日本食とヒップホップ – 食文化から考察するラッパーの FLEX 論

ラッパーたちは脳をフル回転させ、自らのラップを武器に大金を稼ぎます。彼らの中にはラッパーとして成功するまでは、まともな食事を摂ることも出来ないほど貧しかった者も山ほどいます。アトランタの危険地帯である Zone 6 出身の Young Nudy は 『Judge Scott Convicted』 にてこのようにラップしています。

I done robbed a lot of n****s ‘cause I had to n***a

それしか生きる方法が無かったから、俺はたくさん盗みをしてきた

I ain’t have no food on the table n***a

食卓に食べ物は無かったんだよ

このような厳しい環境を生き抜いて、自らの手で生み出したお金で高級な食事を食べることは、彼らにとって至福のひと時であり、一種のステータスでもあります。そして、ラッパーたちが良いものを食べていることを言及する際、かなりの確率で「日本食」が用いられます。今回は、リリックに頻出する日本食レストランである「Nobu」と「Benihana」をご紹介するとともに、ヒップホップと日本食の関係性について考察していきます。

Nobu と Benihana のロゴマーク

ではまず初めに、なぜ大金を手にしたラッパーたちはこぞって Nobu や Benihana に行くのでしょうか。その理由はこのように考えられます。日本食は生ものや日本独特の食材を使用する為、海外(特に欧米)において、そこまでハイクラスなレストランでなくても比較的高めの価格設定となっています。各国で日本食が独自の進化を遂げ、その土地ならではの姿に変化している場合もありますが、基本的に寿司などを満足に食べようとすると、ファーストフードでの一食にかかる食費に比べると、ずいぶん高額になってしまうのが現実です。

ですので彼らにとって、「高いステーキを食べること」よりも「高級日本料理店に通うこと」の方がステータス化しやすくなっているのです。また、生の魚などを食べる習慣が少ない海外では、寿司や刺身などを食べることは、未だ体験したことのない新しい領域に踏み出すような感覚だといいます(最近では寿司はかなり普通になってきましたが)。そこまで裕福でない場合、自分の口に合うかわからないものに高いお金を出すのは気が引けますよね。しかし彼らは一般の人々と違って、新しいものにも挑戦出来るほどの財力があることを見せつけているのです。

Nobu

Nobu マイアミ店の店内

Nobu はシェフである松久信幸によって創設され、現在全世界に50店舗を展開する高級日本食店です。新宿2丁目の「松栄鮨」などで修行を積んだ後に、俳優であるロバート・デ・ニーロとの共同事業としてNobu を立ち上げました。現在ではアメリカはもちろん、ヨーロッパやアジア圏、日本にも事業を拡大しており、世界中の人々から愛されています。そして、アメリカに20店舗出店していることもあり、アメリカのラッパーたちにも広く親しまれています。レストランNobu はリリックにも頻出する重要なキーワードであり、気になっていた方も多いのではないでしょうか。

松久信幸 と DJ Khaled

ラッパー達は度々、自身の贅沢なライフスタイルを一般の人々やヘイターのそれと比較して、その違いを強調するような内容のラップをします。相手を挑発するようなストレートな内容から、少し難解に暗示されたさりげない内容まで中身は様々ですが、Drake は自身の楽曲である 『Gyalchester』 でこのようにストレートにラップしています。

Can’t get Nobu, but you can get Milestone

お前はマイルストーンには行けるけど、ノブに行く金はねぇだろ

Milestones は Drake の出身であるカナダのステーキハウスの名前です。Drake はこのラインでヘイター達に対して「俺は金があるからノブで飯を食えるけど、お前らはせいぜいマイルストーンに行く金しかねぇだろ!」と挑発しています。

ちなみにマイルストーンの価格帯は、そこまで安いというわけではなく、カナダの子供たちが誕生日に特別に両親に連れて行ってもらえるといったイメージのお店です。満足にステーキを食べて1人4000円程度といった感じで、一般庶民にとっては特別なお店というのが本音です。カナダなのでチップもありますしね。Drake は韻を踏むため、そして自分の出身地発祥のお店なので マイルストーンを選んだのでしょうが、対比が甘くなってしまい、痛烈さに欠けるラインとなってしまっている印象です。

いつのまにかマイルストーンについての説明になってましたが、ここで Nobu の料理がどの位の価格帯なのかを見てみましょう。ちなみにNobu は寿司などの日本食や、「Nobuフード」と呼ばれる、和食に南米や欧米のエッセンスを取り入れた料理を展開しています。ここでは一例として、Nobu ロサンゼルス店の一品料理と寿司のメニューを見てみましょう。

