差別撤廃を訴え続けるラッパー達 – 今聴くべきプロテストソング4選

米ミネソタ州ミネアポリスで、George Floyd 氏が警察官によって殺害された日から早1か月以上が経過しました。今回の事件、そして後に続く反レイシズムの運動は、主にSNSを通じて史上類を見ないほどの規模で世界に広がり、アフリカ系アメリカ人に対する差別の歴史、現状を多くの人が知ることになりました。世界各国の多くの人たちがアメリカ社会の人種差別の現状をアメリカだけの問題ではなく普遍的な人種差別の問題と受け止め、差別的な制度の変革を今も訴え続けています。

多くのアフリカ系アメリカ人の人たちにとって、音楽は自身が生きている現実を表現するプラットフォームとしての役割を常に果たしてきました。実に、公民権運動以前の時代から、多くのアーティストが音楽を通して人種差別や貧困といったアメリカ社会の不平等について取り上げ、社会、そして個人の意識の改革の必要性を訴えてきました。今回の事件後も、多くのラッパーやR&Bアーティストが反レイシズムの曲をリリースしています。

そこで、今回は人種差別を取り上げている曲を4曲ご紹介させていただきます。全曲最初から最後まで解説したいところですが、今回は重要な部分の解説にとどめておきます。

1. Joey Bada$$ -『Land of the Free』

2016年にリリースされた『ALL-AMERIKKKAN BADA$$』収録の一曲。

3年以上前の作品ですが、アメリカ社会に根付く人種差別の現状をテーマにしたアルバムなので、そこに込められたメッセージは現在の状況と通ずるところがたくさんあります。

The Notorious B.I.G.の名曲『Juicy』と同ネタを使ったトラックに乗せて、この曲はこんな一節で始まります。

Can’t change the world unless we change ourselves

俺たち自身が変わらなければ世界を変えることはできない

Die from the sicknesses if we don’t seek the health

健康を求めなければ病気で死んでしまう

この「病気」は「人種差別やアメリカ社会の腐敗といった問題」、「健康」は「その問題の改善・解決」という様に解釈できるでしょう。

何が問題であるかを考え、その解決を求めるために行動しないと、結局は自分自身もその問題に足を捕らわれ、その犠牲になってしまう。つまり、私たちの目の前にある問題を解決するためには、一人ひとりの自己変革が不可欠であることを訴えています。

Genius

歌詞解説サイトの Genius にて、Joey はこの一節をあらゆる人々に向けて書いたものだと語っており、この曲自体は人種差別、アメリカの腐敗がテーマですが、人種差別だけでなく私たちの生きている社会に転がる様々な問題に対して「あなたならどのように向き合い、どのような行動をとるのか?」と問題提起しています。

この曲が収録された『ALL-AMERIKAN BADA$$』は、Joey が400年に至る黒人差別の歴史と向き合い、それに対する解答として出した非常にシリアスな作品ですが、そこに込められたメッセージは力強く、私たち一人ひとりに向けられた普遍的なメッセージなのではないでしょうか。

またアルバムを通して感じられるのは悲観的な雰囲気ではなく、悲劇的な環境の中においても希望を失わずに戦い続けようとする一人の若者の気高い精神です。

このアルバムが今のアメリカを代表する作品であることはまず間違いないでしょう。

2. Lupe Fiasco –『WAV files

続いては、Kanye West の『Touch the Sky』へのフィーチャリングでも知られるシカゴのリリシスト Lupe Fiasco が2018年にリリースしたアルバム『DROGAS WAVE』に収録されている1曲『WAV files』。

アトランティックレコードを離れた後の彼の作品は、以前ほど爆発的にヒットしているわけではないですが、作品自体のクオリティはむしろ上がっているように思います。

このアルバムは「中間航路(黒人奴隷をアフリカからアメリカ大陸や西インド諸島へと運ぶ大西洋航路のこと)で奴隷船から海に飛び降りた奴隷」をテーマとしたコンセプト・アルバムです。

奴隷船のイメージ図

アメリカの人種差別の歴史について考えるとき、奴隷貿易の歴史は避けて通れません。黒人差別の歴史を木に例えるならば、奴隷貿易は根の部分にあたるといえるでしょう。中間航路や奴隷貿易の悲惨さについては、様々な記録や文献があるので一度調べてみることをおすすめします。

そして、この曲はそのような奴隷の亡霊の視点で書かれており、彼らが実はまだ死んでおらず、他の貿易船を沈めながらアフリカ大陸に帰るべく海中を歩き続けているという、とても斬新で衝撃的な内容が展開されていきます。

My bones is why the beach is white

砂浜が白いのは、そこに俺の骨があるからだ *1

Why the beach is white ’cause they bleached us light

砂浜が白いのは、あいつらが俺たちを明るく染めたからだ *2

So I’m goin’ back home, I took a leap last night

だから俺は帰るべきところへと向かっている。俺は昨夜飛び込んだんだ

So I’m walkin’ on water ’til my feet just like Jesus Christ

この足がイエスキリストみたいになるまで俺は海の上を歩き続ける *3

Wow, walkin’ on water

海の上を

*1・・・海に飛び込み亡くなった奴隷たちの骨が海岸まで流れ着いたことを意味しています。
*2・・・奴隷の所有者たちは奴隷たちからアフリカ独自の宗教や言語などの文化を取り上げ、西洋の文化や価値観を強制しました。
*3・・・イエスキリストは大嵐の中海の上を歩いたとされています。

静かにピアノがループするビートの効果も相まって、本当に海に飛び込んだ奴隷たちが海の底を歩いているイメージが浮かんでくるようです。また、特筆すべきなのは3ヴァース目の構成です。このヴァースで、彼は初めの部分以外ほとんど韻を踏むことなくひたすら実在した奴隷船の名前を挙げていきます。彼ほどのスキルがあれば奴隷貿易について語りながらいくらでもパンチラインを作ることができたはずですが、あえて韻を踏まず、名詞だけを並べていくという手法を彼は意図的に選択しました。

これは、おそらく他のどのラッパーもやっているようでやっていない画期的なアプローチでしょう。そんなアプローチが功を奏して、どれだけ多くの船が奴隷を連れて大西洋を航行していたのかが明確に分かる上に、語り手である奴隷たちの亡霊が奴隷船を沈めながら海中を往来しているイメージが浮かび上がってきます。

この曲の内容はフィクションですが、歴史の中で忘れられた存在である、奴隷船から飛び込み海の藻屑と化した何十人・何百人の名もなき奴隷たちに光を当て、「彼らはただ無残に死んだのではなく、今も故郷に向かって歩いているのだ」と語ることで、全く新しい視点を投げかけるものとなっています。

また、擬人法や比喩など、様々なイメージを想起させる効果がたくさん使われており、聞けば聞くほど深みを感じる非常に文学的な作品でもあります。是非1度リリックを追いながら、その魅力とメッセージに触れてみてはいかがでしょうか。

3. Kenneth Whalum –『Might Not Be OK (feat. Big K.R.I.T.)』

次は、Jay-Z の『4:44』にも参加したテネシー州メンフィスのサックス奏者である Kenneth Whalum が、2016年に Big K.R.I.T. を客演に迎えリリースした1曲『Might Not Be OKです。

この曲は、同年7月にルイジアナ州バトン・ルージュにてアルトン・スターリンというアフリカ系アメリカ人の男性が警官によって射殺された事件を受けてリリースされ、警察によるアフリカ系アメリカ人への暴行を取り上げています。

リリースに至った経緯は Big K.R.I.T. 本人が Genius のインタビューにて詳しく説明しているので是非見てみてください。

この曲は Big K.R.I.T. の淡々とした語り出しからヴァースが始まります。

Mommas been cryin’ and they gon’ keep cryin’

ママたちはずっと泣き続けてる、これからも泣き続けるだろう

Black folk been dyin’ and they gon’ keep dyin’

黒人たちは死に続けてる、これからも死に続けるだろう

Police been firin’ and they gon’ keep firin’

警察は銃をぶっぱなし続けてる、これからもそれを続けるだろう

The government been lyin’ and they gon’ keep lyin’

政府は嘘をつき続けている、これからも嘘をつき続けるだろう

Kenneth Whalum –『Might Not Be OK (feat. Big K.R.I.T.)』

ここで、彼は黒人が実際に今どのような状況に生きているのかを端的に表現しています。

黒人たちが警官の手によって命を失うたび、母親は自分の子どもの死を嘆き悲しむが、司法は事件の事実に直面せず、殺した警官は正しく裁かれることはない。これに対して抗議の声を上げ、正義を訴えても、また同じように黒人が警官の手によって殺され、不起訴処分で終わる、という繰り返し。

今日に至るまでたくさんの人が、幾度となく黒人に対する不当な逮捕や暴行に反対し、殺人に関わった警官を裁くよう訴えてきましたが、警官による黒人への暴行が後を絶つことはなく、そのような警官の処遇は起訴どころか無罪放免で済まされてきました。

そのような変わらない差別の現状に対して、ようやく当事者の黒人たちだけでなく、他の人たちも共に声を上げよう、社会全体としてこの問題と向き合おうという動きが高まり、今回のような国際的な抗議活動が行われる結果になりましたが、「黒人への差別をやめろ」というメッセージは、大昔から訴えられてきました。

何年、何十年、何百年と続く差別の中で、状況を変えたくてもなかなか変わらない、そんなどうしようもない現実に対する怒りや悔しさといった悲痛な感情が、曲が進むにつれて感情的になっていく彼のラップから、ひしひしと伝わってきます。

4. J. Cole –『Be Free

2014年、ミズーリ州セントルイス群ファーガソンにて Michael Brown という18歳の黒人の青年が警官によって殺された事件に対するアンサーソングとしてリリースされた1曲。

この事件でも彼の殺害に関わった警官は不起訴処分とされ、不当な措置であるとして大規模な抗議運動が行われました。この事件からもうすぐ6年が経ちますが、未だ解決したとは言えません。

J. Cole は今世代最高のラッパーの名声を勝ち取っており、成功者であることは疑いようがないですが、この曲ではそのようなブランドは一切関係なく、アメリカという地に生きる一人の黒人男性としてこの事件に対する自身の心情をさらけ出しています。

All we wanna do is take the chains off

俺たちはただこの鎖を外したいだけなんだ *1

All we wanna do is break the chains off

俺たちはこの鎖を断ち切りたいだけなんだ

All we wanna do is be free

俺たちはただ自由になりたいだけなんだ

All we wanna do is be free

俺たちはただ解放されたいだけなんだ

*1・・・鎖は奴隷の動きを制限するために使われていました。

非常にシンプルでありながら力強さを感じるフックには、奴隷制時代から現代にいたるまで一貫して訴えられてきた黒人たちのメッセージの本質が凝縮されています。

「自由に生きたい、俺たちが願っているのはただそれだけなんだ」という言葉は、どれだけ長い間、アメリカ社会が彼らの声を理解せず、無視し続けてきたかということを示しています。

Can you tell me why

なあ教えてくれ、何でなんだ

Every time I step outside I see my niggas die

俺が外に出るたびに誰かが死ぬのを見なきゃいけないのは何でなんだ

I’m lettin’ you know

お前に言っておく

That there ain’t no gun they make that can kill my soul

どんな銃も俺の魂を殺すことはできない

Oh no

何てことだ

『Middle Child』などの曲での自信に満ちた堂々とした姿とは違い、歌いながらラップする彼の姿は悲しみや悔しさに打ちひしがれていて、いまにも崩れ落ちそうです。

そのような状況でもなお、彼は「銃では俺の魂は殺せない」と叫びます。どれだけ警察が、そして社会が黒人の命を奪おうとしても、その精神や存在まで否定することは不可能なのだということを宣言するこの言葉は、彼の悲痛な叫びの中でもひときわ鋭く響いてきます。この曲は彼の最高傑作の1つであり、アメリカに生きる黒人の痛みや悲しみをこれ以上ないほど鮮明に描写した作品です。

おわりに

今回は黒人差別をテーマとしたものの中でも特にストレートに響く楽曲をご紹介させていただきました。ヒットチャートに載ることは少なくとも、黒人差別や社会の腐敗をテーマとしたラップ・ソングは他にもたくさんあります。今回ご紹介できなかった楽曲はプレイリストにまとめておりますので、この機会に是非聴いてみてはいかがでしょうか。

