Headie One – UKストリートの代弁者

マーキュリー賞を受賞したロンドンのラッパー Dave や、全世界で爆発的な人気を誇るトロントのラッパー Drake などとのコラボレーションが話題となり、今週末には待望のデビューアルバムのリリースを果たしたロンドン・トッテナムのラッパー Headie One。

華々しいキャリアを築き上げる彼ですが、現在もなおフッド (地元) に留まりロンドンのストリートの声を代弁し続けています。今回は彼のキャリアや楽曲を通して今話題のラッパー Headie One の魅力に迫ります。

生い立ちとキャリアの開始

Headie One (ヘディ・ワン) こと Irving Adjei は1994年の10月6日にロンドンのトッテナムでガーナ人の両親の間に生まれました。幼少期〜少年期は熱心なサッカー少年だったそうで、音楽に対する興味はあったものの、自らが後にラッパーとして活躍することになるとは想像もしなかったそうです。

しかし、イギリスのプロサッカーチームである Stevenage F.C. への入団テストへの参加を決めたと同時に、練習中に負った足首の怪我が悪化しサッカー選手への夢を諦めざるを得なくなってしまいました。

現在サポートするサッカーチーム Manchester United のユニフォームを着る Headie One

少年期から Future や French Montana などのアメリカのアーティストによる音楽に親しんでいた彼は、自身でも見様見真似でラップを始めるようになります。

キャリア初期は「Headz」という現在とは異なるステージネームで活動していましたが、2018年のはじめに現在の「Headie One」に改名しました。Headie One というステージネームはイギリスに流通する硬貨 50 ペンス に自身の頭の形が似ていることが由来だそうです。

Headz 期 / RV との出会い

ラップを初めて間もない彼は、ロンドンを拠点に活動するヒップホップコレクティブである Star Gang に所属していました。2014年には、Headz の名義下の唯一のソロミックステープである『Headz or Tails』をリリース、その後は同じく Star Gang に所属していたトッテナムのラッパー RV に出会い、コラボミックステープ『Sticks & Stones』と『Drillers x Trappers』の2作品を連続で発表します。

Headie One と RV は、コラボミックステープ『Sticks & Stones』と『Drillers x Trappers』の2作品をリリース後、ロンドン・ブロードウォーターファームを拠点とするドリルコレクティブ OFB (Original Farm Boys) に加入します。

OFB は UKドリルシーンで最も有名なコレクティブであるため、OFB への加入は Headie One のキャリアを押し進める大きな要因となりました。

改名と『Know Better』のヒット

自身のステージネームを Headie One に変更し、2018年の2月に Headie One 名義下で初のソロミックステープ『The One』をリリースします。当ミックステープに収録され、先行シングルとしてもリリースされていた RV との楽曲『Know Better』がアンダーグラウンドにて大ヒットを起こします。

ロンドンのプロデューサーコレクティブ Traphouse Mob の 808melo によるトラック(Pop Smoke の 『Armed N Dangerous』で使用されたトラックと同じものです。)に乗せて、当時巻き込まれていた事件に対する内容をラップした楽曲です。

その事件とは、ロンドンの北部に位置するベッドフォールドシャー大学の学生寮にて Headie One が敵対するギャングのメンバー二人と鉢合わせてしまったというものです。相手のギャングメンバーは Headie One に対しかなり高圧的な態度をとっていますが、相手が終始 iPhone で動画を撮影していたため Headie One から手を出すことができず、最終的に敵に背を向けて大学寮の中に逃げ込んでしまいます。

敵対するギャングメンバーによって
スナップチャットに投稿された事件当時の動画

カメラで撮影をしながら挑発をするという卑劣な手段を選んだ相手に怒りを覚えた Headie One は楽曲リリースの手段を選んでディス曲を公開します。

勘の良い方はすでにお察しかもしれませんが、Headie One は伏せ字を使って事件の様子を事細かにラップしています。では何のために伏字にするのか、それは楽曲のリリックを証拠として逮捕される、または楽曲の配信ができなくなることを防ぐためです。

近年イギリスでは、ドリルミュージックに対しその暴力的、犯罪的な内容について疑問の目が向けられています。実際に警察によってミュージックビデオが削除されたり、リリックの内容が証拠として提出され、それによって身柄を拘束されたりするラッパーが続出しています。Headie One はそのような事態を防ぐために、犯罪に関わる表現を「Shh」に置き換えることによって、セルフクリーンバージョンを制作したというわけです。

Live corn in the shh
銃弾 (※1) が〇〇の中にある

I could’ve let it in the uni room
大学の中でそれをぶっ放すことだってできた

But I know better
でも俺はそうはしなかった

Opps wanna see me get nicked with a shh
ヤツらは俺が△△を持っていることで捕まるのが見たかったんだろ

But I know better
でも俺はそんな失態は犯さない

(※1) Live corn は銃弾を意味するイギリスのスラング

フックのリリックを少し見てみると、至る所が「Shh」によって伏せられています。相手のギャングから挑発を受けている最中、Headie One は終始ショルダーバッグの中に手を入れて何かを取り出すような仕草をしている (上記動画を参照) ことから、一行目の〇〇の部分は「bag」であることが予想できます。

また、四行目の△△の部分は、一行目で「銃弾がバッグの中にある」というラインから推測すると「gun」となるはずです。

ミックステープ『Music x Road』

『The One』にて知名度を得た Headie One は、その後もソロミックステープ『The One Two』や RV との3枚目のコラボミックステープ『Drillers x Trappers ll』などをリリースし精力的に活動してきました。

2019年の8月23日にリリースした4枚目のソロミックステープ『Music x Road』では、これまでの彼の楽曲ではほとんど聴く事のできなかった落ち着いたフロウや、ハートフルなリリックなどが登場し、これら大きな変化は彼のファンを驚かせました。

『Music x Road』のカバーアートとトラックリスト

マーキュリー賞を受賞したラッパーの Dave、また Skepta や Krept & Konan などグライムシーンからのゲストも迎え、これまでの作品とは一風変わった雰囲気に仕上がっています。

当アルバムは、明らかにドリルのサウンドではない『Music x Road』という楽曲から幕開けします。そしてアルバムのタイトルにもなっているこの楽曲こそが、当アルバムのテーマを体現しているのです。

Loyalty first that’s the code you know, I still walk a thin line between music and road
忠誠心が一番の指針さ 俺はいまだに音楽とストリートの間を彷徨ってる

Family first that’s the code you know, I still walk the thin line between music and road
家族が一番の指針さ 俺はいまだに音楽とストリートの間を彷徨ってる

To bring ma back I’d go broke you know, still walk the thin line between music and road
ママがこの世に戻ってきてくれるなら俺は全財産を捨てられる いまだに音楽とストリートの間を彷徨ってる

Headie One は『Music x Road』にて「アーティストとして成功し世界中で活躍する自分」と「かつてのようにフッド (地元) でギャングに所属し続ける自分」の二つを比較し、二者の間に生まれる矛盾や葛藤をラップしています。

楽曲『Music x Road』では、ソリッドなラップで家族や仲間に関するハートフルな内容のラップを披露し、リリックの意外性を通じてファンを驚かせましたが、彼の変化はリリックだけでなくフロウにも十分に現れています。

『Nearly Died』や『Numbed Down』では、ソリッドなラップの合間に「成功した現在ならではの悩み」や「成功した自身の周りで起こる不可解な出来事」などについて歌ったコーラスを挟んでおり、強者の余裕のようなものを目の当たりにすることができます。

ミックステープ『Music x Road』の中でも最もヒットしたのは、ロンドンのラッパー Dave をフィーチャーした『18Hunna』で、イギリスの音楽チャートで6位を記録しドリルミュージック史上最も高い順位にチャートインした楽曲となりました。

デビューアルバム『Edna』

ソロミックステープを4枚、RV とのコラボミックステープを3枚リリースし着実にキャリアを進めてきた Headie One ですが、2020年の10月9日に遂に待望のデビューアルバム『Edna』をリリースしました。

『Edna』のカバーアートとトラックリスト

タイトルの『Edna』は彼が3歳の時になくなってしまった彼の母親 Edna Duah に由来してつけられており、16BARS のインタビューでは「デビューアルバムに母親の名前をつけることで、彼女に捧げる作品としたい」というふうに語っています。

デビューアルバム『Edna』には、UKラップシーンから M Huncho や Ivorian Doll ら、グライムシーンからは Skepta や AJ Tracey、Stormzy らが参加しています。また、イギリス国外からは Drake と Future が参加しており、デビューアルバムにふさわしい華のあるメンバーが揃っています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は UK ストリートの代弁者 Headie One の魅力について彼のキャリアや作品を通して迫りました。『Music x Road』で見せた葛藤を乗り越え、これからもどのように音楽と向き合っていくのか、彼の動向から目が離せません。

Written by whoiskouske

Lil Tecca – SoundCloud からの若き刺客

『Ransom』のメガヒットや、先日リリースされた Internet Money によるアルバム『B4 The Storm』への参加などをきっかけとし、爆発的な人気を博すニューヨークのラッパー Lil Tecca。今回は、9月18日にデビューアルバム『Virgo World』をリリースしたばかりの彼の魅力に迫ります。

生い立ちとキャリアの開始

Lil Tecca (リル・テッカ) こと Tyler-Justin Anthony Sharpe はニューヨーク州クイーンズ出身で、ジャマイカからの移民である両親のもとに生まれました。SoundCloud 出身のラッパーを中心にもはや普通になりつつありますが、彼の特徴はなんと言ってもその若さで、2002年8月26日生まれの18歳です。

Tecca が初めてヒップホップに触れたのは、当時の友人と Xbox に付属していたマイクを使用して遊びでラップを始めた9歳の頃でした。

その頃、Tecca は NBA にてプロバスケットボール選手として活躍することを夢見ていたため、ラッパーとして音楽活動を開始するつもりは全くなかったようです。

しかし、12歳になった頃 Tecca は突然バスケットボールへの興味を失い、ミュージシャンとして活動することに対して興味を持ち始めます。

その頃から様々なジャンルの音楽を聴くことを始めたようです。彼は影響を受けたアーティストとして Eminem や Chief Keef、Meek Mill などのラッパーをはじめ、Michael Jackson や Coldplay などヒップホップ以外のジャンルのアーティストも挙げています。

