拠点に活動するヒップホップコレクティブである Star Gang に所属していました。2014年には、Headz の名義下の唯一のソロミックステープである『Headz or Tails』をリリース、その後は同じく Star Gang に所属していたトッテナムのラッパー RV に出会い、コラボミックステープ『Sticks & Stones』と『Drillers x Trappers』の2作品を連続で発表します。

Headie One と RV は、コラボミックステープ『Sticks & Stones』と『Drillers x Trappers』の2作品をリリース後、ロンドン・ブロードウォーターファームを拠点とするドリルコレクティブ OFB (Original Farm Boys) に加入します。

OFB は UKドリルシーンで最も有名なコレクティブであるため、OFB への加入は Headie One のキャリアを押し進める大きな要因となりました。

改名と『Know Better』のヒット

自身のステージネームを Headie One に変更し、2018年の2月に Headie One 名義下で初のソロミックステープ『The One』をリリースします。当ミックステープに収録され、先行シングルとしてもリリースされていた RV との楽曲『Know Better』がアンダーグラウンドにて大ヒットを起こします。

ロンドンのプロデューサーコレクティブ Traphouse Mob の 808melo によるトラック(Pop Smoke の 『Armed N Dangerous』で使用されたトラックと同じものです。)に乗せて、当時巻き込まれていた事件に対する内容をラップした楽曲です。

その事件とは、ロンドンの北部に位置するベッドフォールドシャー大学の学生寮にて Headie One が敵対するギャングのメンバー二人と鉢合わせてしまったというものです。相手のギャングメンバーは Headie One に対しかなり高圧的な態度をとっていますが、相手が終始 iPhone で動画を撮影していたため Headie One から手を出すことができず、最終的に敵に背を向けて大学寮の中に逃げ込んでしまいます。

敵対するギャングメンバーによって
スナップチャットに投稿された事件当時の動画

カメラで撮影をしながら挑発をするという卑劣な手段を選んだ相手に怒りを覚えた Headie One は楽曲リリースの手段を選んでディス曲を公開します。

勘の良い方はすでにお察しかもしれませんが、Headie One は伏せ字を使って事件の様子を事細かにラップしています。では何のために伏字にするのか、それは楽曲のリリックを証拠として逮捕される、または楽曲の配信ができなくなることを防ぐためです。

近年イギリスでは、ドリルミュージックに対しその暴力的、犯罪的な内容について疑問の目が向けられています。実際に警察によってミュージックビデオが削除されたり、リリックの内容が証拠として提出され、それによって身柄を拘束されたりするラッパーが続出しています。Headie One はそのような事態を防ぐために、犯罪に関わる表現を「Shh」に置き換えることによって、セルフクリーンバージョンを制作したというわけです。

Live corn in the shh
銃弾 (※1) が〇〇の中にある

I could’ve let it in the uni room
大学の中でそれをぶっ放すことだってできた

But I know better
でも俺はそうはしなかった

Opps wanna see me get nicked with a shh
ヤツらは俺が△△を持っていることで捕まるのが見たかったんだろ

But I know better
でも俺はそんな失態は犯さない

(※1) Live corn は銃弾を意味するイギリスのスラング

フックのリリックを少し見てみると、至る所が「Shh」によって伏せられています。相手のギャングから挑発を受けている最中、Headie One は終始ショルダーバッグの中に手を入れて何かを取り出すような仕草をしている (上記動画を参照) ことから、一行目の〇〇の部分は「bag」であることが予想できます。

また、四行目の△△の部分は、一行目で「銃弾がバッグの中にある」というラインから推測すると「gun」となるはずです。

ミックステープ『Music x Road』

『The One』にて知名度を得た Headie One は、その後もソロミックステープ『The One Two』や RV との3枚目のコラボミックステープ『Drillers x Trappers ll』などをリリースし精力的に活動してきました。

