先日、Kanye West による待望の新作『Jesus is King』 がやっとリリースされました。ゴスペル的要素を前面に押し出しながらも、新しいヒップホップの要素も巧みに混ぜられており、まるで新しいジャンルの誕生を目の当たりにした気分になりました。しかし、今回の主役は Kanye ではありません。今回は 『Jesus is King』 にもクレジットされた若手天才プロデューサー Pi’erre Bourne についてです。
Pi’erre Bourne って誰?
Pi’erre Bourne (ピエール・ボーン) こと Jordan Timothy Jenks は 1993年生まれのトラックメーカーです。彼がプロデュースした Playboi Carti の 『Magnolia』 が大ヒットして人気に火がついたわけですが、彼らは二人ともファーストネームが Jordan と同じなんですね。Pi’erre はニューヨーク、Carti はアトランタと出身は違いますが、本当の兄弟のようにともにキャリアを築いてきたんです(Pi’erre はのちにアトランタに移住しています)。Pi’erre と言えばまず、あのプロデューサータグです。みなさん一度は聞いたことがあると思いますが、念のため、Playboi Carti との大ヒット曲 『Magnolia』 をお聴きください。
いかがでしたでしょうか。Playboi Carti が浮遊感のあるフロウで Pi’erre のトラックにアプローチしています。この曲が、Pi’erre にとっても、Carti によっても原点となったと言っても過言ではないでしょう。ちなみに 『Yo Pi’erre! you wanna come out of here?』 というプロデューサータグについてですが、これは The Jamie Foxx Show というアメリカのコメディー番組の一コマをサンプリングしたものです。
彼の最大の特徴は、コミカルなサウンドや怪しげなサウンドなど、普通のプロデューサーが使わないような音を組み合わせてビートを作り出すところです。これほど少し聴いただけで誰が作ったビートかを判別できるビートメーカーは彼くらいでしょう。さらに彼のすごいところは、自分自身が作ったビートの上でラップまでしてしまうところです。Pi’erre Bourne という男は、彼で始まり彼で完結してしまいます。そんな彼は今年の6月に自らのアルバム 『The Life of Pi’erre 4』をリリースしています。全ての曲を自分自身でプロデュース、レコーディング、ミキシングした完全自己完結アルバムですが、圧倒的なクオリティで私たちを驚かせてくれました。今回はこちらのアルバムから一曲、『How High』 をご紹介します。まずは聴いてみてください。
こちらの楽曲は彼がアトランタに移り住む前のニューヨークでの生活と、ビートメーカーやラッパーとして成功した現在を比較してラップしたものです。地面を一歩一歩踏みしめて着実に歩みを進めるかのような重いビートに合わせて過去の思い出や現在の成功した生活を誇示しています。こちらの曲からは面白いリリックを少し引用してみます。
Roamin’ around Queens with my bros
Queens を仲間たちと歩き回る
We ain’t have no money, we was broke
俺たちには金がなかったんだ、そう、貧乏だった
Police at the fucking front door
警察が玄関先に来たら
Flush the shit in the toilet bowl
ブツをトイレに流すんだ
Queens というのは、Pi’erre の生まれたニューヨークの街の名前です。彼はアトランタに移住して音楽キャリアを開始するまで、ニューヨークの大学でグラフィックを学んでいました。仲間たちと街に繰り出して遊び呆けていたので、全くお金を持っていない貧乏学生だったそうです。当時、ニューヨークではマリファナの嗜好的使用の規制が厳しかったため、ガサ入れのために玄関先に警察がやって来たと分かったら、証拠隠滅のためにすぐにマリファナをトイレに流す必要があったのです。
ちなみにこちらの楽曲の終盤の電話の音声は Lil Uzi Vert の声を録音したもので、Lil Uzi Vert が電話越しの女性に「『Yo Pi’erre! you wanna come out here?』って言って!」としつこく迫っています。曲のアウトロだけのために Lil Uzi を起用できるのも、彼か Working on Dying のメンバーくらいではないでしょうか。
Pi’erre Bourne と Young Nudy
Pi’erre と言えば Playboi Carti のプロデューサーという感じで世間に認知されていますが、彼のベストパートナーは Young Nudy であると考える人も少なくありません。Young Nudy はアトランタの危険地帯である Zone 6 出身で、21 Savage のいとこにあたるラッパーなのですが、彼とは2016年ごろからたくさんの楽曲を制作しています。Nudy のアルバム 『Slimeball 2』や 『Nudy Land』 などに収録されている楽曲は、ほとんど Pi’erre によるプロデュースによって生み出されています。
ゆったりとスローテンポのゲームBGMのようなビートが20秒ほど続いたあと、いきなり例のプロデューサータグとともに勢いのあるラップが始まります。そんなゴールデンコンビの彼らですが、今年になってやっとコラボアルバムをリリースしました。Nudy のアルバム 『Slimeball』 と Pi’erre Bourne の名前を掛け合わせて 『Sli’merre』 というタイトルです。