『Ransom』のヒットから現在

Tecca は2019年の5月にシングル『Ransom』、そして同曲のミュージックビデオを Lyrical Lemonade よりリリースしました。

ストリーミングサービスでの再生回数および、YouTube でのミュージックビデオの再生回数はうなぎ登りで『Ransom』は彼のキャリアを急激に躍進させるには十分な大ヒットを記録しました。

ミックステープ『We Love You Tecca』

『Ransom』のヒットから約3か月後の2020年8月には、デビューミックステープである『We Love You Tecca』をリリースします。ミックステープには Juice WRLD をゲストに招いた『Ransom』のリミックスバージョンが収録され、プロダクションには Internet Money の Nick Mira や Taz Taylor はもちろんのこと、Pi’erre Bourne や Danny Wolf、CashMoneyAP などが参加しています。

デビューアルバム『Virgo World』

デビューミックステープのリリースから一年強が経過した2020年の9月18日、Tecca はデビューアルバムである『Virgo World』をリリースしました。ゲストが Juice WRLD の一名だけだったデビューミックステープに比べ、Polo G や NAV、Lil Uzi Vert など様々な方面から多数のゲストを招いています。

他のアーティストへのゲスト参加

Lil Tecca はここ最近、他のアーティストへのゲスト参加を通しても精力的に活動を続けてきました。ここではその中の一部をご紹介します。

Internet Money – JLO (feat. Lil Tecca) / Somebody (feat. Lil Tecca & A Boogie wit da Hoodie)

まず初めに触れておかなければならないのは、カリフォルニアを拠点に活動するプロデューサーコレクティブである Internet Money のアルバム『B4 The Storm』への参加です。

Tecca は、アルバムに収録されている楽曲の中で『JLO』と『Somebody』に参加しました。両曲ともに Internet Money の創設者である Taz Taylor と Nick Mira の2人によるプロデュースです。

The Kid LAROI – Diva (feat. Lil Tecca)

Juice WRLD との共演などで徐々に人気を獲得しつつあるオーストラリアのラッパー The Kid LAROI の楽曲への参加です。

The Kid LAROI のメロディアスなフックと Lil Tecca のヘタウマラップがうまく絡み合っています。後半の交互にラップをする掛け合いも、コラボの良さを最大限に引き出しています。

Danny Wolf – Mavericks (feat. Lil Tecca & WAV)

HoodRich Pablo Juan とのコラボテープなどで知られるメキシコ生まれアトランタ育ちのプロデューサー Danny Wolf のミックステープ『Night of the Wolf』に収録されている楽曲です。

Internet Money などによるポップでシンプルなトラックでラップすることが多い Tecca ですが、本曲では不穏で暗い雰囲気のトラックに挑戦しています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。18歳ながらも爆発的な人気を博す18歳のラッパー Lil Tecca についてまとめてきました。自身のプロジェクトはもちろん、他のアーティストへのゲスト参加を含めてこれからさらに活躍が期待される1人ですので、これからも彼の動向を見逃せません。

Written by whoiskosuke

ヒップホップとマクドナルド – ラッパーたちはファーストフードとどのように向き合うのか

皆さん、マクドナルドはお好きですか?

外側カリカリ中はホクホクのマックフライポテトや、ジューシーなビーフパティが二枚も入ったビッグマック。朝食から夕食まで、または空いた時間にフラッと立ち寄る方も多いかも知れません。

最近では Travis Scott とのコラボレーションが正式にアナウンスされたりと、ヒップホップと関連する話題も多いマクドナルド。

日本でもたくさんの人々に愛されていますが、発祥の地アメリカではさらに生活に密着したものとなっています。今回はそんな「マクドナルド」とヒップホップの関係性について考察していきます。

シカゴ近郊に位置するマクドナルドの
フランチャイズ一号店

マクドナルドは、カリフォルニア州サンバーナディノにてマクドナルド兄弟によって1940年に創業されたハンバーガーチェーンです。ヒップホップのルーツに関しては諸説ありますが、いずれにしてもヒップホップが誕生するかなり前からマクドナルドは存在していたことになります。

XXS Magazine では以前にも「日本食とヒップホップ」というテーマにて、食とヒップホップの関係性についてフォーカスした記事を公開しています。海外において比較的高級品とされる日本食は、「高級品を食べることのできる財力」を誇示するために言及されることがほとんどでした。

では、安価な価格設定でおなじみのマクドナルドの場合はどうなのでしょうか。今回は様々なラッパーたちのリリックを読み解きながら、そのパターンを解明していきましょう。

①マクドナルドに通っていた過去を現在と対比するパターン

ラッパーとしての成功を手にする以前、食事に十分なお金を払うことが難しく、安価で空腹を満たせるマクドナルドにお世話になっていたアーティストたちは少なくありません。イリノイ州シカゴのラッパー Chief Keef は Travis Scott の楽曲『Nightcrawler』に参加した際、このようにラップしています。

I just ordered me some brunch
さっき遅めの朝食を注文したところだ。

Korean spicy garlic
コリアンスパイシーガーリックをな。

Bitch, I come from eating McDonald’s
俺はかつて、マクドナルドを食べていた。

Travis Scott – Nightcrawler (feat. Rae Sremmurd & Chief Keef)

コリアンスパイシーガーリックは、チキンを辛みのあるソースとニンニクで味付けした韓国発祥の料理で、アメリカでは比較的高価な印象のある食べ物です。金銭的に余裕がなくマクドナルドばかりを食べていたという Chief Keef は、高価な韓国料理を引き合いに出すことで、貧困に苦しんだ少年時代からヒップホップ界のスーパースターへと成り上がったことを表現しています。

マクドナルドといえば、ハンバーガーレストランですので、必然的に食事に関係する内容をラップするアーティストが多くなるのは当然です。しかし、マクドナルドでの食事以外の経験に言及するアーティストも存在します。ミシガン州デトロイトのラッパー Eminem もその一人です。

彼はこれまでに何度も、楽曲の中にマクドナルドでの経験を登場させていますが、今回はその中でも衝撃的なラインをご紹介いたします。

「マンションを持ってるけど、一戸建ての家に住む」「キングサイズのベッドがあるけど、ソファで寝る」といった裕福な生活を誇張するコーラスから始まる『So Far』という楽曲では、曲調が一転した途端にこのようなリリックが飛び出します。

Only option I have’s McDonalds’s bathroom
俺に与えられた、たった一つの選択肢はマクドナルドのトイレだった

Eminem – So Far

今やキングサイズベッドを所有していながらも、ソファで眠ってしまう Eminem ですが、かつては安心して眠る場所もなくマクドナルドのトイレで夜を明かした経験をラップしています。

他にも、Eminem は2009年にリリースした『3 a.m.』でこのようにラップしています。

Wake up naked at McDonald’s with blood all over me
目覚めると全裸でマクドナルドにいて、なぜか血塗れだったんだ

Eminem – 3 a.m.

貧困地域のマクドナルドは、ハスラーやギャングのたまり場となっているケースも珍しくなく、治安的な観点から見るとかなり危険な場所であることも事実です。こちらのラインは、マクドナルドにて睡眠を取っていた Eminem が睡眠中に衣服や金銭の略奪の被害にあってしまった経験を元にしたリリックです。

このように食事以外の面でマクドナルドにお世話になっていたアーティストも多数おり、過去の過酷な経験を曲中で語る上でマクドナルドは外せない存在であることもわかります。

②現在もマクドナルドを愛しているパターン

富と名声を手に入れた現在と、マクドナルドを利用していた過去に優劣をつけるラッパーが多数登場する中、それでもなおマクドナルドでの経験に懐かしさを感じ、それを愛する者も存在します。

Forbes による「世界で最も稼ぐラッパーランキング」において堂々の一位を獲得したことも記憶に新しい Jay-Z でさえも、マクドナルドに通い詰めていた時期があったようで、彼は Alicia Keys との大ヒット曲『Empire State of Mind』でこのようにラップしています。

I used to cop in Harlem – hola, my Dominicanos
俺はかつてドラッグをハーレムで調達していた 元気にしてるか、ドミニカ人の仲間たち

Right there up on Broadway, brought me back to that McDonald’s
昔ここにあったマクドナルドを思い出す

JAY-Z & Alicia Keys – Empire State of Mind

JAY-Z がブルックリンのストリートにおいてドラッグディーリングで稼いでいた当時、ハーレムのマクドナルドでドラッグの調達をしていたという実話を元にしたラインです。当時のハーレムでは、スペイン語を話すドミニカ人がドラッグを捌いており、JAY-Z は彼らのコミュニティとマクドナルドの客席で取引をしていたのです。

ドラッグディーリングが行われていた
ハーレムのマクドナルド

こちらのラインは、一見すると①で紹介した「マクドナルドに通っていた過去を現在と対比するパターン」のようにも思えますが、彼の場合は当時のエピソードを懐かしむような言葉選びをしていることもあり、過去と現在との間に優劣をつけているような印象は感じられません。

ハーレム繋がりでご紹介しますと、A$AP Rocky も、A$AP Mob からリリースされたアルバム『Cozy Tapes, Vol. 2: Too Cozy』収録の『Bahamas』においてマクドナルドに言及しています。

Paper plate or fine china, Benihana, McDonald’s
紙皿か陶器の食器、ベニハナかマクドナルド

Hit up Empanada Mamas, eat at delis or in diners
エンパナーダ・ママに直行、デリかダイナーで食事をする

A$AP Mob – Bahamas (feat. A$AP Twelvyy, A$AP Ferg, A$AP Rocky, Lil Yachty, KEY!, ScHoolboy Q & Smooky MarGielaa)

