今年も残すところあと一日。皆さんは年末年始をどのようにお過ごしでしょうか。そして、 2019年はどのような一年だったでしょうか。私たち XXS Magazine ライターは起きている時間はすべて音楽を聴くことに費やす勢いで、様々な音楽に囲まれて一年を過ごしてきました。
今回はそんな私たち3人が選んだ、それぞれの「Album of The Year」についての記事です。正直、それぞれのアルバムにそれぞれの良さがあり、ベストアルバム一枚を選ぶことは難しいので、かなり個人的で主観的な記事になっております。その点ご了承ください。それでは早速、一枚目からいってみましょう。
1. Skepta – Ignorance Is Bliss
今年もたくさん音楽を聴きました。Apple Replay で今年のまとめを分析すると、610個のプロジェクト(おそらくこの数字には EP やシングルも含まれています)をチェックした僕ですが、今回はその中でも最も印象に残った Skepta によるアルバム ”Ignorance Is Bliss”について書いてみようと思います。
タイトルの “Ignorance Is Bliss” は日本のことわざに直すと「知らぬが仏」。このテーマはサーモグラフィーによって撮影されたアルバムのカバーにて巧みに表現された上で、楽曲の中でも如実に感じ取ることができます。
無気力に頬杖をつく人、耳をふさぐ人、悶え苦しみ叫ぶ人、人差し指を唇に当てるサインを出す女性の4枚の写真が、中央に配置された生まれたばかりの娘を抱く Skepta の写真を取り囲んでいます。さらに四隅に、中指を立てた拳、握り合ったふたつ手、拳銃、スマートフォンの4枚の写真が配置される形でアルバムカバーが構成されています。
イントロとしての役割も果たす一曲目の楽曲 “Bullet from a Gun” は、当アルバムのテーマを巧みに反映したものでもあります。試しにカバーアートと照らし合わせてリリックを見ていきましょう。
Like a bullet from a gun, it burns
Skepta – Bullet from a Gun
まるで拳銃から撃ち出された銃弾のように、それは燃えるんだ
When you realise she was never your girl
彼女がお前の女じゃないと気づいた時にね
It was just your turn
ただ、お前は遊ばれていただけだったんだ
こちらのリリックとリンクしているのは、右下と右上の写真。リリックでは、愛し合っていると思っていた女性が、実は自分のことを遊びとしか思っていなかった状況についてラップしていますが、このような状況が主に先ほどの二枚の写真で表現されています。繋ぎ合った手ですが、片方の手はサーモグラフィーで温度が冷たいことを表す青で表現されています。そして、拳銃も青で表現されていることから、「片方が本気でない恋愛は、撃ち出された銃弾のように燃え尽きる」ことを表しています。燃え尽きてしまった恋も、知らなかったらそんなことにはならなかった、というまさに「知らぬが仏」状態。このようにアルバムを通してテーマに即したリリックがちりばめられているのが、このアルバムのミソなのです。
Now the friendship’s based on how quick I reply to text
Skepta – Same Old Story
今となっては、友情はどれだけ早く返信するかにかかってる
Now you only text when you’re bored on the weekend
Skepta – Love Me Not (feat. Cheb Rabi & B Live)
君は週末暇な時だけ、俺にメールを送ってくるよな
このようなリリックからは、インターネットが普及したことによって冷たく、脆くなってしまった人間関係についてのラップです。これらのリリックはアルバムカバーの左下の写真とリンクしています。こちらもサーモグラフィーの特性を利用して、赤くなっている手のひらに対して、スマートフォンは青く表示されています。
「Ignorance Is Bliss」まとめ
放つ言葉がすべてパンチラインとも言える Skepta が、グライムが盛り上がってきているこの時期に本気でアルバムを製作したらどうなるのかを、圧倒的なクオリティとともに見せつけられた感じがし、やはり今年のアルバムの中ではかなり印象に残っています。本当はもっと語りたいことだらけなのですが、本記事で紹介する他のベストアルバムについても知っていただきたいので、今回はこの辺で終わりにしておきます。それでは、”Ignorance Is Bliss” の魅力についてでした。
(Written by whoiskosuke)
2. James Blake – Assume Form
2019年ももう終わり、ということで今年聞いた中で一つアルバムを紹介しようという事になって、いろいろと考えた結果、James Blakeの”Assume Form” を選びました。
Assume Form とは日本語にするのがかなり難しいんですが、ニュアンス的に言うと、「型にはめ込む」という感じでしょうか。じゃあジェイムスにとっての型とは何なのか。
それを理解するのに大切なのは、最近やたらと問題になるジャンルというものです。ジャンルというのはある意味、音楽を聴く際に基準となる透明の箱のようなものです。
この透明の箱を通じて人は音楽という外界に触れる。言うなればこの箱は、外観の様相を呈している。でも、この箱は「これはジャンルで言うなれば、なんちゃらかんちゃらだ。」というふうに簡単にその音楽を目利きするための外観でしかありません。
確かに、ジャンルは大切なものです。ジャンルがあれば、ジャズのコードを一つも理解していなくても、これはジャズだ。と理解するポーズをとる事ができます。でも、僕たちを守る透明の箱、このデジタル時代において、そこに閉じこもることに本当に意味があるのでしょうか。彼の一曲目のタイトル曲、”Assume Form” にその答えが隠されています。
ピアノの旋律を中心としたこの曲で一際存在感を放つライン。
You know, you know, you know, you know. Appearance is nothing.