2019年の8月23日にリリースした4枚目のソロミックステープ『Music x Road』では、これまでの彼の楽曲ではほとんど聴く事のできなかった落ち着いたフロウや、ハートフルなリリックなどが登場し、これら大きな変化は彼のファンを驚かせました。

『Music x Road』のカバーアートとトラックリスト

マーキュリー賞を受賞したラッパーの Dave、また Skepta や Krept & Konan などグライムシーンからのゲストも迎え、これまでの作品とは一風変わった雰囲気に仕上がっています。

当アルバムは、明らかにドリルのサウンドではない『Music x Road』という楽曲から幕開けします。そしてアルバムのタイトルにもなっているこの楽曲こそが、当アルバムのテーマを体現しているのです。

Loyalty first that’s the code you know, I still walk a thin line between music and road
忠誠心が一番の指針さ 俺はいまだに音楽とストリートの間を彷徨ってる

Family first that’s the code you know, I still walk the thin line between music and road
家族が一番の指針さ 俺はいまだに音楽とストリートの間を彷徨ってる

To bring ma back I’d go broke you know, still walk the thin line between music and road
ママがこの世に戻ってきてくれるなら俺は全財産を捨てられる いまだに音楽とストリートの間を彷徨ってる

Headie One は『Music x Road』にて「アーティストとして成功し世界中で活躍する自分」と「かつてのようにフッド (地元) でギャングに所属し続ける自分」の二つを比較し、二者の間に生まれる矛盾や葛藤をラップしています。

楽曲『Music x Road』では、ソリッドなラップで家族や仲間に関するハートフルな内容のラップを披露し、リリックの意外性を通じてファンを驚かせましたが、彼の変化はリリックだけでなくフロウにも十分に現れています。

『Nearly Died』や『Numbed Down』では、ソリッドなラップの合間に「成功した現在ならではの悩み」や「成功した自身の周りで起こる不可解な出来事」などについて歌ったコーラスを挟んでおり、強者の余裕のようなものを目の当たりにすることができます。

ミックステープ『Music x Road』の中でも最もヒットしたのは、ロンドンのラッパー Dave をフィーチャーした『18Hunna』で、イギリスの音楽チャートで6位を記録しドリルミュージック史上最も高い順位にチャートインした楽曲となりました。

デビューアルバム『Edna』

ソロミックステープを4枚、RV とのコラボミックステープを3枚リリースし着実にキャリアを進めてきた Headie One ですが、2020年の10月9日に遂に待望のデビューアルバム『Edna』をリリースしました。

『Edna』のカバーアートとトラックリスト

タイトルの『Edna』は彼が3歳の時になくなってしまった彼の母親 Edna Duah に由来してつけられており、16BARS のインタビューでは「デビューアルバムに母親の名前をつけることで、彼女に捧げる作品としたい」というふうに語っています。

デビューアルバム『Edna』には、UKラップシーンから M Huncho や Ivorian Doll ら、グライムシーンからは Skepta や AJ Tracey、Stormzy らが参加しています。また、イギリス国外からは Drake と Future が参加しており、デビューアルバムにふさわしい華のあるメンバーが揃っています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は UK ストリートの代弁者 Headie One の魅力について彼のキャリアや作品を通して迫りました。『Music x Road』で見せた葛藤を乗り越え、これからもどのように音楽と向き合っていくのか、彼の動向から目が離せません。

Written by whoiskouske

Lil Tecca – SoundCloud からの若き刺客

『Ransom』のメガヒットや、先日リリースされた Internet Money によるアルバム『B4 The Storm』への参加などをきっかけとし、爆発的な人気を博すニューヨークのラッパー Lil Tecca。今回は、9月18日にデビューアルバム『Virgo World』をリリースしたばかりの彼の魅力に迫ります。

生い立ちとキャリアの開始

Lil Tecca (リル・テッカ) こと Tyler-Justin Anthony Sharpe はニューヨーク州クイーンズ出身で、ジャマイカからの移民である両親のもとに生まれました。SoundCloud 出身のラッパーを中心にもはや普通になりつつありますが、彼の特徴はなんと言ってもその若さで、2002年8月26日生まれの18歳です。

