XXS Magazine をご覧の皆さん、はじめまして。音楽ブロガーのアボかどと申します。普段は「にんじゃりGang Bang」というブログで、ヒップホップを中心とした作品の紹介などをやっているのですが、このたび縁があってXXS Magazineさんに寄稿させていただくことになりました。
さて、2019年も様々な傑作がリリースされましたが、私が特に気に入った作品の一つに、西海岸のラッパー・03 Greedoのアルバム「Still Summers in the Project」があります。Gファンクなどの伝統的な西海岸サウンドを踏まえつつ、現行の音にアップデートされた同作を手がけたのは、同郷のプロデューサー・Mustardです。TygaやYGなどのプロデュースで頭角を現し、2010年代の西海岸シーンを牽引した名プロデューサーの一人です。今回は、そんなMustardのキャリアを振り返りつつ、2020年代の展望についても考えて生きたいと思います。
西海岸のジャーキン
MustardはLA出身で1990年生まれのプロデューサーで、以前はDJ Mustardと名乗っていました。本名はDijon Isaiah McFarlaneで、芸名の由来はもちろん本名がディジョンだからです。最高。
トラップ風の曲やR&B系のメロウな曲も作りますが、シンプルなループにGファンクなどの西海岸フレイバーを込め、バウンシーな808を絡めた「ラチェット・ミュージック」と呼ばれる作風で広く知られています。何から影響されて作風を確立させ、いかにして成功を掴んだのか。まずはキャリアをスタートした時期の西海岸ヒップホップシーンの状況から探っていきたいと思います。
Mustardが登場した09年頃の西海岸ヒップホップシーンは、「ジャーキン(ジャークとも)」というムーブメントの全盛期でした。ジャーキンはミニマルなビートで踊るストリートダンスの一種で、それに使われる音楽のスタイルと共に西海岸全体に広まっていきました。サウンド的にはベイエリアでThe Neptunesなどの影響を受けて誕生した、スカスカでBPM早めのパーティ・ラップ「ハイフィ」が発展したものです。
ジャーキンはハイフィと比べるとBPMが遅めで、代表曲にはNew Boyz「You’re Jerk」(2009年)や、Audio Pushの「Teach Me How To Jerk」(2009年)などが挙げられます。個人的なおすすめはCold Flamez「Miss Me Kiss Me」(2009年)。ジャーキンはダラスで同時期に盛り上がっていたダンスのムーブメント「ドギー」の振付を取り入れたりしながら、Snoop Doggらベテランも反応してメインストリームにも進行していきました。
ジャーキンの流行は、西海岸の様々なアーティストを巻き込んでいきました。その中の一人に、Ty & Koryというデュオで活動していたTy Dolla $ignがいます。Sa-Ra CreativeやBlack Milkらの作品への参加など、どちらかというとそれまでアンダーグラウンド寄りの活動を行っていたTy Dolla $ignでしたが、ジャーキンの流れを汲んでヒット曲を生み出します。YG、TeeCeeと共に発表した「Toot It And Boot It」(2009年)です。それまでのカラーを踏まえたネタ感強めの質感とジャーキン以降の重低音の組み合わせが話題を呼び、YGと共にジャーキンのシーンで一躍注目を集めます。
そして、このTy Dolla $ignからビートメイクを習ったとされるのが、本稿の主役であるMustardです。MustardはSway’s Universeのインタビューで、「YGのためにビートメイクを始めた」と話しています。プロデューサーとしての初仕事は、恐らく2010年のYGのミックステープ「The Real 4 Fingaz」収録の「Glowin」です。
2010年にはThump Recordsというレーベルから、Mustardが仕切ったコンピレーション「Let’s Jerk」がリリースされます。Thump Recordsは、西海岸のロウライダー雑誌「Lowrider Magazine」監修のオールディーズのコンピレーションなどをリリースしていたレーベルです。Ty Dolla $ignはLowrider Magazineのコンピレーションにも収録されていたファンクバンド・Lakesideのメンバーの息子なので、恐らくその縁でこの作品のリリースに繋がったのだと推測されます。同作のサウンドは、タイトル通りのジャーキン路線。Mustardは、こうしてジャーキン畑のプロデューサーとしてキャリアをスタートしました。
