北欧の革命家 Yung Lean の全て

皆さんこんにちは!

今回は、今週に最新アルバム『Starz』をリリース予定の、スウェーデンのストックホルム出身のラッパー/プロデューサーであるYung Lean について書いていきたいと思います。

はじめに

Yung Lean こと Jonatan Leandoer Håstad (以下、便宜上Leanと呼ぶ) は1996年7月18日にスウェーデンのストックホルムで産声を上げました。

父は幻想文学の作家でもあり、仏文学の翻訳の仕事をしながら、出版社を持つ文学者 Kristoffer Leandoer、母はロシア・ベトナム・北アメリカで活動するLGBT団体に所属する人権活動家の Elsa Håstadという恵まれた環境で育った彼。

さらに母方の祖父はイギリスの劇作家として有名な Arnold Wesker です。

このように、身内の環境によって練り上げられた文体は彼の独特な比喩表現にも現れています。(後ほどリリックについても解説いたします。)

彼は生まれた後、旧ロシア帝国の一部であったベラルーシ共和国で子供時代を過ごし、3歳あたりでスウェーデンのストックホルムに戻ったため、ロシア語とスウェーデン語に揉まれながら成長していくことになります。

ベラルーシ共和国の国旗

高校生になり、マクドナルドでバイトをする傍ら、グラフィティのカルチャーやドラッグに溺れていく彼は、ヤケを起こすことが多くなり、15歳という若さでマリファナの使用による保護観察処分を受けます。

影響を受けたアーティストや仲間、Sad Boys が出来るまで

ストリートカルチャーとおんぶに抱っこで育った彼は、徐々にヒップホップに興味を持つように。

ちなみに彼は、この青年期に影響を受けたアーティストとして、50 Cent や The Latin Kings、そしてNasなどを挙げています。

Nas『Illmatic』

ちなみにこのあけすけに荒れていた時期、後に世界をあっと驚かせることとなるクルー、Sad Boys の心臓ともいえるプロデューサー・DJのGud(Yung Gud) と出会います。

Yung Gud

そして、後のDrain Gangのメンバーも含んだクルー Hasch Boys を結成します。

彼らと共に似通った音楽を聴いていくことになる Lean ですが、このクルーに対して次第に愛想を尽かすようになり、同じくクルーのメンバーであった Yung Sherman ・Yung Gud と共にトリオで「Sad Boys」を結成し、Hasch Boys は解散してしまいます。

そして2012年ごろには、自力で作ったスタジオを基地として、 Yung Sherman ・Yung Gud がプロデュース・ミックスを担当し、Lean も作曲を始めます。

次第に彼らは SoundCloud や Tumblr に曲をアップし始め、莫大なフォロワーを築いていくこととなります。

本格的始動と『Ginseng Strip 2002』のヒット

そして転機は2013年に早くも訪れます。

それは『Ginseng Strip 2002』の大ヒットです。かなりのダウン・ビートの上で、メロディーラインをあえて無くし、極めてまどろんだスタイルでバズを生み出します。

この曲では、やはり彼らしくお茶目ではあっても、独特な言葉遣いがなされています。

Get my dick stuck inside a lamp shell

俺のイチモツが二枚貝に挟まって抜けないから

Get it out with sperm cells and hair gel

精子とヘアージェルを使って抜くんだ

※ lamp shell は二枚貝の別称で、女性の cunt を二枚貝と喩えて、それが狭いから抜けない、という独特な言い回しをしています。

※精子とヘアージェルを並列させているのは、おそらく映画『メリーに首ったけ』にて、主人公がジェルと間違えて精子を頭につけたことから着想を得たと考えられます。

また、PVにおいてもヒップホップアングルと称される下からのアングルはあまり見られないことに加え、「ヨンリーンやり手」など少し奇妙な形で、想世界的な極東の国、日本を表現しており、現在2800万回を上回る再生数を叩き出しています。

そして、その勢いそのままに彼はアルバム『Unknown Death 2002』・さらにそのアルバムから漏れてしまった三曲(バイラルヒット曲『Ginseng Strip 2002』も)を含んだEP『Lavender』をリリースし、世界にその名を轟かせます。

『Unknown Death 2002』
『Lavender』

『Unknown Death 2002』からは『Gatorade』を紹介します。

『Gatorade』の凄さはやはり、声がほとんどトラックに埋れてしまっている点でしょう。

これは一見、ミックス・マスタリングのレヴェルが低いことが原因だと思われるのですが、それは全く違います。実際、その他の曲で、ヴォーカルがはっきりと聞こえる曲も普通にあります。