『Slimeball 2』の時点で、ほぼ全曲 Pi’erre によるプロデュースだったため、実質『Slimeball 2』も『Sli’merre』ですね。こちらのアルバムからも一曲ご紹介します。
お聴きいただいたのは『Sli’merre』 より『Joker』という楽曲です。超スローテンポの気だるいビートなのですか、よく聴くとクラブで低音を流しすぎてスピーカーや壁が震えているような音が聴こえてきます。セルフで音を割ってしまうという彼らしい特殊すぎる技法を盛り込んでおり、とても面白い楽曲に仕上がっていると思います。ちなみに、Lil Uzi Vert の 『X』 や Playboi Carti の 『Poke It Up』 などの冒頭に挿入されているドアが開いた音のプロデューサータグは、例のセリフが Young Nudy によって録り直されたものです。
Pi’erre Bourne による偉業
彼はここ数年の音楽キャリアの中で数え切れないほどの偉業を成し遂げています。並大抵のトラップビートメーカーではたどり着けないような領域まで進出しつつあるというのが彼の現状です。まず最初に、話題がフレッシュなうちに紹介しておきたいのが Kanye West の待望の新アルバム 『JESUS IS KING』への参加です。Pi’erre が Kanye と曲を作るのは今回で3回目ですが、制作プロセスが想像できないレベルに複雑なビートや、はたまた極端に音数が少ないビートを提供したりと、Kanye とともに様々なスタイルに挑戦しています。彼は “JESUS IS KING” に収録されている 『On God』 と 『Use This Gospel』 の二曲のビートを担当しているのですが、今回は後者を紹介したいと思います。
『On God』 にはプロデューサータグが挿入されていますが、こちらの曲はタグがないので、お気付きでない方も多いと思いますが、実はこれも Pi’erre のビートなんです。
この楽曲ですが、控えめに言ってヒップホップ史上の歴史に十分残りえる伝説的な楽曲なんです。客演の Clipse というのは 92年に Pusha T と No Malice によって結成されたヒップホップデュオの名前です。つまり私たちは今、約30年前に結成されたヒップホップデュオのガチのラップを、最新鋭のプロデューサーのビートの上で聴くという伝説を目の当たりにしてしまったんです。しかもそれを Kenny G のサックスとともに、Kanye の曲の中で。
彼の最近の功績として外せないのは Chance The Rapper の楽曲への参加ですね。Chance の最新アルバム 『The Big Day』 に収録されている 『Slide Around』 のプロデューサーとしてクレジットされています。
この曲では Pi’erre らしい軽快で爽やかなビートの上で シカゴの Chance と Lil Durk、ニューヨークの Nicki Minaj による美しいラップのハーモニーを聴くことができます。この曲の Lil Durk のバースは本当にたまらないです。ちなみにこちらの曲をはじめ、最近 Pi’erre のビートにおいて乱用されているガラスが割れるような効果音は Fortnite のサウンドエフェクトのサンプリングです。
Pi’erre Bourne は神出鬼没です。誰のアルバムにクレジットされるか予想もつかない。だからこそ彼のビートが聴こえてきたら、その途端に僕は笑顔になれます。Kanye West のゴスペルアルバムにクレジットされているなか、Young Nudy とコラボアルバムを制作し、さらにはYoung Thug の 『So Much Fun』のうちの4曲をプロデュースしました。そんな彼の、どこにでもいるけど、どこにでもいない、そんな出現率が私たちの心を掴んで離そうとしません。
Pi’erre Bourne とアップカミングなラッパーたち
Pi’erre は大物アーティストの楽曲のプロデュースを担当すると同時に、アップカミングなラッパー達にもビートを提供し続けています。まず初めに紹介するのが Chavo というラッパーです。彼はアトランタを拠点とするラッパーですが、まだまだ知名度が低いのも事実です。そんな無名といっても良いラッパーの14曲のミックステープのうちの7曲をプロデュースしてしまう、それが彼なんです。しかも、無名だからといって一切手を抜かずに相変わらず物凄いビートを提供し続けています。
続いて紹介するのは、こちらもアトランタから Slimesito というラッパーです。彼は K$upreme のアルバムに客演に呼ばれていたりしているので、もしかしたら名前を見たことがあるかもしれません。Pi’erre は Slimesito にふたつのビートを提供しているのですが、どちらもレベルがかなり高いビートなんです。私がラッパーの立場だったら、ビートにうまく乗れずお蔵入りにしかねないようなビートです。
まとめ
いかがでしたでしょうか。Pi’erre Bourne の魅力が少しでも伝わったなら嬉しいです。実は最近、USのラップが日本で流行らない理由を考えていたんです。やはりUSをほとんど聞かない人が口を揃えていうことは「英語がわからないから聴いても意味がない」なんですよね。そう聞いたとき、やはりビートの面白さや奥深さから紹介していくのが誰にとっても面白いかなと思いついたんです。もちろんヒップホップにはリリカルで面白い側面は十分にあり、それも重要なことだと思いますが、単純に音を楽しむってことも大切だと思うんです。Pi’erre のビートなんか「英語がわからない」とかいう次元をはるかに超えて、世界中の人々が感覚的に享受できるものですからね。ですので、もし読んでくださってるあなたの周りに、USを英語がわからないからという理由で食わず嫌いしている方がいたら、この記事を進めてあげてほしいです。
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