Hip Hop の歴史は、黒人たちが生きてきた歴史ととても深い関係にあります。昨今、George Floyd 氏の殺害事件をきっかけに史上最大規模の反人種差別の動きが世界へと広がっており、Black Lives Matter の運動、そして人種差別についての意識啓発の動きが高まっている中、彼らの音楽から学ばされること、感化されることは沢山あるのではないでしょうか。

https://music.apple.com/jp/playlist/protest-songs/pl.u-kv9lq7js7VY5Ga1?l=en

Nozomu Yoshida

SahBabii – カルト的人気を誇るミステリアスなラップスター

今週末の7月3日に約2年ぶりとなる待望のニュープロジェクト『BarNacles』をリリースする SahBabii。一部のリスナーからはカルト的な人気を誇りながらも、SNS の更新は最低限であったり、他のアーティストの楽曲へのゲスト参加が極端に少なかったりと、いまだに謎に包まれているミステリアスな彼。今回はそんな彼の生い立ちやキャリア、魅力について予習しておきましょう。

SahBabii とは

SahBabii (サーベイビー) こと Saaheem Valdery は1997年2月24日にシカゴで生まれました。彼の出身はアトランタだと思っている方も多いかもしれませんが、実はイリノイ州シカゴ出身で13歳まではシカゴで暮らしていました。13歳の時に彼の実の兄であり、彼の楽曲に度々客演として参加している T3 というラッパーの音楽活動を本格的に行うためにアトランタに引っ越して以来、アトランタを拠点として活動しています。

SahBabii という名前の由来ですが、インタビューでは叔父に貰った名前だと明かしています。彼の叔父は TeeBaby というラッパーなのですが、そのラップネームの一部である「Baby」と、SahBabii の本名である 「Saaheem」 の一部を組み合わせて生まれた襲名型のラップネームです。最近は「Baby」をという語を自身のラップネームに盛り込むラッパーが多くなってきていますが、飽和しつつある Baby ブームと一線を画すことに成功しています。

キャリアの開始

アトランタに引っ越した直後、SahBabii の名義のもとで楽曲制作を開始しました。先に活動を始めていた兄である T3 の力を借りて『Pimpin Ain’t Eazy』と『Glocks & Thots』というミックステープを2年連続で制作、リリースしました。この頃の楽曲は、Young Thug の初期のミックステープを彷彿とさせるようなサウンドを多用しており、現在の彼のスタイルとはかけ離れたものとなっています。

その後3年間はシングルを不定期でリリースする以外に、目立ったアクションを起こしておらず、先述のミックステープを聴いていたファンたちからも忘れ去られようとしていた 2017年に突如として3作目のミックステープ 『S.A.N.D.A.S.』をリリースしました。

ちなみに空白の3年間についてですが、彼が使っていた楽曲制作ソフトの CuBase が起動できなくなっていたり、マイクなどの機材が壊れてしまったりと SahBabii は様々なトラブルに見舞われていたようです。インタビューでは、T3 の寝室で壊れたマイクを使用して『S.A.N.D.A.S.』をレコーディングしたことを明かしています。

Pull Up Wit Ah Stick の大ヒット

3作目のミックステープ 『S.A.N.D.A.S.』にも収録されており、先行してシングルでもリリースされていた 『Pull Up wit ah Stick』という楽曲なのですが、こちらの楽曲が彼のキャリアを大きく躍進させるキッカケとなりました。彼が自身のインスタグラムに投稿した同曲のスニペットが話題となり、その後すぐに SoundCloud にて100万再生を達成しました。

SahBabii を中心にモブを形成した彼の仲間のギャングたちが、様々な種類の銃器をカメラに向けながら踊っているミュージックビデオですが、こちらも最近の彼の楽曲のイメージからはかけ離れたものとなっており、意外にもギャングスタミュージックを感じられるものとなっています。

独特な世界観

Pull Up Wit Ah Stick で一斉を風靡した彼ですが、それ以降はガラッと路線を変更し、彼なりの世界観を全開に表現した楽曲やミュージックビデオを連発しています。日本のアニメにリファレンスを置いた楽曲や、ライムのために訳のわからないリリックを連続するマンブルな楽曲などをリリースし、独特の世界観を作り上げていることも、いつまで経っても彼がミステリアス生まである原因のひとつなのではないでしょうか。

お聴きいただいたのは4作目のミックステープ『Squidtastic』に収録され、その中でも特に異彩を放っていた『Anime World』という楽曲です。タイトルからお察しの通り、先ほど少し言及した日本のアニメにインスピレーションされた楽曲です。リリックには、忍者や車輪眼、スサノオノミコト、他にも様々な日本語が登場し、なおかつそれらで心地よく韻を踏んでいるのでとても面白いです。

ちなみに中盤で挿入される日本語のセリフは、SahBabii 自身がツイッター上で日本語話者を募集し、直接スタジオに招き入れてレコーディングされたものとなっています。

SahBabii は、ここ数年のヒップホップシーンにおいてかなりの知名度を獲得していますが、その知名度に反してほとんどシーンに姿を表しません。自らのプロジェクトにゲストを呼ぶこともかなり稀ですし、他のアーティストの楽曲に参加したことも、両手で数えられるほどしかありません。

そんな中、SahBabii が他のラッパーの楽曲に参加したレアなケースをご紹介します。フロリダのラッパー Ski Mask The Slump God の EP『BE AWARE THE BOOK OF ELI』に収録されている『COOLEST MONKEY IN THE JUNGLE』という楽曲で、タイトルを見て頂ければ分かる通り、H&Mの不祥事の直後にそれを揶揄する様にリリースされた楽曲です。

 Murda Beatz によってプロデュースされた楽曲で、ジャングルの奥地で聞こえてきそうな奇妙なサウンドの上で、Ski Mask と SahBabii が独特なフロウでラップしています。

続いても SahBabii が客演に招かれているレアケースです。イギリス・ウエストロンドンの AJ Tracey と カナダ・トロントの SAFE、そしてアメリカ・アトランタの SahBabii が三国から一同に集結した、「最もコラボが予想されていなかった一曲」です。

MV に関しても、ハリーポッターシリーズに登場するホグワーツ魔法学校のような古城を舞台に広げられ、SahBabii の世界観ともマッチした荒めのCGアニメも挿入されています。

ニューアルバム 『BarNacles』

SahBabii は、ニューアルバム『BarNacles』の存在を2019年の夏にインスタグラムストーリーズにて明かしました。しかし、待てど暮らせど一向に彼がアルバムをリリースする動きはなく、月日だけが過ぎていきました。あれから一年が過ぎようとしていた2020年の5月、彼は突如『Double Dick』と題されたニューシングルと、同曲のミュージックビデオを公開しました。

SahBabii と度重なる共演を重ねているプロデューサー Teezr による浮遊感のあるトラックの上で、彼らしい軽快なフロウと、耳を疑ってしまうほど内容のないラップを披露してくれています。内容のないラップをいかにスタイリッシュにラップしてみせるかが、彼の腕の見せ所とも言えますが、文字に起こすとその薄さが浮き彫りになります。

Hippo booty bouncin’ (Bouncin’)
カバみたいなお尻が跳ね回る。

Rhino booty bouncin’ (Bouncin’)
サイみたいなお尻が跳ね回る。

Elephant booty bouncin’
ゾウみたいなお尻が跳ね回る。

That ass outta control, I think it need some counselin’
お尻たちは制御不能だ。カウンセリングをして落ち着かせなきゃ。

そして、シングルのリリースから一ヶ月が経過した 2020年の6月、彼は突如アルバムのカバーアートとリリース日をSNS上に投稿しました。タイトルは予告されていた通り『BarNacles』で、前回に引き続き海をモチーフにしたアートワークとなっています。ちなみに『BarNacles』とは「フジツボ」という意味で、港なんかに行くとテトラポットにへばりついてる「アレ」です。画像を掲載することも考えましたが、集合体恐怖症の方々への配慮として、言葉での掲載に留めておきます。(アルバムカバーの SahBabii の顔の横、左足の奥にフジツボが確認できます。)

リリースの約一週間前には、トラックリストも公開されましたが、相変わらず客演は実兄の T3 のみ。ここまでくると、意図的に有名なラッパーとの共演を避けているとしか思えません。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は今週末にニュープロジェクト『BarNacles』をリリースする SahBabii についてまとめてみました。ミステリアスな彼が生み出すニューサウンドから目が離せません。

NoCap – 痛みを歌うアラバマの新鋭ラッパー

明日6月30日にニュープロジェクト『Steel Human』のリリースを控える注目ラッパー NoCap。XXL Freshman Class 2020 にもノミネートされている彼の生い立ちやキャリア、魅力について予習しておきましょう。

NoCap とは

NoCap (ノーキャップ) こと Kobe Vidal Crawford は、映画「フォレスト・ガンプ」の舞台となったことでも知られる湾岸都市、アラバマ州モービル出身の21歳 (1998年生まれ)。ちなみに名前の「No Cap」とは、2018年以降大流行した「嘘じゃない、本気で」という意味のスラングです。

当時の母親のボーイフレンドの影響で、8~9歳の頃にラップを始めたという NoCap は、彼と彼の兄、そして母親のボーイフレンドの甥の3人でグループを組んで活動し始めました (NoCap 以外の2人は既に音楽活動を辞めているそうです)。

幼い頃からラッパーとしてのキャリアを積み上げてきた NoCap は、2017年にデビューシングル『Boss Moves』をリリース。2018年にはシングル『Legend』で注目を集め、デビューミックステープ『Neighborhood Hero』や、同郷モービル出身のラッパー Rylo Rodriguez とのジョイントテープ『Rogerville』をリリースし、更にはアトランタの人気ラッパー Lil Baby のアルバム『Street Gossip』への参加を果たすなど、彼にとって飛躍の1年となりました。

2019年にはシングル『Ghetto Angels』がバイラルヒットし、同曲収録のミックステープ『The Backend Child』をリリース。その後、銃撃事件への関与により逮捕されるものの、同年末にリリースしたミックステープ『The Hood Dictionary』は US Billboard 200 にて最高80位 (R&B/Hip-Hop チャートでは最高39位) を記録しました。

NoCap の楽曲とスタイル

NoCap のスタイルについてご説明する前に、まずは彼の最初のヒット曲を聴いていただきましょう。

Legend

YoungBoy Never Broke Again や Polo G、Kevin Gates らと比較されることが多い NoCap は、オートチューンを効かせたヘロヘロな声で、歌うようにラップするスタイルを得意とします。彼は、困難な環境を生き抜いてきた苦労や葛藤、哀しみ、そして現在の成功や名声を、エモーショナルに、時に力強く歌い上げます。

NoCap は決して技巧派というわけではないのですが、彼の癖になる絶妙なヘタウマラップが南部ヒップホップらしい味を出しています。

Spaceship Vibes (feat. Quando Rondo)

I think about you all day and at night I watch the stars shoot

いつも君のことを考えていて、夜には流れ星を眺める

I know love is not a game but I can’t control what my heart do

「愛」はゲームじゃないって分かってるけど、自分の心をコントロールできないんだ

I fucked up so many times, I know you thinking I don’t want you

俺は何度も過ちを犯した 君は、俺に愛されてないって思ってるんだろ

I never tell you lies, I’m always giving you the hard truth

絶対に嘘はつかないよ 君にはいつも真実を話してる

Remember we was way more than friends, I just wonder, “Would you love me again?”