この、「声がトラックに隠れてしまうこと」により、この曲全体が不思議な湿り気を帯びるのです。それはまるで、スチームサウナについた窓のよう、奇妙なくぐもりを保ったままに、その窓の外に移りげな美しいトラックがひょっこりと顔を出しているのです。

この傾向は『Lavender』の一曲『Greygoose』にも現れていますが、とりわけ驚くべきは『Lavender』に収録されている一曲『Oreomilkshake』でしょう。

この曲中では夜空を感じさせる近未来なトラックが使われており、二種類の声を巧みにタバコの煙のよう、くゆらせながら、見事な配合で織り込ませます。

それはまるで「サウナルーム」と「夜空を抱え込んだサハラ砂漠」を行ったり来たり、ゆらりゆらり、カラッとした湿り気が刻まれた4分16秒の旅のよう。

2013年後半から翌年の2014年にかけてヨーロッパツアーを巡行したのち、北アメリカにてツアーを行った Sad Boys はめきめきと力をつけていきます。

そして 2014年12月23日に『Unknown Memory』をリリースします。

スターとの出会い

wit Travis Scott

『Unknown Memory』

『Unknown Memory』では、Kanye West 率いる GOOD Music と契約し、ファンの中では伝説とされるアルバム『Days Before Rodeo』をリリースしてすぐの Travis Scott を客演に招いた一曲を聴くことができます。

この曲の楽しみにはオートチューンバリバリ期寸前のスキルフルな Travis Scott を聞けることにもあります。

そしてこのアルバムの醍醐味はなんといっても『Yoshi City』でしょう。

今までのチープなものとはうって変わって、完璧に調整された証明や空間、近未来的な乗り物を駆使した PVも見もののこの曲。

「Yoshi City」は、直訳すると「(マリオの)ヨッシーの街」であって、マリオは任天堂のキャラクターであること、それから「Tokyo City we’re burned out」からこの曲が始まることから、東京のことだとわかります。しかし、この「Yoshi City」は実際の東京とは少し違います。

端的にいうと、「Yoshi City」は彼らの心の中にある理想郷としての「東京」、ないしは心象としての「ジャパンの都市」を意味し、つまりは「どこにも存在しないどこか」なのです。

実際、Vice誌のインタビューの中でも、彼は「スウェーデンでの疎外された気持ち」について語っており、リリックでもどこにも所属できない感情や、どのような型にはまらない自分を表現しています。

Smoking loud, I’m a lonely cloud

上物を吸う、俺は孤独な雲だ。


I’m a lonely cloud, with my windows down

一人ぼっちの雲のよう、心さえ閉ざして


I’m a lonely, lonely; I’m a lonely, lonely

俺は孤独、寂しいのさ。一人ぼっちで寂しいんだよ。

※最初の smokeの煙と雲を見事にかけたこのラインは、恐らく17世紀のイギリスのロマン派の詩人 William Wordsworth の『水仙』の有名な始まり「I wandered lonely as a cloud(一人漂う雲のごとく)」を引用していると思われます。

– Yung Lean 『Yoshi City』

Fuck norms, fuck a normal life

決まり事なんてクソくらえ、当たり障りない人生なんてどうだっていい。


Fuck norms, I’ll break em out

規範なんてどうだっていい、俺が全部壊してやる

– Yung Lean 『Yoshi City』

また、彼は社会風刺もリリックに収めています。

I’m an aristocrat without the progress.

俺は何の進歩もない貴族だよ。

これは、貴族は何の進歩も求めずに規範に収まった奴らなのだと言うのを暗示する、彼の気持ちが見え隠れする一文でしょう。

– Yung Lean 『Yoshi City』

素晴らしい一曲ですね。個人的なお勧めとしては、11曲目の『Leanworld』です。

この曲の凄みは、重厚でありながらも寂しさを包み込んだビートが、もはやリリックを通さずとも伝わってくるところです。後半のコーラスとパイプオルガンの音の物悲しさには鬼気迫るものがありますね。

その次の曲『Sandman』の変態ビートについても言いたいところですが、あまり長くなってもよくないので、リンクだけ貼っておきますね。

そして2016年の前半になり、アルバム『Warlord』およびそのデラックス盤をリリースします。

『Warlord』

このアルバムからは一曲、元々友達の兄貴でもある Bladee との一曲『Highway Patrol』を紹介します。

Bladeeの Drain Gang とLean のSad Boys は元々 Hasch Boysだったこともあって親交が深いのですが、やはりこの二人の共演は最強ですね。

I see green lights, missed misfits smokin’ cannabis

青信号が見える、大麻を吸う失敗作の不適合者(仲間)達と

ここでは green lights と大麻がかけられていますが、Leanはよく仲間達(自分も含め)を社会不適合者だと言います。

また、この近未来的であると同時に甘美なビートの上で、Bladee は自分のリリックを巧みに引用します。

What’s your blood type, what does it taste like?

