アニメとヒップホップ – 自身を主人公に投影するラッパーたち

日本が世界に誇るカルチャーの一つであるアニメや漫画。外国の方々に「日本といえば」と尋ねると、間違いなく侍や忍者と並びアニメや漫画が挙がるでしょう。また、実際にたくさんの外国の方々がアニメや漫画といったカルチャーを通して日本に興味を持ち始めています。

こうした世界的な傾向は、ヒップホップの世界においても色鮮やかに現れ始めています。アニメや漫画の精神を自らの作品に反映する者、アニメのサウンドを作品に落とし込む者など、その表現方法は様々ですが、日本のアニメや漫画に影響された作品群がヒップホップのサブジャンルとなり得る日が刻一刻と近づいています。

非現実的、ファンタジー的なイメージの強いアニメや漫画に対し、リアルな現状を泥臭く訴えるイメージが強いヒップホップ。一見真逆の存在とも思える両者ですが、本当にこれらは正反対の性質をもつカルチャーなのでしょうか。そこで今回は日本のアニメや漫画のカルチャーとヒップホップの関係性に焦点を当て、なぜラッパーたちは自らの作品にそれらのカルチャーを取り入れるのかを考察していきたいと思います。

アニメキャラクターを自身に投影

アニメの要素を自身の作品に取り入れるアーティストたちは、時にアニメの主人公に自身を投影します。今となってはゴスペルアルバムをリリースしたり、大統領選への出馬意向を示したりとアニメとは無縁の世界に身を置いているように見える、Kanye West もその中の一人です。まずはこちらのミュージックビデオをご覧ください。

Kanye West による三枚目のスタジオ・アルバムである『Graduation』に収録されている『Stronger』のミュージックビデオです。ネオンが輝く東京の街並みや近未来的なロボットなどが登場し、SFアニメを連想させるものとなっております。勘の良い方ならすでにお気づきかもしれませんが、実はこちらのミュージックビデオは、大友克洋によるSF漫画・アニメである『AKIRA』に実際に登場するシーンなぞらえて制作されています。

検証動画をご覧いただければ一目瞭然ですが、金田のバイクに跨って東京の街を疾走するシーンや、病院でうなされるシーンなどが、原作とほとんど同じ構図で再現されています。それに加えて、ミュージックビデオ内には「タスケテ!」や「ウゴクナ!」などの日本語のテロップまで挿入されています。

アニメキャラクターに自身を投影するラッパーは他にも多数存在し、その一人が Lil Uzi Vert です。最近でも『Futsal Shuffle 2020』や『That’s A Rack』などのアートワークに自身をアニメキャラクターにデフォルメ化したものを起用したことから、アニメ好きというイメージは浸透しているように思えますが、彼が作品にアニメのエッセンスを加え始めたのはそれよりも前にさかのぼります。

Lil Uzi Vert が2016年にリリースした3枚目のミックステープ『Lil Uzi Vert vs. the World』収録の『Ps & Qs』のミュージックビデオです。日本の学校を舞台に、学園生活を通しての恋愛をテーマにしたビデオです。下駄や招き猫が映し出されたり、背景には浮世絵や日本語が書かれた黒板などが確認できます。特徴的なのは、全体を通して被写体の瞳がかなり大きく加工されている点で、日本のアニメキャラクターの瞳が潤いを持った大きな描写で描かれていることを表現しようとしたのでしょう。

ビデオ内では頻繁の実写と2Dアニメの描写が切り替えられ、クライマックスではCGアニメに切り替わる構成となっており、Lil Uzi Vert が主人公の学園アニメを見ているような錯覚を視聴者に起こさせます。

ここまででご紹介した Kanye West と Lil Uzi Vert の事例に共通することは「自信を主人公に投影している」点です。ほとんどのアニメや漫画は、主人公が「何か」と戦うことによってストーリーが展開していきます。『AKIRA』のようなSF作品では、特定の敵と身体的な戦いを繰り広げますし、一見戦いとは無縁に見える『けいおん!』のような学園ドラマでも、「軽音楽部の廃部」という事実と闘います。