紙皿と陶器の食器、ベニハナ(アメリカを中心に展開される鉄板焼きチェーン)とマクドナルド。主に惣菜パンを売るニューヨーク発祥の庶民派のお店 エンパナーダ・ママなどを、選択肢的に羅列したラインです。

巨万の富を得てもなお、全ての食事を高級料理店で済ませるのではなく、マクドナルドや小さな軽食店などを選択肢に含めることをラップしており、いまだにマクドナルドへの愛が感じられます。

Pharrell Williams や T-Pain など、かつてマクドナルドで働いていたラッパーも数多く存在します。先ほど紹介した『Bahamas』にも参加したジョージア州アトランタのラッパー Lil Yachty もそのうちの一人です。

Lil Yachty といえば、所属するレーベル Quality Control の CEO である Pierre “Pee” Thomas の誕生日会にて、高級レストランにて提供された食事が気に入らず、その場で Uber Eats を利用してマクドナルドを注文したことも話題となりました。

③単なるワードプレイに用いるパターン

ここまでにご紹介したものには、ラッパーたちのエピソードに基づいたミーニングフルなラインが多かったですが、本省でご紹介するのは「マクドナルド」を単なるワードプレイに利用しているパターンです。

元々「マクドナルド」と言う店名は創業者であるマクドナルド兄弟に由来する人名であること、また語呂の良さや韻の踏みやすさなどが相まって、ワードプレイに用いられるケースも少なくありません。

NY・クイーンズで育ったラッパー Nicki Minaj は、DJ Khaled のプロジェクト『Grateful』収録の『I Can’t Even Lie』にてこのようなワードプレイを披露しています。

Big MAC billboard out in Times Square
タイムズスクエアに大きな MAC の広告

And I ain’t talkin ’bout McDonald’s bitch
マクドナルドのことじゃない

DJ Khaled – I Can’t Even Lie (feat. Future & Nicki Minaj)

「Big MAC Billboard」に「ビッグマック (マクドナルドの人気商品) の広告」と「大きな MAC (化粧品ブランド) の広告」の二つの意味を持たせたワードプレイです。タイムズスクエアといえば、光り輝く巨大なマクドナルドの看板でも有名ですが、ここで Nicki Minaj が言及したいのは自身がモデルとなった化粧品の広告のことだったのです。

(右) タイムズスクエアのマクドナルドの看板
(左) Nicki Minaj がモデルとなった MAC の広告

他にもマクドナルドに関する面白いラップを披露したラッパーがいます。それは、カリフォルニアのラッパー Tyler, The Creator です。彼に関しては、有名になる前にスターバックスコーヒーにてアルバイトをしていたエピソードが有名ですが、マクドナルドについてはこのようなラップを披露しています。

Pockets flooded, y’all be dilute
俺のポケットは洪水状態。お前らのは希釈されてる。

Watered down, I’m Big Mac
(マクドナルドの ドリンクみたいに)水で薄まってる。俺はビッグマック。

I’m quarter pound, you chicken nugget
もしくはクォーターパウンダー、お前らはせいぜいチキンナゲットだな。

Tyler, The Creator – OKRA

ポケットに現金がたくさん入っていることを、洪水に例える比喩表現から始まるこちらのラインは、マクドナルドの定番商品を登場させてヘイターたちを盛大に煽っています。大きな存在である自身を、ボリューミーなビッグマックやクォーターパウンダーに喩えると同時に、ヘイターたちをサイドメニューであるチキンナゲットに喩え、影響力や地位の規模の違いを示しています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は「マクドナルドとヒップホップ」というテーマを設けて、ファーストフードとヒップホップの関係性について考察してきました。今回ご紹介したもの以外にも、無数のラッパーたちが楽曲内でマクドナルドについて言及していますので、それらを探してみるのも面白いかと思います。

Mulatto – 次世代のラップシーンを担うサウスの女王

2020年8月12日に発表された XXL FRESHMAN CLASS 2020 にも選出され、本日待望のデビューアルバムをリリースしたばかりであるラッパーの Mulatto。今回はそんな彼女の生い立ちやキャリア、魅力について迫ります。

生い立ち

Mulatto こと Alyssa Michelle Stephens は、1998年12月22日にオハイオ州のコロンバスで産声を上げました。2歳の頃に家族とともにジョージア州のアトランタに移住し、それ以降はアトランタにて幼少期を過ごします。

10歳の頃にヒップホップに興味を持ち、リリックを書き始めた彼女は、厳しいながらも彼女の夢に協力的な両親の愛情を受けて育ちました。かなり早い段階からラッパーになることを目指し始めた彼女は、同世代の友人たちとは全く違うライフスタイルを送り、時には孤独感すら感じることもあったと語っています。

I didn’t end up going to prom and playing sports and stuff because I’ve been rapping since I was ten.

10歳の頃からラップをし続けているから、ダンスパーティーに行くことも、スポーツに打ち込むこともなかった。

Genius

ラップに夢中だった彼女はアトランタに位置する高校である Lovejoy Highschool に入学しますが、音楽活動に専念するために間もなく中退。そこから彼女の本格的なキャリアが開始することとなります。

キャリアの開始とミックステープ

本格的に音楽活動に専念するにあたって、Miss Mulatto というステージネームにてキャリアを開始します。黒人の父親と白人の母親を持つ彼女は「混血児」を意味するスペイン語の言葉「Mulatto」をステージネームとして起用しました。(「Mulatto」は男性名詞であるため、 未婚女性に対する敬称として使用される「Miss」を前に置いています。)

Mulatto は、2016年にアメリカで放送されていたヒップホップのオーディション番組である The Rap Game の第1期に Miss Mulatto 名義の元で参加します。数々の参加者の中で一際高いスキルを披露した彼女は、当番組の第1期における最優秀者としてめでたく優勝を飾りました。

The Rap Game での彼女の活躍をまとめた総集編

その後、番組の主催者の一人である Jermaine Dupri に彼のレコードレーベルである So So Def Recoreds との契約を持ちかけられますが、契約内容に不満を抱いた彼女は契約を辞退し、独立の道を選びました。

Mulatto と Jermaine Dupri

ラッパーにとって夢に近づくための第一歩となるケースも多い、レコードレーベルとの契約のチャンスを逃した彼女でしたが、番組の視聴者を中心に獲得した知名度をもとに、徐々にファンベースを大きくしていきます。

レコードレーベルとの契約を交わさないまま、彼女は独立して活動を継続していきます。2016年には初のシングル『No More Talking』を、そしてすぐ後に同じく The Rap Game の一期生として活躍した戦友である Lil Niqo とコラボシングルをリリースします。

番組出演時代から築き上げてきたファンベースのおかげもあり、2016年には Georgia Music Awards にて若手ヒップホップ・R&B 部門を受賞し、勢いに乗った Mulatto はファーストミックステープ『Miss Mulatto』のリリースを果たします。

ファーストミックステープ『Miss Mulatto』

その後も、彼女と同い年のデトロイトの女性ラッパー Molly Brazy や、『Watch Me (Whip/Nae Nae)』のメガヒットで有名な Silentó らが参加したセカンドミックステープ『Latto Let ‘Em Know』や Coca Vango や LightSkinKeisha らが参加したサードミックステープ『Mulatto』を一年ごとにリリースします。

サードミックステープ『Mulatto』をリリースしたタイミングで、ステージネームを Miss Mulatto から Mulatto に変更します。変更前後でセルフタイトルプロジェクトが二つ存在することになります。

『Latto Let ‘Em Know』と『Mulatto』

『Bitch from da Souf』 の大ヒット

コンスタントにミックステープをリリースし続けた Mulatto は、2019年の1月にシングル『Bitch from da Souf』をリリースし、同曲が多くのリスナーたちの注目を集めます。『Bitch from da Souf』は、カリフォルニアのベイエリアを拠点とするプロデューサーコレクティブである Bankroll Got It によるプロデュースで、彼女によると『サウス育ちの一人の女性としての、単なる自己紹介のようなもの』だそうです。

『Bitch from da Souf』は Billboard Bubbling Under Hot 100 にて5位という好セールスを叩き出し、彼女は後にカリフォルニアの Saweetie とフロリダの Trina をゲストに招いた同曲のリミックスを発表します。Mulatto にとって Trina は女性ラッパーのレジェンドだそうで、彼女との共演はラップを始めた十年前からの夢だったと明かしています。

彼女のリリースする楽曲には、サウス出身の女性ラッパーとしての誇りや自信をラップしたものが多いですが、ヒップホップの世界において、女性であること自体がハンディキャップとなった経験があることも明かしています。ニューヨークを拠点とした総合誌 PAPER のインタビューにて、女性ラッパーとして成功することの難しさについてこのように語りました。

女性ってだけで、リリックを自分で書いてないと疑われて、偽物扱いされたこともある。ラップを始める前から詩を書いてコンテストに優勝したこともあるのに。

PAPER

正直今の女性ラッパーたちは、お互いの足を引きずり合ってる。争い合っている私たちより、団結した私たちの方が強いことに未だに気付いていない。

PAPER

私は信念を持って十年以上ラップと向き合ってきた。「ディックについてラップして、もっとセクシーになろう。」みたいな軽いノリでやってるわけじゃない。

PAPER

XXL FRESHMAN CLASS への選出

『Bitch from da Souf』の大ヒットを皮切りに勢いに乗った彼女は、2020年8月12日にアメリカのヒップホップ雑誌である XXL が主催する、その年の注目ラッパーを決定する企画「XXL FRESHMAN CLASS 」に選出されます。

XXL の YouTube チャンネルに投稿された、選出者たちがヘイターたちのコメントを自ら読む企画で、彼女はこのようなヘイターのコメントに強気なコメントを返しました。

選出者の中に女性のメンツが必要だっただけで、あんたである必要はなかった。

Mulatto – 私たちフィメールは、今やヒップホップの大部分を動かしてる。もし私じゃなかったとしても、私の仲間たちが選ばれてただろうし。それでも私が選ばれたのは事実。つべこべ言っても無駄よ。