俺らがまだ付き合っていない頃を思い出してくれ もう一度愛してほしいんだ

I’m always having spaceship vibes, sometimes I think that I’m an alien

俺はいつも「スペースシップ・バイブス」を持ってる 俺はエイリアンなのかもな

ジョージア州サバンナ出身のラッパー Quando Rondo を客演に招いたこちらの楽曲は、シンプルで美しいピアノループと切ないリリックが特徴的なラブソングです。

NoCap は、恋人や失恋について歌う楽曲も多くリリースしています。こういった楽曲でも、R&B 歌手のような圧倒的な歌唱力で歌うのではなく、無骨で未熟な歌唱力で気持ちのままを歌う彼ならではの魅力があります。

Ghetto Angels  

And it’s crazy, we ’posed to took Duke to the graveyard to see Fred

狂ってるんだ 俺たちは Duke を Fred の墓参りに連れて行こうとしていた (2人とも NoCap の友人)

Phone ring an hour later, damn Cap, Duke dead

1時間後に電話が鳴った 嘘だろ、Duke が死んだ

I guess since we didn’t take him He went to the graveyard to see Fred on his

俺たちがあいつを連れて行く代わりに、あいつは自ら Fred に会いに行ったんだ

NoCap といえばこの曲『Ghetto Angels』です。今は亡き友人たちに向けて歌った同曲が YouTube にて4000万再生を記録し、後に Lil Durk と Jagged Edge を招いたリミックスもリリース。

痛みを伝えるリリックと心に響く歌声が絶妙にマッチした、まさに NoCap らしい1曲です。

What You Know

Fake love, real hate

偽の愛と、本当の憎しみ

I don’t know which one is worse to me

どっちが悪いのか俺には分からないんだ

ミックステープ『The Hood Dictionary』収録の1曲。アコースティックギターを用いたトラックと NoCap の哀愁漂うボーカルが絶妙にマッチした同曲は、深く考えさせられるリリックも魅力的で、まさに No Cap (リアル) な1曲です。

Count A Million (feat. Lil Uzi Vert)

I think that I can count a million with my eyes closed

目を閉じたままでも大金を数えることができるぜ

今週リリース予定のニュープロジェクト『Steel Human』の先行シングルとしてリリースされた1曲。彼のキャリア初期の楽曲と比べると、かなりラップのクオリティが上がっています。

人気ラッパー Lil Uzi Vert と共に成功について歌う同曲が話題を呼び、彼のニュープロジェクトへの期待も更に高まっています。

おわりに

いかがだったでしょうか。今回はアラバマ州モービルのラッパー NoCap についてまとめてみました。

Lil Baby や YoungBoy Never Broke Again、Lil Uzi Vert ら大物ラッパーとの共演も果たし、XXL Freshman Class 2020 にもノミネートされている新鋭ラッパー NoCap。名前負けしないリアルなリリックを届ける彼の今後に要注目です。

Nick Mira – Juice WRLD のサウンドを創り上げた若き天才プロデューサー

爽やかでありながらメロディアスで、哀愁さえも漂う Juice WRLD の楽曲を作っているプロデューサーは誰なのかと疑問に思ったことはないでしょうか。

今回は Juice WRLD や Trippie Redd などにビートを提供するプロデューサー Nick Mira の魅力についてまとめてみようと思います。

生い立ちとキャリア

Nick Mira はヴァージニア州出身のアメリカ人で、現在19歳(2000年生まれ)という若きプロデューサーです。彼は昔からギターやピアノを弾くことが好きで、それが現在のプロダクションにも反映されています。

彼はキャリアを始めるにあたっての自分のインスピレーションとして、Pharell Williams や Kanye West、Metro Boomin などを挙げています。そんな彼は2017年、 Taz Taylor によって設立されたビートメーカーのレーベル Internet Money Records に加入します。

ちなみに、彼らのタグである「Inernet Money B**ch」は Nick がプロデュースした Trippie Redd の『Love Me More』や Lil Tecca の『Ransom』などで聞くことができます。また前述の『Love Me More』や、テキサス出身のラッパー 10k.Caash 、度々Nick のビートを使っている Ty Fontaine など、彼がプロデュースした曲には時折彼のタグが使われています。

『Love Me More』

これは Nick の当時の彼女の声を録音した「Hahahaha, Nick, you’re stupid」というタグです。

スタイル

Nick Mira は、小さい頃から弾いていたギターやピアノを使ったメロディアスなビートが特徴的です。彼の作る曲は、メロディアスでありながら切なさや哀愁を兼ね備えていることから「Emo Rap=エモラップ」に分類されるビートが多いです。

この例として、テキサス出身のプエルトリコ人ラッパー iann dior と Trippie Redd の『gone girl』が挙げられます。

『gone girl』

この曲はエコーがかかったギターの旋律が特徴的なビート上で、iann dior の若々しいフレッシュな声とエモラップの先輩的立ち位置の Trippie Redd の声が見事にマッチした曲です。また、彼は様々なインタビューで「音を重ねすぎなくても、曲をヒットさせることができる」と語っています。

その代表例が Lyrical Lemonade の MV でも大きく話題になった Lil Tecca のメガヒット、『Ransom』です。

『Ransom』

この曲はメロディと、ベルのような音を使った「パッ、パッ、パン」というベース音を組み合わせた点が特徴的です。

ハイハットや 808 のパターンが非常に単純なため、シンプルな音でもボーカルさえマッチすればヒットを生み出せるということを Nick は証明しています。哀愁が強いビートではありませんが、おすすめの1曲です。

ビート製作の生配信と「Mira Touch」

Nick Mira はたまにライブ配信サイト「Twitch」にて、ビート作りのライブ配信をしています。このライブ配信では、事前にアーティストからもらったボーカルを使ってビートを作ったり、10分でビートを作るチャレンジをしたり、音楽好きの興味をそそる絶妙なコンテンツが多いです。

最近のライブ配信では、Trippie Redd と Lil Nas X が別々で Nick に送信したボーカルを、それぞれのキーが同じであったために一つの曲にするという凄技を見せていました。この配信は後々、YouTube にもアップされているので見逃しても視聴可能です。

また、この配信中に Nick 自身や視聴者のコメント欄で何度も見かけるフレーズがあります。それが「Mira Touch」です。「Mira Touch」とは、Nick がビートにあるメロディやドラムを足したときや、シンプルにハイレベルなビートを作っている状況を意味する言葉です。みなさんも、ぜひこの「Mira Touch」を生配信で見てみてください。(彼のインスタストーリーを見張っていればたまにやっています)

Nick MiraとJuice WRLD

ここまで Nick Mira のスタイルやスキルについて述べてきましたが、彼のキャリアは Juice WRLD なしでは語ることができません。Nick や Internet Money の仲間たちは、Juice WRLD がまだサウンドクラウドで200人ほどしかフォロワーがいない時に初めて彼にトラックを提供しました。

そのトラックを使用したのが『All Girls Are The Same』です。この楽曲ではピアノに近いサウンドのシンセサイザーを重ねて、可愛げがありつつも切なさが際立った Juice WRLD にピッタリなメロディを作り出しています。

またドラムではハイハットをあえて少し乾いたような音にすることで、ビート自体に弾みをつけています。この曲の製作工程は、Genius の「Deconstructed」というシリーズにて取り上げられています(Nick は当時17歳)。

そして同時期に Juice の代名詞とも言える曲がリリースされます。それが『Lucid Dreams』です。この曲は Nick が作り出しそうなメロディーを Sting の『Shape Of My Heart』をサンプリングすることで彼の世界観を表現した曲です。

この名曲をサンプルするアイデアは非常に Nick らしく、サンプル元の凄まじい哀愁を残しつつ、トラップビートとして進化させた「エモラップ」の頂点のようなビートと楽曲です。これはまさに「Mira Touch」が起こった瞬間です。

この二曲が収録されているアルバム『Goodbye & Good Riddance』では8曲で Nick がプロデュースに参加しています。

それ以降も2019年の Juice の死まで多くの曲をプロデュースしました。その中から最後に一曲、2019年にリリースされた『Empty』を紹介します。この曲は美しいピアノの旋律がオシャレで、弾けるようなクラップとハイハットが特徴的なビートです。

このビートに、助けを求めるような Juice のボーカルと、フックの 「I feel so god damn empty」というフレーズが相まって、その言葉通り心に穴が開いたような感覚になります。個人的には Nick Mira のビートの中でも Juice の曲の中でも、かなりエモーショナルな気持ちになる曲で、最も哀愁度が高い曲だと言えます。

このように Nick Mira と Juice の相性は抜群なのです。だからこそ、Juice WRLD がいなくなって、この二人のタッグを味わえないことは本当に残念で仕方がありません。ちなみに Juice の死後にリリースされた『Righteous』も Nick がプロデュースした名曲なのでぜひ聞いてみてください。

最後に

Nick は上記の曲以外にも今は亡き XXXTENTACION と Trippie Redd の名曲『Fuck Love』や Young Thug のアルバム『So Much Fun』のイントロ曲『Just How It Is』など様々な曲に参加しています。まだ19歳という若さにも関わらず、様々なラッパーたちと音楽を作る Nick Mira に今後も注目です。

また、記事内で紹介した Genius の「Deconstracted」では、記事内で紹介した『Ransom』と『Empty』のバージョンもありますので、是非みてください。

最後までお読みいただきありがとうございました。

XXS オリジナルプレイリストはこちらから↓

https://music.apple.com/jp/playlist/nick-mira/pl.u-2aoqrRYuNWXxYz0?l=en

written by Dannie Ramsden

日本食とヒップホップ – 食文化から考察するラッパーの FLEX 論

ラッパーたちは脳をフル回転させ、自らのラップを武器に大金を稼ぎます。彼らの中にはラッパーとして成功するまでは、まともな食事を摂ることも出来ないほど貧しかった者も山ほどいます。アトランタの危険地帯である Zone 6 出身の Young Nudy は 『Judge Scott Convicted』 にてこのようにラップしています。

I done robbed a lot of n****s ‘cause I had to n***a

それしか生きる方法が無かったから、俺はたくさん盗みをしてきた

I ain’t have no food on the table n***a

食卓に食べ物は無かったんだよ

このような厳しい環境を生き抜いて、自らの手で生み出したお金で高級な食事を食べることは、彼らにとって至福のひと時であり、一種のステータスでもあります。そして、ラッパーたちが良いものを食べていることを言及する際、かなりの確率で「日本食」が用いられます。今回は、リリックに頻出する日本食レストランである「Nobu」と「Benihana」をご紹介するとともに、ヒップホップと日本食の関係性について考察していきます。

Nobu と Benihana のロゴマーク

ではまず初めに、なぜ大金を手にしたラッパーたちはこぞって Nobu や Benihana に行くのでしょうか。その理由はこのように考えられます。日本食は生ものや日本独特の食材を使用する為、海外(特に欧米)において、そこまでハイクラスなレストランでなくても比較的高めの価格設定となっています。各国で日本食が独自の進化を遂げ、その土地ならではの姿に変化している場合もありますが、基本的に寿司などを満足に食べようとすると、ファーストフードでの一食にかかる食費に比べると、ずいぶん高額になってしまうのが現実です。

ですので彼らにとって、「高いステーキを食べること」よりも「高級日本料理店に通うこと」の方がステータス化しやすくなっているのです。また、生の魚などを食べる習慣が少ない海外では、寿司や刺身などを食べることは、未だ体験したことのない新しい領域に踏み出すような感覚だといいます(最近では寿司はかなり普通になってきましたが)。そこまで裕福でない場合、自分の口に合うかわからないものに高いお金を出すのは気が引けますよね。しかし彼らは一般の人々と違って、新しいものにも挑戦出来るほどの財力があることを見せつけているのです。

Nobu

Nobu マイアミ店の店内

Nobu はシェフである松久信幸によって創設され、現在全世界に50店舗を展開する高級日本食店です。新宿2丁目の「松栄鮨」などで修行を積んだ後に、俳優であるロバート・デ・ニーロとの共同事業としてNobu を立ち上げました。現在ではアメリカはもちろん、ヨーロッパやアジア圏、日本にも事業を拡大しており、世界中の人々から愛されています。そして、アメリカに20店舗出店していることもあり、アメリカのラッパーたちにも広く親しまれています。レストランNobu はリリックにも頻出する重要なキーワードであり、気になっていた方も多いのではないでしょうか。

松久信幸 と DJ Khaled

ラッパー達は度々、自身の贅沢なライフスタイルを一般の人々やヘイターのそれと比較して、その違いを強調するような内容のラップをします。相手を挑発するようなストレートな内容から、少し難解に暗示されたさりげない内容まで中身は様々ですが、Drake は自身の楽曲である 『Gyalchester』 でこのようにストレートにラップしています。

Can’t get Nobu, but you can get Milestone

お前はマイルストーンには行けるけど、ノブに行く金はねぇだろ

Milestones は Drake の出身であるカナダのステーキハウスの名前です。Drake はこのラインでヘイター達に対して「俺は金があるからノブで飯を食えるけど、お前らはせいぜいマイルストーンに行く金しかねぇだろ!」と挑発しています。

ちなみにマイルストーンの価格帯は、そこまで安いというわけではなく、カナダの子供たちが誕生日に特別に両親に連れて行ってもらえるといったイメージのお店です。満足にステーキを食べて1人4000円程度といった感じで、一般庶民にとっては特別なお店というのが本音です。カナダなのでチップもありますしね。Drake は韻を踏むため、そして自分の出身地発祥のお店なので マイルストーンを選んだのでしょうが、対比が甘くなってしまい、痛烈さに欠けるラインとなってしまっている印象です。