なあ、外観なんて何でもないんだよ。
James Blake – Assume Form
まるで、僕たちが閉じ込められていたジャンルという「透明な箱」から解き放ってくれるような一言。
思えば彼は2010年の伝説的名盤、”James Blake” 以降、ヒップホップやアンビエントR&Bなど、ポストダブステップというジャンルに捉われることなく、活動を続けてきました。
彼は音楽を聴く時の姿勢ともいうべき「透明な箱」の外側から音楽を作り続ける。彼がジャンル(外観)を見るのではなく、ジャンルが彼を迎えにいく。彼こそが一つの外観(基準)であり、全てのジャンルは彼に追従せざるを得ない。
つまり、彼の音楽は一色に圧倒的な波長と奥行きを含んだ、いわば虹色のアルビニズムとも言える。彼の音楽に触れれば誰もが閉塞的な透明の箱から解放され、その永遠の延長の中を旅することができる。
Geniusでは「Assume Form」を彼の楽曲を通してこのように説明しています。
Assume form meaning that you finally take the shape of who you were always supposed to be.
Assume formとはあなたが自分自身をこうあるべきだ、というある種の型にはめこむことです。
When you let go of everything else and just be who you truly are, things are easier, more natural, light, grounded, emotional, and ultimately real.
そのような雑念を解き放ち、本当のあなた自身となれば「物事」はもっと簡単になり、ナチュラルになり、根本的になり、感覚的になり、究極に「現実的なもの」となります。
Genius
「Assume Form」 まとめ
このアルバムでは、Travis Scott や Metro Boomin , André 3000 や 2019年時の人となった Rosalía など様々な世代やジャンルから多くの客演が参加していますのでヒップホップが好きな方にも非常に聞きやすい作品となっています。
どの曲にも彼の細胞が詰まっていますので、あまり多くは説明はしません。もしまだ聞いてない、という方は是非彼のアルビニズム的七色の世界に浸ってみてください。
(Written by Kensho Sakamoto)
3. Dave – PSYCHODRAMA
Daveのデビューアルバム「PSYCHODRAMA」は間違いなく今年のベストアルバムの一つです。実際、イギリス(もしくはアイルランド)で毎年最も優れたアルバムに対して送られる「マーキュリー・プライズ」を受賞しており、もはや言うまでもない事実ですよね。
この作品の魅力は、何と言ってもアルバムとしての完成度の高さにあります。アルバムのコンセプト、メッセージ性、トラック、リリック、ワードプレイ…など、どこを取っても非の付け所がないです。
今回は、アルバムの中からリリックを引用しながら、その魅力を簡単にお伝えできればと思います。
Tuesday, 23rd of January, 2018
2018年1月23日火曜日、
I’m here with David
私はデイヴとここにいる。
This is our first session
これが我々の最初のセッションだ。
We’re just gonna talk about your background
君のバックグラウンドの話から始めるとしよう。
Where you’re from, any issues you’ve been dealing with
君がどこから来たのか、どんな問題に対処してきたのか。
So, where should we start?