2020 XXL Freshmen Read Mean Comments
該当部分は 4:48〜

そんな彼女は、FRESHMAN CLASS に選出された翌日にデビューアルバムのリリースをアナウンスしました。タイトルは『Queen of Da Souf』で、アナウンス当時は先行シングル以外の参加ゲストが絵文字に置き換えられてシークレットとなっていましたが、City Girls と 21 Savage、42 Dugg がゲストとして参加しました。

デビューアルバム『Queen of Da Souf』のアルバムカバーとアナウンス時のトラックリスト

様々なアーティストとの共演

Muwop (feat. Gucci Mane)

Mulatto と同じジョージア州アトランタ出身でトラップミュージックの重鎮でもある Gucci Mane をゲストに招いた楽曲です。デビューアルバムにも収録されており、先行シングルとしてリリースされました。

Gucci Mane といえば、自身のレーベル 1017 Records / 1017 Eskimo を有しており、Asian Doll や Yung Mal、HoodRich Pablo Juan をはじめとする才能のある若手ラッパーと数々の契約を結んでいることで有名ですが、それに関係した面白いラップを披露しています。

Tried to sign Mulatto, but she was signed already 

Mulatto と契約しようとしたけど、彼女はすでに契約をもっていた

キャリアについての章で、彼女が So So Def Records との契約を辞退したことには触れましたが、2020年の3月に RCA Records との契約を果たしています。誰もが羨む彼女の輝く才能ですが、Gucci Mane がそれに気づくのは少し遅かったようです。

JayDaYoungan – Touch Your Toes (feat. Mulatto)

ルイジアナのラッパー JayDaYoungan との楽曲です。Lil Wop の 『Soul Snatcher』や Chinese Kitty の『Stories of a Ghetto Kitty』などで聞き覚えのある木の床が軋むようなサウンドをベースにしたアップテンポな楽曲です。頼りない声でラップする JayDaYoungan に対して、たくましくラップする Mulatto にも注目です。

Duke Deuce – Kirk (feat. Mulatto)

テネシー州メンフィスのラッパー Duke Deuce との楽曲です。フックで延々と繰り返されるループアドリブや、Duke Deuce お馴染みのシャウトなどが盛り沢山のメンフィスらしい楽曲です。アドリブなどを含め癖の強い Duke Deuce ですが、Mulatto もそれに負けないほど堂々としたラップを披露しています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は、XXL FRESHMAN CLASS 2020 にも選出されたアトランタのラッパー Mulatto についてまとめてみました。FLESHMAN の目玉企画であるサイファーや、今回リリースされたデビューアルバムで注目度がさらに高まることは間違いなしです。

Written by whoiskosuke

中華トラップビート – ヒップホップシーンで異彩を放つ怪ビートたち

ビデオゲームのBGMのようなピコピコトラック、Playboi Carti や Lil Uzi Vert らが得意とする浮遊感のあるトラック、極端に音数が少なくバスドラムが響く重低音トラックなど。トラップミュージックが急速に人気を博して数年たった今、数々のプロデューサーたちが多種多様なトラックを生み出し続けています。

その中でも、ここ数年のヒップホップシーンにおいて一際異彩を放ちながらも、数々のラッパーたちによって使用されているのが「中華トラップビート」です。「中華トラップビート」とは、民族楽器などの独特な音色によるメロディーを主軸として構成されている、中国的なビートのことです。

三弦のような弦楽器や、笙と呼ばれる中国の管楽器などの音色が用いられることが多く、再生ボタンを押した瞬間に中国の繁華街を歩いている気分にさせてくれます。今回は、数あるトラップビートのジャンルの中から、この「中華トラップビート」が用いられている楽曲についてご紹介していこうとおもいます。

流行の発端

中国的な雰囲気を感じられるトラックは、随分前からちらほらと見受けられましたが、やはり流行の発端となったのは、中国出身のヒップホップグループである Higher Brothers の『Made In China』ではないでしょうか。彼らは、中国でヒップホップシーンが盛んになり始めたタイミングで、チャイニーズラップらしい中華ビートを採用した楽曲をリリースしました。Future や Young Thug などとの共演で有名なプロデューサー Richie Souf による中華トラックに加え、シカゴのラッパー である Famous Dex をゲストに招いたことで、チャイニーズスタイルのトラップミュージックが瞬く間に全世界に広がりました。

中国のヒップホップシーンはもちろんのこと、海外からの注目も集めることに成功した彼らは、のちにリリースしたアルバムに ScHoolboy Q や J.I.D、KOHH などを招くことで、さらなる知名度を獲得していきます。そのなかでも、Ski Mask The Slump God と Denzel Curry を招いた楽曲『One Punch Man』は、Ronny J による中華ビートの上で中国語と英語が混同した勢いのあるラップが話題を呼びました。

MV も少林寺拳法をテーマにしたものとなっており、彼らの武器であるチャイニーズラップの独特なスタイルを全面に押し出しています。もちろん、中国的なトラックが流行した要因が100%彼らにあるとは言い難いですが、アジア圏の文化がクールであるという認知を世界中にもたらした点では、間違いなく彼らの存在は大きいのではないかと思われます。

USヒップホップシーンでの事例

本章では、ここ数年でアメリカのヒップホップシーンでもよく耳にするようになった中華トラップビートを採用した楽曲の中から、重要なものを取り上げてご紹介していきます。まずは、ご存知の方も多いと思われるこちらの楽曲から。

Young Thug 率いる Young Stoner Life Records に所属するラッパー Gunna のデビューアルバム『Drip or Drown 2』に収録されている『Who You Foolin』という楽曲です。Wheezy による高級中華料理店のBGMのような中華トラップビートに、Gunna がしっとりと哀愁のあるラップを載せています。

ちなみに、Wheezy がサンプリングしたのは、中国の人気歌手である Tong Li の『童麗』という楽曲です。メロディはそのまま使用されており、Wheezy はドラムスを重ねただけです。しかし、今となっては原曲のYouTube のコメント欄には「Gunna から」「Gunna が俺をここに導いてくれた」など、Gunna リスナーによるコメントしか見当たりません。

ビートこそ中国的ですが、『ギャングスタだって、たまにはハグが必要なんだ』『リアルであれ。ストリートはお前を愛してくれないぜ。』などと切れ味のあるソリッドなラップを披露しており、内容とトラックのミスマッチ感が楽曲をより一層興味深いものにしています。

先ほど『Who You Foolin』が Wheezy によるプロデユースとご紹介いたしましたが、Wheezy は上質な中華トラップビートを制作することに定評があります。最近では、Iann Dior のニュープロジェクト『I’m Gone』に収録され、Lil Baby をゲストに招いた楽曲『Prospect』も、Wheezy にる中華ビートが採用されており、こちらも『Who You Foolin』に似た雰囲気を感じることができます。

次にご紹介するのは、Setitoff83 というノースカロライナのラッパーによる楽曲です。彼は、Rich The Kid が率いるレコードレーベル Rich Forever に所属するヒップホップトリオ 83 Babies のメンバーで、Stunna 4 Vegas などのような勢いのあるオフビート気味のラップを得意とするラッパーです。

中国雑技団の舞台を連想するようなユニークな音色のメロディループが特徴的な一曲です。レコードレーベルのボスである Rich the Kid をゲストに呼んでおり、彼らしいオフビートなスタイルを味わえます。

三弦などの弦楽器の音色をトラックに使用、またはサンプリングすることで中国的な雰囲気を醸し出すパターンが「中華トラップビート」では王道なようです。それでは、弦楽器以外の音色やサウンドを採用した中華ビートの事例についてもみてみましょう。

Polo G の最新作『THE GOAT』に収録されている『Chinatown』という楽曲です。こちらの楽曲に関しては、タイトルから察しがつく通り、もちろん中華ビートが採用されています。チャイナタウンというだけあって、特定の楽器によるメロディラインというよりは、チャイナタウンの街の喧騒のようなサウンドにドラムスを重ねた怪ビートとなっています。

今回のテーマである「中華トラップビート」からは少し外れてしまいますが、一曲だけ他ジャンルからも中華風のものをご紹介いたします。

皆さんご存知の Justin Bieber が2014年にリリースしたアルバム『Purpose』に収録されている『Hit the Ground』という楽曲です。同アルバムには、Travis Scott や Nas、Big Sean などがクレジットされていることもあり、今回の趣旨から大きく逸脱してしまうわけではないので、ご紹介させていただきます。

ダブ・ステップというジャンルを得意とし、ダンスミュージックシーンを牽引し続けているアーティスト Skrillex などによってプロデュースされた一曲で、フックにあたるメロディーバースに中国的なエッセンスが加えられています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は、近年のヒップホップシーンにおいて異彩を放つ『中華トラップビート』に焦点を当てて、その多様性や成り立ちについて考察してきました。今回ご紹介できた楽曲以外にも、中華ビートに該当するものはたくさんありますので、皆さんも中華トラップビートを探してみてはいかがでしょうか。

written by whoiskosuke

アニメとヒップホップ – 自身を主人公に投影するラッパーたち

日本が世界に誇るカルチャーの一つであるアニメや漫画。外国の方々に「日本といえば」と尋ねると、間違いなく侍や忍者と並びアニメや漫画が挙がるでしょう。また、実際にたくさんの外国の方々がアニメや漫画といったカルチャーを通して日本に興味を持ち始めています。

こうした世界的な傾向は、ヒップホップの世界においても色鮮やかに現れ始めています。アニメや漫画の精神を自らの作品に反映する者、アニメのサウンドを作品に落とし込む者など、その表現方法は様々ですが、日本のアニメや漫画に影響された作品群がヒップホップのサブジャンルとなり得る日が刻一刻と近づいています。

非現実的、ファンタジー的なイメージの強いアニメや漫画に対し、リアルな現状を泥臭く訴えるイメージが強いヒップホップ。一見真逆の存在とも思える両者ですが、本当にこれらは正反対の性質をもつカルチャーなのでしょうか。そこで今回は日本のアニメや漫画のカルチャーとヒップホップの関係性に焦点を当て、なぜラッパーたちは自らの作品にそれらのカルチャーを取り入れるのかを考察していきたいと思います。