Nobu Los Angels の公式サイトより

ご覧の通り、枝豆が$8 (日本円で約850円)、サーモンやエビのお寿司が一貫で$6 (日本円で約640円) とかなり高価なものとなっております。寿司に関しては日本では二貫108円で食べれちゃいますからね。更に、トロなんかは m/p と記載されており、いわゆる「時価」となっています。

自らのライフスタイルを他者のものと比較するリリックはよくみられるものですが、自分自身の現在と過去の生活を比較するパターンも多いです。Gunna による楽曲『King Kong』に客演として参加した Young Thug はこのようにラップをしています。

Yeah, we was eating at Nobu
そうだよ。俺たちはノブで食事をしてた
Came a long way from Kroger
Kroger で買い物をしてた時代から長い道のりを歩んできたよ

Young Thug が通っていたと思われる Cleveland の Kroger

松久信幸氏は、ビバリーヒルズに新しい寿司レストランである Matsuhisa Beverly Hills もオープンしています。こちらの店舗にもハリウッドスターやラッパーたちが出入りしており、舌の肥えた著名人たちを唸らしているようです。また Matsuhisa Beverly Hills では、オリジナルグッズの展開も行なっているようです。A$AP Bari も「松久」と漢字で刺繍が施されたベースボールキャップを身に付けている姿を自身のインスタグラムに投稿し、Matsuhisa Beverly Hills のオフィシャルアカウントをタグ付けしています。

Benihana

Benihana の店内

続いてはBenihana についてです。こちらのお店は、東京出身のロッキー青木氏がニューヨークで1964年に開業した、アメリカにおける鉄板焼きのパイオニア的存在です。Nobu が新鮮な刺身や和食を提供する日本食レストランであるのに対し、Benihana は主に日本風の鉄板焼きを提供するグリルレストランです。お客さん 2〜10人ほどに対して専属のシェフが1人付き、パフォーマンスをしながら真ん中の鉄板でお肉や野菜などを焼いてお客さんのお皿に分けていくスタイルです。このようなレストランや食事のスタイルを、アメリカでは「Teppanyaki」 や「Hibachi」 と呼んだりします。

Benihana に関してもNobu と同様、多くのラッパーたちに愛されているレストランです。それを裏付けるようにリリックにも度々登場しますし Jeezy や Lil Wop、Lil Durk などのラッパーたちが 『Benihana』 というタイトルの楽曲をリリースしていたりします。今回はその中から Lil Durk が Kodak Black を客演に呼んだ 『Benihana』 のリリックの一部を紹介します。

Went to Benihanas, I told ‘em no onion

紅花に行った。俺はシェフたちにオニオンは要らねぇって言ったんだ。

Kodak Black のパーソナルな一面が現れたラインで面白いと思います。Lil Yachty はインタビューで「野菜とフルーツを全く食べないし、主食はピザだよ」と語っていましたが、やはりラッパーには野菜嫌いが多いのでしょうか。ちなみに Benihana において玉ねぎといえば Onion Volcano というパフォーマンスの事を指していると思われます。分解した玉ねぎを火山の形に積んで、その中に水を注ぎ蒸気を噴火に見立てるというパフォーマンスです。

2017年の時点で 『Gyalchester』 において容易に Nobu に行ける財力をアピールしていた Drake ですが、『Omertà』において Benihana にも言及しています。

To me, Benihana is pigeon food

俺にとってBenihana なんてスズメの飯だ

かなり攻めた鋭いラインを披露した Drake 。全世界のBinihana ファンを一斉に敵に回すと同時に、普段どんな食事をしているのかという疑問を浮かばせます。そして案の定 Benihana ファンたちはこのラインに反応し始めました。大御所ジュエラーの Ben Baller は自身のツイッターにてこのようにツイートしています。

I do not give a fuck what anyone thinks , I love Benihana and I’m gonna try to go tonight and order extra extra garlic butter on my fried rice in honor of drake. In fact extra garlic butter on everything period.

「俺は誰かが考えている事なんて気にしない。俺は Benihana が大好きだし、今夜も Benihana に行って Drake の名誉の為にフライドライスにガーリックバターをかけまくるぞ!まじで俺は全てにガーリックバターをかけるぜ。」

まとめ

ジュエリーやお金、ファッションなどを通して自らのステータスを誇示するラッパーたちですが、「日本食」もそのツールの一つとして用いられているようです。中には、現地で独自の進化を遂げた日本の文化が、日本でのそれとは全く違った形で解釈され、音楽の中に組み込まれている様子を見ることもできます。今回は「日本食」にフォーカスした記事でしたが、特定のものに焦点を当ててヒップホップを分析することで、また違った角度からヒップホップを楽しむことができるのではないでしょうか。