血液型は何だ、その血はどんな味がするんだ?

この曲は『Sugar』のリリック『Your blood tastes so sweet like sugar, baby』に通づるものですね。

またこの頃、彼ら Sad Boys はブランドライン「Sad Boys Entertainment」を立ち上げます。

さらには Calvin Klein’ の AW16 Campaign のモデルに抜擢される彼。

実はそこで、みなさん大好き Frank Oceanと出会います。

wit Frank Ocean

この年のアメリカツアの移動中にバスが銃で襲撃されるという事件があったものの、ツアーを見事に成功させた彼。

その後、Frank Ocean の伝説のアルバムで、世界最大の音楽批評メディア、ピッチフォーク誌の2010年代アルバムランキングで見事1位を獲得し、グラミーにて最初の最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞を受賞した『Blonde』の 『Self Control』と『Godspeed』にバックコーラスで参加します。

この曲の Lean のコーラス部分のリリックは、オーシャンの叶いはしない恋心を表しているのですが、何だかグループに溶け込めない Leanの寂しさを表しているようにも聞こえます。

Keep a place for me, for me

僕の居場所を置いといてよ、僕の

I’ll sleep between y’all, it’s nothing

君たちと一緒に寝ても、何もないんだよ。

It’s no thing, it’s nothing

そこには、何もないんだよ

Keep a place for me, for me

僕にも居場所をくれないか、僕の

これは何か彼の集団=規範に馴染めない気持ちを表しているようにも感じます。

with A$AP Ferg

そしてこの年の終わり頃にはミックステープ『Frost God』をリリースします。

『Frost God』

この中では、A$AP Fergを客演によんだ曲であり、このプロジェクトを表していると言っても過言ではない一曲『Crystal City』を紹介します。

また、このアルバムでの人気曲、『Hennessy & Sailor Moon』でも Bladee を客演に呼び、これまた人気曲となります。

何と言ってもこの曲の醍醐味は彼のぐったりとした歌唱でしょう。彼を知らない人でも底無し沼のようにハマってしまうでしょう。

再び Sad Boys 時代

そして彼は『Crystal City』以降、客演をほとんど呼ぶことなく、Sad Boys 単体でプロジェクトを進めるようになります。

この時期の最初の作品は 2017年11月にリリースされたアルバム『Stranger』です。

『Stranger』

Youtube での再生回数は千万回弱ではありますが、『Red Bottom Sky』のヒットはみなさんの記憶にも新しいのではないでしょうか?

ちなみに、このアルバムのうち、『Red Bottom Sky』・『Hunting My Own Skin』・『Skimask』はストックホルムの小規模レーベル「YEAR0001」を通して作られたものです。

この時期(2017年〜現在)の彼を特徴付ける、Joji のようなメロディーを含んだ耳残りの良いヴォーカルを混ぜ込んだスタイルが存分に発揮されている一曲といえます。

2018年にはアルバム『Poison Ivy』をリリースする彼ですが、そこは少し省略して、同じ年に出された Drain Gang の Thaiboy Digitalを客演によんだ一曲『King Cobra』を紹介します。

やはり、Sad Boys と Drain Gang 、そして彼らを繋ぐストックホルムの孤高のレーベル「YEAR0001」の関係が、最強のフローチャートを作り出していますね。

この彼らのドロっとした物狂わしいフローはなかなか真似できるものではないでしょう。

最新アルバム『Starz』

そして今週、Lean はついに最新アルバム『Starz』をリリースします。

『Starz』

何曲か先行トラックがリリースされていますが、まず注目するべきは『Pikachu』でしょう。

やはり低く持続するフローは健在ですが、2017年以降に見られるメロディーラインも少し取り入れられた曲です。

しかし、このハイブリット的スタイルの1番の注目曲は『Boylife in EU』です。

PVのビビットなスタイルもさながらに、やはりこの曲のフック直前での沈み込み、またそこから繰り出される耳残りの良いメロディーラインはたまりません。

元々のダウナーなフローに Jojiのように美しくも歪みを内包したヴォーカル、また変態的な世界観を作り出すトラックにはあぜんとしてしまいますね。

最後に

今回は Yung Lean についてでした。また、Drain Gang 周りを中心とした記事も書きたいと思います。最後までお読みくださり、ありがとうございました。

XXS Magazine 特製プレイリストはこちらから↓

https://music.apple.com/jp/playlist/yung-lean-swedish-napoleon/pl.u-GgA590VcZ1GAeaY?l=en

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