Headie One – UKストリートの代弁者

マーキュリー賞を受賞したロンドンのラッパー Dave や、全世界で爆発的な人気を誇るトロントのラッパー Drake などとのコラボレーションが話題となり、今週末には待望のデビューアルバムのリリースを果たしたロンドン・トッテナムのラッパー Headie One。

華々しいキャリアを築き上げる彼ですが、現在もなおフッド (地元) に留まりロンドンのストリートの声を代弁し続けています。今回は彼のキャリアや楽曲を通して今話題のラッパー Headie One の魅力に迫ります。

生い立ちとキャリアの開始

Headie One (ヘディ・ワン) こと Irving Adjei は1994年の10月6日にロンドンのトッテナムでガーナ人の両親の間に生まれました。幼少期〜少年期は熱心なサッカー少年だったそうで、音楽に対する興味はあったものの、自らが後にラッパーとして活躍することになるとは想像もしなかったそうです。

しかし、イギリスのプロサッカーチームである Stevenage F.C. への入団テストへの参加を決めたと同時に、練習中に負った足首の怪我が悪化しサッカー選手への夢を諦めざるを得なくなってしまいました。

現在サポートするサッカーチーム Manchester United のユニフォームを着る Headie One

少年期から Future や French Montana などのアメリカのアーティストによる音楽に親しんでいた彼は、自身でも見様見真似でラップを始めるようになります。

キャリア初期は「Headz」という現在とは異なるステージネームで活動していましたが、2018年のはじめに現在の「Headie One」に改名しました。Headie One というステージネームはイギリスに流通する硬貨 50 ペンス に自身の頭の形が似ていることが由来だそうです。

Headz 期 / RV との出会い

ラップを初めて間もない彼は、ロンドンを拠点に活動するヒップホップコレクティブである Star Gang に所属していました。2014年には、Headz の名義下の唯一のソロミックステープである『Headz or Tails』をリリース、その後は同じく Star Gang に所属していたトッテナムのラッパー RV に出会い、コラボミックステープ『Sticks & Stones』と『Drillers x Trappers』の2作品を連続で発表します。

Headie One と RV は、コラボミックステープ『Sticks & Stones』と『Drillers x Trappers』の2作品をリリース後、ロンドン・ブロードウォーターファームを拠点とするドリルコレクティブ OFB (Original Farm Boys) に加入します。

OFB は UKドリルシーンで最も有名なコレクティブであるため、OFB への加入は Headie One のキャリアを押し進める大きな要因となりました。

改名と『Know Better』のヒット

自身のステージネームを Headie One に変更し、2018年の2月に Headie One 名義下で初のソロミックステープ『The One』をリリースします。当ミックステープに収録され、先行シングルとしてもリリースされていた RV との楽曲『Know Better』がアンダーグラウンドにて大ヒットを起こします。

ロンドンのプロデューサーコレクティブ Traphouse Mob の 808melo によるトラック(Pop Smoke の 『Armed N Dangerous』で使用されたトラックと同じものです。)に乗せて、当時巻き込まれていた事件に対する内容をラップした楽曲です。

その事件とは、ロンドンの北部に位置するベッドフォールドシャー大学の学生寮にて Headie One が敵対するギャングのメンバー二人と鉢合わせてしまったというものです。相手のギャングメンバーは Headie One に対しかなり高圧的な態度をとっていますが、相手が終始 iPhone で動画を撮影していたため Headie One から手を出すことができず、最終的に敵に背を向けて大学寮の中に逃げ込んでしまいます。

敵対するギャングメンバーによって
スナップチャットに投稿された事件当時の動画

カメラで撮影をしながら挑発をするという卑劣な手段を選んだ相手に怒りを覚えた Headie One は楽曲リリースの手段を選んでディス曲を公開します。

勘の良い方はすでにお察しかもしれませんが、Headie One は伏せ字を使って事件の様子を事細かにラップしています。では何のために伏字にするのか、それは楽曲のリリックを証拠として逮捕される、または楽曲の配信ができなくなることを防ぐためです。

近年イギリスでは、ドリルミュージックに対しその暴力的、犯罪的な内容について疑問の目が向けられています。実際に警察によってミュージックビデオが削除されたり、リリックの内容が証拠として提出され、それによって身柄を拘束されたりするラッパーが続出しています。Headie One はそのような事態を防ぐために、犯罪に関わる表現を「Shh」に置き換えることによって、セルフクリーンバージョンを制作したというわけです。