Tecca が初めてヒップホップに触れたのは、当時の友人と Xbox に付属していたマイクを使用して遊びでラップを始めた9歳の頃でした。

その頃、Tecca は NBA にてプロバスケットボール選手として活躍することを夢見ていたため、ラッパーとして音楽活動を開始するつもりは全くなかったようです。

しかし、12歳になった頃 Tecca は突然バスケットボールへの興味を失い、ミュージシャンとして活動することに対して興味を持ち始めます。

その頃から様々なジャンルの音楽を聴くことを始めたようです。彼は影響を受けたアーティストとして Eminem や Chief Keef、Meek Mill などのラッパーをはじめ、Michael Jackson や Coldplay などヒップホップ以外のジャンルのアーティストも挙げています。

『Ransom』のヒットから現在

Tecca は2019年の5月にシングル『Ransom』、そして同曲のミュージックビデオを Lyrical Lemonade よりリリースしました。

ストリーミングサービスでの再生回数および、YouTube でのミュージックビデオの再生回数はうなぎ登りで『Ransom』は彼のキャリアを急激に躍進させるには十分な大ヒットを記録しました。

ミックステープ『We Love You Tecca』

『Ransom』のヒットから約3か月後の2020年8月には、デビューミックステープである『We Love You Tecca』をリリースします。ミックステープには Juice WRLD をゲストに招いた『Ransom』のリミックスバージョンが収録され、プロダクションには Internet Money の Nick Mira や Taz Taylor はもちろんのこと、Pi’erre Bourne や Danny Wolf、CashMoneyAP などが参加しています。

デビューアルバム『Virgo World』

デビューミックステープのリリースから一年強が経過した2020年の9月18日、Tecca はデビューアルバムである『Virgo World』をリリースしました。ゲストが Juice WRLD の一名だけだったデビューミックステープに比べ、Polo G や NAV、Lil Uzi Vert など様々な方面から多数のゲストを招いています。

他のアーティストへのゲスト参加

Lil Tecca はここ最近、他のアーティストへのゲスト参加を通しても精力的に活動を続けてきました。ここではその中の一部をご紹介します。

Internet Money – JLO (feat. Lil Tecca) / Somebody (feat. Lil Tecca & A Boogie wit da Hoodie)

まず初めに触れておかなければならないのは、カリフォルニアを拠点に活動するプロデューサーコレクティブである Internet Money のアルバム『B4 The Storm』への参加です。

Tecca は、アルバムに収録されている楽曲の中で『JLO』と『Somebody』に参加しました。両曲ともに Internet Money の創設者である Taz Taylor と Nick Mira の2人によるプロデュースです。

The Kid LAROI – Diva (feat. Lil Tecca)

Juice WRLD との共演などで徐々に人気を獲得しつつあるオーストラリアのラッパー The Kid LAROI の楽曲への参加です。

The Kid LAROI のメロディアスなフックと Lil Tecca のヘタウマラップがうまく絡み合っています。後半の交互にラップをする掛け合いも、コラボの良さを最大限に引き出しています。

Danny Wolf – Mavericks (feat. Lil Tecca & WAV)

HoodRich Pablo Juan とのコラボテープなどで知られるメキシコ生まれアトランタ育ちのプロデューサー Danny Wolf のミックステープ『Night of the Wolf』に収録されている楽曲です。

Internet Money などによるポップでシンプルなトラックでラップすることが多い Tecca ですが、本曲では不穏で暗い雰囲気のトラックに挑戦しています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。18歳ながらも爆発的な人気を博す18歳のラッパー Lil Tecca についてまとめてきました。自身のプロジェクトはもちろん、他のアーティストへのゲスト参加を含めてこれからさらに活躍が期待される1人ですので、これからも彼の動向を見逃せません。

Written by whoiskosuke

ヒップホップとマクドナルド – ラッパーたちはファーストフードとどのように向き合うのか

皆さん、マクドナルドはお好きですか?