Rack Cityとラチェット・ミュージック
ジャーキンのムーブメントに乗って成功を収めたのはTy Dolla $ignだけではありません。08年に1stアルバム「No Introduction」をリリースし、一足先にメジャーデビューを果たしていたYoung Money所属ラッパー・Tygaもその一人です。同作はロック的なフックを導入するなどクロスオーバー志向も強いポップヒット狙いの作品でしたが、当時の他のYoung Money作品と比べてセールス的にはあまり成功とは言えない結果になりました。
しかし、「コンプトンの非ギャングスタラッパー」という誰かの先駆けのようなキャラクターのTygaは西海岸の非ギャングスタムーブメントであるジャーキンのシーンで人気を集め、New BoyzやYGらに客演で呼ばれるようになります。そして、その流れでMustardとも合体。その繋がりは、Mustardのキャリアを変える大ヒット曲に結実する事となります。「Rack City」(2011年)です。
同曲の大ヒットは、Mustardを一躍人気プロデューサーに押し上げました。この頃の作風はジャーキンから一歩進み、どこかGファンク的な匂いを感じさせるものになっています。多くの人が思い浮かべるMustardのイメージは、この時期に確立されたのではないでしょうか。このMustardの作風と、同時期にベイエリアで人気を博していたIamsu!らのサウンドは「ラチェット・ミュージック」と呼ばれ、ジャーキンに続いて西海岸全体に定着することとなります。
Lil Jonからの影響
2013年には、Mustardは自身名義のミックステープ「Ketchup」を発表します。マスタードという名前でケチャップというタイトルを付けるセンスからして最高なのですが、同作はMustardとその周囲のことを総括するような内容になっています。同作はラチェット系の曲を中心に据えメロウな曲も収録した、新たな西海岸サウンドの王道といえるような作品でした。客演陣に目を向けると、YGやTy Dolla $ignといったお馴染みの面々、Nipsey HussleやE-40らに混じってDorroughが参加しています。Dorroughはダラスのラッパーで、先述したドギーの代表的なアーティストです。また、TimbalandやLil Jonらの喋りをフィーチャーしていることもポイント。彼らの参加は、Mustardのルーツという意味で非常に重要な要素といえると思います。
Mustardは、Lil Jonからの影響を公言しています。「Rack City」のヒット後にYoung Jeezyや2 Chainzなどアトランタ勢がいち早く反応したのも、MustardのシンプルなビートにLil Jonの匂いを感じとったことが要因の一つとしてあるのではないかと推測されます。
また、Lil Jonからの影響はビート面だけに留まりません。2014年にリリースされたYGの1stアルバム「My Krazy Life」収録の「Left, Right」では、自らマイクを握ってLil Jonのように煽りを披露しています。
2013年にはRoc Nationと契約を果たし、シーンでの存在感を不動のものにしたMustard。その後もラチェット系の曲を中心に多くのヒット曲を放ち、「10 Summers」(2014年)などリーダー作も高い評価を集めていきます。
ラチェット・ミュージックの次
EDMが大きな人気を博した2010年代には、「DJの年収ランキング」のような記事をよく目にした方も多いのではないでしょうか。名前にDJを冠していたMustardも、彼らへの憧れを口にしていたことがありました。Kid Ink「Show Me」(2013年)や TeeFlii「24 Hours」(2014年)など、ハウスをネタに使った曲も作っており、またLFMAO「Shots」(2009年)などでのLil Jonの活躍もあったので、MustardがEDMのDJに興味を持つのは自然な流れだったのかもしれません。
そんなMustardは、2016年にTravis Scottをフィーチャーした「Whole Lotta Lovin’」というEDM風の曲をリリースします。