アニメキャラクターを自身に投影

アニメの要素を自身の作品に取り入れるアーティストたちは、時にアニメの主人公に自身を投影します。今となってはゴスペルアルバムをリリースしたり、大統領選への出馬意向を示したりとアニメとは無縁の世界に身を置いているように見える、Kanye West もその中の一人です。まずはこちらのミュージックビデオをご覧ください。

Kanye West による三枚目のスタジオ・アルバムである『Graduation』に収録されている『Stronger』のミュージックビデオです。ネオンが輝く東京の街並みや近未来的なロボットなどが登場し、SFアニメを連想させるものとなっております。勘の良い方ならすでにお気づきかもしれませんが、実はこちらのミュージックビデオは、大友克洋によるSF漫画・アニメである『AKIRA』に実際に登場するシーンなぞらえて制作されています。

検証動画をご覧いただければ一目瞭然ですが、金田のバイクに跨って東京の街を疾走するシーンや、病院でうなされるシーンなどが、原作とほとんど同じ構図で再現されています。それに加えて、ミュージックビデオ内には「タスケテ!」や「ウゴクナ!」などの日本語のテロップまで挿入されています。

アニメキャラクターに自身を投影するラッパーは他にも多数存在し、その一人が Lil Uzi Vert です。最近でも『Futsal Shuffle 2020』や『That’s A Rack』などのアートワークに自身をアニメキャラクターにデフォルメ化したものを起用したことから、アニメ好きというイメージは浸透しているように思えますが、彼が作品にアニメのエッセンスを加え始めたのはそれよりも前にさかのぼります。

Lil Uzi Vert が2016年にリリースした3枚目のミックステープ『Lil Uzi Vert vs. the World』収録の『Ps & Qs』のミュージックビデオです。日本の学校を舞台に、学園生活を通しての恋愛をテーマにしたビデオです。下駄や招き猫が映し出されたり、背景には浮世絵や日本語が書かれた黒板などが確認できます。特徴的なのは、全体を通して被写体の瞳がかなり大きく加工されている点で、日本のアニメキャラクターの瞳が潤いを持った大きな描写で描かれていることを表現しようとしたのでしょう。

ビデオ内では頻繁の実写と2Dアニメの描写が切り替えられ、クライマックスではCGアニメに切り替わる構成となっており、Lil Uzi Vert が主人公の学園アニメを見ているような錯覚を視聴者に起こさせます。

ここまででご紹介した Kanye West と Lil Uzi Vert の事例に共通することは「自信を主人公に投影している」点です。ほとんどのアニメや漫画は、主人公が「何か」と戦うことによってストーリーが展開していきます。『AKIRA』のようなSF作品では、特定の敵と身体的な戦いを繰り広げますし、一見戦いとは無縁に見える『けいおん!』のような学園ドラマでも、「軽音楽部の廃部」という事実と闘います。

ヒップホップは社会に対する反骨精神が現れやすい音楽です。アニメのキャラクターに自身を投影することによって、そのような「自分 vs 世界」的なマインドを上手く表現することができたのではないでしょうか。先ほども言及した Lil Uzi Vert のミックステープのタイトルも『Lil Uzi Vert vs. the World』となっており、主人公の Lil Uzi Vert が世界と戦う一つのアニメ作品のように思えてきます。

アニメサウンドとヒップホップの融合

アニメの要素を作品に取り入れる際、サウンドを利用してその世界観を表現する方法も主流です。アニメの主題歌をサンプリングして制作したトラックに乗せてラップをしたり、作中に登場するアイコニックな効果音を曲中に挿入したりと、こちらも手法は様々です。

Wiz Khalifa が Snoop Dogg をフィーチャーして 2016 年に公開した楽曲『No Social Media』は、「ひぐらしのなく頃に」のメインテーマをサンプリングして制作された楽曲です。Wiz Khalifa や Snoop Dogg がアニメのリファレンスを用いていることに意外性があり、興味深い楽曲となっています。

JID や EarthGang などが所属するレーベル Dreamville のボスである J. Cole も日本のアニメの楽曲をサンプリングしています。彼の4枚目のスタジオ・アルバムより、プロジェクトタイトルにもなっている楽曲『4 Your Eyez Only』は、日本でもかなり有名な国民的アクション漫画「ルパン三世」のサウンドトラックに収録されている楽曲をサンプリングしています。

最近のシーンの傾向から、アニメやオタク文化に魅了された若手ラッパーたちが、日本のアニメや漫画のカルチャーを楽曲に取り入れている印象を抱きがちですが、実は Wiz Khalifa や Snoop Dogg、そして J. Cole などのレジェンド級のラッパーたちも同じように自身の楽曲とこれらのカルチャーをミックスしています。

続いては、アニメに登場するアイコニックな効果音をアクセントとして楽曲に加えるパターンをご紹介します。 はじめにご紹介するのは、 Trippie Redd による最新アルバム『A Love Letter to You 4』より、故 Juice WRLD と未だに服役中のフロリダのラッパー YNW Melly をフィーチャーした『6 Kiss』です。

曲が始まると同時にイントロ的な役割を担っている可愛らしいサウンドは、『美少女戦士セイラームーン』の第3期に登場した「ムーンスパイラルハートアタック」という技を発動する際に流れるサウンドの一部です。ちなみに、曲中定期的に挿入されているピカン!という効果音は、ウォルト・ディズニー社とスクエア・エニックスの提携によって制作された家庭用ゲームソフト「キングダムハーツ」に登場する効果音です。

アニメ調アートワークの流行

アニメや漫画の世界観を自身の作品にて表現する際、大きな役割を果たすのがアートワークです。楽曲のプロモーションを行う時、ストリーミングサービスなどで配信する時など、ほとんど全てのプロセスにおいて、作品の顔となり得るのがアートワークだからです。

アートワークは、記事前半で述べたような「自身をアニメキャラクターに投影」する際に大変役立つようです。現行のヒップホップシーンには既にラッパーたちをアニメ化しアートワークを制作する、いわゆる「絵師」的存在のアーティストも登場し始めています。

その中の一人が Artxstic という人物です。彼は Lil Uzi Vert の『Futsal Shuffle 2020』や『That Way』のアートワークも担当した人物で、主にラッパーたちをアニメキャラクター化したデジタル画を制作しています。

Artxstic のインスタグラムアカウント (@artxstic)

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は、アニメとヒップホップの関係性に焦点を当てて、なぜラッパーたちは自らの作品にそれらのカルチャーを取り入れるのかについて考察してきました。ご紹介した楽曲意外にも、アニメや漫画にリファレンスを置いた作品はまだまだ存在しますので、これを機に探してみてはいかがでしょうか。

whoiskosuke

SahBabii – カルト的人気を誇るミステリアスなラップスター

今週末の7月3日に約2年ぶりとなる待望のニュープロジェクト『BarNacles』をリリースする SahBabii。一部のリスナーからはカルト的な人気を誇りながらも、SNS の更新は最低限であったり、他のアーティストの楽曲へのゲスト参加が極端に少なかったりと、いまだに謎に包まれているミステリアスな彼。今回はそんな彼の生い立ちやキャリア、魅力について予習しておきましょう。

SahBabii とは

SahBabii (サーベイビー) こと Saaheem Valdery は1997年2月24日にシカゴで生まれました。彼の出身はアトランタだと思っている方も多いかもしれませんが、実はイリノイ州シカゴ出身で13歳まではシカゴで暮らしていました。13歳の時に彼の実の兄であり、彼の楽曲に度々客演として参加している T3 というラッパーの音楽活動を本格的に行うためにアトランタに引っ越して以来、アトランタを拠点として活動しています。

SahBabii という名前の由来ですが、インタビューでは叔父に貰った名前だと明かしています。彼の叔父は TeeBaby というラッパーなのですが、そのラップネームの一部である「Baby」と、SahBabii の本名である 「Saaheem」 の一部を組み合わせて生まれた襲名型のラップネームです。最近は「Baby」をという語を自身のラップネームに盛り込むラッパーが多くなってきていますが、飽和しつつある Baby ブームと一線を画すことに成功しています。

キャリアの開始

アトランタに引っ越した直後、SahBabii の名義のもとで楽曲制作を開始しました。先に活動を始めていた兄である T3 の力を借りて『Pimpin Ain’t Eazy』と『Glocks & Thots』というミックステープを2年連続で制作、リリースしました。この頃の楽曲は、Young Thug の初期のミックステープを彷彿とさせるようなサウンドを多用しており、現在の彼のスタイルとはかけ離れたものとなっています。

その後3年間はシングルを不定期でリリースする以外に、目立ったアクションを起こしておらず、先述のミックステープを聴いていたファンたちからも忘れ去られようとしていた 2017年に突如として3作目のミックステープ 『S.A.N.D.A.S.』をリリースしました。

ちなみに空白の3年間についてですが、彼が使っていた楽曲制作ソフトの CuBase が起動できなくなっていたり、マイクなどの機材が壊れてしまったりと SahBabii は様々なトラブルに見舞われていたようです。インタビューでは、T3 の寝室で壊れたマイクを使用して『S.A.N.D.A.S.』をレコーディングしたことを明かしています。

Pull Up Wit Ah Stick の大ヒット

3作目のミックステープ 『S.A.N.D.A.S.』にも収録されており、先行してシングルでもリリースされていた 『Pull Up wit ah Stick』という楽曲なのですが、こちらの楽曲が彼のキャリアを大きく躍進させるキッカケとなりました。彼が自身のインスタグラムに投稿した同曲のスニペットが話題となり、その後すぐに SoundCloud にて100万再生を達成しました。

SahBabii を中心にモブを形成した彼の仲間のギャングたちが、様々な種類の銃器をカメラに向けながら踊っているミュージックビデオですが、こちらも最近の彼の楽曲のイメージからはかけ離れたものとなっており、意外にもギャングスタミュージックを感じられるものとなっています。