外側カリカリ中はホクホクのマックフライポテトや、ジューシーなビーフパティが二枚も入ったビッグマック。朝食から夕食まで、または空いた時間にフラッと立ち寄る方も多いかも知れません。

最近では Travis Scott とのコラボレーションが正式にアナウンスされたりと、ヒップホップと関連する話題も多いマクドナルド。

日本でもたくさんの人々に愛されていますが、発祥の地アメリカではさらに生活に密着したものとなっています。今回はそんな「マクドナルド」とヒップホップの関係性について考察していきます。

シカゴ近郊に位置するマクドナルドの
フランチャイズ一号店

マクドナルドは、カリフォルニア州サンバーナディノにてマクドナルド兄弟によって1940年に創業されたハンバーガーチェーンです。ヒップホップのルーツに関しては諸説ありますが、いずれにしてもヒップホップが誕生するかなり前からマクドナルドは存在していたことになります。

XXS Magazine では以前にも「日本食とヒップホップ」というテーマにて、食とヒップホップの関係性についてフォーカスした記事を公開しています。海外において比較的高級品とされる日本食は、「高級品を食べることのできる財力」を誇示するために言及されることがほとんどでした。

では、安価な価格設定でおなじみのマクドナルドの場合はどうなのでしょうか。今回は様々なラッパーたちのリリックを読み解きながら、そのパターンを解明していきましょう。

①マクドナルドに通っていた過去を現在と対比するパターン

ラッパーとしての成功を手にする以前、食事に十分なお金を払うことが難しく、安価で空腹を満たせるマクドナルドにお世話になっていたアーティストたちは少なくありません。イリノイ州シカゴのラッパー Chief Keef は Travis Scott の楽曲『Nightcrawler』に参加した際、このようにラップしています。

I just ordered me some brunch
さっき遅めの朝食を注文したところだ。

Korean spicy garlic
コリアンスパイシーガーリックをな。

Bitch, I come from eating McDonald’s
俺はかつて、マクドナルドを食べていた。

Travis Scott – Nightcrawler (feat. Rae Sremmurd & Chief Keef)

コリアンスパイシーガーリックは、チキンを辛みのあるソースとニンニクで味付けした韓国発祥の料理で、アメリカでは比較的高価な印象のある食べ物です。金銭的に余裕がなくマクドナルドばかりを食べていたという Chief Keef は、高価な韓国料理を引き合いに出すことで、貧困に苦しんだ少年時代からヒップホップ界のスーパースターへと成り上がったことを表現しています。

マクドナルドといえば、ハンバーガーレストランですので、必然的に食事に関係する内容をラップするアーティストが多くなるのは当然です。しかし、マクドナルドでの食事以外の経験に言及するアーティストも存在します。ミシガン州デトロイトのラッパー Eminem もその一人です。

彼はこれまでに何度も、楽曲の中にマクドナルドでの経験を登場させていますが、今回はその中でも衝撃的なラインをご紹介いたします。

「マンションを持ってるけど、一戸建ての家に住む」「キングサイズのベッドがあるけど、ソファで寝る」といった裕福な生活を誇張するコーラスから始まる『So Far』という楽曲では、曲調が一転した途端にこのようなリリックが飛び出します。

Only option I have’s McDonalds’s bathroom
俺に与えられた、たった一つの選択肢はマクドナルドのトイレだった

Eminem – So Far

今やキングサイズベッドを所有していながらも、ソファで眠ってしまう Eminem ですが、かつては安心して眠る場所もなくマクドナルドのトイレで夜を明かした経験をラップしています。

他にも、Eminem は2009年にリリースした『3 a.m.』でこのようにラップしています。

Wake up naked at McDonald’s with blood all over me
目覚めると全裸でマクドナルドにいて、なぜか血塗れだったんだ

Eminem – 3 a.m.

