UKラップシーンを牽引する若手アーティストたち

ロードラップやグライム、UKドリル、アフロスウィング (アフロバッシュメント)、UKトラップ (トラップウェイブ) など、多様なスタイルで進化を遂げてきたイギリスのラップシーン。近年、本場USシーンとのクロスオーバーが増えてきたこともあり、世界中からますます注目を浴びるUKラップシーンの注目若手アーティストを数名ご紹介します。

1. Octavian

Octavian こと Octavian Oliver Godji はアンゴラ共和国にルーツを持つ、フランスはリール出身の24歳 (’96年生まれ)。父親が亡くなった後、彼はロンドンに移住します。後にラッパーを目指すため退学することとなるのですが、名門ブリットスクールに在籍した経歴を持ちます。Virgil Abloh 手掛ける Louis Vuitton のランウェイを歩いたことでも有名です。

Louis Vuitton 2019 Spring/Summer Collection
Louis Vuitton 2019-20 Autumn/Winter Collection

トラップから R&B、ダンスホールなどを行き来するジャンルレスなスタイルや、卓越したリリシズム、ハスキーな歌声など様々な魅力を持つ彼は、Drake に才能を見出されたことをきっかけに、現在では UKシーンのみならず USシーンでも活躍しています。

Octavian の代表曲

Lightning

2018年リリースのミックステープ『SPACEMAN』収録。人気サッカーゲーム『FIFA 19』のサウンドトラックにも収録され話題となりました。

Bet (feat. Skepta & Michael Phantom)

2019年リリースのミックステープ『Endorphins』収録。洗練されたミニマムなトラップビートと癖になるフロウが印象的な1曲です。

2. Dave

Dave こと David Orobosa Omoregie はサウスロンドンはストリータム出身の21歳 (’98年生まれ)。Stormzy や Lana Del Rey、Pink Floyd など様々なジャンルの音楽を聴いて育ったという彼は、母親からのプレセントをきっかけにピアノを弾くこともできます。彼は2019年リリースのデビューアルバム『PSYCHODRAMA』でマーキュリー賞を受賞するなど、今最も注目されているアーティストの1人です。

Tuesday, 23rd of January, 2018
2018年1月23日火曜日
I’m here with David
私は Dave とここにいる
This is our first session
これが我々の最初のセッションだ
We’re just gonna talk about your background
君のバックグラウンドの話から始めるとしよう
Where you’re from, any issues you’ve been dealing with
君がどこから来たのか、どんな問題に対処してきたのか
So, where should we start?
さあ、どこから始めようか

演劇の枠組みと技法を用いた心理療法を指す『PSYCHODRAMA』というアルバムタイトルの通り、1曲目『Psycho』はセラピストのセリフで始まります。心に不安を抱える彼はまさに同アルバムを通して PSYCHODRAMA を試みているのです。この彼のデビュー作は、コンセプトはもちろんのこと、ストーリー性、トラック、ワードプレイなど全てにおいて申し分のない仕上がりとなっています。

Dave の代表曲

Location (feat. Burna Boy)

ナイジェリアのレゲエ/ダンスホール・シンガー Burna Boy を客演に迎え、ラッパーとして成功してからの生活について歌った1曲。ラッパーお得意のフレックス (自慢) を中心としたありがちな内容ですが、彼は巧妙なワードプレイで魅了します。

Look, money like the alphabet
見ろ、金はアルファベットのようだ
If you wanna see P’s, gotta pass on the ends
金が欲しいなら最後までやり抜かなければならない


※P (Paper, Poundsを指す) は金を表すイギリスのスラング。

「P (金) が欲しいなら最後までやり抜かなければならない」「アルファベットの「P」は「N」(ends を「エヌ」と発音している) を通り越さないと現れない」という2つの意味を掛けたワードプレイ。意味をしっかり通してストーリーを進めつつ、随所にハイレベルなワードプレイを織りまぜるという、彼の類い稀なリリシズムが存分に発揮された作品です。