独特な世界観

Pull Up Wit Ah Stick で一斉を風靡した彼ですが、それ以降はガラッと路線を変更し、彼なりの世界観を全開に表現した楽曲やミュージックビデオを連発しています。日本のアニメにリファレンスを置いた楽曲や、ライムのために訳のわからないリリックを連続するマンブルな楽曲などをリリースし、独特の世界観を作り上げていることも、いつまで経っても彼がミステリアス生まである原因のひとつなのではないでしょうか。

お聴きいただいたのは4作目のミックステープ『Squidtastic』に収録され、その中でも特に異彩を放っていた『Anime World』という楽曲です。タイトルからお察しの通り、先ほど少し言及した日本のアニメにインスピレーションされた楽曲です。リリックには、忍者や車輪眼、スサノオノミコト、他にも様々な日本語が登場し、なおかつそれらで心地よく韻を踏んでいるのでとても面白いです。

ちなみに中盤で挿入される日本語のセリフは、SahBabii 自身がツイッター上で日本語話者を募集し、直接スタジオに招き入れてレコーディングされたものとなっています。

SahBabii は、ここ数年のヒップホップシーンにおいてかなりの知名度を獲得していますが、その知名度に反してほとんどシーンに姿を表しません。自らのプロジェクトにゲストを呼ぶこともかなり稀ですし、他のアーティストの楽曲に参加したことも、両手で数えられるほどしかありません。

そんな中、SahBabii が他のラッパーの楽曲に参加したレアなケースをご紹介します。フロリダのラッパー Ski Mask The Slump God の EP『BE AWARE THE BOOK OF ELI』に収録されている『COOLEST MONKEY IN THE JUNGLE』という楽曲で、タイトルを見て頂ければ分かる通り、H&Mの不祥事の直後にそれを揶揄する様にリリースされた楽曲です。

 Murda Beatz によってプロデュースされた楽曲で、ジャングルの奥地で聞こえてきそうな奇妙なサウンドの上で、Ski Mask と SahBabii が独特なフロウでラップしています。

続いても SahBabii が客演に招かれているレアケースです。イギリス・ウエストロンドンの AJ Tracey と カナダ・トロントの SAFE、そしてアメリカ・アトランタの SahBabii が三国から一同に集結した、「最もコラボが予想されていなかった一曲」です。

MV に関しても、ハリーポッターシリーズに登場するホグワーツ魔法学校のような古城を舞台に広げられ、SahBabii の世界観ともマッチした荒めのCGアニメも挿入されています。

ニューアルバム 『BarNacles』

SahBabii は、ニューアルバム『BarNacles』の存在を2019年の夏にインスタグラムストーリーズにて明かしました。しかし、待てど暮らせど一向に彼がアルバムをリリースする動きはなく、月日だけが過ぎていきました。あれから一年が過ぎようとしていた2020年の5月、彼は突如『Double Dick』と題されたニューシングルと、同曲のミュージックビデオを公開しました。

SahBabii と度重なる共演を重ねているプロデューサー Teezr による浮遊感のあるトラックの上で、彼らしい軽快なフロウと、耳を疑ってしまうほど内容のないラップを披露してくれています。内容のないラップをいかにスタイリッシュにラップしてみせるかが、彼の腕の見せ所とも言えますが、文字に起こすとその薄さが浮き彫りになります。

Hippo booty bouncin’ (Bouncin’)
カバみたいなお尻が跳ね回る。

Rhino booty bouncin’ (Bouncin’)
サイみたいなお尻が跳ね回る。

Elephant booty bouncin’
ゾウみたいなお尻が跳ね回る。

That ass outta control, I think it need some counselin’
お尻たちは制御不能だ。カウンセリングをして落ち着かせなきゃ。

そして、シングルのリリースから一ヶ月が経過した 2020年の6月、彼は突如アルバムのカバーアートとリリース日をSNS上に投稿しました。タイトルは予告されていた通り『BarNacles』で、前回に引き続き海をモチーフにしたアートワークとなっています。ちなみに『BarNacles』とは「フジツボ」という意味で、港なんかに行くとテトラポットにへばりついてる「アレ」です。画像を掲載することも考えましたが、集合体恐怖症の方々への配慮として、言葉での掲載に留めておきます。(アルバムカバーの SahBabii の顔の横、左足の奥にフジツボが確認できます。)

リリースの約一週間前には、トラックリストも公開されましたが、相変わらず客演は実兄の T3 のみ。ここまでくると、意図的に有名なラッパーとの共演を避けているとしか思えません。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は今週末にニュープロジェクト『BarNacles』をリリースする SahBabii についてまとめてみました。ミステリアスな彼が生み出すニューサウンドから目が離せません。

日本食とヒップホップ – 食文化から考察するラッパーの FLEX 論

ラッパーたちは脳をフル回転させ、自らのラップを武器に大金を稼ぎます。彼らの中にはラッパーとして成功するまでは、まともな食事を摂ることも出来ないほど貧しかった者も山ほどいます。アトランタの危険地帯である Zone 6 出身の Young Nudy は 『Judge Scott Convicted』 にてこのようにラップしています。

I done robbed a lot of n****s ‘cause I had to n***a

それしか生きる方法が無かったから、俺はたくさん盗みをしてきた

I ain’t have no food on the table n***a

食卓に食べ物は無かったんだよ

このような厳しい環境を生き抜いて、自らの手で生み出したお金で高級な食事を食べることは、彼らにとって至福のひと時であり、一種のステータスでもあります。そして、ラッパーたちが良いものを食べていることを言及する際、かなりの確率で「日本食」が用いられます。今回は、リリックに頻出する日本食レストランである「Nobu」と「Benihana」をご紹介するとともに、ヒップホップと日本食の関係性について考察していきます。

Nobu と Benihana のロゴマーク

ではまず初めに、なぜ大金を手にしたラッパーたちはこぞって Nobu や Benihana に行くのでしょうか。その理由はこのように考えられます。日本食は生ものや日本独特の食材を使用する為、海外(特に欧米)において、そこまでハイクラスなレストランでなくても比較的高めの価格設定となっています。各国で日本食が独自の進化を遂げ、その土地ならではの姿に変化している場合もありますが、基本的に寿司などを満足に食べようとすると、ファーストフードでの一食にかかる食費に比べると、ずいぶん高額になってしまうのが現実です。

ですので彼らにとって、「高いステーキを食べること」よりも「高級日本料理店に通うこと」の方がステータス化しやすくなっているのです。また、生の魚などを食べる習慣が少ない海外では、寿司や刺身などを食べることは、未だ体験したことのない新しい領域に踏み出すような感覚だといいます(最近では寿司はかなり普通になってきましたが)。そこまで裕福でない場合、自分の口に合うかわからないものに高いお金を出すのは気が引けますよね。しかし彼らは一般の人々と違って、新しいものにも挑戦出来るほどの財力があることを見せつけているのです。

Nobu

Nobu マイアミ店の店内

Nobu はシェフである松久信幸によって創設され、現在全世界に50店舗を展開する高級日本食店です。新宿2丁目の「松栄鮨」などで修行を積んだ後に、俳優であるロバート・デ・ニーロとの共同事業としてNobu を立ち上げました。現在ではアメリカはもちろん、ヨーロッパやアジア圏、日本にも事業を拡大しており、世界中の人々から愛されています。そして、アメリカに20店舗出店していることもあり、アメリカのラッパーたちにも広く親しまれています。レストランNobu はリリックにも頻出する重要なキーワードであり、気になっていた方も多いのではないでしょうか。

松久信幸 と DJ Khaled

ラッパー達は度々、自身の贅沢なライフスタイルを一般の人々やヘイターのそれと比較して、その違いを強調するような内容のラップをします。相手を挑発するようなストレートな内容から、少し難解に暗示されたさりげない内容まで中身は様々ですが、Drake は自身の楽曲である 『Gyalchester』 でこのようにストレートにラップしています。

Can’t get Nobu, but you can get Milestone

お前はマイルストーンには行けるけど、ノブに行く金はねぇだろ

Milestones は Drake の出身であるカナダのステーキハウスの名前です。Drake はこのラインでヘイター達に対して「俺は金があるからノブで飯を食えるけど、お前らはせいぜいマイルストーンに行く金しかねぇだろ!」と挑発しています。

ちなみにマイルストーンの価格帯は、そこまで安いというわけではなく、カナダの子供たちが誕生日に特別に両親に連れて行ってもらえるといったイメージのお店です。満足にステーキを食べて1人4000円程度といった感じで、一般庶民にとっては特別なお店というのが本音です。カナダなのでチップもありますしね。Drake は韻を踏むため、そして自分の出身地発祥のお店なので マイルストーンを選んだのでしょうが、対比が甘くなってしまい、痛烈さに欠けるラインとなってしまっている印象です。

いつのまにかマイルストーンについての説明になってましたが、ここで Nobu の料理がどの位の価格帯なのかを見てみましょう。ちなみにNobu は寿司などの日本食や、「Nobuフード」と呼ばれる、和食に南米や欧米のエッセンスを取り入れた料理を展開しています。ここでは一例として、Nobu ロサンゼルス店の一品料理と寿司のメニューを見てみましょう。

Nobu Los Angels の公式サイトより

ご覧の通り、枝豆が$8 (日本円で約850円)、サーモンやエビのお寿司が一貫で$6 (日本円で約640円) とかなり高価なものとなっております。寿司に関しては日本では二貫108円で食べれちゃいますからね。更に、トロなんかは m/p と記載されており、いわゆる「時価」となっています。

自らのライフスタイルを他者のものと比較するリリックはよくみられるものですが、自分自身の現在と過去の生活を比較するパターンも多いです。Gunna による楽曲『King Kong』に客演として参加した Young Thug はこのようにラップをしています。

Yeah, we was eating at Nobu
そうだよ。俺たちはノブで食事をしてた
Came a long way from Kroger
Kroger で買い物をしてた時代から長い道のりを歩んできたよ