いつのまにかマイルストーンについての説明になってましたが、ここで Nobu の料理がどの位の価格帯なのかを見てみましょう。ちなみにNobu は寿司などの日本食や、「Nobuフード」と呼ばれる、和食に南米や欧米のエッセンスを取り入れた料理を展開しています。ここでは一例として、Nobu ロサンゼルス店の一品料理と寿司のメニューを見てみましょう。

Nobu Los Angels の公式サイトより

ご覧の通り、枝豆が$8 (日本円で約850円)、サーモンやエビのお寿司が一貫で$6 (日本円で約640円) とかなり高価なものとなっております。寿司に関しては日本では二貫108円で食べれちゃいますからね。更に、トロなんかは m/p と記載されており、いわゆる「時価」となっています。

自らのライフスタイルを他者のものと比較するリリックはよくみられるものですが、自分自身の現在と過去の生活を比較するパターンも多いです。Gunna による楽曲『King Kong』に客演として参加した Young Thug はこのようにラップをしています。

Yeah, we was eating at Nobu
そうだよ。俺たちはノブで食事をしてた
Came a long way from Kroger
Kroger で買い物をしてた時代から長い道のりを歩んできたよ

Young Thug が通っていたと思われる Cleveland の Kroger

松久信幸氏は、ビバリーヒルズに新しい寿司レストランである Matsuhisa Beverly Hills もオープンしています。こちらの店舗にもハリウッドスターやラッパーたちが出入りしており、舌の肥えた著名人たちを唸らしているようです。また Matsuhisa Beverly Hills では、オリジナルグッズの展開も行なっているようです。A$AP Bari も「松久」と漢字で刺繍が施されたベースボールキャップを身に付けている姿を自身のインスタグラムに投稿し、Matsuhisa Beverly Hills のオフィシャルアカウントをタグ付けしています。

Benihana

Benihana の店内

続いてはBenihana についてです。こちらのお店は、東京出身のロッキー青木氏がニューヨークで1964年に開業した、アメリカにおける鉄板焼きのパイオニア的存在です。Nobu が新鮮な刺身や和食を提供する日本食レストランであるのに対し、Benihana は主に日本風の鉄板焼きを提供するグリルレストランです。お客さん 2〜10人ほどに対して専属のシェフが1人付き、パフォーマンスをしながら真ん中の鉄板でお肉や野菜などを焼いてお客さんのお皿に分けていくスタイルです。このようなレストランや食事のスタイルを、アメリカでは「Teppanyaki」 や「Hibachi」 と呼んだりします。

Benihana に関してもNobu と同様、多くのラッパーたちに愛されているレストランです。それを裏付けるようにリリックにも度々登場しますし Jeezy や Lil Wop、Lil Durk などのラッパーたちが 『Benihana』 というタイトルの楽曲をリリースしていたりします。今回はその中から Lil Durk が Kodak Black を客演に呼んだ 『Benihana』 のリリックの一部を紹介します。

Went to Benihanas, I told ‘em no onion

紅花に行った。俺はシェフたちにオニオンは要らねぇって言ったんだ。

Kodak Black のパーソナルな一面が現れたラインで面白いと思います。Lil Yachty はインタビューで「野菜とフルーツを全く食べないし、主食はピザだよ」と語っていましたが、やはりラッパーには野菜嫌いが多いのでしょうか。ちなみに Benihana において玉ねぎといえば Onion Volcano というパフォーマンスの事を指していると思われます。分解した玉ねぎを火山の形に積んで、その中に水を注ぎ蒸気を噴火に見立てるというパフォーマンスです。

2017年の時点で 『Gyalchester』 において容易に Nobu に行ける財力をアピールしていた Drake ですが、『Omertà』において Benihana にも言及しています。

To me, Benihana is pigeon food

俺にとってBenihana なんてスズメの飯だ

かなり攻めた鋭いラインを披露した Drake 。全世界のBinihana ファンを一斉に敵に回すと同時に、普段どんな食事をしているのかという疑問を浮かばせます。そして案の定 Benihana ファンたちはこのラインに反応し始めました。大御所ジュエラーの Ben Baller は自身のツイッターにてこのようにツイートしています。

I do not give a fuck what anyone thinks , I love Benihana and I’m gonna try to go tonight and order extra extra garlic butter on my fried rice in honor of drake. In fact extra garlic butter on everything period.

「俺は誰かが考えている事なんて気にしない。俺は Benihana が大好きだし、今夜も Benihana に行って Drake の名誉の為にフライドライスにガーリックバターをかけまくるぞ!まじで俺は全てにガーリックバターをかけるぜ。」

まとめ

ジュエリーやお金、ファッションなどを通して自らのステータスを誇示するラッパーたちですが、「日本食」もそのツールの一つとして用いられているようです。中には、現地で独自の進化を遂げた日本の文化が、日本でのそれとは全く違った形で解釈され、音楽の中に組み込まれている様子を見ることもできます。今回は「日本食」にフォーカスした記事でしたが、特定のものに焦点を当ててヒップホップを分析することで、また違った角度からヒップホップを楽しむことができるのではないでしょうか。

Lil Nas X や RMR の活躍からみる「カントリー・ラップ」の進化

2019年、世界中のチャート首位を独占した Lil Nas X の『Old Town Road』をはじめとし、現行ヒップホップシーンを盛り上げるニュージャンル「カントリー・トラップ」。

今回は、ヒップホップとカントリーミュージックの融合の歴史に触れながら、「カントリー・トラップ」とその注目アーティストについてまとめていきます。

ヒップホップとカントリーの融合

ヒップホップとカントリーミュージックの融合は、今に始まったことではありません。まずはその誕生について、簡単にご説明します。

Shawn Brown a.k.a. The Rappin’ Duke – Rappin’ Duke

1984年、スタンドアップコメディアンの Shawn Brown が 『Rappin’ Duke』なる楽曲をリリース。「主に西部劇や戦争映画にてヒーロー役を演じていた俳優 John Wayne(別名 Duke)がラップをする」というコンセプトの元作られた同曲が、その後のカントリー・ラップの礎となります。

Remember Rappin’ Duke? Duh-ha, duh-ha

Rappin’ Duke が「Duh-ha, duh-ha」って歌ってたのを覚えてるか

You never thought that hip-hop would take it this far

当時はヒップホップがこんなに盛り上がるなんて思ってなかっただろ

The Notorious B.I.G. – Juicy

The Notorious B.I.G. も自身の楽曲にて『Rappin’ Duke』について言及しています。

1987年にはカントリー・デュオ Bellamy Brothers が『Country Rap』をリリースします。

Bellamy Brothers – Country Rap

バンジョーやハーモニカを用いた王道カントリーサウンドにラップを載せるスタイルは、この頃から既に存在していました。

カントリー・ラップの進化

その後、一時的な流行として衰退しつつあったカントリー・ラップは、90年代後半に再び注目を浴びることとなります。

Kid Rock – Cowboy

ロックからファンク、ヒップホップ、メタル、ジャズ、カントリー、ブルースまで幅広い音楽性を持つミクスチャーバンド Kid Rock が、カントリーやサザン・ロックに影響を受けたサウンドの上にラップを乗せた楽曲『Cowboy』を1998年にリリースしました。

そして、今日のカントリー・ラップを創り上げたといっても過言ではないのが、Pimp C と Bun B からなるヒューストンのラップ・デュオ UGK です。

UGK は、1994年に、カントリー調のギターリフやピアノソロを用いた『It’s Supposed To Bubble』をリリースします。

UGK – It’s Supposed To Bubble

99年には『Belts to Match』にて初めて自身の楽曲を「カントリー・ラップ・チューン」と定義しました。

UGK – Belts to Match (feat. Smitty & Sonji)

Down here we ain’t makin’ hip hop songs know what I’m sayin’

ここで言っておくが、俺たちは「ヒップホップ・ソング」は作らない

We makin’ country rap tunes, so uh separate us from the rest

「カントリー・ラップ・チューン」を作っているんだ、他と一緒にしないでくれ

その後、カントリー・ラップ(あるいは「ヒックホップ」)は、UGK や Bubba Sparxxx、Nelly、Cowboy Troy など南部のアーティストを中心に人気を集めていきます。

Bubba Sparxxx – Deliverance

Nelly – Ride Wit Me (feat. St. Lunatics)

カントリー・ラップを押し上げた UGK の Pimp C は、2007年に惜しくも亡くなりますが、その後もカントリー・ラップを引き継ぐ新世代が現れます。

Big K.R.I.T. – Country Sh*t (Remix) [feat. Ludacris & Bun B]

また、新世代ではありませんが、Snoop Dogg もカントリー・ミュージシャンの Willie Nelson と楽曲制作を行ったりと、ヒップホップとカントリーのコラボレーションは絶え間なく行われてきました。

Snoop Dogg – Superman (feat. Willie Nelson)

カントリー・トラップの誕生

そして2017年、「カントリー」と、アトランタ生まれのヒップホップのサブジャンル「トラップ」が融合した「カントリー・トラップ」が誕生します。

Young Thug – Family Don’t Matter (feat. Millie Go Lightly)

カントリー調のギターリフに連続的なハイハットと808ベースをミックスしたトラックを用い、Young Thug が「Yeehaw」というカントリー由来のアドリブを放ちながら歌うようにラップする同曲が、いわゆる「カントリー・トラップ」の起源とされています。

もう1曲、初期のカントリー・トラップとして挙げられるのが、Lil Tracy & Lil Uzi Vert の『Like A Farmer』です。

Lil Tracy & Lil Uzi Vert – Like A Farmer

I’m sippin’ lean like a Coors Light 

「Coors Light」みたいにリーンを飲む

「Coor Light」とは、アメリカ南部及びカントリー・カルチャーにおける象徴的なビールブランドの名称で、Lil Tracy と Lil Uzi Vert は南部訛りを強調しながら、自身の生活とカントリーカルチャーを比較しています。

カントリー・ラップが「カントリー」に重きを置いていたのに対し、カントリー・トラップは「トラップ」をベースに構築されていることが、同曲のサウンドから窺えます。

そして、2018年から2019年にかけて爆発的にヒットしたカントリー・トラップ・アンセムが Lil Nas X の『Old Town Road』です。

Lil Nas X – Old Town Road (Remix) [feat. Billy Ray Cyrus]

Nine Inch Nails の『34 Ghosts IV』からサンプリングしたバンジョーの音色と、現行ヒップホップの王道トラップサウンドをミックスした同曲は、一時は Billboard のカントリー・チャートから除外されるものの、最終的にはカントリー・チャートに復活し、HOT 100にて首位を獲得しました。

「初めて(Old Town Road を)聴いたとき、明らかにカントリーだと思った」と語るカントリー界の大御所 Billy Ray Cyrus のリミックスへの参加もあり、同曲は17週連続1位という US Billboard 史上最長の記録を打ち出し、カントリー・トラップというジャンルを世界中に認知させました。

カントリー・トラップのネクストスターたち

Lil Nas X に続いて、カントリー・トラップを自身の楽曲に取り入れるラッパーも増えていきました。

Fly Rich Double – Big Boom

実はこの Fly Rich Double というラッパーは、Lil Nas X が『Old Town Road』をリリースする前からカントリー・トラップのスタイルを取り入れていました。様々なジャンルに挑戦したいと語る Lil Nas X とは異なり、Fly Rich Double はカントリー・トラップを軸に勝負していく意向を示しています。

RMR – Rascal

2020年突如として話題を集めたのがこのアーティスト、RMR(Rumour)です。SAINT LAURENT の防弾チョッキにバラクラバ(目出し帽)、そして銃という、如何にもギャング臭漂う装いの彼が発するのは、攻撃的なラップではなく美しい歌声。そのミスマッチさが話題を呼び、彼 RMR は一躍時の人となりました。

オハイオのカントリー・グループ Rascal Flatts のグラミー受賞曲『Bless the Broken Road』のメロディラインを引用した同曲がバイラルヒットし、今週末にリリース予定のデビュー EP『DRUG DEALING IS A LOST ART』には Westside Gunn や Future、Lil Baby、Young Thug といった錚々たる顔ぶれを客演に迎えるニューカマー RMR。未だ謎多きカントリー・トラップの新星に要注目です。