ヒップホップは社会に対する反骨精神が現れやすい音楽です。アニメのキャラクターに自身を投影することによって、そのような「自分 vs 世界」的なマインドを上手く表現することができたのではないでしょうか。先ほども言及した Lil Uzi Vert のミックステープのタイトルも『Lil Uzi Vert vs. the World』となっており、主人公の Lil Uzi Vert が世界と戦う一つのアニメ作品のように思えてきます。

アニメサウンドとヒップホップの融合

アニメの要素を作品に取り入れる際、サウンドを利用してその世界観を表現する方法も主流です。アニメの主題歌をサンプリングして制作したトラックに乗せてラップをしたり、作中に登場するアイコニックな効果音を曲中に挿入したりと、こちらも手法は様々です。

Wiz Khalifa が Snoop Dogg をフィーチャーして 2016 年に公開した楽曲『No Social Media』は、「ひぐらしのなく頃に」のメインテーマをサンプリングして制作された楽曲です。Wiz Khalifa や Snoop Dogg がアニメのリファレンスを用いていることに意外性があり、興味深い楽曲となっています。

JID や EarthGang などが所属するレーベル Dreamville のボスである J. Cole も日本のアニメの楽曲をサンプリングしています。彼の4枚目のスタジオ・アルバムより、プロジェクトタイトルにもなっている楽曲『4 Your Eyez Only』は、日本でもかなり有名な国民的アクション漫画「ルパン三世」のサウンドトラックに収録されている楽曲をサンプリングしています。

最近のシーンの傾向から、アニメやオタク文化に魅了された若手ラッパーたちが、日本のアニメや漫画のカルチャーを楽曲に取り入れている印象を抱きがちですが、実は Wiz Khalifa や Snoop Dogg、そして J. Cole などのレジェンド級のラッパーたちも同じように自身の楽曲とこれらのカルチャーをミックスしています。

続いては、アニメに登場するアイコニックな効果音をアクセントとして楽曲に加えるパターンをご紹介します。 はじめにご紹介するのは、 Trippie Redd による最新アルバム『A Love Letter to You 4』より、故 Juice WRLD と未だに服役中のフロリダのラッパー YNW Melly をフィーチャーした『6 Kiss』です。

曲が始まると同時にイントロ的な役割を担っている可愛らしいサウンドは、『美少女戦士セイラームーン』の第3期に登場した「ムーンスパイラルハートアタック」という技を発動する際に流れるサウンドの一部です。ちなみに、曲中定期的に挿入されているピカン!という効果音は、ウォルト・ディズニー社とスクエア・エニックスの提携によって制作された家庭用ゲームソフト「キングダムハーツ」に登場する効果音です。

アニメ調アートワークの流行

アニメや漫画の世界観を自身の作品にて表現する際、大きな役割を果たすのがアートワークです。楽曲のプロモーションを行う時、ストリーミングサービスなどで配信する時など、ほとんど全てのプロセスにおいて、作品の顔となり得るのがアートワークだからです。

アートワークは、記事前半で述べたような「自身をアニメキャラクターに投影」する際に大変役立つようです。現行のヒップホップシーンには既にラッパーたちをアニメ化しアートワークを制作する、いわゆる「絵師」的存在のアーティストも登場し始めています。

その中の一人が Artxstic という人物です。彼は Lil Uzi Vert の『Futsal Shuffle 2020』や『That Way』のアートワークも担当した人物で、主にラッパーたちをアニメキャラクター化したデジタル画を制作しています。

Artxstic のインスタグラムアカウント (@artxstic)

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は、アニメとヒップホップの関係性に焦点を当てて、なぜラッパーたちは自らの作品にそれらのカルチャーを取り入れるのかについて考察してきました。ご紹介した楽曲意外にも、アニメや漫画にリファレンスを置いた作品はまだまだ存在しますので、これを機に探してみてはいかがでしょうか。

whoiskosuke