Young Thug が通っていたと思われる Cleveland の Kroger

松久信幸氏は、ビバリーヒルズに新しい寿司レストランである Matsuhisa Beverly Hills もオープンしています。こちらの店舗にもハリウッドスターやラッパーたちが出入りしており、舌の肥えた著名人たちを唸らしているようです。また Matsuhisa Beverly Hills では、オリジナルグッズの展開も行なっているようです。A$AP Bari も「松久」と漢字で刺繍が施されたベースボールキャップを身に付けている姿を自身のインスタグラムに投稿し、Matsuhisa Beverly Hills のオフィシャルアカウントをタグ付けしています。

Benihana

Benihana の店内

続いてはBenihana についてです。こちらのお店は、東京出身のロッキー青木氏がニューヨークで1964年に開業した、アメリカにおける鉄板焼きのパイオニア的存在です。Nobu が新鮮な刺身や和食を提供する日本食レストランであるのに対し、Benihana は主に日本風の鉄板焼きを提供するグリルレストランです。お客さん 2〜10人ほどに対して専属のシェフが1人付き、パフォーマンスをしながら真ん中の鉄板でお肉や野菜などを焼いてお客さんのお皿に分けていくスタイルです。このようなレストランや食事のスタイルを、アメリカでは「Teppanyaki」 や「Hibachi」 と呼んだりします。

Benihana に関してもNobu と同様、多くのラッパーたちに愛されているレストランです。それを裏付けるようにリリックにも度々登場しますし Jeezy や Lil Wop、Lil Durk などのラッパーたちが 『Benihana』 というタイトルの楽曲をリリースしていたりします。今回はその中から Lil Durk が Kodak Black を客演に呼んだ 『Benihana』 のリリックの一部を紹介します。

Went to Benihanas, I told ‘em no onion

紅花に行った。俺はシェフたちにオニオンは要らねぇって言ったんだ。

Kodak Black のパーソナルな一面が現れたラインで面白いと思います。Lil Yachty はインタビューで「野菜とフルーツを全く食べないし、主食はピザだよ」と語っていましたが、やはりラッパーには野菜嫌いが多いのでしょうか。ちなみに Benihana において玉ねぎといえば Onion Volcano というパフォーマンスの事を指していると思われます。分解した玉ねぎを火山の形に積んで、その中に水を注ぎ蒸気を噴火に見立てるというパフォーマンスです。

2017年の時点で 『Gyalchester』 において容易に Nobu に行ける財力をアピールしていた Drake ですが、『Omertà』において Benihana にも言及しています。

To me, Benihana is pigeon food

俺にとってBenihana なんてスズメの飯だ

かなり攻めた鋭いラインを披露した Drake 。全世界のBinihana ファンを一斉に敵に回すと同時に、普段どんな食事をしているのかという疑問を浮かばせます。そして案の定 Benihana ファンたちはこのラインに反応し始めました。大御所ジュエラーの Ben Baller は自身のツイッターにてこのようにツイートしています。

I do not give a fuck what anyone thinks , I love Benihana and I’m gonna try to go tonight and order extra extra garlic butter on my fried rice in honor of drake. In fact extra garlic butter on everything period.

「俺は誰かが考えている事なんて気にしない。俺は Benihana が大好きだし、今夜も Benihana に行って Drake の名誉の為にフライドライスにガーリックバターをかけまくるぞ!まじで俺は全てにガーリックバターをかけるぜ。」

まとめ

ジュエリーやお金、ファッションなどを通して自らのステータスを誇示するラッパーたちですが、「日本食」もそのツールの一つとして用いられているようです。中には、現地で独自の進化を遂げた日本の文化が、日本でのそれとは全く違った形で解釈され、音楽の中に組み込まれている様子を見ることもできます。今回は「日本食」にフォーカスした記事でしたが、特定のものに焦点を当ててヒップホップを分析することで、また違った角度からヒップホップを楽しむことができるのではないでしょうか。

JayDaYoungan – ニュースターと見るルイジアナのラップ事情

俺が最も影響を受けたのは、Boosie Badazz や Kevin Gates だ。もちろん Lil Wayne は偉大で最高だけど、俺が一番聴いていたのは その二人だったね。

FADER

子供の頃から同郷出身のラッパーたちの音楽を聴いて育ってきたと語った、ルイジアナ出身の若手ラッパー JayDaYoungan 。今週末にニュープロジェクト『BABY23』のリリースを控えていることも踏まえ、今回はそんな彼についてご紹介いたします。

JayDaYoungan とは

JayDaYoungan (ジェイ・ダ・ヤンガン) は、ルイジアナ州の東端に位置する小さな街、ボガルサで生まれ育ちました。彼が尊敬する Kevin Gates や Lil Wayne の故郷であるニューオーリンズや Boosie Badazz の生まれたバトンルージュなどと比べると、面積的、人口的にもかなり小規模な街です。

夜空に打ち上げられた花火のようなユニークなヘアスタイルが特徴的な JayDaYoungan (以下、Jay) は、先ほど引用したインタビューで述べていた通り、同じくルイジアナ出身の Boosie Badazz や Kevin Gates などの音楽を聴いて育ちました。

Jay は高校時代、NBA のプロ選手になる夢を抱いていました。Rajon Rondo をロールモデルにバスケットボールに打ち込んでいた彼でしたが、目立った功績を残せずにいた彼に対し、彼の母親はバスケットボール以外のの道を真剣に考えるように説得していたそうです。

Jay が憧れていた頃に Chicago Bulls でプレーする Rajon Rondo (現在は Los Angles Lakers に所属)

そんな矢先、成績の不振や校外でのトラブルが積み重なり、所属していたチームでバスケットボールを続けることができなくなった彼は、母親の言葉を思い出し、もう一つの道として候補に挙げていた「ラッパーになること」を真剣に考え始めました。

高校二年にのときに、友人の一押しを受け、初めて YouTube に楽曲を投稿したそうですが、なんとその楽曲が一日で1000回ほど再生されました。彼はその時の感情についてこのように語っています。

俺の町の人口は、一万人ちょっとだ。俺の街の人口の1/10に相当する人々が、1日で俺の曲を聴いたなんてまじで信じられないぜ。

全くキャリアのない彼にとって、たった一日でそれほどの人々に楽曲を聴いてもらえたことは、その後の彼の自信につながったようです。

一方学校では、試験中のカンニングや無断欠席を繰り返したことが原因で、高校三年生の時に退学を余儀なくされてしまいます。学校に行く必要がなくなった彼は、熱心に取り組んでいたラップにさらにフォーカスし始めたのです。

ラップスタイル

彼のラップスタイルは、ルイジアナ特有の独特な歌声やフロウを踏襲した不思議なものです。Boosie や Lil Wayne のような、ねっとりと耳に絡みつくような声や、NBA YoungBoy の楽曲にもよく見られる詰め込みフロウなどを楽曲の至る所に散りばめており、ミックステープを通して聴いても飽きのこないスタイルです。

今回は、彼の楽曲からの主軸となるスタイルを三つに分けてご紹介します。一つ目は、詰め込みフロウです。ルイジアナでは主に、NBA YoungBoy がよく用いる手法で、小説に入りきらないはずの言葉数を、巻き舌や早口で無理やり詰め込んでしまうスタイルです。

「詰め込みフロウ」が顕著な NBA YoungBoy による 楽曲『Genie』 (1:43 からが該当箇所)

NBA YoungBoy のファンであることを公言する Jay ですが、彼はその詰め込みフロウに少し違った角度からアプローチし、自らのスタイルに添うように甘く消化させている印象があります。まずはこちらの楽曲をお聴き下さい。

昨年リリースした七枚目のミックステープ『Endless Pain』に収録されている楽曲『Different Emotions』です。お聞きいただくとわかるように、フックからいきなり独特な詰め込みフロウを披露してくれています。

楽曲の所々にこの手法を用いる NBA YoungBoy に対し、詰め込んで完成したフロウを、一曲を通して同じメロディでラップし続けているのが分かります。「所々ではなく、ずっと詰め込む」ことで、全体を通して一貫性が生まれ、心地よさが生まれています。

6枚目のミックステープ『Forever 23』に収録されている『Catch Me In Traffic』や、最新作『Misunderstood』に収録されている『Shooters』なども、同じような手法を用いてラップしています。

二つ目は流れるようなメロディアスなフロウです。Lil Durk の記事でも紹介しましたが、メロディアスなフロウを楽曲に取り込むラッパーは年々増加傾向にあります。YK Osiris のように完全にメロディアスに振り切ったものや、CalBoy のようにハードなラップの随所にメロディアスなフロウを組み込むものまで、その形式は様々ですが、Jay はちょうどその中間を行くニュートラルなスタイルを得意とします。

ラップとしても、メロディアスな楽曲としても聞くことができ、リスナーの捉え方次第でどちらにも変化してしまう、といった具合です。

デビューアルバムの先行シングルとしてリリースされていた『23 Island』です。ゆったりとしたトロピカルなトラックに、かなりユニークなフロウでアプローチします。ハードなラップに疲れた時に聴きたくなるような楽曲です。

七枚目のミックステープ『Endless Pain』に収録されている楽曲『Repo』です。こちらもメロディアスなスタイルでのアプローチですが、タイトルにもなっている『Repo』で延々と脚韻を踏み続ける展開です。心地よいメロディとともに、ラップらしいしつこいライムを聴くことができ、彼らしい楽曲と言えるでしょう。

三つ目は、ゆったりとしたバラード調のアプローチです。失恋や人生などのシリアスな内容をエモーショナルなラップに載せるスタイルです。ミクステやアルバムの後半に時たま収録される程度で、彼のメインスタイルとは言えませんが、作品に緩急をつける大変重要な役割を担っていますので、ご紹介しておきます。

ルイジアナのラップゲーム

ルイジアナといえば、本記事でも何度も言及した Boosie Badazz や Lil Wayne、Kevin Gates などが現在のシーンを率いており、Webbie や 故 Lil Snupe なども輩出してきました。そして、次世代の若手たちということで、NBA YoungBoy や Fredo Bang、そして今回ご紹介している JayDaYoungan などが続く形になっています。

独特で唯一無二なスタイルを確立しており、近年のシカゴやブルックリンのような盛り上がりを見せても良いのではないかと思われますが、まだそこまでの知名度には届いていないのが現状です。

