Lil Yachty と巡る、素敵なマンブルラップの世界

Lil Yachty (リル・ヨッティー) 、またの名を Lil Boat (リル・ボート) が世界中のヒップホップリスナーに注目され始めたのは、今から4年ほど前の2016年頃でした。

Lil Yachty

真っ赤なブレイズに、カラフルなビーズをあしらった独特なヘアースタイル。寝起きのような締りのない声色。様々なスタイルに挑戦し、常に新たなサウンドを創り出そうとする前向きな姿勢。数え切れないほどのユニークなキャラクターを持った Lil Yachty に、私たちリスナーは一瞬にして虜になりました。

Lil Yachty は、はっきりと言葉を発さないでラップする、いわゆる「マンブルラップ」のカテゴリでその名を轟かせました。

「マンブルラップ」と聞くと、ひょっとするとどこかネガティブなイメージをお持ちの方もおられるかもしれません。ここ数年では、Playboi Carti Lil Uzi VertYoung Thug などのいわゆる「マンブルラッパー」がシーンを台頭したこともあり、ネガティブなイメージは払拭されてきてはいますが、それでも、「マンブルラップ」という言葉がネガティブな意味合いで使われているのをよく目にします。

しかし、Lil Yachty の場合は、マンブルラップの枠を飛び越えてポップミュージックや R&B などのあらゆるジャンルのアーティストから引っ張りだこになっています。一時はネガティブなイメージさえ押し付けられていたマンブルラップアーティストの一人が、なぜここまで各方面からの人気を得たのでしょうか。今回はその活躍の裏に隠された「マンブルラップ」の魅力と共に、Lil Yachty についてまとめてみようと思います。

Lil Yachty ってどんなラッパー?

Lil Yachty (以下 Yachty) こと Miles Parks McCollum は、アトランタの西側に位置する小さな町メーブルトンに生まれました。

彼の音楽を聴いたことがあっても、彼のキャラクターについてあまり知らない方もおられるかもしれません。そんな方々には、まずこのインタビュー動画をお勧めします。(彼についてよくご存知の方も、ご視聴を強くお勧めします。)

I don’t eat fruits or vegetables
俺は果物も野菜も食べない
I eat pizza everyday… every single day
ピザは毎日食べるよ、毎日欠かさずにね

インタビュアーの「君について、みんなが知らないことを幾つか教えてよ」という質問に、このような驚きの回答を示した Yachty。

さらに、インタビュアーに「このままだと、リスナーのみんなは君のことを『変なヤツ』のカテゴリーに入れちゃうよ?」と警告されたのに対し、「どうぞお好きに。」と一言で答えてしまいます。インタビュアーも、困惑を隠しきれず全体的に気まずい雰囲気になってしまっていますが、この動画こそが世界中のリスナーが彼のキャラクターに魅了されている理由を明確に示していると思います。

マクドナルドで働いていた経験もある、ごく普通の少年だった Yachty は、2016年にリリースしたシングル『One Night』で一躍有名になります。ハイハットの効いた浮遊感のあるビートの上に、ほとんど抑揚のない気怠そうな歌声をのせる今までにないスタイルは、賛否両論こそありましたしたが、間違いなく世界中に広まりました。

各方面のアーティストとの共演

『One Night』で一挙に注目を集めた彼は、同年にミックステープ『Lil Boat』をリリースします。『One Night』が収録されていることから、もちろんリリース前から期待値が高かったミックステープですが、見事その中からもヒットを生み出します。それは Young Thug や Quavo、Skippa da Flippa を招いた楽曲『Minnesota』です。

幼児向けの数え歌のような単調なメロディーのトラックに、トラックと同じメロディーでアプローチする類をみないスタイルは、聴く者全ての心を鷲掴みにしました。Young Thug や Quavo など、各方面からのゲストを一曲に詰め込むことで、更なるリスナーの獲得に成功しました。

また Yachty は、2016年に Chance The Rapper によってリリースされたミックステープ『Coloring Book』に収録されている楽曲『Mixtape』にも参加し、そこでも大きな爪痕を残しました。

Chance The Rapper や Young Thug と言った実力派ラッパーと肩を並べて、ほとんど無名だった Yachty はソリッドなラップをラストバースで披露します。他の二人に劣らないそのラップスキルは、Chance のリスナーたちの間でも話題となり、すぐさまその口コミは拡散されました。