3. Lancey Fouxx

Lancey Foux (本名不詳) は、イーストロンドンはニューアム出身の24歳 (’95年生まれ)。彼は、Future や Young Thug ら USラッパーからの影響を強く感じさせる、オートチューンを効かせて歌うラップスタイルを得意とします。Playboi Carti のベイビーボイスに近いようなフロウも取り入れており、US と UKのシーンの架け橋的存在に成りうるラッパーです。Travis Scott のニューシングル『FRANCHISE』のリミックスへの参加も噂されており、今後彼の名前を耳にする機会は間違いなく増えるでしょう。

また彼は、A-Cold-Wall* や Astrid Andersen などイギリス発祥のファッションブランドのランウェイモデルを務めるなど、ビジュアル面でも注目されています。

A-Cold-Wall*’s National Gallery (AW18) Collection
Astrid Andersen 2019 Fall Collection

Lancey Foux の代表曲

No Intro

Skepta『I’m There』の一節を引用した「No introduction needed, I’m a genius」というラインから始まる『No Intro』。程良く不思議なトラックと、中盤のダミ声フロウが癖になる1曲です。

India

Playboi Carti『Foreign』のメロディを逆再生したビートを用いた『India』。キャッチーなフロウはもちろんのこと、シンプル且つ真理をついたフックにも注目です。

4. slowthai

slowthai こと Tyron Kaymone Frampton はノーサンプトン出身の24歳 (’94年生まれ)。彼は、3歳の頃に父親が失踪してから、母親と四人の姉妹とともに生活していました。彼には弟もいたのですが、筋ジストロフィーを患いわずか1歳で息を引き取っています。この出来事は彼の人生に大きな影響を及ぼしたといいます。いわゆる労働者階級に属していた slowthai は、大学卒業後一時は働いていましたが、勤め先の売上金を友人らに横流ししたことで解雇されました。高校時代から音楽技術を学び、音楽制作に夢中になっていた彼は、この解雇をきっかけに本格的に音楽活動に取り組むようになります。

UKグライム、UKガラージを軸にしたデビューアルバム『Nothing Great About Britain』では、労働者階級出身の彼の目線から見たイギリス像が描写されており、各方面から高い評価を得ました。

slowthai の代表曲

Inglorious (feat. Skepta)

デビューアルバム『Nothing Great About Britain』収録の『Inglorious』。Stanley Kubrick の名作『時計じかけのオレンジ』をオマージュしたミュージックビデオでも話題となりました。

同ミュージックビデオでは、映画『時計じかけのオレンジ』の「ルドヴィコ療法」(洗脳に近い治療法) の実行シーンを再現しています。この治療を受ける slowthai は「GRATE BRITAIN (素晴らしいイギリス)」というワードを見続けることによって洗脳されるのですが、彼にとっての「GRATE BRITAIN」とは「ルドヴィコ療法のような洗脳を行う者がいない国」であったため、治療を施した人物を殺してしまうという皮肉の効いたストーリーです。

5. Little Simz

Little Simz こと Simbiatu Abisola Abiola Ajikawo はナイジェリアにルーツを持つノースロンドンはイズリントン出身の25歳 (’95年生まれ)。アフロビート、レゲエ、ヒップホップ、UKガラージなど様々なジャンルを聴いて育った彼女は、15歳の頃に初めて自身のミックステープをリリースします。Kendrick Lamar も絶賛するほどの非凡な音楽的才能を兼ね備えた彼女は、ヒップホップからジャズ、ファンク、アフロビート、レゲエ、グライムなど様々なトラックの上でスキルフルなラップを披露します。彼女自身も「自分をフィメールラッパーだと思っていない」と語るように、これまで存在してきた「フィメールラッパー」という括りには収まらない実力の持ち主です。

Little Simz の代表曲

Selfish (feat. Cleo Sol)

最新アルバム『Grey Area』収録の『Selfish』。「Selfish」とは「自分勝手、わがまま」という意味ですが、彼女曰く同曲では「自分を大切に」という意味で用いているそうです。ジャジーなトラックと彼女の表現力が魅力的な1曲です。

Written by Riku Hirai