RMR『DRUG DEALING IS A LOST ART』
トラックリスト

おわりに

このように、80年代から90年代にかけて誕生した「カントリー・ラップ」は、ヒップホップ及びカントリー・ミュージックの両者に強く影響を受けながら進化し続けてきました。

ヒップホップシーンにおいてトラップというジャンルが主流になった今日にも、「カントリー・トラップ」と呼ばれるニュージャンルが生まれ、今や切っても切り離せない関係となったヒップホップとカントリー・ミュージック。今後の進化にますます目が離せなくなりそうです。

Written by Riku Hirai

Loyle Carner の特徴にみる Brit School から得たもの


皆さん Brit School はご存知でしょうか。

ご存知の方もそうでない方も、今回は Loyle Carner の魅力を味わうことで、Brit School が彼に与えた大いなる影響に驚くこと間違いないでしょう。

Brit School について

まず、Brit School とは、 Amy Winehouse や Adele などを輩出したロンドンに校舎を構える学校のことです。

Brit School は音楽だけでなく、演劇、ダンス、映像、アートワーク、プロデュース、マーケティング、ファッションやゲーム、アプリまで、あらゆる分野を学ぶことができる、いわばアーティスト育成学校で、日本の東京藝術大学のような学校です(日本の高校に位置づけられる学校ではありますが)。

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The BRIT School

ちなみに学費が高いことで有名なイギリスではほぼ唯一、国の財源で賄われているため授業料が無料の学校です。これは貧富の差が激しいイギリスにてアーティストを目指す学生への救済措置とも言えます。

昨今イギリス出身で注目度が高いアーティストにも見事に Brit School 出身者が多いんです。例えば FKA Twigs や Rex Orange County 、 Raye から King Krule、Octavian まで、ジャズや R&B、ポップやオルタナティブ、ヒップホップなどそのジャンルは多岐に渡ります。

そしてもちろんヒップホップのアーティストも例外ではなく、実際に多くの有名なラッパーが卒業しています

今回はその中から Loyle Carner について書いていきたいと思います。

Loyle Carner について

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最初に、サウスロンドン出身の Loyle Carner についてですが、彼はヒップホップがお好きではない方にもオススメのアーティストです。

演劇を深く学んでいた彼は、情緒豊かなサウンドを作るのが得意で、そのとろけるようなおしとやかなビートの上で、温かみを含んだ低い声をのせるスタイルを特徴としており、そのまろやかさはジャズや R&B がお好きな方にもぴったりハマること間違い無しでしょう。

まず Loyle Carner (以下、Carner) こと Benjamin Gerard Coyle-Larner は、1994年に「音楽の街」サウスロンドンのランベスで生まれ、同じくサウスロンドンのサウス・クロイドンで育ちました。若くして父親が他界してしまった彼は女手一つで育てられました。

また、 Loyle Carner というステージネームは本名の Coyle Larner の C と L を入れ替える、いわゆるスプーナリズム(語音転換)にちなんでいます。

幼い頃から、ADHD と難読症に悩まされた彼でしたが、13歳になった2008年に、イギリスの映画『10,000 BC』にて役者をするほどまでに、病気を克服していきました。

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『10,000 BC』

その後、サウスロンドンにあり、400年の歴史を持つ男子校 Whitgift School で中等教育を受けた後、名門音楽学校 Brit School に進学し、音楽と演劇について学ぶこととなります(演劇が中心だったそうです)。

そして、音楽と演劇の活動を両立し、2012年にはアイルランドのダブリンで行われたギグ(ライブ)で初めて人前で音楽を披露する機会を得ます(奇遇にも、彼とのちに様々なコラボレーションをすることとなる Tom Misch も同年に音楽活動を開始しています)。

Brit School を卒業した後、ロンドン・ドラマセンター (キングスクロスにある演劇の学校)にて、『ロミオとジュリエット』や『ハムレット』で知られるシェイクスピアの劇を中心に学んでいた彼ですが、父がてんかんを起こして亡くなってしまったことを機に、音楽の道に絞ることとなりました。

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そして、2014年に最初の EP『A Little Late』を出した後、2015年には Joey Bada$$ の UK ツアーのサポートアクトに選ばれ、2016年には Nas のロンドンO2アリーナ公演のサポートも務めます。

その後、BBC SOUND OF 2016 に選出されるという風に一気にスターダムの階段を駆け上がって行きます、そして2017年のデビューアルバムの『Yesterday’s Gone』ではUKチャート初登場で14位となり、あらゆるメディアから賞賛を浴びました。

極めつけは2018年のブリットアワードにて「最優秀新人賞・最優秀男性ソロアーティスト賞」をダブル受賞したことでしょう。

また、この2018年には東京で初単独来日公演をソールドアウトさせていて、UK屈指のラッパーとしてその地位を確かなものとしました。

そして昨年には 2nd アルバム『Not Waving, But Drowning』をリリースしています。

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『Not Waving, But Drowning』

アルバムのタイトル『Not Waving But Drowing』は Stievie Smith の詩を引用した言葉です。

この詩は不幸にも溺死した男の話です。一緒に海水浴にいっていた友達は海にいる彼が手を振っていると思っていたが、実際は溺れてたじろいでいただけだったという皮肉とも風刺ともとれる詩です。

このアルバムには各所で「一見大丈夫に見えても心の中はズタズタな現代人=彼自身」が描かれています。インターネットが主流となった時代だからこそ、形を伴わない陰湿でジメジメとした言葉は時に重く、ネットリと心の深淵にまで到達しうることは皆さん容易に理解できるのではないでしょうか。

Loyle Carner の魅力

①日常的なリリック

Carner の魅力はまずなんといっても「日常的なリリック」でしょう。

リリックの魅力については、まず最新アルバム『Not Waving, But Drowning』に収録されている『Ottolenghi』をお聴きください。

この曲は、ニュージーランド出身で主にロンドンで活動しているJordan Rakeiを客演 / プロデュースに迎えた一曲で、デビューアルバムの『Yesterday’s Gone』以来、最初の先行リリース曲です。

 料理の得意な彼は、自身と同じく ADHD を抱えている子供達に料理教室を開区など、様々な支援活動を行なっています。そんな彼は Yoram Ottolenghi という料理家を敬愛しており、今曲のタイトルはその料理家の名前を引用したものです(電車で Ottolenghi の著書『イエルサレム』を読んでいたら、聖書を読んでいると勘違いされたことから、彼の名前をタイトルにしています)。

番組で共演した二人 – 『British GQ』

I was sat up on the train
電車の椅子に腰掛けて

Staring out the window at the rain (aye)
窓から降りゆく雨を見ていた

I heard this little lady must’ve felt the pain ask her mum if the blazing sun’ll ever shine again
そこにいた少女は物悲しそうに母親に尋ねたんだ「光り輝く太陽が二度と現れなかったら」って

I felt ashamed feel the same not her mother though
母親でもないのに自分に聞かれたみたいに感じて恥ずかしかったよ

Nah, started to laugh got her son involved (aye)
母親が笑い始めると息子さんもつられ笑いをしちゃって

Mention the past like a running joke
その母親が「お決まりのジョーク」みたいに過去を語って

And told her ‘without all the rain there’s no stunning growth’
娘にこう言った「雨が無ければ、華やかな成長もない」って

『Ottolenghi』

場面は雨降りの車内、流れゆく人混みの中で感じた甘美なひと時を、なんの変哲もない隠密な日常を、 Carner は見事な感性で、ありありとその味わい豊かなリリックをリスナーの耳元までゆったりと広げていきます。

まさに雨を表象する情緒的なサウンドもさることながら、早口ながらもうつろな出来事を描写する一曲には感嘆以外の言葉がありません。

ADHD is the best and the worst of me

ADHD は素晴らしくて最低なものだよ

『INDEPENDENT』- Saturday 13 April 2019

インタビューでこうも答える彼にとって、ADHD を抱えたことで過酷な経験も伴ったものの、素晴らしい才能を開花させる触媒であったのでしょう。また、こういった言葉も残しています。

I’d rather have a real life than lots of girls and drugs.

「ありふれた非日常」よりもリアルな日常の方がいいんだ。

『INDEPENDENT』- Saturday 13 April 2019

「溢れるほどの女や薬が偏在する生活」は彼にとってリアルなものではなく、ただのフェイクであるという、徹底的なリアリズム精神を持った彼の感性を物語る言葉ですね。

このような「日常的なリリック」も Brit School で様々な才能と出会っていく中で完成した彼なりの個性であることは間違い無いでしょう。

②ジャジーなブーンバップサウンド

極めてジャズ的で物静かなサウンドの印象がある彼ですが、ヒップホップの影響を強く受けたジャズと、耳にすっきりと入ってくる90年代の東海岸的なブーンバップが最上の配合で混ぜ込まれたサウンドを持つ曲も多くあります。

代表的なものは『You Don’t Know』です。

コーラスとブーンバップ的なキックスはまさに彼のサウンドのルーツともいえるものです。このジャズ的感覚を養ったのが Brit School であることは言うまでもないでしょう。

『NO CD』もブーンバップサウンドが、ギターのサウンドを基調として刻み込まれている面白い一曲です。

この曲では、彼を象徴する落ち着いた曲調ではなく、敬愛する Kendric Lamar の雰囲気さえも感じさせるスキルや歯切れの良い声を見せてくれています。

ヒップホップにジャズを組み合わせるというやり方も、Brit School であらゆるジャンルの音楽と触れ合って育った感性によるものでしょう。

③サウンドに溶け込む声

彼のこれまた重要な要素は「サウンドに溶け込む声」です。

まずは『Ain’t Nothing Changed』をお聞きください。

イタリアの音楽家で、映画音楽への功績で知られる Piero Umiliani の 『Ricordandoti』を大胆にサンプリングしたこの曲は、ジャジーな趣を含んだ残り香を味わいながら、その微かな匂いを殺さずに溶け込ませる彼の声の良さ、発声法を感じ取ることができます。

彼には一つ一つの音節を見事に分割し、強調する音と抜く音とを見事に、そして瞬時に使い分ける能力があります。

このような発声法にも、やはり Brit School での演劇の学びが生きていることは間違い無いでしょう。

実践を重要とする学校だからこそ、実際のセリフの言い回しや発声法など、彼を特徴付ける「声」が育て上げられたに違いありません。

また、Tom Misch を客演に呼んだ一曲『Damselfly』では、Tom Misch サウンドともいえるジャジーで聴き心地抜群のトラックにぴったりの声を披露しています。

オススメ曲

次に、彼を有名にした曲でもある『The Isle Of Arran』を聞いてください。

スコットランド沖にある3つの島からなるアラン諸島について歌ったこの曲。

1969年に発表されたゴスペル・クラシック『The Lord Will Make A Way』のサンプリングから始まっているこの曲はピアノ・ベースのシンプルなビートです。

この曲は若いながらも頑張る父親達を称賛した曲で、彼自身インタビューで以下のように答えています。

僕の友人の多くが自分の父親と上手くいっていなくて、中にはそれでも父親になってる奴もいて、踏ん張りながら頑張る若い父親達を称賛したかったんだ

母への愛情が行き過ぎたエディプスコンプレックス的問題を抱える現代の少年(それは彼自身とも通ずる)とその父親との関係という、なんともリリックにするには難しい内容になっています。

若い頃に父を失った彼にとっては父との関係というのは身近でないからこそ大切だと感じているのかもしれません。

There’s nothing to believe in, believe me

信じるものなんてない、あるとすれば自分自身だ

父がいないからこそ自分を信じてきた彼の経験と、信仰心への抵抗から来る父(God)への宣言でもある印象的なラインです。やはり J cole や Kendric Lamar を崇める彼のラインは一つ一つが意味深くて面白いですね。

次に Tom Misch の 2ndEP 『Beat Tape2』に客演で参加している曲、『Nightgowns』を聞いてみてください。

『Nightgowns』

サウスロンドン出身のこの二人のコラボは本当に最高です。現行のロンドンのジャズシーンを牽引する Tom Misch のサラッとした聴き心地に Carner のローな声が見事にマッチした一曲です。

また、 Jorja Smith とのコラボ曲『 Loose Ends 』は二人の息がぴったりです。(Jorja Smith はイングランドの中央部のウォルソール出身なので、ロンドンからは結構距離がありますが)

『Loose Ends』

他にも Sampha とのコラボ曲である『Desoleil』は、曲が進むにつれ少しずつ上がっていくボルテージが思いがけない光源となり、途方もない内側のエネルギーを照らし出す一曲になっています。