いわゆるマンブルラップの元祖である Young Thug や、アトランタトラップの大御所である Quavo 、シカゴの Chance らとの共演を果たした Yachty ですが、その勢いは止まることを知らず、更なるジャンル間の跳躍を見せてくれました。

その一例として挙げられるのは、Charli XCX との楽曲『After the Afterparty』での活躍です。オートチューンをバリバリに効かせ、ポップ寄りのフロウで歌うことで、ポップミュージックとの意外な融合を実現しています。この楽曲への参加を通して、Yachty はメロディアスなスタイルでポップミュージックのリスナーたちからの認知度も上昇させました。

このように、ジャンルの壁を跳躍して様々なアーティストとの共演を果たすことで、ヒップホップコミュニティ以外からの認知度を上昇させ、その結果としてヒップホップシーンの盛り上がりにつながりました。ジャンル間の共演のハードルを下げた人物として、間違いなく Lil Yachty の名前が上位に上がってきます。

スタイルの多様性

Yachty は、他のアーティストの楽曲に参加するのみならず、自らのプロジェクトにおいても様々なスタイルへの挑戦を試みてきました。本章ではその一部をご紹介します。

Not My Bro

1枚目のミックステープ『Lil Boat』に収録されているインタールード的なポジションの楽曲です。Yachty のメインフィールドである『マンブルラップ』を究極まで突き詰めた一曲となっており、リリックを見ながら聴いても何を言っているかわからないレベルです。ラップがうまいとはお世辞にも言えませんが、眠たげな声色と、一隻のボートが海原にポツンと浮かぶ様子が頭に浮かぶような穏やかなトラックが、何故だか心地よさを醸し出しています。

Beautiful Day (feat. Kylie Jenner)

『Lil Boat』をリリース後に制作された楽曲を集めたミクステ『After da Boat』に収録されている楽曲です。驚くべき点は、Kylie Jenner が客演として参加していること(ほとんどラップは披露せず、ただふざけている間にバースは過ぎ去っってしまいます。)ディズニーランドのパレードで流れてきそうな、可愛らしいトラックの上で四分間のショータイムが繰り広げられます。

前半の Yachty のバースでは、メリハリのないだらだらとしたラップから台詞のパート、さらには本気のラップなどが詰め込まれており、四分間が一瞬で過ぎ去ると共に、聴き終わったと同時に「今のは何だったんだ」という不思議な感想に襲われる迷曲となっております。

she ready (feat. PnB Rock)

2枚目のスタジオアルバム『Lil Boat 2』に収録されている PnB Rock をフィーチャーした楽曲です。『Lil Boat 3』の先行シングルを二曲ともプロデュースした Earl on the Beat によるプロデュースで、蒸気機関車の煙が吹き出すようなサウンドのポジティブな良トラックです。

Ty Dolla $ign のように、ヒップホップと R&B を行き来するようなスタイルで有名な PnB Rock をフィーチャーすることで、Yachty ならではの陽気な雰囲気を、他の楽曲とは少し違ったアプローチの仕方で実現しています。

Dripped Out (feat. Playboi Carti)

まずは、Lil Yachty の三枚目のスタジオアルバム『Nuthin’ 2 Prove』に収録されている Playboi Carti を招いたこちらの楽曲です。こちらも Earl on the Beat による 8ビットゲームのサウンドエフェクトのようなピコピコトラックに、乳児が泣きじゃくるようなラップが印象的です。

マンブルラップシーンを台頭するに二強の共演で、リリックを理解せずとも楽しめる素敵な楽曲に仕上がっています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は Lil Yachty と共に素敵なマンブルラップの世界をご紹介しました。「薄っぺらくて、軽すぎる」と批判されることもあるマンブルラップですが、これも一つの立派なジャンルだと考え、単純に楽しんでみるのも良いのではないでしょうか。

最新作の『Lil Boat 3』にも、A$AP Rocky や Tyler, The Creator、Young Thug などが参加しており、大変聞き応えのある作品になりそうです。約2年ぶりに Lil Yachty ワールドに連れて行ってくれることを期待して、楽しみに待つとしましょう。