さあ、どこから始めようか。
アルバム名「PSYCHODRAMA」とは演劇の枠組みと技法を用いた心理療法のことです。セラピストのセリフで始まる一曲目「Psycho」のイントロから分かるように、心に不安や悩みを抱える彼はまさにこのアルバムを通してPSYCHODRAMAを試みているのです。
自身の出身地名をタイトルに冠した二曲目「Streatham」では若き日の苦悩や葛藤をスピットし、「Black」では黒人として生きることの難しさについて歌います。
序盤から重い内容が続くのですが、四曲目「Purple Heart」では恋人への愛を再確認し、治療の進行の様子が伺えます。
I guess it’s important that you have someone you can trust
信頼できる人を見つけるのは大事なことだ
Especially in the position you’re in, and um…
過酷な状況にいる君にとっては特にさ
I think it’s a really good trait that you’re able to find positives
ポジティブなことを見つけられるのは素晴らしいことだと思うよ
Despite some of the challenges, for want of a better word, that you face
様々な困難に直面しているにも関わらずね
その後アルバムの中盤からは、彼のラッパーとしてのキャリアを中心に話が展開されていきます。
ナイジェリアのレゲエ/ダンスホール・シンガー、Burna Boyを客演に迎えた「Location」は、ラッパーとしての成功を歌った一曲です。Burna Boyの甘い歌声とDaveの巧みなラップが完璧にマッチした良曲です。
ラッパーお得意のフレックス(自慢)を中心としたありがちな内容ですが、彼は巧みなワードプレイで魅せてきます。
ここでハイレベルなワードプレイを一つご紹介させていただきます。
Look, money like the alphabet
見ろ、金はアルファベットのようだ。
If you wanna see P’s, gotta pass on the ends
金が欲しいなら、最後までやり抜かなければならない。
※Pは金を表すイギリスのスラング。
「仕事や任務を最後までやり抜かないと金を手にすることはできないぜ」というラインですが、なぜ金はアルファベットのようなのでしょう。
ポイントは”the ends”と、アルファベットの順番です。よく聴いてみてください。”the N’s”に聴こえませんか?アルファベットの順番を思い浮かべてください。ABCDEFGHIJKLMNOP…。もう分かりましたね。そうなんです。Pという文字はNをpass on(通り越す)しないとやって来ないのです。意味をしっかり通してストーリーを進めつつ、さらっとこんなワードプレイを挟んでくるのですから圧巻です。
その後、人気ラッパーJ Husを客演に迎えた「Disaster」や、自身の出身地ロンドンについて歌った「Screwface Capital」、文字通り自身のいる『環境』について語る「Environment」と続きます。
N***as saw keys and went to trial for shottin’
奴らはコカインを売って裁判にかけられた
I saw keys, learned to play, and made thousands from it
おれはピアノを習って、それで大金を稼いだんだ
一つ目の『keys』はコカイン、2つ目はキーボード(Daveはピアノを弾けます)を意味しています。同じEnvironment(環境)で育っても、全ては自分の行動次第だということですね。
そして、1人の女性の悲劇を歌った9曲目「Lesley」で、いよいよ彼の治療も終わりを迎えます。アルバム序盤では自分自身の困難や問題ばかりに集中していた彼が、この曲では他人の悲劇に目を向けており、治療の効果がよく伺えます。
その後、治療を無事終えたDaveによるポップなラブソング「Voices」と、刑務所にいる兄に向けた楽曲「Drama」でアルバムは完結します。
「PSYCHODRAMA」 まとめ
アルバムのコンセプト、メッセージ性、ワードプレイと、何度聴いても見事な仕上がりです。実力と年齢は関係ないですが、今年21歳を迎える自分と同い年とは思えないほど知的で思慮深く、才能に溢れており、そういった意味でも強く刺激を受けた作品でした。もし、このアルバムを聴いたことがなかったという方がおられれば、是非一度リリックを追いながら聴いてみてください。衝撃を受けるはずです。
(Written by Riku Hirai)
最後に
お読みいただきありがとうございました。
2019年もたくさんの傑作と巡り会えた一年でした。
XXS Magazineは今年の10月末から本格的に始動し、皆様のおかげで徐々に認知されるようになってきました。
来年からは今までになかったような様々なプロジェクトを進めて行きますので、これからも皆様どうぞよろしくお願い致します。それでは、良いお年を!