貧困地域のマクドナルドは、ハスラーやギャングのたまり場となっているケースも珍しくなく、治安的な観点から見るとかなり危険な場所であることも事実です。こちらのラインは、マクドナルドにて睡眠を取っていた Eminem が睡眠中に衣服や金銭の略奪の被害にあってしまった経験を元にしたリリックです。

このように食事以外の面でマクドナルドにお世話になっていたアーティストも多数おり、過去の過酷な経験を曲中で語る上でマクドナルドは外せない存在であることもわかります。

②現在もマクドナルドを愛しているパターン

富と名声を手に入れた現在と、マクドナルドを利用していた過去に優劣をつけるラッパーが多数登場する中、それでもなおマクドナルドでの経験に懐かしさを感じ、それを愛する者も存在します。

Forbes による「世界で最も稼ぐラッパーランキング」において堂々の一位を獲得したことも記憶に新しい Jay-Z でさえも、マクドナルドに通い詰めていた時期があったようで、彼は Alicia Keys との大ヒット曲『Empire State of Mind』でこのようにラップしています。

I used to cop in Harlem – hola, my Dominicanos
俺はかつてドラッグをハーレムで調達していた 元気にしてるか、ドミニカ人の仲間たち

Right there up on Broadway, brought me back to that McDonald’s
昔ここにあったマクドナルドを思い出す

JAY-Z & Alicia Keys – Empire State of Mind

JAY-Z がブルックリンのストリートにおいてドラッグディーリングで稼いでいた当時、ハーレムのマクドナルドでドラッグの調達をしていたという実話を元にしたラインです。当時のハーレムでは、スペイン語を話すドミニカ人がドラッグを捌いており、JAY-Z は彼らのコミュニティとマクドナルドの客席で取引をしていたのです。

ドラッグディーリングが行われていた
ハーレムのマクドナルド

こちらのラインは、一見すると①で紹介した「マクドナルドに通っていた過去を現在と対比するパターン」のようにも思えますが、彼の場合は当時のエピソードを懐かしむような言葉選びをしていることもあり、過去と現在との間に優劣をつけているような印象は感じられません。

ハーレム繋がりでご紹介しますと、A$AP Rocky も、A$AP Mob からリリースされたアルバム『Cozy Tapes, Vol. 2: Too Cozy』収録の『Bahamas』においてマクドナルドに言及しています。

Paper plate or fine china, Benihana, McDonald’s
紙皿か陶器の食器、ベニハナかマクドナルド

Hit up Empanada Mamas, eat at delis or in diners
エンパナーダ・ママに直行、デリかダイナーで食事をする

A$AP Mob – Bahamas (feat. A$AP Twelvyy, A$AP Ferg, A$AP Rocky, Lil Yachty, KEY!, ScHoolboy Q & Smooky MarGielaa)

紙皿と陶器の食器、ベニハナ(アメリカを中心に展開される鉄板焼きチェーン)とマクドナルド。主に惣菜パンを売るニューヨーク発祥の庶民派のお店 エンパナーダ・ママなどを、選択肢的に羅列したラインです。

巨万の富を得てもなお、全ての食事を高級料理店で済ませるのではなく、マクドナルドや小さな軽食店などを選択肢に含めることをラップしており、いまだにマクドナルドへの愛が感じられます。

Pharrell Williams や T-Pain など、かつてマクドナルドで働いていたラッパーも数多く存在します。先ほど紹介した『Bahamas』にも参加したジョージア州アトランタのラッパー Lil Yachty もそのうちの一人です。

Lil Yachty といえば、所属するレーベル Quality Control の CEO である Pierre “Pee” Thomas の誕生日会にて、高級レストランにて提供された食事が気に入らず、その場で Uber Eats を利用してマクドナルドを注文したことも話題となりました。