『Desoleil』

最後に

いかがだったでしょうか。Brit School が彼に与えた影響は彼の特徴から感じ取れたのではないかと思います。

シングルをあまり出さず、売り出そうという意識が少ない彼はあまり楽曲制作の状況を漏らしたりはしませんが、今年の終わり頃に何かプロジェクトをやってくれるのではないかと期待しています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

Kensho Sakamoto

JayDaYoungan – ニュースターと見るルイジアナのラップ事情

俺が最も影響を受けたのは、Boosie Badazz や Kevin Gates だ。もちろん Lil Wayne は偉大で最高だけど、俺が一番聴いていたのは その二人だったね。

FADER

子供の頃から同郷出身のラッパーたちの音楽を聴いて育ってきたと語った、ルイジアナ出身の若手ラッパー JayDaYoungan 。今週末にニュープロジェクト『BABY23』のリリースを控えていることも踏まえ、今回はそんな彼についてご紹介いたします。

JayDaYoungan とは

JayDaYoungan (ジェイ・ダ・ヤンガン) は、ルイジアナ州の東端に位置する小さな街、ボガルサで生まれ育ちました。彼が尊敬する Kevin Gates や Lil Wayne の故郷であるニューオーリンズや Boosie Badazz の生まれたバトンルージュなどと比べると、面積的、人口的にもかなり小規模な街です。

夜空に打ち上げられた花火のようなユニークなヘアスタイルが特徴的な JayDaYoungan (以下、Jay) は、先ほど引用したインタビューで述べていた通り、同じくルイジアナ出身の Boosie Badazz や Kevin Gates などの音楽を聴いて育ちました。

Jay は高校時代、NBA のプロ選手になる夢を抱いていました。Rajon Rondo をロールモデルにバスケットボールに打ち込んでいた彼でしたが、目立った功績を残せずにいた彼に対し、彼の母親はバスケットボール以外のの道を真剣に考えるように説得していたそうです。

Jay が憧れていた頃に Chicago Bulls でプレーする Rajon Rondo (現在は Los Angles Lakers に所属)

そんな矢先、成績の不振や校外でのトラブルが積み重なり、所属していたチームでバスケットボールを続けることができなくなった彼は、母親の言葉を思い出し、もう一つの道として候補に挙げていた「ラッパーになること」を真剣に考え始めました。

高校二年にのときに、友人の一押しを受け、初めて YouTube に楽曲を投稿したそうですが、なんとその楽曲が一日で1000回ほど再生されました。彼はその時の感情についてこのように語っています。

俺の町の人口は、一万人ちょっとだ。俺の街の人口の1/10に相当する人々が、1日で俺の曲を聴いたなんてまじで信じられないぜ。

全くキャリアのない彼にとって、たった一日でそれほどの人々に楽曲を聴いてもらえたことは、その後の彼の自信につながったようです。

一方学校では、試験中のカンニングや無断欠席を繰り返したことが原因で、高校三年生の時に退学を余儀なくされてしまいます。学校に行く必要がなくなった彼は、熱心に取り組んでいたラップにさらにフォーカスし始めたのです。

ラップスタイル

彼のラップスタイルは、ルイジアナ特有の独特な歌声やフロウを踏襲した不思議なものです。Boosie や Lil Wayne のような、ねっとりと耳に絡みつくような声や、NBA YoungBoy の楽曲にもよく見られる詰め込みフロウなどを楽曲の至る所に散りばめており、ミックステープを通して聴いても飽きのこないスタイルです。

今回は、彼の楽曲からの主軸となるスタイルを三つに分けてご紹介します。一つ目は、詰め込みフロウです。ルイジアナでは主に、NBA YoungBoy がよく用いる手法で、小説に入りきらないはずの言葉数を、巻き舌や早口で無理やり詰め込んでしまうスタイルです。

「詰め込みフロウ」が顕著な NBA YoungBoy による 楽曲『Genie』 (1:43 からが該当箇所)

NBA YoungBoy のファンであることを公言する Jay ですが、彼はその詰め込みフロウに少し違った角度からアプローチし、自らのスタイルに添うように甘く消化させている印象があります。まずはこちらの楽曲をお聴き下さい。

昨年リリースした七枚目のミックステープ『Endless Pain』に収録されている楽曲『Different Emotions』です。お聞きいただくとわかるように、フックからいきなり独特な詰め込みフロウを披露してくれています。

楽曲の所々にこの手法を用いる NBA YoungBoy に対し、詰め込んで完成したフロウを、一曲を通して同じメロディでラップし続けているのが分かります。「所々ではなく、ずっと詰め込む」ことで、全体を通して一貫性が生まれ、心地よさが生まれています。

6枚目のミックステープ『Forever 23』に収録されている『Catch Me In Traffic』や、最新作『Misunderstood』に収録されている『Shooters』なども、同じような手法を用いてラップしています。

二つ目は流れるようなメロディアスなフロウです。Lil Durk の記事でも紹介しましたが、メロディアスなフロウを楽曲に取り込むラッパーは年々増加傾向にあります。YK Osiris のように完全にメロディアスに振り切ったものや、CalBoy のようにハードなラップの随所にメロディアスなフロウを組み込むものまで、その形式は様々ですが、Jay はちょうどその中間を行くニュートラルなスタイルを得意とします。

ラップとしても、メロディアスな楽曲としても聞くことができ、リスナーの捉え方次第でどちらにも変化してしまう、といった具合です。

デビューアルバムの先行シングルとしてリリースされていた『23 Island』です。ゆったりとしたトロピカルなトラックに、かなりユニークなフロウでアプローチします。ハードなラップに疲れた時に聴きたくなるような楽曲です。

七枚目のミックステープ『Endless Pain』に収録されている楽曲『Repo』です。こちらもメロディアスなスタイルでのアプローチですが、タイトルにもなっている『Repo』で延々と脚韻を踏み続ける展開です。心地よいメロディとともに、ラップらしいしつこいライムを聴くことができ、彼らしい楽曲と言えるでしょう。

三つ目は、ゆったりとしたバラード調のアプローチです。失恋や人生などのシリアスな内容をエモーショナルなラップに載せるスタイルです。ミクステやアルバムの後半に時たま収録される程度で、彼のメインスタイルとは言えませんが、作品に緩急をつける大変重要な役割を担っていますので、ご紹介しておきます。

ルイジアナのラップゲーム

ルイジアナといえば、本記事でも何度も言及した Boosie Badazz や Lil Wayne、Kevin Gates などが現在のシーンを率いており、Webbie や 故 Lil Snupe なども輩出してきました。そして、次世代の若手たちということで、NBA YoungBoy や Fredo Bang、そして今回ご紹介している JayDaYoungan などが続く形になっています。

独特で唯一無二なスタイルを確立しており、近年のシカゴやブルックリンのような盛り上がりを見せても良いのではないかと思われますが、まだそこまでの知名度には届いていないのが現状です。

アトランタ勢が仲間同士でコラボ曲を量産したり、はたまたジョイントプロジェクトを制作したりして盛り上がりを高めているのに対し、ルイジアナのラッパーたちはそこまで頻繁にコラボをしませんし、どちらかといえば他の地域のラッパーとの共演が目立つように感じます。

もちろん、Fredo Bang は最新作『Most Hated 』に Kavin Gates を招いていましたし、 Jay に関しても憧れであった Boosie をデビューアルバムに招いたりと、ちょくちょくの共演が見られるものの、アトランタを含む他の地域ほどの同郷意識は見られません。

JayDaYoungan が憧れの存在である Boosie Badazz を招いた楽曲。二人のスタイルを比較できます。

実際に Jay 自身もルイジアナが抱えるこのような問題について、インタビューにて言及しています。

これはルイジアナが抱える一番の問題だよ。

ルイジアナのアーティスト同士で、もっと積極的にコラボレーションをして、仲良く付き合っていく必要があると感じているんだ。ビーフなんかしている場合じゃないんだよ。

VLADTV

俺の個人的な意見だから異論は認めるけど、俺はルイジアナの音楽が最高だと思ってる。

協力して、コラボを積極的にしていけば、とても大きなムーブメントを起こせるはずだ。

VLADTV
該当部分は13:20あたりから始まります。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回はルイジアナのニュースター JayDaYoungan についてご紹介してきました。今週末にリリース予定のニュープロジェクト『BABY23』には Kevin Gates の参加が見られますし、彼を筆頭としてルイジアナのラップシーンがさらなる盛り上がりを見せてくれることを期待しましょう。

whoiskosuke

XXL FRESHMAN CLASS 2019 : 選出された11人のラッパーたち

1. DaBaby

DaBaby とは

DaBaby こと Jonathan Lyndale Kirk はオハイオ州クリーブランド生まれの27歳(91年生まれ)。5歳の頃ノースカロライナ州シャーロットに引っ越します。彼のエピソードとして有名なのが、ウォルマート(スーパーマーケット)での銃殺事件です。2018年、Kirk が二人の子供を連れて買い物をしていた時、銃を持った男が彼のジュエリーを奪おうとしてきたそうです。Kirk は二人の子供を守るためにその男を銃殺しました。この事件は後に正当防衛が認められ、起訴も取り下げられています。

DaBaby のキャリア

2015年に初のミックステープ『Nonfiction』をリリースして以降、立て続けにミックステープをリリースしていた彼は、2019年に Interscope Records からデビューアルバム『Baby on Baby』をリリースします。Offset や Rich Homie Quan、Rich the Kid、Stunna 4 Vegas らを客演に迎えた同アルバムは、Billboard 200 において初週25位をマークしました。年齢的にもキャリア的にも「フレッシュ」とは言い難い彼ですが、ラッパーとしての才能と注目度はフレッシュマンに相応しいのではないでしょうか。

DaBaby の代表曲

『Suge』

『21』

2. Gunna

Gunna とは

Gunna こと Sergio Giavanni Kitchens はジョージア州カレッジパーク出身の26歳(93年生まれ)。一部のファンからは、「Gunna ではなく本名をステージネームにした方が良い」と言われています。母親と4人の兄と共に生活していた彼は、ラッパーになる前は DJ やドラッグディーラーとして活動していました。

Gunna のキャリア

Cam’ron や Outkast を聴いて育ったという彼が音楽制作を始めたのは15歳の頃でした。キャリア初期は「Yung Gunna」として活動しており、2013年に初のミックステープ『Hard Body』をリリースします。その後、彼は共通の友人を通して Young Thug と繋がり、Young Thug のレーベル「Young Stoner Life Records(以下YSL)」と契約を結びます。この出会いがなければ今の Gunna はいないと言っても過言ではありません。そんな彼は、2016年から2018年にかけて YSL からミックステープ『Drip Season』シリーズを3作リリースします。2018年にリリースされた Lil Baby との共作『Drip Harder』も話題となりました。

そして2019年、デビューアルバムとなる『Drip or Drown 2』をリリースします(アルバム名は、Gunna が2017年にリリースした EP『Drip or Drown』から) 。Young Thug、Wheezy、Turbo 監修の同アルバムは、Billboard 200において初週3位をマークし、華々しいデビューを飾りました。

2018年から2019年にかけて一挙にブレイクし、彼が客演に呼ばれていないアルバムはなかったと言っても過言ではないほど様々なアーティストとの共演を果たした Gunna は、まさに2019年のフレッシュマンに相応しいのではないでしょうか。今後の活躍にも期待です。

※ Gunna についての記事はこちらから↓

Gunnaの代表曲

『Oh Okay(feat. Young Thug & Lil Baby)』

Lil Baby & Gunna『Drip Too Hard』

3. Megan Thee Stallion

Megan Thee Stallion とは

Megan Thee Stallion こと Megan Pete はテキサス州ヒューストン出身の24歳(95年生まれ)。ちなみに、自身の身長と美しさが Stallion(種馬)に似ているという理由から、Megan Thee Stallion というステージネームを付けたそうです。彼女はテキサスサザン大学に在学中の現役大学生でもあります。

Megan Thee Stallion のキャリア

彼女の母親はラッパー「Holly-Wood」として活動していたこともあり、幼い頃からスタジオに同行していたという Megan は14歳でラップを始めました。その才能はラッパーであった母もすぐに認めるほどであり、彼女は Instagram にフリースタイルラップを投稿することによって瞬く間にファンベースを確立させていきました。2016年からミックステープをリリースし始めた彼女は着々と人気を集め、2019年リリースのミックステープ『Hot Girl Meg』は Billboard 200において、初週10位をマークしました。それ以降客演としての仕事も増やしてきた Megan は、次世代の Nicki Minaj や Cardi B と言っても過言ではないほど、実力間違いなしのフィメールラッパーです。