Live corn in the shh
銃弾 (※1) が〇〇の中にある

I could’ve let it in the uni room
大学の中でそれをぶっ放すことだってできた

But I know better
でも俺はそうはしなかった

Opps wanna see me get nicked with a shh
ヤツらは俺が△△を持っていることで捕まるのが見たかったんだろ

But I know better
でも俺はそんな失態は犯さない

(※1) Live corn は銃弾を意味するイギリスのスラング

フックのリリックを少し見てみると、至る所が「Shh」によって伏せられています。相手のギャングから挑発を受けている最中、Headie One は終始ショルダーバッグの中に手を入れて何かを取り出すような仕草をしている (上記動画を参照) ことから、一行目の〇〇の部分は「bag」であることが予想できます。

また、四行目の△△の部分は、一行目で「銃弾がバッグの中にある」というラインから推測すると「gun」となるはずです。

ミックステープ『Music x Road』

『The One』にて知名度を得た Headie One は、その後もソロミックステープ『The One Two』や RV との3枚目のコラボミックステープ『Drillers x Trappers ll』などをリリースし精力的に活動してきました。

2019年の8月23日にリリースした4枚目のソロミックステープ『Music x Road』では、これまでの彼の楽曲ではほとんど聴く事のできなかった落ち着いたフロウや、ハートフルなリリックなどが登場し、これら大きな変化は彼のファンを驚かせました。

『Music x Road』のカバーアートとトラックリスト

マーキュリー賞を受賞したラッパーの Dave、また Skepta や Krept & Konan などグライムシーンからのゲストも迎え、これまでの作品とは一風変わった雰囲気に仕上がっています。

当アルバムは、明らかにドリルのサウンドではない『Music x Road』という楽曲から幕開けします。そしてアルバムのタイトルにもなっているこの楽曲こそが、当アルバムのテーマを体現しているのです。

Loyalty first that’s the code you know, I still walk a thin line between music and road
忠誠心が一番の指針さ 俺はいまだに音楽とストリートの間を彷徨ってる

Family first that’s the code you know, I still walk the thin line between music and road
家族が一番の指針さ 俺はいまだに音楽とストリートの間を彷徨ってる

To bring ma back I’d go broke you know, still walk the thin line between music and road
ママがこの世に戻ってきてくれるなら俺は全財産を捨てられる いまだに音楽とストリートの間を彷徨ってる

Headie One は『Music x Road』にて「アーティストとして成功し世界中で活躍する自分」と「かつてのようにフッド (地元) でギャングに所属し続ける自分」の二つを比較し、二者の間に生まれる矛盾や葛藤をラップしています。

楽曲『Music x Road』では、ソリッドなラップで家族や仲間に関するハートフルな内容のラップを披露し、リリックの意外性を通じてファンを驚かせましたが、彼の変化はリリックだけでなくフロウにも十分に現れています。

『Nearly Died』や『Numbed Down』では、ソリッドなラップの合間に「成功した現在ならではの悩み」や「成功した自身の周りで起こる不可解な出来事」などについて歌ったコーラスを挟んでおり、強者の余裕のようなものを目の当たりにすることができます。

ミックステープ『Music x Road』の中でも最もヒットしたのは、ロンドンのラッパー Dave をフィーチャーした『18Hunna』で、イギリスの音楽チャートで6位を記録しドリルミュージック史上最も高い順位にチャートインした楽曲となりました。

デビューアルバム『Edna』

ソロミックステープを4枚、RV とのコラボミックステープを3枚リリースし着実にキャリアを進めてきた Headie One ですが、2020年の10月9日に遂に待望のデビューアルバム『Edna』をリリースしました。

『Edna』のカバーアートとトラックリスト

タイトルの『Edna』は彼が3歳の時になくなってしまった彼の母親 Edna Duah に由来してつけられており、16BARS のインタビューでは「デビューアルバムに母親の名前をつけることで、彼女に捧げる作品としたい」というふうに語っています。

デビューアルバム『Edna』には、UKラップシーンから M Huncho や Ivorian Doll ら、グライムシーンからは Skepta や AJ Tracey、Stormzy らが参加しています。また、イギリス国外からは Drake と Future が参加しており、デビューアルバムにふさわしい華のあるメンバーが揃っています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は UK ストリートの代弁者 Headie One の魅力について彼のキャリアや作品を通して迫りました。『Music x Road』で見せた葛藤を乗り越え、これからもどのように音楽と向き合っていくのか、彼の動向から目が離せません。

Written by whoiskouske