③単なるワードプレイに用いるパターン

ここまでにご紹介したものには、ラッパーたちのエピソードに基づいたミーニングフルなラインが多かったですが、本省でご紹介するのは「マクドナルド」を単なるワードプレイに利用しているパターンです。

元々「マクドナルド」と言う店名は創業者であるマクドナルド兄弟に由来する人名であること、また語呂の良さや韻の踏みやすさなどが相まって、ワードプレイに用いられるケースも少なくありません。

NY・クイーンズで育ったラッパー Nicki Minaj は、DJ Khaled のプロジェクト『Grateful』収録の『I Can’t Even Lie』にてこのようなワードプレイを披露しています。

Big MAC billboard out in Times Square
タイムズスクエアに大きな MAC の広告

And I ain’t talkin ’bout McDonald’s bitch
マクドナルドのことじゃない

DJ Khaled – I Can’t Even Lie (feat. Future & Nicki Minaj)

「Big MAC Billboard」に「ビッグマック (マクドナルドの人気商品) の広告」と「大きな MAC (化粧品ブランド) の広告」の二つの意味を持たせたワードプレイです。タイムズスクエアといえば、光り輝く巨大なマクドナルドの看板でも有名ですが、ここで Nicki Minaj が言及したいのは自身がモデルとなった化粧品の広告のことだったのです。

(右) タイムズスクエアのマクドナルドの看板
(左) Nicki Minaj がモデルとなった MAC の広告

他にもマクドナルドに関する面白いラップを披露したラッパーがいます。それは、カリフォルニアのラッパー Tyler, The Creator です。彼に関しては、有名になる前にスターバックスコーヒーにてアルバイトをしていたエピソードが有名ですが、マクドナルドについてはこのようなラップを披露しています。

Pockets flooded, y’all be dilute
俺のポケットは洪水状態。お前らのは希釈されてる。

Watered down, I’m Big Mac
(マクドナルドの ドリンクみたいに)水で薄まってる。俺はビッグマック。

I’m quarter pound, you chicken nugget
もしくはクォーターパウンダー、お前らはせいぜいチキンナゲットだな。

Tyler, The Creator – OKRA

ポケットに現金がたくさん入っていることを、洪水に例える比喩表現から始まるこちらのラインは、マクドナルドの定番商品を登場させてヘイターたちを盛大に煽っています。大きな存在である自身を、ボリューミーなビッグマックやクォーターパウンダーに喩えると同時に、ヘイターたちをサイドメニューであるチキンナゲットに喩え、影響力や地位の規模の違いを示しています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は「マクドナルドとヒップホップ」というテーマを設けて、ファーストフードとヒップホップの関係性について考察してきました。今回ご紹介したもの以外にも、無数のラッパーたちが楽曲内でマクドナルドについて言及していますので、それらを探してみるのも面白いかと思います。

Mulatto – 次世代のラップシーンを担うサウスの女王

2020年8月12日に発表された XXL FRESHMAN CLASS 2020 にも選出され、本日待望のデビューアルバムをリリースしたばかりであるラッパーの Mulatto。今回はそんな彼女の生い立ちやキャリア、魅力について迫ります。

生い立ち

Mulatto こと Alyssa Michelle Stephens は、1998年12月22日にオハイオ州のコロンバスで産声を上げました。2歳の頃に家族とともにジョージア州のアトランタに移住し、それ以降はアトランタにて幼少期を過ごします。

10歳の頃にヒップホップに興味を持ち、リリックを書き始めた彼女は、厳しいながらも彼女の夢に協力的な両親の愛情を受けて育ちました。かなり早い段階からラッパーになることを目指し始めた彼女は、同世代の友人たちとは全く違うライフスタイルを送り、時には孤独感すら感じることもあったと語っています。

I didn’t end up going to prom and playing sports and stuff because I’ve been rapping since I was ten.