アトランタ勢が仲間同士でコラボ曲を量産したり、はたまたジョイントプロジェクトを制作したりして盛り上がりを高めているのに対し、ルイジアナのラッパーたちはそこまで頻繁にコラボをしませんし、どちらかといえば他の地域のラッパーとの共演が目立つように感じます。

もちろん、Fredo Bang は最新作『Most Hated 』に Kavin Gates を招いていましたし、 Jay に関しても憧れであった Boosie をデビューアルバムに招いたりと、ちょくちょくの共演が見られるものの、アトランタを含む他の地域ほどの同郷意識は見られません。

JayDaYoungan が憧れの存在である Boosie Badazz を招いた楽曲。二人のスタイルを比較できます。

実際に Jay 自身もルイジアナが抱えるこのような問題について、インタビューにて言及しています。

これはルイジアナが抱える一番の問題だよ。

ルイジアナのアーティスト同士で、もっと積極的にコラボレーションをして、仲良く付き合っていく必要があると感じているんだ。ビーフなんかしている場合じゃないんだよ。

VLADTV

俺の個人的な意見だから異論は認めるけど、俺はルイジアナの音楽が最高だと思ってる。

協力して、コラボを積極的にしていけば、とても大きなムーブメントを起こせるはずだ。

VLADTV
該当部分は13:20あたりから始まります。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回はルイジアナのニュースター JayDaYoungan についてご紹介してきました。今週末にリリース予定のニュープロジェクト『BABY23』には Kevin Gates の参加が見られますし、彼を筆頭としてルイジアナのラップシーンがさらなる盛り上がりを見せてくれることを期待しましょう。

whoiskosuke

Lil Yachty と巡る、素敵なマンブルラップの世界

Lil Yachty (リル・ヨッティー) 、またの名を Lil Boat (リル・ボート) が世界中のヒップホップリスナーに注目され始めたのは、今から4年ほど前の2016年頃でした。

Lil Yachty

真っ赤なブレイズに、カラフルなビーズをあしらった独特なヘアースタイル。寝起きのような締りのない声色。様々なスタイルに挑戦し、常に新たなサウンドを創り出そうとする前向きな姿勢。数え切れないほどのユニークなキャラクターを持った Lil Yachty に、私たちリスナーは一瞬にして虜になりました。

Lil Yachty は、はっきりと言葉を発さないでラップする、いわゆる「マンブルラップ」のカテゴリでその名を轟かせました。

「マンブルラップ」と聞くと、ひょっとするとどこかネガティブなイメージをお持ちの方もおられるかもしれません。ここ数年では、Playboi Carti Lil Uzi VertYoung Thug などのいわゆる「マンブルラッパー」がシーンを台頭したこともあり、ネガティブなイメージは払拭されてきてはいますが、それでも、「マンブルラップ」という言葉がネガティブな意味合いで使われているのをよく目にします。

しかし、Lil Yachty の場合は、マンブルラップの枠を飛び越えてポップミュージックや R&B などのあらゆるジャンルのアーティストから引っ張りだこになっています。一時はネガティブなイメージさえ押し付けられていたマンブルラップアーティストの一人が、なぜここまで各方面からの人気を得たのでしょうか。今回はその活躍の裏に隠された「マンブルラップ」の魅力と共に、Lil Yachty についてまとめてみようと思います。

Lil Yachty ってどんなラッパー?

Lil Yachty (以下 Yachty) こと Miles Parks McCollum は、アトランタの西側に位置する小さな町メーブルトンに生まれました。

彼の音楽を聴いたことがあっても、彼のキャラクターについてあまり知らない方もおられるかもしれません。そんな方々には、まずこのインタビュー動画をお勧めします。(彼についてよくご存知の方も、ご視聴を強くお勧めします。)

I don’t eat fruits or vegetables
俺は果物も野菜も食べない
I eat pizza everyday… every single day
ピザは毎日食べるよ、毎日欠かさずにね

インタビュアーの「君について、みんなが知らないことを幾つか教えてよ」という質問に、このような驚きの回答を示した Yachty。

さらに、インタビュアーに「このままだと、リスナーのみんなは君のことを『変なヤツ』のカテゴリーに入れちゃうよ?」と警告されたのに対し、「どうぞお好きに。」と一言で答えてしまいます。インタビュアーも、困惑を隠しきれず全体的に気まずい雰囲気になってしまっていますが、この動画こそが世界中のリスナーが彼のキャラクターに魅了されている理由を明確に示していると思います。

マクドナルドで働いていた経験もある、ごく普通の少年だった Yachty は、2016年にリリースしたシングル『One Night』で一躍有名になります。ハイハットの効いた浮遊感のあるビートの上に、ほとんど抑揚のない気怠そうな歌声をのせる今までにないスタイルは、賛否両論こそありましたしたが、間違いなく世界中に広まりました。

各方面のアーティストとの共演

『One Night』で一挙に注目を集めた彼は、同年にミックステープ『Lil Boat』をリリースします。『One Night』が収録されていることから、もちろんリリース前から期待値が高かったミックステープですが、見事その中からもヒットを生み出します。それは Young Thug や Quavo、Skippa da Flippa を招いた楽曲『Minnesota』です。

幼児向けの数え歌のような単調なメロディーのトラックに、トラックと同じメロディーでアプローチする類をみないスタイルは、聴く者全ての心を鷲掴みにしました。Young Thug や Quavo など、各方面からのゲストを一曲に詰め込むことで、更なるリスナーの獲得に成功しました。

また Yachty は、2016年に Chance The Rapper によってリリースされたミックステープ『Coloring Book』に収録されている楽曲『Mixtape』にも参加し、そこでも大きな爪痕を残しました。

Chance The Rapper や Young Thug と言った実力派ラッパーと肩を並べて、ほとんど無名だった Yachty はソリッドなラップをラストバースで披露します。他の二人に劣らないそのラップスキルは、Chance のリスナーたちの間でも話題となり、すぐさまその口コミは拡散されました。

いわゆるマンブルラップの元祖である Young Thug や、アトランタトラップの大御所である Quavo 、シカゴの Chance らとの共演を果たした Yachty ですが、その勢いは止まることを知らず、更なるジャンル間の跳躍を見せてくれました。

その一例として挙げられるのは、Charli XCX との楽曲『After the Afterparty』での活躍です。オートチューンをバリバリに効かせ、ポップ寄りのフロウで歌うことで、ポップミュージックとの意外な融合を実現しています。この楽曲への参加を通して、Yachty はメロディアスなスタイルでポップミュージックのリスナーたちからの認知度も上昇させました。

このように、ジャンルの壁を跳躍して様々なアーティストとの共演を果たすことで、ヒップホップコミュニティ以外からの認知度を上昇させ、その結果としてヒップホップシーンの盛り上がりにつながりました。ジャンル間の共演のハードルを下げた人物として、間違いなく Lil Yachty の名前が上位に上がってきます。

スタイルの多様性

Yachty は、他のアーティストの楽曲に参加するのみならず、自らのプロジェクトにおいても様々なスタイルへの挑戦を試みてきました。本章ではその一部をご紹介します。

Not My Bro

1枚目のミックステープ『Lil Boat』に収録されているインタールード的なポジションの楽曲です。Yachty のメインフィールドである『マンブルラップ』を究極まで突き詰めた一曲となっており、リリックを見ながら聴いても何を言っているかわからないレベルです。ラップがうまいとはお世辞にも言えませんが、眠たげな声色と、一隻のボートが海原にポツンと浮かぶ様子が頭に浮かぶような穏やかなトラックが、何故だか心地よさを醸し出しています。

Beautiful Day (feat. Kylie Jenner)

『Lil Boat』をリリース後に制作された楽曲を集めたミクステ『After da Boat』に収録されている楽曲です。驚くべき点は、Kylie Jenner が客演として参加していること(ほとんどラップは披露せず、ただふざけている間にバースは過ぎ去っってしまいます。)ディズニーランドのパレードで流れてきそうな、可愛らしいトラックの上で四分間のショータイムが繰り広げられます。

前半の Yachty のバースでは、メリハリのないだらだらとしたラップから台詞のパート、さらには本気のラップなどが詰め込まれており、四分間が一瞬で過ぎ去ると共に、聴き終わったと同時に「今のは何だったんだ」という不思議な感想に襲われる迷曲となっております。

she ready (feat. PnB Rock)

2枚目のスタジオアルバム『Lil Boat 2』に収録されている PnB Rock をフィーチャーした楽曲です。『Lil Boat 3』の先行シングルを二曲ともプロデュースした Earl on the Beat によるプロデュースで、蒸気機関車の煙が吹き出すようなサウンドのポジティブな良トラックです。

Ty Dolla $ign のように、ヒップホップと R&B を行き来するようなスタイルで有名な PnB Rock をフィーチャーすることで、Yachty ならではの陽気な雰囲気を、他の楽曲とは少し違ったアプローチの仕方で実現しています。

Dripped Out (feat. Playboi Carti)

まずは、Lil Yachty の三枚目のスタジオアルバム『Nuthin’ 2 Prove』に収録されている Playboi Carti を招いたこちらの楽曲です。こちらも Earl on the Beat による 8ビットゲームのサウンドエフェクトのようなピコピコトラックに、乳児が泣きじゃくるようなラップが印象的です。

マンブルラップシーンを台頭するに二強の共演で、リリックを理解せずとも楽しめる素敵な楽曲に仕上がっています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は Lil Yachty と共に素敵なマンブルラップの世界をご紹介しました。「薄っぺらくて、軽すぎる」と批判されることもあるマンブルラップですが、これも一つの立派なジャンルだと考え、単純に楽しんでみるのも良いのではないでしょうか。

最新作の『Lil Boat 3』にも、A$AP Rocky や Tyler, The Creator、Young Thug などが参加しており、大変聞き応えのある作品になりそうです。約2年ぶりに Lil Yachty ワールドに連れて行ってくれることを期待して、楽しみに待つとしましょう。