同曲は大ヒットまでは行くことはなく、EDM的なノリを大々的に行うこともその後ありませんでしたが、この頃あたりからMustardはラチェット・ミュージックの次を模索するような動きを見せるようになります。
Roc Nation仲間のRihanna「Needed Me」(2016年)や21 Savege「FaceTime」(2017年)などではオルタナティヴR&B的な作風にも挑戦しています。
その脱ラチェットの取り組みが結実したのが、Mustardのアルバム「Cold Summer」(2016年)にも参加していたUKのシンガー・Ella Maiの「Boo’d Up」(2018年)です。美しいストレートなR&B路線である同曲はじわじわと話題を集め、同曲を収録したアルバム「Ella Mai」(2018年)もセールス・評価の両面で成功を収めました。
ここでのMustardの作風はメロウで落ち着いたスウィートなものでしたが、Mustardの心の師匠・Lil Jonもまたこういった作風を得意としていました。代表的なものでは、2004年のLil Jon & The East Side Boyzの名曲「Lovers and Friends」が挙げられます。試行錯誤を繰り返していたMustardは、自身のヒーローの別サイドに到着したのです。
クランク復権の流れ
Ella Maiのブレイク後となる2019年、Mustardは作品数こそ少ないものの多彩な活躍を見せてくれました。YGの「Go Loko」ではLAでヒット中のAmbjaay「Uno」を意識したようなラテン風味に挑戦し、新鋭・Roddy RicchにもR&B風の「High Fashion」を提供。前述した03 Greedoのアルバムではウェッサイ色を強調した作風を聴かせてくれました。また、日本のラップグループ、BAD HOPにもバンギンかつバウンシーな「Poppin」を提供しています。
そんな中リリースした自身名義のアルバム「Perfect Ten」はこれまでの集大成のようでありつつ、過渡期のようにも感じられる作品でした。メインとなっているのはラチェット・ミュージックとElla Mai的なR&B路線でしたが、ここで特に重要な曲として挙げたいのは、1stシングルとしてリリースされたMigosとの「Pure Water」です。
シンプルなシンセがループされるビートは、ラチェット系の路線ではありますがあまりGファンク風味は感じません。どちらかというとクランクに近い音色のシンセを使っており、アウトロではMustard自らマイクを握り、Lil Jon & The East Side Boyzを思わせる掛け声を披露。さらにMVではMigosがLil Jonっぽいサングラスを着用しています。Lil Jonへのオマージュが満ちた同曲を、Ella Maiブレイク後の初作品の1stシングルに持ってきたことは、自身のルーツへのより強い回帰を感じさせます。
2019年は、ベイのSaweetieが「My Type」でPetey Pabloのクラシック「Freak-A-Leek」をサンプリングし、Quality Control Music所属のメンフィスの新人・Duke Deuceがその名も「Crunk Ain’t Dead」なる楽曲を発表するなど、クランク関連の話題がぽつぽつと見られた年でした。
BETのヒップホップアウォードで披露された「My Type」と「Freak-A-Leek」のメドレー形式のライブで、Petey PabloとLil Jonが出てきた瞬間の盛り上がりを見ていると、2020年代にはクランク復権の流れが訪れてもおかしくはないと思わされます。そしてその流れが本当に訪れるのなら、Lil Jon直系のプロデューサーであるMustardはさらなる高みに登っていくのではないでしょうか。シーンに登場して気付けば10年が経つMustardですが、今後も目が離せません。
記事でご紹介した楽曲のプレイリスト : https://music.apple.com/jp/playlist/mustard-legendary-producer-from-west-coast/pl.u-KVXB2aGsZRjKqox
アボかどさんのブログ「にんじゃりGang Bang」: https://fuckyeahabocado.tumblr.com/