10歳の頃からラップをし続けているから、ダンスパーティーに行くことも、スポーツに打ち込むこともなかった。

Genius

ラップに夢中だった彼女はアトランタに位置する高校である Lovejoy Highschool に入学しますが、音楽活動に専念するために間もなく中退。そこから彼女の本格的なキャリアが開始することとなります。

キャリアの開始とミックステープ

本格的に音楽活動に専念するにあたって、Miss Mulatto というステージネームにてキャリアを開始します。黒人の父親と白人の母親を持つ彼女は「混血児」を意味するスペイン語の言葉「Mulatto」をステージネームとして起用しました。(「Mulatto」は男性名詞であるため、 未婚女性に対する敬称として使用される「Miss」を前に置いています。)

Mulatto は、2016年にアメリカで放送されていたヒップホップのオーディション番組である The Rap Game の第1期に Miss Mulatto 名義の元で参加します。数々の参加者の中で一際高いスキルを披露した彼女は、当番組の第1期における最優秀者としてめでたく優勝を飾りました。

The Rap Game での彼女の活躍をまとめた総集編

その後、番組の主催者の一人である Jermaine Dupri に彼のレコードレーベルである So So Def Recoreds との契約を持ちかけられますが、契約内容に不満を抱いた彼女は契約を辞退し、独立の道を選びました。

Mulatto と Jermaine Dupri

ラッパーにとって夢に近づくための第一歩となるケースも多い、レコードレーベルとの契約のチャンスを逃した彼女でしたが、番組の視聴者を中心に獲得した知名度をもとに、徐々にファンベースを大きくしていきます。

レコードレーベルとの契約を交わさないまま、彼女は独立して活動を継続していきます。2016年には初のシングル『No More Talking』を、そしてすぐ後に同じく The Rap Game の一期生として活躍した戦友である Lil Niqo とコラボシングルをリリースします。

番組出演時代から築き上げてきたファンベースのおかげもあり、2016年には Georgia Music Awards にて若手ヒップホップ・R&B 部門を受賞し、勢いに乗った Mulatto はファーストミックステープ『Miss Mulatto』のリリースを果たします。

ファーストミックステープ『Miss Mulatto』

その後も、彼女と同い年のデトロイトの女性ラッパー Molly Brazy や、『Watch Me (Whip/Nae Nae)』のメガヒットで有名な Silentó らが参加したセカンドミックステープ『Latto Let ‘Em Know』や Coca Vango や LightSkinKeisha らが参加したサードミックステープ『Mulatto』を一年ごとにリリースします。

サードミックステープ『Mulatto』をリリースしたタイミングで、ステージネームを Miss Mulatto から Mulatto に変更します。変更前後でセルフタイトルプロジェクトが二つ存在することになります。

『Latto Let ‘Em Know』と『Mulatto』

『Bitch from da Souf』 の大ヒット

コンスタントにミックステープをリリースし続けた Mulatto は、2019年の1月にシングル『Bitch from da Souf』をリリースし、同曲が多くのリスナーたちの注目を集めます。『Bitch from da Souf』は、カリフォルニアのベイエリアを拠点とするプロデューサーコレクティブである Bankroll Got It によるプロデュースで、彼女によると『サウス育ちの一人の女性としての、単なる自己紹介のようなもの』だそうです。

『Bitch from da Souf』は Billboard Bubbling Under Hot 100 にて5位という好セールスを叩き出し、彼女は後にカリフォルニアの Saweetie とフロリダの Trina をゲストに招いた同曲のリミックスを発表します。Mulatto にとって Trina は女性ラッパーのレジェンドだそうで、彼女との共演はラップを始めた十年前からの夢だったと明かしています。

彼女のリリースする楽曲には、サウス出身の女性ラッパーとしての誇りや自信をラップしたものが多いですが、ヒップホップの世界において、女性であること自体がハンディキャップとなった経験があることも明かしています。ニューヨークを拠点とした総合誌 PAPER のインタビューにて、女性ラッパーとして成功することの難しさについてこのように語りました。