※ Megan Thee Stallion についての記事はこちらから↓

Megan Thee Stallion の代表曲

『Cash S**t(feat. DaBaby)

『Big Ole Freak

4. Blueface

Blueface とは

Blueface こと Johnathan Michael Porter は、カリフォルニア州ロサンゼルス出身の22歳(97年生まれ)。学生時代はアメリカンフットボールに打ち込み、2014年の「East Valley League championship」という大会でチームを優勝に導いた経歴を持ちます。

アメフトに打ち込む Blueface

Blueface のキャリア

Blueface Bleedem としてキャリアをスタートさせた彼は、2017年に彼にとって初となるシングル『Dead Locs』をリリースします。そして、その後リリースした楽曲『Thotiana』が爆発的にヒットし、独特な声とオフビートなラップで人気を博した彼は、Cash Money West と契約を結びました。

Blueface の代表曲

『Thotiana

『Bleed it

5. Lil Mosey

Lil Mosey とは

Lil Mosey こと Lathan Moses Echols はワシントン州シアトル出身の17歳(02年生まれ)。2019年のフレッシュマン選出者の中では最年少のラッパーです。彼は高校に通っていましたが、音楽活動に専念するため退学したそうです。

Lil Mosey のキャリア

Meek Mill のデビューアルバム『Dreams and Nightmares』から多大な影響を受けたという Lil Mosey は、13歳から14歳の頃にラップを始めました。2016年にラッパーとしてのキャリアを本格的に始動させた彼は、2018年にデビューアルバム『Northsbest』をリリース。同アルバムに収録されている楽曲『Noticed』がバイラルヒットし、Billboard Hot 100にて80位まで登りつめました。

自身を「マンブルラッパー」ではないと主張する彼ですが、今後同世代ラッパーたちとどのように差をつけていくのか楽しみです。

Lil Mosey の代表曲

『Noticed

Lil Mosey & Chris Brown『G Walk』

6. Roddy Ricch

Roddy Ricch とは

Roddy Ricch こと Rodrick Wayne Moore, Jr はカリフォルニア州コンプトン出身の20歳(98年生まれ)。アトランタで暮らしていた時期もあり、アトランタテイストのラップスタイルを得意とします。

Roddy Ricch のキャリア

Meek Mill や Future、Speaker Knockerz、Young Thug などから影響を受けたという彼は、8歳の頃にラップを始めました。デビューミックステープ『Feed tha Streets』で注目を集めた彼は、続くシングル『Die Young』のヒットにより一躍名を知らしめます。歌心のあるフロウや多彩なビートアプローチを得意とする彼は、フレッシュマン選出をきっかけにますます活躍すること間違いなしでしょう。

Roddy Ricch の代表曲

『Die Young

Marshmello & Roddy Ricch『Project Dreams』

7. Tierra Whack

Tierra Whack とは

Tierra Whack こと Tierra Helena Whack はペンシルベニア州フィラデルフィア出身の23歳(95年生まれ)。幼い頃に父親と疎遠になった彼女と2人の妹は、母親の手によって育てられました。アートアカデミーに3年間通っていたという彼女は、音楽活動にはもちろん芸術活動にも力を入れており、芸術を学ぶために日本に訪れたこともあるそうです。楽曲や MV、Instagram などからも、彼女の芸術的センスの高さが伺えます。

Tierra Whack のキャリア

10代の頃から「Dizzle Dizz」という名のもと活動していた彼女は、2017年に自身の本名である「Tierra Whack」という名義で活動を始めました。同年彼女はInterscope Records と契約を結び、楽曲を次々とリリースします。そして2018年、彼女は15曲(各曲1分ずつ)収録のアルバム『Whack World』をリリース。各曲にショートムービーを付けたビデオアルバムもリリースし、15分で聴けるアルバムという新鮮さや、独特な世界観を持つムービーが大きな話題を呼びました。音楽面、芸術面共に才能溢れる彼女の今後に期待です。

Tierra Whack の代表曲

『Only Child

『Hungry Hippo

8. YBN Cordae

YBN Cordae とは

YBN Cordae こと Cordae Dunston はノースカロライナ州ローレー出身の21歳(97年生まれ)。2018年のフレッシュマンに選出された YBN Nahmir も属するYBN(Young Boss N***as)クルーの一員です。テニスプレーヤーの大坂なおみ選手との交際でも話題となりました。

大坂なおみ選手と YBN Cordae

YBN Cordae のキャリア

父の影響で幼い頃からヒップホップを聴いていたという彼は、10歳でラップを始め、15歳で自らリリックを書き始めます。10代の頃から「Entender」という名のもと3作のミックステープをリリースしていた彼は、2018年に YBN クルーに参加し、「YBN Cordae」として活動を始めました。J. Cole の若手ラッパーに対するディスソング『1985』へのアンサーソングとしてリリースした『Old N***as』が話題となり注目を集めた Cordae は、話題性だけではなく巧みなラップスキルとオールドスクール的要素を兼ね添えており、Dr. Dre もその実力を認めています。Logic や Chance the Rapper などの実力派ラッパーともコラボを果たした彼は、2019年のフレッシュマンの中でも一二を争う注目株でしょう。

YBN Cordae の代表曲

『Old N***as』

『Bad Idea (feat. Chance the Rapper)

9. YK Osiris

YK Osiris とは

YK Osiris こと Osiris Williams はフロリダ州ジャクソンビル出身の20歳(98年生まれ)。現在はアトランタに在住しています。名前の YK は「Young King」の略だそうです。

YK Osiris のキャリア

幼い頃から音楽を作っていた彼は、17歳の頃に初めてネット上に自身の楽曲をアップしました。2017年にリリースした『Fake Love』は SoundCloud で140万再生を記録し、その後リリースする『Valentine』は Lil Uzi Vert がリミックスに参加。その『Valentine』のヒットによって、彼はビッグレーベル Def Jam との契約を結びます。わずか数曲のリリースでここまで漕ぎ着けたのですから才能は本物です。ソウルフルな R&B と今日のヒップホップをミックスしたスタイルを得意とする YK Osiris の今後の活躍に要注目です。

YK Osiris の代表曲

『Valentine』

『Valentine Remix (feat. Lil Uzi Vert)

『Worth It

10. Comethazine

Comethazine とは

Comethazine ことFrank Childress はミズーリ州セントルイス出身の20歳(98年生まれ)。「Comethazine」とは、「promethazine(プロメタジン)」と「cocaine(コカイン)」の2つの薬物名を組み合わせたものだそうです。高校を中退している彼ですが、高卒認定を受けるため夜間学校に再入学しています。

Comethazine のキャリア

50 Cent や Rick James、Chief Keef、Nipsey Hussle、Lil B などに影響を受けたという彼は、17歳の頃本格的に音楽活動を開始しました。SoundCloud や Youtube に楽曲をアップしてファンベースを獲得していった彼は、2017年に Alamo Records と契約を結びます。

そして2018年、彼の新曲『Bands』が突如として SoundCloud の再生回数ランキングのトップに浮上します。実はこれが、SoundCloud の楽曲差し替え機能を巧妙に利用したチート行為で、YBN Nahmir のヒット曲『Bounce Out With That』で100万再生を稼いだのち、Comethazine が自身の楽曲に差し替えたのでした。そんなずる賢さだけでなく、A$AP Rocky や Lil Yachty など、人気ラッパーとのコラボレーションも果たした彼の今後に注目です。

Comethazineの代表曲

『Bands

Comethazine & A$AP Rocky『Walk (Remix)』

11. Rico Nasty

Rico Nasty とは

Rico Nasty こと Maria-Cecilia Simone Kelly はメリーランド出身の22歳(97年生まれ)。プエルトリコ人の母とアメリカンアフリカンの父を持つ彼女は、大麻所持によって当時通っていた学校を追い出されたのち、パプリックスクールに通いながら音楽制作を始めます。

Rico Nasty のキャリア

高校在学時にラップを始めた彼女は、初のミックステープ『Summer’s Eve』をリリースします。高校卒業後、彼女はより本格的に音楽制作に取り組み、『The Rico Story』、『Sugar Trap』と2作のミックステープをリリースします。その後も次々とシングルやミックステープをリリースし、5作目のミックステープ『Sugar Trap 2』は、アメリカの音楽誌「Rolling Stone」にて「2017年のベストラップアルバム」としてリストアップされました。そして2018年、彼女はAtlantic Records と契約を結びます。

2019年には Kenny Beats とのジョイントテープ『Anger Management』をリリースし、ますます世間に名を知らしめています。

パンクラップやトラップメタル、もしくは「シュガートラップ」とも称される独特なスタイルを貫く Rico Nasty の今後の活躍に期待です。

Rico Nasty の代表曲

『Key Lime OG

『Again

※各アーティストの情報や年齢は、2019年6月現在のものです。

Kanye West が与えた影響と Travis Scott の「転調」について

Yeah, this shit way too formal

だめだ、これじゃ堅すぎる

y’all know I don’t follow suit

俺は「型にはまる」のは好きじゃないんだ(別訳:俺がスーツを着ないって知ってるだろ?)

Travis Scott – SICKO MODE

常に新しさを求め、他のラッパーとは一線を画す存在、Travis Scott(以下、Travis)。

そして「オートチューン」・「セレブ指向」・「プロデューサー気質」・「転調」という4つの要素を聞けば誰もが Travis を連想することは間違い無いでしょう。

しかし、これら4つの要素が共通するラッパーがもう一人います。それは皆さんご存知 Kanye West(以下、Kanye)です。ということで今回は Kanye の影響などもみながら、 Travis を形作る四つの要素をまとめていきたいと思います。

【はじめに】

最初に、ざっくり Travis について紹介いたします。

Travis Scott こと Jacques Berman Webster II は 1992年 4月30日にテキサス州ヒューストンで生まれました。

治安が悪いことで有名なサウス・パークで幼少期を過ごす Travis ですが、まず彼は父が会社経営者でありながらソウル・ミュージシャン、祖父はジャズ・ミュージシャンという音楽一家に生まれたということを念頭においておかなければなりません。

ちなみに叔父がかなりの腕前のベーシストで、彼の愛称が Travis だったことから、彼のステージネームは生まれています。(「Scott」 は彼が敬愛してやまない Kid Cudi の本名 Scott Ramon Seguro Mescudi からきています)

Kid Cudi についての記事はこちら

また、地元ヒューストンにおける彼の幼少期の憧れはやはりテーマパークでした。このテーマパークの名前が Astroworld であることは言うまでもありませんね。

1980年代のAstroworldのコマーシャルビデオ

Travis はエルキンス高校に通い、卒業後はテキサス大学サンアントニオ校に通っていましたが、大学2年生の時に音楽キャリアを追求するために中退しました。やはり、Travis が今売れているほとんどのラッパーと違う点は、決して貧乏だったわけではなく、裕福な中流階級であったということです。ちなみに、これは Kanye にも共通します。

Kanye West の全てがわかる記事はこちら

彼のキャリアは 2008年にまで遡ります。友人の Chris Holloway とデュオ「The Graduates」を結成し、最初のミックステープ『The Graduates』を発表します。そして、このミックステープには彼の嗜好がわかる曲がたくさんあります。

『Day ‘n’ Nite』

この曲は皆さん知っているとおり、Kid Cudi の『Day ‘N’ Nite』からきた曲で、エクスペリメンタル・ヒップホップの生みの親とも言える Kid Cudi の特徴であるロック的なギター・ベースのサウンドなどが見受けられます。

また、『No Introductions』と言う楽曲は Kanye の『Flashing Lights』をサンプリングした曲です。

そして2012年に Epic Records と契約。同じ年の11月に Kanye 率いる GOOD Music と契約。そして2013年4月に T.I. が率いる Grand Hustle と契約し、スター街道を登っていきます。

Travis の細かいキャリアについて話したいところですが、皆さん結構知っていることも多いと思いますので省略いたします。またいつか Travis 単体の記事を書くときに解説したいと思います。

さて次に、Travis を形成する4つの要素の内の「オートチューン」について、Kanye が Travis に与えた影響を見ていきましょう。

【オートチューン】

T-Pain によってブラックミュージックに取り入れられ、今ではほとんどのラッパーが多かれ少なかれ使う「オートチューン」。

オートチューンの歴史についてはこの記事を参照ください。

数々のラッパーと比べても分別がすぐにつくダミダミとしながらもざらつきを含んだオートチューンボイスは Travis を特徴づける重要な要素です。そして Travis のシグネチャーともなっている「オートチューン」の歴史において最も重要となるアルバムが Kanye の『808s&Heartbreak』なんです。

Travis が Kanye に圧倒的な影響を受けているというのはこのアルバムを聞けばすぐにわかること間違いなしです。次は「セレブ指向」について、Kanye が与えた影響とともに見ていきましょう。

【セレブ指向】

Travis と聞けば、 Kylie Jenner との関係などのイメージも強く、セレブ的であると言うイメージも強いのではないでしょうか。(彼はそう呼ばれることをひどく嫌っていますが)

Travis がコラボした商品がすぐに売り切れることは彼がこの時代を代表するファッション・アイコンであることを示していますね。中でも彼とコラボした Nike の 「Air Jordan 1」などは今でもプレ値がつき、高額で取引されています。

Nike Air Jordan 1 Retro High Travis Scott

ちなみに、先日 Nike と Cactus Jack のコラボ Air Max 270 も発売されましたね。みなさん応募はしましたか?

Nike × Cactus Jack Air Max 270 (2020/ 5/29発売)

しかし、こういったファッション・アイコン的なイメージやセレブ的イメージの先駆けもまた、Kanye West なのです。それは Kanye の「YEEZY BOOST」における大成功や、Kim Kardashian との関係を考えれば容易に理解できることでしょう。

YEEZY BOOST 350 V2

次は Travis の特徴である「プロデューサー気質」について、Kanye が与えた影響とともに見ていきましょう。

【プロデューサー気質】

次は Travis の理解において重要となる3つ目の要素、それはプロデューサー気質であることです。これにおいても Kanye が圧倒的な影響を与えていることは間違い無いでしょう。

Travis が他のラッパーと違って、超有名なプロデューサーまでもを彼のスタイルに追従させたり、制作において直接トラックやミキシングの指示を出したりすることは有名ですね。でも、これは当然のことなんです。なんといっても若くして父親に DTM の機材やドラムスを教わっていた Travis にとってビートメイク、ミキシング、マスタリングは全て自分で行うのが当然だったからです。

そして、プロデューサーを統率するというのをを証明する事実として、『Goosebumps』のプロデューサーとして知られる Cardo はインタビューでこう語っています。

「Travisとコラボをする人は彼とシンクロしなければならない。彼が表現しようとすることを全て受け入れる必要があるんだよ」

Cardo

そして、プロデュースする能力は、Kanye や GOOD Music に所属するプロデューサー達からかなりインスパイアされていることも間違い無いです。実際、Travis は Kanye 率いる GOOD Music との契約において、Kanye が指揮する最強プロデューサー集団「Very GOOD Beats」のメンバーとして迎え入れられているのです。

また、アルバムに多くのアーティストを適材適所で使う Travis のスタイルも Kanye から影響を受けていること間違いなしです。(これはあらゆるラッパーに影響を与えたと言うべきですが)実際に Travis と同じ G.O.O.D.Music の一員で、『Astro World』にもプロデューサーとして参加している CyHi The Prynce はこう語っています。

CyHi The Prynce

「多くのコラボレーションをするという風潮は、ラッパー達がアルバムオブザイヤーで Adele とかと戦うために、乗る必要がある風潮なんだ。この方法はKanye Westから始まったものだね」

そして最後に今回の記事の目的でもある「転調」について触れたいと思います。

【転調】

まず転調とは何か?ということですが、辞書的な意味ではこうなります。

楽曲の進行中に、その調を他の調に転ずること。

広辞苑

つまり感覚的に言えば「同じ曲の中で曲が変わる」という現象のことです。そして転調するときには必ず「繋ぎ」の部分があります。例えば音を歪ませたり、一旦フェードアウトさせたり、メロディーラインだけ抜いたりというのが一般的です。また、この転調の効果は「聞いている人間が予期しているものとは異なる音が構成される」ことであって、映画でいうところのサスペンスのような効果です。

そして、それは驚きを誘発します。驚きがあるというのは「楽曲を飽きさせないこと」にも深く貢献する要素です。

『SICKO MODE』での「転調」はみなさんの記憶にも深く刻まれていることでしょう。この PV の中で、突然白黒に切り替わって始まるダンスのシーンはヒップホップ史に残るイメージといって間違い無いでしょう。そして、実はこの「転調」においても Kanye による影響は絶大なものです。では、「転調」について触れていきましょう。

『Yeezus』と転調

Kanye の『Yeezus』はあまり知られていない事実かもしれませんが、ヒップホップにおける転調を世に知らしめた作品なのです。(それ以前にも Kanye は転調を使うことはありましたが、このアルバムでは特に徹底してそのスタイルが現れています)

ではまずその証拠として『Hold My Liquir』をお聞きください。

この重厚なサウンドを元に、幾重にも広がり続けるトラック、複数回の継続的、断続的な「転調」が繰り返されています(「転調」について、詳しくは当記事下部の【番外編】をご参照下さい)。また、独特のロック的ギターやベースの音使いなど、様々な面で素晴らしいこの楽曲ですが、とりわけその「転調」の凄みに驚かない人などいないでしょう。

『New Slaves』でもその特徴は顕著です。

2分53秒あたりでの転調は誰もが感動すること間違いなしです。

他にも、『Blood On the Leaves』での1分8秒でのドラムスを用いた転調や『Send It Up』での0分57秒時点で起こる転調などあげ始めればキリがありませんが、どうして Travis に影響を与えたと言い切れるのかと思う方もいらっしゃることでしょう。

実は、このアルバムには Travis がプロデューサーとして参加しているのです。特に『On Sight』は Travis が中心となって作られた一曲です。この曲が最も転調の顕著な例を示していることは間違い無いでしょう。1分17秒での転調にご注目ください。

また、2012年に作られていたものの、様々な問題で 2013年にリリースされることとなった Travis の最初のフルレングス・アルバム『Owl Pharaoh』は Kanye West と Mike Dean が中心となってプロダクションを務めています。

その中でも『Bad Mood / Shit On You』における何重にも折り重なった転調は、彼のその後の音楽基盤に多大な影響を与えていることでしょう(ちなみにこの曲の中心製作者 Emile Haynie は Travis を含め、R&B や Alternative Rock などあらゆるジャンルを横断し、様々なアーティストに影響を与えた名プロデューサーであることも忘れてはいけません)。

そして Travis は『Rodeo』において完全に「転調」のスタイルを完成させます。その中でも、『90210』の転調は言うまでもなく、彼のスタイル/シグネチャーを刻印した一曲です。

2分40秒での衝撃をぜひ味わってみてください。

こうして、Kanye のスタイルに学びながら、Travis はヒップホップにおける転調の重要性を、いよいよ最高到達点へと押し上げてしまったのです(この後、番外編として「転調」についてかなり細かく解説したものをご用意させていただきましたので、より深く理解したい人は最後まで読んでいただけると幸いです)。

【最後に】

最後まで閲覧いただき、ありがとうございました。

Travis Scott は今でこそ「転調の天才」というイメージを欲しいままにし、プロデューサーも動かすほど一人でなんでもやってのけるイメージですが、そこには Kanye West の影響が深くあるんですね。

そして、今回は読みたいという人のためだけに【番外編】をご用意いたしました。かなり細かい内容にはなりますが、より深く「転調」を理解したい人は以下をお読みになってください。

【番外編】

【4種類の転調について】

転調には様々なパターンがありますが、今回の記事では大まかには二つの基準で分けます。

一つ目の基準は、転調後のトラックの持続期間が短いか長いか、つまり短期的か長期的かであり、二つ目の基準は転調が起こる前の音と関係しているか無関係か、つまり継続的か断続的かになります。

つまり組み合わせで言うならば ⑴短期的継続 ⑵長期的継続 ⑶短期的断続 ⑷長期的断続 という4つの転調のパターンに分けることができます。少し漢字が多くて理解しにくいと思うので、わかりやすく実証するため、これらのあらゆる要素が組み合わさった『SICKO MODE』を見てみましょう。

【『SICKO MODE』における11箇所の転調】

驚くことに、この曲中では転調が計11回行われています。先ほど説明した 4種類の転調が全て使われておりますので、11個全てを見ていきましょう。

【1個目】

まず一つ目が1分あたりで Drake の下記のフレーズの直後に音が歪みながらリヴァーブを起こし、キックの音で全く違うトラックに変わるシーンです。

「Young La Flame, he in sicko mode」

ここは前の音と関係のないトラックが Travis のバース中ずっと続いていることから ⑷長期的断続に分類される転調となっています。

【2個目】

2つ目に、1分40秒あたりで Big Hawk と Swae Lee による下記のフレーズが聞こえた後、キックスが消失し、元々かなり小さくなっていたマリンバのような弾ける音のみになるトラックです。

「Some-Some-Some-Someone said」

ここは前のトラックからなっていた音が持続され、少しの間だけ続くことから⑴短期的継続 に分類される転調です。正直、この2つ目の転調はいわゆる「音抜き」と呼ばれる類のもので、転調だと気付きにくい、あるいは転調とは違うとお考えの方もいらっしゃると思います。あくまでこの記事の解釈では「全ての音がなくならなず、ある程度時間が持続する音抜き」であれば転調とみなしますので、も ⑴ 短期的継続の転調と考えてもらってかまいません。なぜなら、それが聞いている人間が予期しているものとは異なる音で構成されているからです。

【3個目】

そして3つ目は、1分54秒のあたりで同じ方法 ⑴短期的継続 を使って元のトラックに戻るところです。

【4個目】

その後の4つ目は割と複雑に構成されているのですが、2分34秒の Travis による「Who put this shit together? I’m the glue」のフレーズの音抜きを契機として、2つ目の転調後と同じビートに移行します。

これもやはり⑴ 短期的継続の転調です。

そしてトラヴィスの代名詞である「特殊な転調」はこの後の5つ目と6つ目です

【5個目】

5つ目と6つ目はほとんど一体となっているのですが、5つ目が2分48秒の時点で、一気にキックスと大きく歪み響いていく音に切り替わるところです。

ここは、そのあと9秒ほどの短期間だけ続く、大きく歪んだトラックを導くことから ⑶短期的断続の転調です。

そしてこの5つ目の転調とその後のトラックは6つ目のこの曲最高の地点(2分57秒のダンスのシーン)を導き出すための「繋ぎの役割」も担っているのです。

つまり5つ目の転調は6つ目の転調の一部でもあり、このような「二重の転調」によってこの曲最大の見せ場が作り出されているのです。

【6個目】

そして、6つ目の転調は言わずもがな、⑷長期的断続 の転調です。

ここまででお気づきの方もいると思われますが、最初の方に載せた表で言う「上の部分」、つまり「断続的な転調」の方が圧倒的に衝撃を与えます、もちろんそれは続くと思われていたトラックが突然シャットアウトされるからです。(その中でも長期的断続の転調は衝撃は大きいが難易度はかなり高くなる)

【7個目】

そして7つ目が Tay Keith のプロデューサータグが流れた後です。ここでは気づくのが難しいかもしれませんが、元々のトラックにオルガンのようなビートがプラスされ、それが一定期間続きます。

つまりこれは ⑵長期的継続の転調になります。

【8個目】

8つ目も 7つ目と同じ、⑵長期的継続の転調で、3分20秒あたりの高音の金切り音を「繋ぎ」として起こる転調で、その後にはキックスが入ってきています。

この後の3分30秒あたりでのオルガンの音がたされるところはいわゆる「繋ぎ」の部分がないことから、単に音数が増えただけで転調ではないとみなすことができるでしょう。(4分11秒でも同じことが起こっています)

【9個目】

9つ目は Drake のバースでの音抜きを「繋ぎ」とした転調です。ここではオルガンの音がなくなっていますが、その前の音は継続しているので ⑵長期的継続の転調となります。

【10個目】

10個目が 4分23秒の転調で、これまたキックスが足され、ある程度の時間継続しているタイプ ⑵長期的継続の転調にあたります。

【11個目】

11個目は 5分1秒の時点で起こる ⑵長期的断続の転調です。

この5分の曲の中に、11個もの転調があるなんて本当に驚きですね。

【おまけ】

またいつか Travis Scott をより深く理解できる記事を書きたいと思います。【番外編】までお読みいただきありがとうございました。

Written by Kensho Sakamoto