女性ってだけで、リリックを自分で書いてないと疑われて、偽物扱いされたこともある。ラップを始める前から詩を書いてコンテストに優勝したこともあるのに。

PAPER

正直今の女性ラッパーたちは、お互いの足を引きずり合ってる。争い合っている私たちより、団結した私たちの方が強いことに未だに気付いていない。

PAPER

私は信念を持って十年以上ラップと向き合ってきた。「ディックについてラップして、もっとセクシーになろう。」みたいな軽いノリでやってるわけじゃない。

PAPER

XXL FRESHMAN CLASS への選出

『Bitch from da Souf』の大ヒットを皮切りに勢いに乗った彼女は、2020年8月12日にアメリカのヒップホップ雑誌である XXL が主催する、その年の注目ラッパーを決定する企画「XXL FRESHMAN CLASS 」に選出されます。

XXL の YouTube チャンネルに投稿された、選出者たちがヘイターたちのコメントを自ら読む企画で、彼女はこのようなヘイターのコメントに強気なコメントを返しました。

選出者の中に女性のメンツが必要だっただけで、あんたである必要はなかった。

Mulatto – 私たちフィメールは、今やヒップホップの大部分を動かしてる。もし私じゃなかったとしても、私の仲間たちが選ばれてただろうし。それでも私が選ばれたのは事実。つべこべ言っても無駄よ。

2020 XXL Freshmen Read Mean Comments
該当部分は 4:48〜

そんな彼女は、FRESHMAN CLASS に選出された翌日にデビューアルバムのリリースをアナウンスしました。タイトルは『Queen of Da Souf』で、アナウンス当時は先行シングル以外の参加ゲストが絵文字に置き換えられてシークレットとなっていましたが、City Girls と 21 Savage、42 Dugg がゲストとして参加しました。

デビューアルバム『Queen of Da Souf』のアルバムカバーとアナウンス時のトラックリスト

様々なアーティストとの共演

Muwop (feat. Gucci Mane)

Mulatto と同じジョージア州アトランタ出身でトラップミュージックの重鎮でもある Gucci Mane をゲストに招いた楽曲です。デビューアルバムにも収録されており、先行シングルとしてリリースされました。

Gucci Mane といえば、自身のレーベル 1017 Records / 1017 Eskimo を有しており、Asian Doll や Yung Mal、HoodRich Pablo Juan をはじめとする才能のある若手ラッパーと数々の契約を結んでいることで有名ですが、それに関係した面白いラップを披露しています。

Tried to sign Mulatto, but she was signed already 

Mulatto と契約しようとしたけど、彼女はすでに契約をもっていた

キャリアについての章で、彼女が So So Def Records との契約を辞退したことには触れましたが、2020年の3月に RCA Records との契約を果たしています。誰もが羨む彼女の輝く才能ですが、Gucci Mane がそれに気づくのは少し遅かったようです。

JayDaYoungan – Touch Your Toes (feat. Mulatto)

ルイジアナのラッパー JayDaYoungan との楽曲です。Lil Wop の 『Soul Snatcher』や Chinese Kitty の『Stories of a Ghetto Kitty』などで聞き覚えのある木の床が軋むようなサウンドをベースにしたアップテンポな楽曲です。頼りない声でラップする JayDaYoungan に対して、たくましくラップする Mulatto にも注目です。

Duke Deuce – Kirk (feat. Mulatto)

テネシー州メンフィスのラッパー Duke Deuce との楽曲です。フックで延々と繰り返されるループアドリブや、Duke Deuce お馴染みのシャウトなどが盛り沢山のメンフィスらしい楽曲です。アドリブなどを含め癖の強い Duke Deuce ですが、Mulatto もそれに負けないほど堂々としたラップを披露しています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は、XXL FRESHMAN CLASS 2020 にも選出されたアトランタのラッパー Mulatto についてまとめてみました。FLESHMAN の目玉企画であるサイファーや、今回リリースされたデビューアルバムで注目度がさらに高まることは間違いなしです。

Written by whoiskosuke